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クロノスレクイエム  作者: 村上さゞれ
第1章 ヴァナラ・ミュール討伐篇(下)

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第17話 閃光弾と既視感

修正予定


「助かったよ、急に水位が上がるんだからね。君たちがいなかったら、けっこうヤバかったかも」


 アルト・サインが苦笑しながら話しかけてくる。


 後ろを見れば、先の地下採掘場とも繋がった巨大な通路が広がっており、当時、使われていたであろう巨大な掘削機シールドマシンが行き止まりで――自らの役割を終えたことを伝えるようにして――錆びついたまま鎮座していた。


 当時、このあたりにあったとされる第三地区は、そこにあった廃墟群を取り壊さずに新興都市を建設したため、こうした上下左右入り乱れた無茶苦茶な通路を作らざるをなかったのだろう。

 先ほど地下にあった急造の治水施設もそうだが、採掘場跡とを繋げるメンテナンス用の廊下も、このあたり一帯にアリの巣状に広がっているはずだ。


「……本当か? 別に、俺たちがいなくとも勝手に助かっていたような気もするが……」


 その言葉に対して、俺は若干のいぶかしげな表情を浮かべて返答をする。


 俺たちが出てきたのは、掘削機シールドマシンの脇にあるギリギリ人がひとり通れる程度の通路だった。先のショッピングモール廃墟のバックヤードから方角だけを頼りに歩いてきたせいでかなり迷ってしまったが、これで無事に合流地点まで戻れるらしい。


「でも、誰かが死んでいたかもしれないし、多少の負傷は免れなかっただろうけどね。最悪、片腕・片脚が喰いちぎられるくらいのことはあったかもしれない。だから、これでもけっこう感謝しているんだよ?」

「その程度なら……」


 ランクBというベテラン傭兵にとって、その程度なら大したことではないハズなのでは。その言葉をすんでのところで呑み込み、アルトにとって四肢を欠損するという損害が言いたいことの本質ではないことを悟る。


 たしかに、傭兵はランクが高くなるにつれて、自分の体すらも敵を倒すための道具の一部として見る傾向が強くなると聞く。いまの技術ならば――多少の資金さえあれば――細胞培養から新たな自分の腕を生やすことだって可能だろう。


 だが、だからといって四肢がもげることを当然だと思い、体を嬉々として削りながら戦うことは『人間』の範疇からあまりにも外れている。

 左腕の肘先にズキリと軽い痛みを感じていると、アルトが何やら懐から筒のようなものを取り出し、俺の方に放り投げてきた。


「はい、これ。さっき助けてくれたお礼。受け取ってよ」

「これは……」

「対新生物用にちょいと改造した閃光弾だよ」


 それは試験管のような筒型の形状をしていた。中に黄色くぼんやりと発光する液体が入っており、回転させるたびに小さな気泡がいくつか動きまわっている。閃光弾。またの名を『フラッシュバン』と呼ばれるソレは、敵を一時的に行動不能に陥らさせる兵器の一つだったはず。

 新生物仕様ともなればその威力も桁違いだろう。


(普通そんな高価なものを、ポンポンと誰かに渡すか?)


 試しに観察してみると、何やら製造メーカー付きのラベルが雑に剝がされたような跡があった。何か裏があるんじゃないか、そんな訝しげな表情をした俺の顔を見たのだろう。アルトは邪推はしないでくれと言わんばかりに手をひらひらと振りながら言葉を続けた。


「さっきの戦闘でこの子の射出装置がイカれたみたいでさ、使えなくなっちゃって。……ああ、値段なら心配しなくていい。貰ったものだからさ」


 『この子』そう言いながら傍にいるチーターの顎を撫でると、まるで猫のように機械獣はノドをごろごろと鳴らすのだった。たしかに、その口元には大きなかぎ爪で引っかかれたような跡が残っており、時折、回路からショートしたように電気が漏れていた。


「大丈夫だって! この中に入ってる液体が外気に触れない限りは、そうそう爆発するようなこともないよ。それに……」

「…………」

「いつ死ぬかも分からないんだから、恩は早めに返しておくに限るってね。わたしの中で決まってるジンクスみたいなもんだ。きみが気にすることじゃない」


 背中をバンバンと叩きながら、アルトはそれを無理やり手の中に握り込ませてくる。


 原材料不明。製造メーカーも不明。

 液体ということは、マグネシウム粉末や酸化剤の類ではあるまい。改造したと言っているあたり、おそらくこの中の液体に別の何かを混入させたのだろう。そんないかにも怪しい物品を渡されても、と俺は思わず頭をいた。


