第16話 2日目「巨大地下治水施設」
QADスコープ。
三次元レーダーのようなそれは、ピコン、ピコンと電子音を鳴らしながら、青い点が二つ、紫色の点を二つディスプレイ盤に表示している。青い点は侵蝕されていない生物、ときおり青と赤が混ざった点はステラとカナブンのQ粒子擬似崩壊炉の反応だ。
一日目と同じような坑道をしばらく進んでいくと、人工的な扉が行き止まりに出現し、俺たちはその中へと入っていくことにした。
「ほぅ、まだこんな廃墟が残っていたとはのう……」
大型ショッピングモール。
構造から推測すると、それに近しい施設だったのだろう。流石に三百年も経っているだけあって、隕石落下という大災害前に飾られていた服や雑貨などは軒並み蒸発しており、バーゲンセールの文字が書かれていたであろう垂れ幕もまったくない。
あるのは罅割れたタイルに、わずかに射し込む日光に群がる雑草、崩落したエスカレーターの陰に生えた苔だけだった。二階、三階の通路自体が崩落している箇所も珍しくなく、元は日光を取り入れるためのガラス天井だったのだろうが、上を見ればいくつかのフロアは今にも落ちてきそうな岩塊が蓋をしているだけだ。
隕石落下とそれに伴う地震が、旧丹沢山の一部で土砂崩れを引き起こしたのだろう。三百年前に郊外にあったショッピングモールはいまや、地殻変動と地盤沈下によって見る影もなく埋もれてしまったのだ。
そこに第三地区や別の集落が――計画性があったかは分からないが――坑道を掘っていき、ここに繋げるに至ったのだろう。
この空間が保たれているのは、天井から差し込む曇ったような陽光と小雨に煽られ、それでもここら一帯を支える一本の『巨大樹』があったからに他ならない。だが、その葉っぱの色がすこしだけ毒々しい光を帯びていることに、俺は遅まきながら気づいた。
(ああ、そうか。……最下層にあった、スカベンジャーの銀杏の木と同じ……)
巨大樹は床の古いタイルを突き破るようにして、一階フロアのセンターコートから生えている。その幹の部分には何箇所か穴を開けたような部分があり、写真でその正体を知っていた俺は、すぐにエイドフェイカーの吸引チューブだと気づいた。
おそらく、エイドフェイカーによって寿命を担保する代わりに、一時的に負傷したときに生命力を吸引する貯蔵庫のようなものだったのだろう。俺たちがあの三体を討伐してしまったいま、この木は他のエイドフェイカーに見つからなければ、孤独に朽ちてやがて枯れていく運命にある。
俺は後ろの腰から加熱式小型ナイフを手に取ると――そのスイッチをつけずに――その刃に親指の皮膚を押しつけた。じんわりと滲むように出てくる赤い血を一滴、押し出すようにして根っこの部分に垂らす。
「そういえば、お主、さっきから何をやっているんじゃ?」
ゲーテが不思議な声を上げるのも無理はないだろう。一定の距離を歩くたびに、できるだけ薄く皮膚を切りながら自分の血液を一滴ずつ垂らしていく。
「撒き餌だよ」
「マキエ? 誰かの名前か?」
「……獲物をおびき寄せる餌だよ。臭い寄せみたいなものだ。もし、例のレベル5が執念深いのなら、俺の左腕を食ってその血の臭いを覚えてるはずだろう? ……それを、逆に利用してやるんだ」
こんなものが役立つとは思えないが、自分が餌である以上こういった働きはした方が良いだろう。レベル5「ヴァナラ・ミュール」に対し、俺はできるだけ跡をつけるように工作を続ける。
もし、遭遇するような事態になったとしても、うまく他の傭兵や三ツ橋重工の社員がいる場所まで誘導できれば――
「…………」
他力本願な自分に改めてうんざりしながらも、俺は無言で歩きながら淡々とその作業をこなしていく。
一滴は約0.04㎖、運動機能に支障がでない自分の貧血基準は400㎖なので、あと一万回はマーキングできる。――が、あくまでも理論上のお話なので、もちろんそこまでやるつもりはない。親指がもげる。
どちらにせよ、俺たちはその寿樹の葉っぱと同じく毒々しい光を放つQTEMバンドを揺らしながら、先へ、先へと進んでいくのだった。
