第25話 「■■■■■■」未接続
傷口からとめどなく溢れ出る鮮血。ほんの少し動く度にコンクリートの地面に無数の赤い斑点ができ、すぐに抗いようのない虚脱感に襲われる。そのとき、地下施設全域の電源がなぜか復旧し、俺がいる研究所の天井にある蛍光灯にも明かりが灯る。
【Link with Stella connected】
そんな中、ステラとの情報共有のためのリンクが再接続されたという通知が、ポン――と今頃になって視界に現れる。だが、近くに彼女の姿は見えない。声も聞こえない。
左手の義手は既に動かず、先の衝撃で大腿骨が割れた右脚は、筋繊維が断裂気味なのか震えが止まらない。使えるのはズタボロになった右腕と、辛うじて残っている左脚のみ。
そんな満身創痍の俺に勝利を確信したのか、奴は血に染まった無数の牙が覗く口をニヤリと歪ませ、その巨大な体躯を揺らしながら捕食すべく近づいてきた。
――――死ぬ。
ふと、そんな予感が脳裏をよぎり、体から感覚のすべてを奪っていく。
死神の気配をすぐ間近に感じる。お前の人生はここで終わりだ、と言わんばかりに死神はその存在を主張している。本来、お前は生きているべき運命ではなかったのだと。
ヤツはこちらに近づくにつれ地面の振動は大きくなり、限界を超えた体はついに耐え切れずふらりと倒れそうになる。混濁した意識とゆっくりと近づいてくる地面を前に、俺は何もできず、ただひたすらに神に奉げられた生贄のようにしてその瞬間を待つ。
『本当にそれでいいの?』
極限状態の中、ふと、ステラの声が脳内に響き渡った気がした。
この運命を甘んじて受け入れるのかと、脳内でステラの悲しげな顔がぼんやりと見える。
(もちろん嫌だけど、仕方ないんだ。努力はしたけど、今回は努力だけじゃ乗り越えられない障害だった。それだけだよ)
『……本当に、オーナーはそれでもいいの?』
(もう、いいんだ。何かを守れず、何かを失うのは……、もう嫌なんだ――)
防弾仕様のミリタリージャケットは、激戦の中で大破して、既にその機能を果たすのをやめている。後に残るは肉体が肉塊へとなりつつある、ただの強化服を着たDランクの傭兵。強化服も残りのバッテリーのエネルギーが切れれば、ただのインナーへと成り下がる。
成す術なし。
そんな思考を読んだのか、ステラは悲し気な声色で囁いてくる。
『オーナーの諦めないところが、私は好きだったんだけどな』
(諦めなかったのは勝算があったからだ。ランクDの俺がレベル5の化け物に勝てるわけがないじゃないか)
『そっか。勝算がほんの少しでもあればいいんだね。じゃあ、後ほんの少しだけ頑張ろうかな』
何を――、その疑問を問いかける前に、ギチギチ、と壊れかけた機械を無理やり動かすような小さな音が鼓膜に届いた。それは本来ならば絶対に聞こえてこないほどの小さな音。同時に、突如としてQADスコープ上に見知らぬ点が現れる。
それは義体者やアンドロイド特有の青や赤の混ざったような点。Q粒子崩壊炉の赤と生物の青が交互に点滅するような微かな光点。
ヤツもそれに気がついたらしく、その発生源に向けて顔を向ける。
天井が崩壊し、雨が降り込む一角に、ステラの義体は埋もれていた。
スクラップのように四肢が潰れ、人工臓器が皮膚の合間から露わになり、青色に変色した人工血液がそこから滴り落ちる。そんな姿に成り果てながら、なおも立ち上がろうとするステラの姿がそこにはあった。