 だが、最終的に貰わざるを得ない空気になってしまい、俺は仕方なくその閃光弾をポケットに押し込むと、アルトは満足したようにして頷くのだった。


「わかった、わかったよ。感謝は素直に受けとるに限るって言うからな」

「……ま、気負うなかれだ、若人わこうどよ」


 はっはっは、と笑いながら去っていくアルトに対し、俺は自分の義手である左腕に視線を落とした。金属フレームが剥き出しのソレは、自分が人間であることを忘れさせるような、そんな冷たさを内包しているような気がした。だが――



「む、なにやら、後ろからチルドレンの群れが来ておるのう」



 ゲーテのその言葉で、雑談しながらの緩和した空気から、戦闘時の緊迫した空気へと変わる。すぐさま索敵結果を網膜に投影すると、たしかに後方から敵であることを示す複数の赤い点が、かなりの速さで迫ってきていた。


「結構、速いぞ!! こいつら、オペラキャットじゃないのか!?」


 アルト・サインが声を荒げると同時に、それはすぐに姿を現した。

 影が襲ってきた。そう表現するしかないほどの速度で、暗闇の中を疾走する獣が通路の奥から大勢現れたのだ。そして、自陣から暗闇を裂く閃光が連続的に放たれたのは、まったくの同時だった。


「――――ッ‼ 」


 すでに各々が武器を通路の先へと向けていたため、即座に戦闘体勢へと移行する。

 ステラの加熱式機械刀を筆頭に、前衛を張っていた者たちは己が持つ武器のすべてを使い、オペラキャットたちをさばいていく。そのたびに、暗闇の中で赤い軌跡が描き出され、暗闇を鮮やかに照らしだす。

 肉が断たれる音が大きく響き、化け物の絶命する声がまき散らされる。


 その結果、第一波はたった十三匹ほどだったため、とくに危険もなく迎撃に成功した。

 だが、その第二波は違った。レーダーを埋め尽くすほどの赤い点が、濁流のごとくこちらに突進してきたのだ。奥から決壊したダムのごとき勢いで、掘削機シールドマシンでトンネルを掘削しようとしていた一本道の奥からさらに追加の猫もどきたちがやってくる。


(三、……いや、五十匹はいる。このままでは、間違いなくき殺される)


 銃を持つ者たちは第一波のオペラキャットの死骸を土嚢どのうのように何体か積み重ねると、その陰から銃弾をマズルフラッシュにまみれさせながらぶっ放していく。そのたびに、人力だけでは到底扱いきれない反動を、強化服とナノマシンだけで無理やり抑えつける。ストックから伝わる反動が体を震わし、閃光は轟音と共に瞬いている。

 だが、それでもオペラキャットの波を止められそうになかった。


「まずい、数が多すぎる……」


 通路がやたらと広いこともあり、数という点において圧倒的に不利なせいで戦線を維持することが難しく、次第に敵・味方が交わる乱戦になっていく。銃弾の空間を裂く軌跡に、オペラキャットの牙、やつらの緑色の血と臓物が踊り狂っている。

 乱戦時は、味方を誤射することだけは避けろと訓練生時代に教わったことを思い出しながら、俺は迫りくるオペラキャットの一匹に向けてトリガーを引いた。


「ぐッ――‼ 」


 だが、チルドレンを至近距離で見てしまったことで、俺は一時的な精神的ショックによる手の震えが生じ――コンマ何秒かの時間――立ち尽くしてしまう。四つの紫紺の炯眼から放たれる、明確に自分へ向けられた殺意。それは網膜を貫き、やがては記憶領域さえもを掘り返され――


(そうだ、……俺は、あのとき、腕を喰いちぎられて……)


 不意を突くことに成功したオペラキャットは、ようやく食事にありつけるといった具合にヨダレをまき散らしながら俺の上にのしかかった。爪による傷が頬にできる。血がにじむ。だが――