***
放棄されたショッピングモールを進んでいくと、崩落したフロアの脇に、今にも消えかけそうなケミカルライトが置かれたメンテナンス廊下が現れた。金属扉は床に落ちており、中を覗くと鋳鉄の配管が壁一面に張り巡らされた狭い通路が見える。
電気が通っているときは通路を照らしていたであろう蛍光灯もすべて割れており、すべてを吞み込まんとする暗闇がぼんやりと奥まで続いている。と、そこで、俺は埃の積もった地面に何種類かの足跡があることに気がついた。
おそらくは防塵・防水ブーツの類なのだろうが、種類からして三人、いや四人はいるだろう。重なっているせいで判別しにくいが、少なくともひとつの班がここを通ったのは間違いない。
「いるな」
「ああ、じゃろうな。――進むか?」
「当然」
ゲーテと簡単な確認を済ませると、俺はステラに顔を向ける。
「悪いが、俺が先陣を切るぞ。ステラの機械刀はここじゃ振りまわせない。俺、ステラ、ゲーテの順番で進んでいく。万が一、遭遇したときを想定して、距離はすこし離れてから進もう」
俺は突撃銃を背中にまわすと、サブウェポンのひとつであるハンドガンと加熱式小型ナイフを持つ。互換性のある銃弾を使っているため、そこまでかさばることはない。ステラはこくりと一度頷くと、機械刀を鞘に納めた。
俺は試しに、カナブンに背負ってもらっていたカバンから使い捨てケミカルライトを一本取り出すと、それを折って通路の奥へとぶん投げた。からんからん、と床を滑るようにして転がっていき、やがてそれはT字路の壁に当たって静止する。
「三十メートルってところか、意外と長いな……」
ライトを投げたときの音に反応しなかったということは、通路の先でチルドレンが待ち伏せしている可能性は低い。うっかり遭遇するようなこともないだろう。
この先にはたしか、十数年前の東京決戦で崩壊するまで、第三地区が整備していたとされる巨大地下治水施設があったはず。俺はごくりと生唾を呑み込むと、いつ暴発するか分からないようなトラウマに今一度、身震いしながら歩きだした。
***
ケミカルライトが静止していたT字路の左側は、小さな排気ダクトと一台の制御盤があるだけだった。俺は後ろを振りかえり、ステラとゲーテが付いてきていることを確認すると、通路の右側へと進んでいく。
そうして、テナントのバックヤードとして機能していたのだろう通路や、何度か崩れかけた階段を降りていく。一定間隔で床に置かれた消えかけのケミカルライトは、追いかけていくうちにその光を増していき、それは先にいる班に近づいていることを感じさせる。
【微量のQ粒子を検出しました】
【表層領域へと突入しました】
やがて、かなり深い場所までコンクリート製の階段で降りていくと、嘘のように静まり返った空間へと出るのだった。
そこは言うなれば、首都圏外郭放水路を真似て作ったような、無数のコンクリートの支柱がどこまでも広がった空間だった。電気が通っていないため、当然、照明などはなく、ある程度先は真っ暗闇でまったく見通すことができない。
それでも、どこからともなく聞こえてくる渓流のような音や、涼しげな風が下の方から吹いてきており、空間は一応機能しているらしい。とはいえ、その水の中に水棲型のチルドレンがいないとも限らない。だが――
「先にいたやつらは、いったいどこに消えたんじゃ?」
いま俺たちが立っているのは、五十メートルはあるだろう空間の壁際、落下防止柵があったであろう通路だ。ここはおそらく、調圧水槽と呼ばれる設備だ。となれば、水上に第一立坑が、排水機構は水下にあるはずだ。
とはいえ、ガスタービンなどの精密設備はさすがに壊れているだろう。となれば、早々にここから離脱するに限る。
「分からない、でも――」
ゲーテの疑問に対し、俺は顎でとあるものを差した。
それはまるで、飛び降り自殺する人間が靴を脱いで遺書を挟むように、床に手軽な石で固定された三本のケミカルライトだった。