捕食されずに逃げ切っていたのかという束の間の安堵と、何をする気だという胸騒ぎが脳内で吹き荒れる。同時に、ステラの義体から聞こえてくるピリピリ――、という有害電磁波の音は、レベル5の逆鱗に触れたらしい。ヤツのヘイトがいっきにステラへと向く。
「よせ、ステラ……」
叫ぼうにも、満身創痍の今の状態では呻き声をあげるのが限界で、ステラが立ち上がるのと入れ替わるようにして俺は地面へと倒れ込んだ。ぼやける視界。水分が蒸発したように乾いた咥内に、鉄の味が広がっていく。
「やめろ……、やめてくれ、ステラ……」
思わず叫ぶが、その声もすでに枯れたものでしかなかった。
理不尽は完全にステラを仕留めきるべき獲物だと認識したらしく、ステラの小さな体を持ち上げる。そして、それを肉食生物特有の牙が生えた口に放り投げようとする化け物の姿を、俺は拳を握り込みながら黙って見ているしかなかった。
「やめろ――――ッッ!!!!」
ガバリ――、と開けられた異様なまでに巨大な牙が生え並ぶ口に、ピーナッツでも入れるような感覚でステラの義体が投げ込まれる。レベル5がそれを咀嚼した直後、ヤツの口元からチロリと青い炎が漏れ出た。
直後、ステラのQ粒子擬似崩壊炉が爆発し、ヤツの体内から重低音とともに頑丈そうな外皮が一部剥がれ落ちる。ヤツは叫び声を上げて、口から煙を吐き出しながらも、激痛に苦しむようにのたうち回る。その度に壁や天井のもろい部分が崩れ、コンクリートが陥没し、ぶら下がっていた蛍光灯が不規則に揺れる。だが、それも突発的な出来事に驚いただけで、すぐに全回復してしまうだろう。
その白い光源の中に、俺はかつての記憶を垣間見る。
***
それは、いつかの空。
水平線から朝日が少しだけ顔を覗かせ、暗雲立ち込める夜の空は澄み渡る青へと変わりつつあった。傭兵資格認定試験の末日。そんな朝特有の透き通るような冷たい空気にくしゃみしながら、俺は白い世界でリリーに何かを話しかける。
『そういえば、なんでリリーはこれを……』
記憶がフラッシュバックする。
走馬灯のように、記憶の断片が目の前に現れては消える。それをいつまでも繰り返している。純粋な疑問だった。このプレゼントにはどんな意味が込められているのかと。どこまでも愚直に、まっすぐに、聞いてみた。
『だって、そうすれば君が――』
息を吸う音が聞こえ、そして、リリーは笑った。
『わたしのことを、好きになってくれるかもしれないでしょ?』
地平線から日が昇り始める景色を背に、彼女は満面の笑みをこちらに浮かべる。赤い斑点が揺蕩う澱んでいた空は、すでに澄んだ青が広がる空へと変わりつつあった。
どこまでも白い光が、網膜の中で満ちていく。
失われたものは帰ってこない。そのことを思い出せと言わんばかりに、空も、地表も、意識も、彼女の笑みも、すべてが白い光へと包まれていく――
***
瞬間、胸が突如として凄まじい熱を帯びた。
「――――っ!!」
壊れ切った体に再び意識が戻った俺は、震える手を抑え込み、なんとか胸から熱を放つソレを外に出した。そこには、淡い紫色の光を放ちながら発光しているモノが、朧げな視界の中で輝いていた。
「G型、簡易徹甲弾……」
『本当に、これで終わりなのか?』
「…………」
『本当に、お前は誰かを救うことができたのか?』
いいや、何もできなかった。
何も成しえなかった。
何も救えなかった。
何も、何も――‼
突如、その光景に過去の自分が抱いた怒りが、今この時を以てして再び爆発し始めた。最初はプツプツとした泡のような感情。だが、次第にそれは連鎖して大きくなっていき、やがては凄まじい爆発を秘めた煮えたぎる感情へと変貌を遂げる。
