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ユリの降誕

 洞窟の中が、弾けるような白い光にみるみる埋め尽くされていく。

 あまりの眩しさに、私は思わず目をつぶった。

 何も見えなかった。

 強烈な光を見たせいで、目が潰れてしまったのではないかと思ったほどだ。

「どうしよう、何も見えないよ」

 慌てて目を開いてみたが、辺り一面真っ白に飛んでしまっていて何も見えない。私の声はまだ涙声だった。何も見えなくなったせいで、急に独り取り残された気がして不安になった。

「どうしよう。怖いよ」

 慌てる私の両手を、先程の柔らかい手が握ってくれた。トッドとレオだ。少し湿った暖かな肉球で、私の手を包み込んでくれる。

「大丈夫。落ち着いて。もう少しすれば目が慣れます。もう一度目を閉じて、ゆっくり深呼吸して」

 私は、言われるままに目を閉じて大きく深呼吸をした。

「いやはや。そうやってしばらく目を閉じていて下さい。サクラばあさんは、今、遥かなる旅に出かけたばかりです」

 トッドの声が、すぐ傍で聞こえる。

「サクラはお星様になったの?」

「サクラばあさんは、あなたのおかげで、無事に再生への旅に旅立てたのです」

 落ち着いた低音は、司祭の声だった。

「私のおかげ?」

「そう。あなたの涙のおかげですよ」

 トッドが、私の手を握る手に、ぎゅっと力を込めた。

「あなたの涙のおかげで、旅立てたのです」

 左手を握っているレオも、確信的な声で言う。

「サクラはどこへ行くの」

 私の大切なサクラは死んでしまった。そして永劫に届かない所に旅立ってしまった。淋しさが再び込み上げてきて、再び涙が、とめどなく頬を伝った。

「原初です」

 司祭の声は落ち着いていた。

「げんしょ?」

「全ての物事の始まりです。全てのものは、無から生まれて無へと帰っていく。その、無の世界です。魂の故郷だという言い方をする者もいます。死は終わりではありません。始まりでもあるのです」

 司祭の声は柔らかだった。

「さぁ、再生が済んだようです。目を開けて下さい」

 言われるままに、ゆっくりと目を開けた。白く消えていた部屋の壁が元に戻り、壁に刺されたホタルブクロがほのかな光を放っている。そして泉に映る満月の灯り。

 サクラの乗った満月の舟は消えてしまっていた。

「あ………」

 満月のきらめく水面に、銀色の細い三日月型の舟が浮かんでいるのが目に入った。

 司祭の一人が水際に降りて舟を手元に引き寄せた。そして、それを丁寧に抱え上げて私の元へとやって来る。

 私は、差し出された三日月を胸に抱いた。綿のような雲の中で、銀色の子猫が眠っていた。

「サクラが生まれ変わったの?」

「いいえ」

 杖を持った司祭が、静かに首を振った。

「正確には違います。バケネコたちは、死期が迫ると皆この泉を求めてやってきます。この泉に満月が落ちる時、原初への道が開けます。ひとつのものが原初に帰ると、ひとつのものがこの世界にやってきます。人間たちはこれを、輪廻転生と言いますが、バケネコの世界では、それはもっと大きな概念なのです。バケネコ達は、この世で身に着けた知恵や叡智を原初に持ち帰り、無であるはずの原初に蓄積していきます。ゆえにバケネコたちは、原初に戻るたびに、原初のありようを変えていく」

 司祭の声は深く重く、私の魂を揺さぶった。

「サクラばあさんは原初で休むことを望まれて、代わりにこの子がこの世界にやってきた。そう考えるといいかも知れません」

「サクラであって、サクラじゃないのね」

 何となく私には分かるような気がした。

「この子は、リリイといいます」

 大きな不思議な形の杖を持っていた司祭が、深みのある声でそう告げた。

「リリイ?」

「そうです。サクラばあさんが、そうお決めになられ、あなたに託されたのです」

 トッドとレオが、揃ってベッドを覗き込んだ。

「可愛らしいお子さんだ」

「いやはや。どことなく、サクラばあさんに似ている」

「本当に」

 リリイの綿毛のような柔らかな被毛は、月光を受けて瞬く星のように輝いている。清楚な横顔がどことなくサクラに似ているようにも見えた。

「この子は私の猫なのね」

 規則正しく上下する毛玉をしみじみと眺める。

 じわじわと、喜びの感情が湧きあがって来ていた。

「そうです。あなたの猫です」

「いやはや。あなたのための猫です」 

 レオとトッドがほぼ同時に言う。

「リリイに祝福を。さぁ、みなさんもぜひに」

 司祭が大きな杖を振り上げて合図をすると、見る間に、私の前に猫たちの行列ができた。

 金の眼をした黒猫が、尻尾の短いキジトラ猫が、長毛の尻尾を揺すりながらやってきた三毛猫が。たくさんの猫たちが、私の手の中の三日月のベッドで眠る子猫にお祝いの言葉をかけてくれる。その列は、いつまでもいつまでも続いた。 

 私は、恐る恐る手を伸ばして小さな体を撫でた。

 リリイは小さく伸びをして、ゴロゴロと気持ち良さそうに喉を鳴らした。

 小さな銀色の毛の塊は、甘い百合のような香りがした。

 バケネコスクールがどんなところか気になって仕方ありませんが、この作品はこれで完結です。飼い猫との別れはつらいですよね。長年暮らした愛猫との別れ。その別れが、新たな出会いの始まりになったらいいなと思って書いた物語です。

 同じように愛猫との悲しい別れを経験した方に捧げます。

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