「ここを降りたのか。……じゃが、今朝から一帯では雨が降っておる。急に水位が上がることだってあるじゃろう。別の迂回ルートを探した方がいい」
調圧水槽は空間全体がすこし傾いており、支柱は何本も途中からへし折れている。どうやら水上の天井の一部が崩落して穴が開いているらしく、そこから膨大な量の雨水が流れ込んできていた。
この道は無理だ。
そう思い、仕方なく来た道を引き返そうとした、そのときだった。
「――――ッ!」
瞬間、すこし離れた場所で甲高い銃声が鳴った。
空間内に反響して正確な方角・位置は分からない。だが、それは俺たちの警戒レベルを数段引き上げるには充分な要因だった。すぐに俺は眼下の濁流へと集中して、音源がどこから鳴ったのかの特定を急ぐ。
だが、銃声が鳴りやむことはなかった。
次いで、また違う音をした銃声が鳴り、それは立て続けに何かを迎撃するようにして響き続ける。
「……チルドレンと交戦している?」
「うん、そうみたい」
ステラがその瞳を黄緑色にさせながらも、脳核の演算機能で今しがた何が起こったのかを予測する。と、そのとき、ゲーテが難色を示すように顎に手を当てた。
「じゃが、増援には行けないぞ。……あたりを見てみい。そこいらの柱や壁が、ワシらの立っている高さあたりまで色が変わっておる。つまり、この高さまで水が上がってくる可能性があるということじゃ」
ゲーテの言う通り、確かにあたりの柱にはすべて一定の高さまで色が変わっており、今日のような突発的な雨の日は特に危ないことも理解していた。
「だが、このままだと、水中のチルドレンに囲まれてヤバイだろ。……くそっ、なんで、こんなルートを通ろうと思ったんだ……」
思わず、この先にいる傭兵に対して悪態をついてしまうも、銃声は激しさを増すばかりだ。
何とか助けには行きたいが、このままでは――
『――――!』
そのとき、ずっと意思疎通のとれないロボットだと思っていた『二翅飛行型 荷物運搬用 生物模倣機 = カナブン』が何か伝えようとして、その前脚を動かし始めた。だが、その昆虫じみた枝のような手足では、何を伝えたいのかまったく分からない。
「カナブン、もしや、お主……」
ゲーテが意味ありげに呟き、ステラは自分の導き出した予測結果に顔を顰める。
そして、俺だけが何をやる気なのか皆目見当もつかなかった。ただ、それがきっとロクでもないのだろうことなのはなんとなく分かってしまうのだった。
***
カナブンのぶら下がり用のフレームに取り付けられた金属棒に、俺は片手で掴まっていた。眼下で茶色い濁流が流れている。すでにチルドレンが潜める程度には水位は高く、俺はもう一方の手で突撃銃をいつでも発砲できるように警戒していた。
『なんで、ステラがこんな昆虫もどきに……』
「そう言うな。流石に二人も乗せられないだろ?」
『……だって……』
ステラがぶすっとした声で、カナブンの小型スピーカーを使ってぼやいている。というのも、正真正銘、いまカナブンを動かしているのはステラなのだから。
俺はカナブンの両翼の羽と反重力装置の混ざった強風と騒音に煽られながら、何とか先の作戦とも呼べないような会話を思い出していた。
『このカナブンで、彼らを救護するのはどうか、と言っておる。じゃが、いくら飛行能力があるからとはいえ、限度があるじゃろう』
『――――!』
『……なに? オヌシだけの自律制御だけじゃと危ないから、ステラに制御を任せたい?』
『なら、ゲーテは荷物番だ。その狙撃用の銃はそのためのものだろ。可能なら援護してくれるとありがたい。……おそらく、水中に何かいる。襲われるかもしれない』
『えっ、……え、……えっ……?』
カナブンの問答にゲーテが返し、俺がそれに応える。自分とは関係のないところで勝手に進んでいく話に、ステラは困惑ぎみな声を終始漏らすだけだった。だが、すぐにステラは額に指を当てながら「かげぶんしん、かげぶんしん~!』と捻りだすようにして自身の意識を複製すると、渋々といった具合にカナブンにインポートするのだった。