QTEMバンドを強化服と接続するためのコードごと捻じ切り、閃光弾をそれで左腕の義手に巻き付けていく。
その時、この状況がヤツを倒すためだけに作り上げられたものであることを、俺はようやく理解した。無駄に見えたステラの足掻き、左腕のネジが飛んだ壊れかけの安物の義手、そしてヤツがあのとき誘爆を嫌って上へと跳んだのか。
これは、最後の希望だ。
ステラやゲーテが繋いでくれた希望。絶望という漆黒の中に一筋の光が差し込んだ――いや、俺たちがこじ開けた微かな希望。
「お前が……」
未だ内側からの爆発に耐えかねてのたうち回っている奴を、俺はありったけの殺気を込めて睨む。食いしばった歯は軋み、膨張した血管の中を血液が暴走し、眼力を込めた眼は無数の浮き出た血管で充血する。
ステラが喰われたのは、ヤツの体内から発生させた爆発を余さずヤツに食らわせるため。Q粒子崩壊炉の燃料は言わずもがな『Q粒子・原液燃料』だ。たった一滴に火をつけただけで、それは地形を変えるほどの爆発を引き起こす。
「俺の陰に……、いつまでも……、纏わりついて……」
その瞬間、体の虚脱感が不思議と消え失せ、動かなかったはずの四肢に力が漲るのを感じた。
《生命維持活動》が危険域をとうの昔に超えたにも関わらず、死んでいるはずの人間が未だに鼓動を続けていることで、ナノマシンの計測装置に異常が発生。アドレナリンの分泌量が、通常戦闘時の2~3倍の致死量を遥かに凌駕。そのせいで瞳孔が限界まで散大、血液中の興奮剤の濃度が急激に上昇し、全身の筋繊維が膨れ上がった。
いつの間にか視界は真っ赤に染まっており、体中の血液が沸騰したような熱を感じる。だが、思考だけはこの極限状態の中で異常なほど冴えわたっていた。
「う……おおッ‼ 」
力を込めた手は地面に僅かな亀裂を生み、徐々に、徐々に、ゆっくりとした動きで自分の体を起こしていく。
「お、おお……、おおおお――――!!」
地の底から溢れ出るような呻き声。そこでようやくヤツは、俺の放つ殺気に気がついたのだろう。
すぐさま振り向くも、瀕死の状態でありながら立ち上がろうとする俺を見て、四つの眼が限界まで開かれる。青く、鈍く、殺意に満ちた視界の中で、喰らってきた命を具現する紅蓮の炯眼が光を放つ。
その瞬間、ヤツは凄まじい量の空気を肺に吸い込み、雷鳴の如き咆哮を放った。
――威嚇だった。
空気が震え、電気が走るようにして髪の毛が逆立ち、本能が逃げろと警鐘を鳴らす。
だが、もう脚は震えない。
手も、震えることはない。
「怖ェのか?」
あんな化け物であっても死を恐怖する。
そんな変哲のない感情が奴にもあることに、すこしばかり安堵してしまう。
その表情を嘲笑による挑発と捉えたのか、興奮しきった口から煙を漏らしながら奴は青と赤の血が滴る刃の如き爪を収縮し始める。やがて出来た巨大な太刀を肩に担ぎ、何度も脳裏に焼き付けられた突進の溜めの動作に入った。
それと同時に、奴の背後に巨大な鎌を担ぐ死の体現者たる死神を幻視する。
それを確認すると片手でペンダントを引きちぎり、ゲーテのリボルバーに込める。そして、偶然にも同じサイズだったことに何ら感情を起伏させずに、リボルバーのグリップを右手で握り締める。
だらり、とぶら下がる左腕を体の影に隠すようにして、限界まで重心を下げる。左脚を後方、右脚を前に出し、この数瞬だけ鼓動とともに脈打つ全身から力を抜く。
静かに呼吸を整え、そして呟いた。
「エネルギー出力を60%から200%まで引き上げろ」
【!警告!】
【現在エネルギーパック残量が5%のみです】