【■■■■■■、接続□□――】



 瞬間、今まで感じたことのないレベルの耳鳴りが、――ノイズが脳内で爆ぜた。


 まるで、脳みその中に仕込まれていたプラスチック爆弾が起爆し、そのまま脳漿をまき散らしたような激痛。そんな幻覚を体験するほどの激烈な痛みが、左眼の奥から後頭部まで突き抜ける。


「――ぁ、ぐ、……ぁ……」


 視界の左半分が藍色に染まっていく。

 何が何だか分からないまま、俺はただ、なぜか怯むような仕草をする目の前のオペラキャットの瞳を眺め続けた。チルドレンの瞳は個体差はあれど、基本的に紫色をしている。まるで下層のネオン街のストリップライトのように、ぎらぎらと脂ぎった光を放っている。


 俺はふと、その眼球の奥に誰かの顔を見た気がして――


「オーナー、あぶない‼ 」


 ――直後、ステラが腕が霞むほどの勢いで抜刀し、俺の首を喰いちぎらんとしていたオペラキャットの胴体を一刀両断した。顔から胴体までを真っ二つにされたソレは、切断面を焦げた肉のような臭いを放ちながら、捕食しようとした体勢のままぐったりと絶命する。

 覆いかぶさってくる死骸からステラが何とか俺を引き摺りだすと、そこでようやく自分が死にかけていたという事実に気がついた。


「オーナー! しっかりして、オーナー!!」


 俺はようやく、自分の肩を掴むステラに対し、焦点を合わせることに成功する。あれほど鈍い痛みを発していたノイズも、いつの間にかどこかへと消えており、俺はじっと彼女の緑色の瞳を見ていた。


「――――ッ、俺はいま、何を……」


 ようやく完全に自意識が戻り、俺はすぐさま別のオペラキャットに顔を向けた。

 やはりと言うべきか、アルトたちがいかに精鋭であろうとオペラキャットのあまりの数に押されてきており、徐々に乱戦のような状態になりはじめていた。

 このまま戦い続けてもジリ貧だ。

 誰もがそう思っていた時だった。



 ――地下深くで、巨大な何かが蠢いた。



 そう表現するしかあるまい。

 同時に、洞窟の奥から微かに聞こえてくる咆哮のような音に、俺たちは無意識の戦慄を抱いた。産毛が逆立ち、どうしようもないほどの悪寒に襲われる。銃を持つ手が震えはじめる。


「……なんだ、爆発じゃない。音の反響による地響きみたいな……」


 いつの間にか隣にいたアルトが、銃口を隙なく構えながら同じく否定をする。

 数十秒ほどの振動は、洞窟の通路の天井から砂をパラパラと落下させるだけで、とくに人体に害もなく終わった。だが、目の前のオペラキャットたちに様子に明らかな異変が生じているのを、俺たちは見逃さなかった。


「怯えてる……」


 誰かがぽつりと言った言葉の通り、目の前にいるオペラキャットたちの体は震えているのだった。死さえもを克服したチルドレンが怯えている姿など、この三百年記録にすら残っていな――


「――――」


 いや、いや――、俺は知っているはずだ。

 半年前、傭兵資格認定試験で、あのときレベル5に遭遇するときも同じ経験をしたことがある。あのときもたしか、レベル5が現れる前にこんな現象が起こっていた。恐怖の二文字がない準完全生物のチルドレンがこんな、縮こまるなど――


「「「――――ッ!」」」


 やがて、一匹が逃げ出すと他のオペラキャットたちも感化されたらしく、一斉に俺たちが向かおうとしている方向へと脱兎のごとく去っていく。やがて、味方が無惨にも死体となって横たわっているにも関わらず、ニ十匹ほどに減った群れは足音と気配を遠のかせていくのだった。


「あのときと、同じ……」


 そう呟くものの、すでに周囲にはしかばねに成り果てた獣の死骸しかなく、戦闘前とは打って変わって静寂のみがあたりを覆っていた。天井から滴り落ちる雫の音で、俺たちはようやく脅威が去ったことを認識した。


「……にしても、見事な連携だったな。まったく、あれがレベル2に格上げされたオペラキャットとの実践か。……想像以上だな。……このまま戦闘を続けていれば、下手すれば誰か死んでいたぞ」