「ぜったい、落ちたりとかしちゃだめだよ」
『……わかった……』
「ぜったい、ぜったいだからね」
ステラとステラの分身体が話している。
こういうところは人間とは根本から違う生物なんだなあと感じながらも、俺とカナブンに入ったステラの分身体は、本体のステラに手を振られながら出発するのだった。
俺は頭を横に振って、記憶から意識を戻す。
片手でぶら下がっているとはいえ、腕力の心配はない。なにせ、強化服によって持久力を含む身体能力は底上げされているため、この程度であればほとんど疲労することもないからだ。
ただ、重量限界ギリギリまでぶら下げているせいでカナブン(ステラ)の飛び方はどこか覚束なく、またフレームが軋む音が鳴っているのが不穏極まりなかった。
もし墜落でもすれば、俺たちもろとも眼下の茶色の濁流に呑み込まれて、二度と地表へと戻れないほどの深部へと連れていかれるに違いない。
それに、強化した視力で眼下の水面を注視してみると、ところどころ水の流れに逆らったり動き回る不自然な箇所が存在していた。
姿こそ見えないものの、水面下に水棲タイプの新生物がいるのだろう。間違っても水中に飛び込もうものなら、一瞬で喰い殺されるだろう。
しばらく進むと、この空間を支える神殿のような柱のいくつかが、根本から折れて切り株のようになっていた。同時に、この空間の中心部と言うこともあってか水流も一段と激しくなっているらしい。だが、そのうちの何柱かは意図的に倒されたような跡が……
瞬間、かなり近い場所で再び銃声が鳴った。
すぐに俺は眼下の濁流へと集中して、音がどこから鳴ったのかの特定を急ぐ。ステラもすぐに鯉口からの抜刀を済ませる。今度は位置が近かったこともあってか、すぐに銃声の発生源を特定することができた。
「――――ッ!」
濁流の渦の中、かろうじて何とか倒壊した柱の上に乗りながら、水中に潜む新生物を返り討ちにしている四人組がいた。彼らは横たわった柱の上で何とかバランスを取りながら、ときに水中から飛びかかってくるチルドレンを迎撃している。
「アルト……」
そこにいたのは、アルト・サインを筆頭とした一つのパーティだった。機械刀を振るう男と、アルトの肉食機械獣を主軸(前衛)に、あとの二人は中距離を保ちながら射撃で以て援護している。どうやら上から見る限り、アルトが所属している班が発砲をしたらしい。
「ステラ、もうすこし寄ってくれ!」
『う、うん――!』
そのとき、アルトたちの死角に潜んでいたチルドレンの一匹が、柱のすぐ下から這い上がってきた。
ガマガエルとイソギンチャクを足したような新生物は、彼らに牙を向けるべく、静かに、ひっそりと上陸を開始する。
だが、アルトたちは未だ他の個体を相手するので手一杯らしい。
「――――ッ!」
無言の気勢のあと、俺は手に持っていた突撃銃の照準をソイツに定めてトリガーを引いた。不安定な足場、不安定な照準。それでも銃弾は狙うべき場所に着弾し、予想通りそいつの顔面を吹き飛ばす。直後、そのカエルは緑色の汚い粘液質な血液を、パッと派手に散らすのだった。
援護射撃と同時に、アルトのパーティもそのチルドレンを認識したらしく、再生する間もなく一瞬でコアを穴だらけにする。そして、こちらにも気が付いたらしいアルトは、すぐさまハンドサインをしながら簡易通話を繋げてきた。
『――きみかい!? ビックリしたよ!! いきなりこっちに発砲してくるんだから、てっきり襲撃でもされたのかと……』
「――悪い、背後のチルドレンに気が付いていないのかと……」
そう言いながらも、俺は続けて二、三匹目のアルトの背後にいたカエルもどきに向けて発砲。精密射撃そのものと言わんばかりの練度で放たれた鉛玉が当たり、勢いよく粘液があたりにぶちまけられる。
『――いや、構わないよ。きみなら援護射撃してくれた方が生存率も上がるからね』
「――だが、アルト、どうしてわざわざこんな危ないルートを選んだ? 別の迂回路ならいくらでもあったはずだろう」