【出力を200%にした場合の行動限界は三十秒です】
すぐさま【Warning】の文字と共に目の前に警告文が映し出される。
だが――
(そんなことはどうでもいい、三十秒もあれば充分だ)
「やれッ――――‼ 」
その瞬間、強化服から過剰な電圧に呼応するように熱が生まれ、やがてグリスニウムの吸熱臨界点を振り切り、エンジン音のような騒音と共に強化服のあちこちから鮮血の如き赤い光となって漏れ出した。
一呼吸の間。
実際は数秒にも満たない時間。
だが、永遠のようにも感じられる時間。
膨れ上がるお互いの殺意。
稲妻のように相対する眼光。
刹那の中でそれらがぶつかり合い、鬩ぎ合う。
お互いの意識が錯綜、周囲の空気がスパークし、焦げた臭いさえも幻嗅する。
時間はゆっくりと時計の針を進め始め、世界は音を失い、全ての赤はその色彩を失う。
もう、色はいらない。
世界は二者を瞬きの内に掻き消した。
「アァアアアッッ―――――――」
羅刹の如き気勢と共に、脚がはちきれんばかりに膨張し、地面を思い切り蹴り飛ばした。その反動だけで凄まじい炸裂音が生じ、地面が盛大に爆ぜる。一瞬でヤツとの距離を半分まで詰めるソレは、既に「縮地」とも呼べる域にまで達していた。
同時に前方から咆哮。ヤツもまた、踏み込みだけで生じた風圧で、背後にあった壁を吹き飛ばしながらも凄まじい速度で迫ってくる。
停止寸前の時間の中、脳の回路がショートするほどの思考速度で、幾万もの自分が死ぬ光景を想像する。今までの人生の出来事が、走馬灯のように目の前に現れては消えるのを繰り返す。
だが、今さら引くことは許されない。ステラが命を懸けて作り出したこの希望を捨てることなど、この小さな矜持にかけてでも許されることではない。
一歩一歩、踏み出す度に地面に亀裂を生み、凄まじい勢いで両者の距離を縮めていく。
そして、奴の間合いに脚を踏み込んだ――その瞬間、濃密な死の気配を本能で感じ取った。
ヤツはその勢いを全て、太刀と同化した腕に乗せ、俺の首筋目掛けて正真正銘殺す気で振りかぶる。そして、地面に這うようにして疾走していた俺は、迫りくる巨大な太刀が徐々に頸椎に迫るのを目視する。そのプレッシャーだけで首が飛びそうになる。
その恐怖に抗い、最初の一手を打つべく俺は歯を食いしばった。左脚で地面を蹴り、体を限界まで地面に倒して斬撃をかい潜ろうとする。――だが、足りない。奴の斬撃はこれだけでは避けられない。
すぐさま軌道修正された太刀が、ガクン、と軌道を変えて迫ってくる。
首が跳ね、頭部が弾け飛ぶのを否が応でも意識させられる、一撃必殺の斬撃。だが――
『死神は、自分の足元にだけは鎌を振れない――』
その声が聞こえた刹那――、右脚を地面に穿ち、更に死地へと飛び込んでいく。
モノクロの世界で太刀が肉薄し、今まで斬られてきた者たちの怨念を首筋で感じ取る。
さらに遅く、遅く、遅く、世界が流れ――
【エ■■ブ■ー、接続□□――】
死神が嗤った、その刹那――――
「パアァァァ―――――――――――ジッッッ!!!!」
全身全霊でその《コマンド》を叫びながら、俺は迫りくる太刀に向けて左腕を突き出した。
直後、左腕たる義手が斬り飛ばされ、凄まじい勢いで銃弾のように体が回転する――が、その反動で更に加速した俺は、太刀が目の前を通過していくのを目視すると同時に、奴の股下の地面を滑空するようにして潜り抜ける。
背後で、発火寸前の高熱を纏う義手と、藍色の《G型ABA》のこびりついた太刀が、つんざくような音と共に盛大な火花を生み出し――
――――――ッッ!!
