11話 誓い
出発はアリスの体力が戻ってからとなり、それまでに用意を整えるようにとアルフレッドに言われ、興昌は宿屋を後にする。
「俺の持ち物大半が本なんだよな。置いていくか」
頭の中で仕分けを思い浮かべながら歩いていくと、あっという間に自分の小屋にたどり着いた。扉を開けて中に入ると、そこにはハイトの姿があった。
「どうした?まだ店を開けるには早いぞ?」
興昌は、気づかれないよう普段通りを心掛けて話しかけるが、振り返ったハイトの表情を見て、それが無駄な努力だったと知る。
「…どこまで知ってる?」
「近くあの人たちとこの村を出ていくってこと、かな」
「なら隠しても意味ないな」
頭をかき、何から言うべきか迷ったそぶりを見せた上で、興昌は隠し事を避けるようにしながら、説明できる範囲でその通り言う事にした。
「頼まれて、政治に参加することになった。あの人が元気になったら出発する」
「…そうなんだ」
「急な話だが、理由を求めたり、怒ったりしないのか?」
「まさか。怒る理由なんてないし、興昌さんが判断したんだ。僕らが干渉する理由もないよ」
「そう言ってもらえると助かる」
ぽつぽつと事務的な会話が続く。
「でも、欲を言ったらやっぱり寂しいよ。いつかはこうなるのかも知れなかったけど、急すぎるよ」
「いつかは?」
「父さんや村長さんがね、最近よく言ってたんだ。興昌さんはこんなところに納まるような器じゃない、いつか世界に出ていくだろう、ってね」
「初耳だな」
「いないところで言ってたしね」
興昌はハイトが何を考えているかは大体把握していた。尤も、ハイトが興昌に行かないでほしい、と考えているのは考えを読まずとも明らかだった。
だから、その先手を打つことにした。それは、興昌も心のどこかで望んでいたことだった。
「なら、ここで誓おう」
「なにを?」
ハイトが尋ねてくる。
「俺は必ず偉業を成し遂げてみせる。それを終えたら、必ずここに戻ってくると。俺はお前に誓おう。だからお前も、お前の夢を、俺に誓え」
「うん!」
考えたのち、ハイトは言った。
「…僕は、今やっているこれを、立派なものにしたい。この村だけじゃなく、世界中でこの道具を使ってもらえるように、努力する。そうしてお金をためて、父さんたちに楽してもらいたい、親孝行がしたい。僕は興昌さんに誓うよ」
「誓ったからには守らなきゃな」
「うん、でもそれは興昌さんも同じだよ?」
「別れの時、泣くなよ?」
「もちろん。見せたくないからって逃げも隠れもしないよ」
言い合ってから、二人で笑いあう。
「さて、ノースさんたちにも説明しないとな」
「そうだね、すぐ終わりそうだけどね」
そう言って小屋を後にする。
「さーて、忙しくなるぞ!」
ハイトの言ったとおり、ノースやネリスへの説明はすぐに終わった。むしろセファー達の説得に時間がかかったとのちに興昌は話している。
その後は村の人たちにあいさつ回りをしたり、荷物の整理等で日は過ぎていき、あっという間に出発の日となった。村の入口には、沢山の人が見送りに来てくれた。
「寂しくなるね」
「村長、さっきから同じことしか言ってませんよ」
「そういうノース君こそ、いつにもましてせわしないじゃないか」
「父さん、少しは落ち着いてよ」
「セファー君の方が父親みたいだね」
「さっさと出発しようかな…」
ワイワイやっている見送りの人々を前に、興昌は小声でそういった。こいつら本当に見送る気があるのかと問いたくなるぐらい、目の前の人々は騒がしかった。
「まあみんなこうしているが、君との別れを惜しんでいるのだよ」
代表して村長が話しかけてきた。
「疑いたくなりますがね…」
「まあそう言わないで。とにかく、いつでも帰ってきてくれて構わない。それだけは忘れないでほしい」
「有難うございます」
奥の方からも声が上がる。
「がんばれよ!」「しっかりね!」
そんな声を聴いていると、次第に目頭が熱くなってきたが、泣いてしまうようなそぶりを興昌は一向に見せない。そう決めていたからである。
「興昌、そろそろ出発したいが、いいか?」
馬車の御者台からクリスがこちらをのぞき込んできて尋ねる。
「ああ、今行く。…じゃあ、行ってきます」
踵を返し、馬車の方へ歩いて行き、乗り込む。クリスの隣に座る。
興昌が座ったのを確認したクリスが、手綱で馬に指示を出す。馬が歩き出し、馬車がゆっくりと動き出す。見送りの人はだれも帰らず、見えなくなるまで手を振ったり声をかけてくれた。
「お前、愛されてるな」
「そりゃどうも」
「…泣いても誰も文句言わんぞ」
不意に、クリスが興昌に尋ねる。
「泣かないのか?」
「ああ、そういう約束だからな」
「そうか」
納得してくれたようで、クリスが前に向き直る。
確かに悲しい。親しい人と別れるのは寂しい。だが、後ろばかり向いている訳にはいかない。
「…誓いは、果たすよ」
「ん?何か言ったか?」
「別に」
この国を救うといった以上、未来を見上げないといけない。興昌は気持ちを切り替え、前を見つめる。
「やるからには、とことんやるぞ」
こうして興昌は、約4年間を過ごした村 -テルス村ー を後にし、公国の公都、ユニレスへと向かった。