俺がそう言うと、アルト・サインは不服げに、なおかつ自慢げに黒い金属光沢のある【脳みそ】のようなものを掲げた。
『――なにも酔狂でやってたわけじゃない。三ツ橋重工の調査部隊の隊員、その脳核のS.O.S信号がこの辺から出てたから、仕方なく来ただけだ。それで、ほら!』
「――義体者の脳核か。まさか、そんな形で見つかるなんて……」
脳みそのような物体は、ステラを治療するときに見た脳核と似ていた。
となれば、あれが三ツ橋重工の探していた隊員の成れの果てなのだろう。しかし、アルトは『だけど……』と言葉を続ける。
『――だけど、多めに持ってきた銃弾がこのままだと尽きるかもしれないんだ。かなり多めに持ってきてはいるけど、このペースだと出費も馬鹿にならない。できれば早めに、ここを脱出したいんだけど……』
どうやら話を聞くと、アルトはこの空間がまだそこまで水没していなかったときに脳核を発見したらしく、中央付近でそれを回収したときにはすでに戻れないほど水位が上がっていたのだとか。
『――幸いにも、すぐに支柱を爆破して足場を作れたからよかったけど、下手したらあのまま流されていたかもしれない。そう思うとゾッとするよ』
若干のノイズを含んだ笑い声に、彼らにはまだ余力がありそうだと結論付ける。
たしかに、このあたりの天候が悪くなった際の水位は、他では類を見ないほど異常な上がり方をする。とくに、この調圧水槽は周辺の雨水がいっきに集中する構造になっているはず。
第一立坑から水が流れてきているということは、第二、第三はすでに満水しているのではなかろうか。どちらにせよ、早々にここを離れたほうがいいだろう。
「――そこから脱出する手段はあるか? もしなければ、さっきアルトたちが通ってきた足場に先に俺たちが戻ってから、このカナブンでアルトたちを回収してもいい……」
そこで俺はアルトの装備を見ながら、あることを悟る。
「――だが、アルトたちの持つ装備の重量は、一度に運べるカナブンの重量を大幅にオーバーしてる。二、三回に分けて運搬するしかない。その間、チルドレンを迎撃できるとは限らない。……どうだろうか?」
そして、脱出手段の保有の有無を尋ねる。銃声にかき消されながらも、メンバー同士で相談する声が聞こえてくる。掠れながらも聞こえてくる声のほとんどが、この案に肯定的なものだった。
『――決まりだね。先に行く君たちに階段の安全確保を任せよう。ただ……』
そこで言いどもったアルトは、その先の言葉を押し出すようにして、続けて話し始めた。
『――ただ、さっきの銃声でこの場所にチルドレンたちが集まりつつある。そんなときに人員が減るのは致命的だ。それに、もっといい方法もある!』
アルトはそう言うや否や、懐から手榴弾を取り出し、近くにあった支柱のうちひとつへと投げつけた。瞬間、爆風と衝撃音が発生し、俺は何すんだとばかりに声を荒げる。偶然、支柱の陰にいたおかげで助かったものの、手榴弾の投げた位置が悪ければ破片でかなり危なかった。
「――うわっ、危ないだろ!」
『――お返しだよ! ぼくらはこれを伝って元の足場まで戻る。きみたちは道中の援護、頼んだよ!』
すると、爆発の影響で元々、かなり脆くなっていたのだろう支柱のうち一本が倒壊し、足場のようなものを形成する。盛大な水しぶきを上げながらも、それはやがて水流を阻む巨大な通り道へと変わる。だが――
「――まずい、天井が」
やはり、支柱がすでに何本か倒壊していたこともあり、地響きのようなものが空間全体に響いていき、やがて天井に地割れのような亀裂が発生する。
それはアルトたちも気づいているようで、時折、洪水の激流に揉まれそうになりながらも柱の上を走っていく。道中、それを妨害しようと水中から何匹もの蛙もどきが襲いかかってくるも、アルト・サインは手にしていた散弾銃で迎撃していく。――相当、練度は高いらしく、機械刀を使う男や後方の二人組どの連携は見事だった。
アルトは次いで、天井が崩落しかかっているのにも関わらず、どかんどかん、と馬鹿みたいな量のプラスチック爆弾やら手榴弾やらを投げつけていき、そのたびに支柱をお構いなしに倒壊させていく。