直後、ヤツの眼前で失明を免れないほどの、凄まじい閃光を放った。
薄暗かった部屋全体を純白に染め上げ、網膜を焼かれたヤツは空間を捻じ曲げるほどの悲鳴を上げる。
左腕に巻き付けられていたのは、義手のバッテリーと高圧ケーブルで直結していた光線銃のマガジンだ。光線銃は射出装置に高電圧のバッテリーを使うことが多い。それにもし、通電したままの高圧ケーブルを引っこ抜こうものなら、失明を免れないほどの閃光を放つことになる。
そして、《G型ABA》の原料は『Q粒子・原液燃料』だ。人工血液として製品化される工程で他の液体で中和されるが、《G型ABA》が極めて高温下におかれた場合、水溶液の蒸発残渣物はニトログリセリンのように極めて発火しやすい物質へと変わる。
これは光線銃を整備していたときの知識と、仮想訓練でのサンドワーム迎撃戦。そして、下層崩落事件のときの爆発に巻き込まれたときに学んだことだ。
(狙うは心臓であるコアだけッ――‼ )
俺は内心そう叫ぶと、なおも回転する体を限界まで捻り、さらに反転させた。
体勢を整えようと、這うようにして右手と靴底がコンクリート床にタイヤ痕のようなモノを残しながらも減速、反転する。顔を上げたそこには、眼を抑えて苦しみもがくヤツの姿が映っていた。
「……がッ、――――ッ⁉ 」
すぐさま追撃を仕掛けようとするが、瞬間、全身に激痛が走り動きを止めてしまう。自分の体を見てみると、無茶な強化服の使い方をしたせいか、服の所々から電気が漏れ、一部の皮膚が焦げて炭化している。
俺は仕方なく、その場で膝に手をあてながらやつを睨むと、肺が破裂する一歩手前まで息を吸い、目を限界まで見開いて叫んだ。
「――――来いッ!!」
【残り、二十秒です】
俺はすぐさまペンダントから銃弾を千切りとると、エディの銃の特殊な四角い薬室の奥へとそれを押し込んだ。すると、銃弾が装填されたことを認識したのか、簡易徹甲弾を薬室がギュウと締め付けるのを確認する。
握り込まれた大型リボルバーのグリップがみしみしと悲鳴を上げ、起こされた撃鉄は雷管を叩きつけるのを今か今かと待ち続ける。薬室に込められるは、コンクリート壁すらも吹き飛ばす徹甲弾、ただ一発のみ。
外せば、後はない。
後方へとわずかに跳躍しながら、迫りくるやつへと向けて照準を定める。
あまりにも高威力な銃は、ただ構えただけでは反動を抑えきれない。それを直感で理解していたからこそ、俺は上体を後ろへと倒しながら跳躍し、体を宙へと浮かせた。
俺がこの世界で目覚め、身に着けた力が二つある。
それは『この世界の常識を知った』ことと、『静止した状態での精密射撃』だ。空中で僅かに落下した状態のまま、俺は照準をヤツの外皮が剥がれた部位に定める。
撃鉄は予想よりもあっけなく、火花を散らした。
――――ガゥンッッッ!!!!