 アルトの言葉に、無言で頷く前衛の男。頷きはしなかったものの、この空間にいる誰しもが同じことを思っていたらしい。


 ステラは鯉口を無機質に鳴らしながら、未だに周囲の警戒を完全には解いてはいないのか険しい顔で周囲を見渡していた。仲間が危険に晒されたことで、自責の念に駆られているのだろうか。


「ステラ、悪い。また、足を引っ張った……」

「そ、そんなことないよ‼ 」

「……いいんだ、悪かった……」


 ステラは何かを言いかけようとして、止め、また何かを言いたげな顔のまま固まり、結局は苦しげな表情で俺を見るだけだった。酸性雨を浴びたときのように、不甲斐なさがじんわりと全身に染みていく。

 周囲では、横たわるオペラキャットのコアを確実に撃ち抜くため、アルトたちが念入りに死体撃ちをしているのだった。



        ***



 二日目の集合地点にて、すでに三ツ橋重工のトラックが停車しているらしい。

 舗装されていないトンネルの入り口付近に横づけされた広場で、二台のトラックが微かなエンジン音と赤いテールランプをぼんやりと点けているのが見える。近くには、元々はそれなりに栄えていたのだろう中央道と、放棄された中規模の廃墟群が立ち並んでいた。


 どうやらオペラキャットは外に出るのではなく、別の洞窟へと入っていく選択をしたらしい。緑色に発光する血が、トンネル内部の地面にまき散らされている。戦闘の形跡はなく、どうやら撃たれて手負いになったオペラキャットは別々の洞窟へと散って逃げたようだ。


 このまま雨風の吹く入り口へと行けば、今日の探索はこれで終わるのだろう。



 基本的にこうした探索依頼では、雇った傭兵たち各々が最短距離で辿り着こうとするため、アリの巣のような坑道を別々の経路で行こうとする。だが、やはり第三地区の一部の地下道と被っていることもあってか、たどり着くのは容易ではない。

 彼らはそれを承知した上で、迷路に水を流すような感覚で集合地点を設けるのだ。傭兵たちが最短距離で行こうとすればするほど、結果的にあらゆる道を網羅もうらしていくことになる。



 トンネルから出ると、顔を舐める生ぬるい空気と小雨が出迎えてくれた。すでにぱらぱらと小粒の雨を降らせる灰色の暗雲は重く、そのせいかいつもよりも空が低く感じた。


「――――」


 どうやら一番着のようで、アルトはトラック脇の三ツ橋重工の男を見つけるや否や、小走りで発見した脳核を手渡しに行く。何かの端末で中身を確認したのか、役員の男は深く頷くと、あとは自由にしていいとばかりに手を振った。


 俺たちは近くの屋根付きバス停だったのだろう場所に避難すると、服についた雨粒をぱっぱと払った。近くには放棄された地下鉄へと繋がる階段があった。屋根は崩れ、看板は落ち、それでも真っ暗闇な階段奥の構内は人を寄せ付けない雰囲気をかもし出していた。


「ふいー、いや、まいったまいった。追加報酬のやりとりに手間取ってねー」


 アルトは俺たちの座るベンチに向かって走ってくると、酸性雨は肌に染みてかなわないと犬のように頭を振りながら苦笑した。肉食獣のような見た目の機械獣は、彼、もしくは彼女の足元に喉をならしながらすり寄っている。

 だが、アルトはベンチにバックパックを乗せて、ひとしきり整理をすると、再びどこかに行こうとした。


「それじゃ、わたしたちはこっちの地下道も探索しようと思っているから。だから、きみたちとは別行動になるかな。……ついてきてもいいんだけどね?」

「どこに行く気なんだ」


 どうやら、アルトはまだどこかに探索しに行く気らしい。予備マガジンに弾込めをすると、他の面々も銃の簡単な点検を終えて一斉に立ち上がる。

 そのことに対して言及すると、アルトは頬をかきながら苦笑いを浮かべた。


「ちょっと『深部』に用があって、ね……」


 ――深部。

 まさか、先ほど潜ったところよりも、さらに下の未開拓区域のことを指しているのだろうか。アルトたちはたしかに強い。だが、それが『深部』にまで通用するほどの練度だとは、あまり思わなかった。