「……無茶をする。……ステラ、急いでゲーテのところまで戻るぞ!」
『ぅ、うん!』
ステラにも話の趣旨は伝わっていたらしい。カナブン(ステラ)もまた俺の顔を見て頷き、激しい銃声を鳴らし続けるアルトたちの上空を、ゆらりゆらりと横断しながらも元いた場所へと戻っていくのだった。
***
ステラが眼下で渦巻く濁流を、緑色の虹彩に囲まれた瞳孔の拡大と収縮を繰り返しながら、じっと眺めている。その横では、「いやー、まいったまいった」と額に滲む汗を拭いながら、壁際に座り込むアルトたちがいた。彼らはみな、じろりとアルトに不満げな視線を向けており、その目はやがて彼女の胸にがっちりとホールドされた黒い脳みそに向けられる。
ドドドド――、などと阿保らしい擬音がいかにも似合う濁流は、確実にこちらに迫ってきている。ここもじきに水没する。水位が完全にこの空間を閉じたとき、第一立坑に逆流して地上のどこかに雨水が溢れるのだろう。もしやすると、昨日、自分たちが広場に押し寄せるのやもしれない。
ステラは義眼のレンズにかかる微細な水飛沫を拭うようにして、その瞼をぱちくりと一度、開閉した。スコープの倍率を調整して見ると、どうやらレベル2新生物の「オオゲジ・Ⅱ型」なんかも水中にいるらしい。
高濃度のQ粒子と酸素に長時間晒された虫系統新生物もまた、体を異様なまでに巨大化させる傾向がある。そして、体液で仲間を呼ぶという性質上、討伐する際には周囲に群れがいないか確かめる必要がある。
とはいえ、水中に潜むゲジゲジのような見た目のそれは、時折、こちらを狙って跳躍しようとするも、水流があまりにも激しいため、すこし顔を出しただけで別の場所へと流されていく。
すでにカナブンの中に入っていた分身体の経験は還元されている。あそこに墜落しなくて本当に良かったと、ステラは心底ため息をついた。
ステラが振り向くと、アルトたちはすでに膝をぱっぱと払いながら立ち上がり、コンクリート製の階段を上っていくところだった。
次に前衛の機械刀の男、チーター然とした機械獣、その後を小柄な双子らしき後衛の女の子が銃を抱えながら付いていく。その二人組の後ろ姿に、ふと、学園での日常生活を思い出してしまい、ステラは話しかけようかすこし迷ってしまう。
だが、彼女たちはアンドロイドではなく、さらに言えば義体者でもないらしい。ただ、雰囲気がステラの生まれ故郷の子たちと似ていただけ。そのことに気がついた瞬間、ステラは彼女のうちのひとりに伸ばそうとしていた右手を自信なげに降ろすのだった。
「ステラ」
そのとき、背後から男の声がした。
ドキリと一度義体を直立させながらも振り向くと、それは眉をひそめながらこちらを見る、自分の暫定的な所有者だった。そう、暫定的の、だ。いわば、一時的な主従契約であり、それがいつか終わることも知っている。
ステラは青年にばれないよう、そっと視界の端に視線を移した。
【Core Temp:750℃】
自分の胸の中央で稼働するQ粒子擬似崩壊炉の温度は、日を跨ぐたびに熱を逃がせなくなってきている。今はまだ、運動していなければ出力を抑えることもできているが、これが激しい運動をすればいっきに1000℃近くまで上昇してしまう。
要は炉心の発熱に対して、冷却肺がうまく機能していないのだ。冷却材でもある人工血液を動かす第二心臓ポンプも、ときおり変な挙動をすることがある。もし、炉心溶融でもすれば、原子炉ほどではなくとも大規模な爆発が発生するだろう。
「ううん、なんでもないよ!」
ステラは腰を曲げて姿勢を低くすると、困惑する彼の顔を見上げるようにして微笑んだ。
おそらく、彼も違和感のようなものを見抜いているとは思うが、ステラは自身の髪先をそっと抱き寄せながら、瞳が見えないほど目を細めてやり過ごすのだった。
『はやく、きみたちも上がってきなよ――!』
そのとき、階段の上からアルトの呼ぶ声が聞こえ、ステラたち一行は元来た道へと引き返すのだった。