銃声が手元で響いた瞬間、とてつもない衝撃が両腕に伝わるのが分かった。
たった一発撃っただけで、両腕が跳ねるようにして上に弾け、手首が酷く鞭打ちのように痛むのが分かる。肩が外れそうになるほどの衝撃と轟音。銃口から噴出する凄まじい火花と銃弾が、バレル部分をバナナの皮のように剥きながら爆ぜ、赤く発熱する。
だが、ソレは正確無比な弾道で音速を超え、空間を切り裂きながらも、ヤツの肉の中へと喰らおうと暴力的なまでの弾道を描き進む。
やがてソレは、ヤツの体内にズブリと喰らい込み、捻じるようにして肉の中へと潜り込んでいく。その凄まじい衝撃によって、ほんの少しだけヤツの炉を垣間見せ、激痛に悶え苦しむ声を上げた。
これが、最後のチャンスだ。
「おおおおおおおおおおおッッッ――――――――!!!!!!」
ガラクタへと成り果てたリボルバーを投げ捨て、気勢を張ることで左脚を踏み込む。割れた骨が自身の肉に突き刺さり、さらに死の縁へと足を踏み入れている感覚を否応なしに自覚させられる。
それでも、背中のブレードを右手で握り締め、胸に帯びた熱を刃にまで伝達させていく。
「オラァッッッ――――!!!!」
次の瞬間、気勢を上げることで激痛をねじ伏せ、再び弾丸の如く速度でヤツへと特攻を開始する。だが、踏み出した右脚の脛骨が次の瞬間、衝撃に耐えきれず粉々に砕け散り、神経が破れた感覚が脳天まで貫く。そのせいで平衡感覚が麻痺し、ぐらりと視界が斜めに傾く。
右脚はもう、使えない。
「――――ッ!」
だが、無音の気勢を放ちながら、それを補うに余りある威力で、左脚で地面を踏み抜いた。
たかが右脚が使えなくなったくらいでなんだ。この際、二度と歩けなくなってもいい。脳内麻薬で完全に暴走した思考は、幸か不幸か、一瞬でヤツの背中へと跳び移ることに成功する。
「――――ッ!」
『加熱式:機械刀』の熱を帯びた刃が、外皮を吹き飛ばした部分へと突き立てられ、レベル5の肉を貫きコアへと進んでいく。自らの死が明確に迫ってくる感覚を抱いたのか、ヤツはさらに焦りと恐怖のようなものを咆哮に滲ませる。
だが、離さない。
たとえ死んだとしてもこの柄を離してはならない。
ヤツの肉を焦がして出るアーク光が、俺の顔を眩い閃光で染め上げる。金属を溶かす際に放たれるソレは、俺の命をも喰らう致死の光だ。至近距離でソレを真っ向から浴び、網膜と視神経の焼ける音が脳内に響き渡る。
体のあちこちで血管が更に膨張し、限界を超えたものから破裂していく。凄まじい寒気と同時に手足の感覚が消え始める。
その感覚が、胸の中心にまで達した時が俺の最期だ。
【残り、十秒です】
熱耐久臨界点に達した刃が溶解を始め、さらに放たれる閃光は両者の命さえもを喰らっていく。
「あああああああああああああああああああッッッ―――――!!!!!!!」
やがて、最後には口から放たれる獣の如き咆哮が喉を潰し、閃光はさらに激しさを増して右手を炭化させていく。食いしばった歯にはヒビが入り、破裂した涙腺からは血の涙が零れ頬を伝う。辺りには花火の如き火花が散り、炭化する腕はもはや耐久限界をとうに超えていた。
コアが完全に割れるのが先か、俺の心臓が完全に破裂するのが先か――。
意識が無限に引き延ばされた世界の中で、俺は全力で目の前の柄を捻じり込むことだけに命を賭ける。それでもあとどれくらいでも刃を貫いてやるという意志を抱いたまま、数時間、数十時間――実際には数十秒と経っていないのか――、が経った。
永遠とも言える時間の中で、無限の激痛と己の命さえも蝕む致死の光は、唐突にヤツの死と共に終わりを告げた。
突然、ヤツの体が膨れ上がり、破裂する。
その衝撃によって凄まじい勢いで吹き飛ばされた俺は、勢いよく壁まで飛んでいき、ベキベキ、と背中辺りでナニカが折れる音を響かせながら激突。その箇所に巨大なクレーターを穿った。