「ほんのすこしだけさ。ちょっと他にも追加で依頼を受けてて、そっちもやらないとね……こっちにも色々と事情があるんだよ」

「……ああ、なるほど」


 傭兵は一つの大きな依頼に対して、一つ、二つほどの依頼を同時に受ける者も多い。とくに、単に誰かを捜索したり特定の区域を調査する今回の依頼であれば、追加でこのあたりで遭遇するチルドレンを討伐する任務を重ねて受ける者が多いだろう。


 チルドレン自体を討伐しても都市からは少額の報酬しか貰えないため、俺たちもアルト同様に『シロネコムサシ』からのオペラキャット討伐依頼を受けているのだった。

 ためしにゲーテの『討伐数種判別式レコード』を覗いてみると、オペラキャットの討伐数は「11」と書いてあった。これは、俺たち班全員が討伐した合計数だ。


 正直、これだけ戦ってもステラのエネルギーバッテリー行きか、先の消費した銃弾でプラマイゼロといったところか。そんな金勘定を脳内で無意識にやってしまい、この程度の小遣い稼ぎではどうにもならない金欠事情に、思わずタメ息が漏れる。

 だが、俺は先の咆哮のようなものを聞いていたせいもあってか、いかにも神妙そうな顔でアルトを引き留めようと試みる。


「……いま、深部にいくのはまずい」

「おや、なんでだい?」

「……さっきの咆哮を聞いただろう。あれはきっとレベル5だ。熊が威嚇の時に吠えるようなものだ。警戒するための声じゃない。……きみに死んでほしくないんだ、頼む」


 自分でも下手くそな説明だとは思う。

 だが、時期のずれたスタンピード、レベル5という特異種の前では、イレギュラーな事態は平気で起こるはず。そんな自分の考えを、アルトは一蹴するようにして笑った。


「レベル5を危険視しすぎだろう。たしかに、隕石が降ってきてからの三百年の歴史の中で、何度かレベル5らしきチルドレンと世界各地で戦闘したって記録はある。だけど、そのほとんどが一時的に濃密なQ粒子を吸ってぶくぶくと太っただけのレベル3か4で、そのほとんどが撃滅できてる。……スタンピードを伴って自然発生した真性のレベル5なんて、この三百年でたった五体しかいないんだぞ?」

「だがな、やっぱり……」


 アルト・サインはなおも、こちらの不安を吹き飛ばす勢いで肩をバシバシと叩いてくる。


「ヘーキ、ヘーキだって! それに、わたしも一度、そいつに遠目からだけど遭遇したことがあるんだ。もし、そんなやつともう一度遭遇すればすぐに逃げるよ。あれがレベル5の咆哮だっていうなら、本当にそんな化け物がいるって証拠を掴まなくちゃ。そうすれば追加報酬でがっぽがっぽ……、……うわっ、地面が陥没した!?」


 そのとき、俺やステラ、アルトたちのいた停留所近くの地面にひびが入り、凄まじい地鳴りを立てながら陥没した。地響きはやがて落雷のような音を立てながらも、しだいに収まっていく。

 おそらく、アルトたちが調圧水槽サージタンクの支柱をぶっ壊したことで、ここら一帯の排水網に異常な量の雨水が流入してきているのだろう。


 地響きが収まり、徐々に雨音が戻ってくる。

 すこし穴を覗いてみると、カフェラテのような茶色い泥水がいっきに流入してきていた。


「……そうか、それ以上は言わないよ……」

「そうびくびくしなくてもヘーキだよ。ちょっと、深いところに行ってくるだけだ。三ツ橋重工の人たちは話を通してあるから、そんなに心配なら、きみは彼らと共同戦線でも敷いたらどうだい? ……それじゃ、行ってくるよ」


 アルト・サインはそう言って、地下鉄の駅構内へと降りるため、入口にあった落ちた屋根の瓦礫を退かしはじめた。まるで幼児がいらないおもちゃを捨てるようにして、アルトたちは雑な手つきで今しがた陥没した穴に瓦礫を放り込んでいく。

 最後に、駅構内でこちらに手を振るアルトたちが見えなくなると、俺は意を決して立ち上がった。

 アルトたちの入っていった地下鉄の入口とは真逆の、広場で電子タバコをふかす三ツ橋重工の役員の方へと歩きだす。


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