(脊椎プロテクターが逝ったか……)
あまりの速度で壁に衝突したせいか、そのまま壁面に張り付いたまま数秒が経過する。一秒、二秒、三……、やがて、俺の体は糸の切れた操り人形のように地面へと落下した。
だが、目の前にはレベル5からQ粒子と思われる大量の粒子をまき散らしはじめる光景があった。砂時計を逆さにしたときのような、細い、細い粒子の糸のようなものが漂っている。それはエイドフェイカーとの戦いでも見た、チルドレンがコアを破壊されたとき特有の残滓だった。
死神はいつの間にか姿を消しており、気配を感じることすら出来ない。
そんなか細い光があたりに爛々と舞うなか、ふと、ヤツがいた場所に特大の粒子と思われる光の玉のようなものが浮いていることに気が付いた。
両手で抱えられる程度のそれは、真っ赤に光を灯す完全な球体だった。
光源が破損し、再び、暗闇の訪れた部屋の中で、赤い光の塊が空へと上がっていく。
崩落した天井を抜け、止まることを知らぬまま、どこまでも――。
そしてソレは、やがて来たるべき高度に達したのか、鮮血のように真っ赤な花火を爆発四散させ、一瞬で雨雲を吹き飛ばすほどの凄まじい衝撃波を轟かせた。
それは、ひとえに世界からの祝福の象徴。
祝砲は、勝鬨を上げる獣の咆哮のように、どこまでも鳴り響いていった。
――殺シテくれて、
そのとき、ぼんやりと誰かの声が聞こえた。
ステラの声ではない。自分の声を真似たものでもない。霞む視界に誰かがいるわけでもない。それなのに、俺はその声をどこかで聞いたことがあるような気がしていた。
――ありがとう。
それが誰の声だったかは分からなかったが、それでもコアを破壊されたレベル5の体は、やがて漂白されるようにして白砂へと変わっていった。
「勝っ……た――?」
俺は瓦礫の山の上で仰向けになりながら、その幻想的な景色をただただ眺めていた。
花火のように命を散らした化け物は、奪ってきた者たちの怨念を解放するかのようにして、数瞬の内に爆散して消え去る。その過程に神秘的な何かを感じたのは、死を目前にした者であれ、仕方のないことなのかもしれない。
(そうだ、ステラは、どこにいる……)
ほとんど視力の無くなった目で辺りを見渡してみる。すると、その抽象画のように成り果てた視界の端に、微かに火花を散らすステラの右腕があった。
「ステ、……ラ…………」
そこまで這っていこうとして、体が言うことを聞かないことを認知する。ナノマシンの瞬間止血機能が働いているおかげか、もしくは体内の血液が出尽くしただけなのか、体に刻まれたあらゆる傷跡からは既に出血が止まっていた。おそらく貧血によるエネルギー不足が原因だろう。
それでも、どうにかして前へと進もうとして、脊椎プロテクター及び全身の身体強化を含む機能が働いていないことで強化服が完全に故障したことを悟る。
仕方なく仰向けに寝返りをうった、そのときだった。
途轍もないほどの嫌な予感がした。死刑台で今にもギロチンを降ろされる直前の死刑囚になったとでも言えばいいのだろうか。
ふと、視界の端に鎌を掲げる死神の姿が見えた。
ヤツは自身の背丈よりも数倍大きい巨大な鎌を肩に担ぎ、黒いボロ雑巾のようなフードの奥に爛々と光る青い目を宿している。
死神は何もできない俺を嘲笑いながら、鎌を勢いよく降り下ろす。
そして何もできないまま、鎌が胸の中へと吸い込まれていき――
「――ぅ、ぁッ…………」
内部で何かが破裂する感覚。
口から申し訳程度の血がこぼれる。
今や体全体が寒気で覆われ、目から光が徐々に失われていく。
(……ご……、め、…………、……ステ、ラ……)
俺は何とか地面に転がっているステラの右腕に義手を伸ばすも、あまりにも遠いそれに手が届くはずもなかった。
直後、頬を伝う液体が落ちるのを最後に――――
――――俺の心臓は、脈打つことを止めた。




