9話 種明かし
次の日の朝、苦しんでいたところを取り押さえた犯人は、興昌の推測通りの人間だった。その人物が逃げ出さないよう簀巻き状に縛り上げながら、クリスは舌を巻いていた。
「まさか本当に当たるとはな…」
その小さな言葉が聞こえたかどうかは定かではないが、クリスの後ろでは興昌が得意そうな笑みを浮かべている。もっとも、後ろを見ていないクリスにはわからなかったが。
「な?言ったとおりになったろう?」
もっとも、ムカつく顔だというのはなんとなく分かっていたが。
時は、興昌が解毒剤の調合終わりまで遡る。
「して、その方法とは?」
「そいつはな、簡単なことだ。相手に「自分が犯人です。」と言わせるんだ」
自信満々にそういう興昌と対照的に、3人の顔色は曇ったままだった。沈黙が訪れる。
「…お前、なめてんのか?」
沈黙に耐え切れなくなったクリスが会話をつなげる。
「なめていない。これが一番だ」
「うるさい!お前なんかに頼った俺達が馬鹿だった」
「まあまて落ち着け。馬鹿正直にしゃべってもらおうとは考えていない」
「じゃあどうすんだよ?」
その問いかけに、興昌はニヤリと笑って答える。
「しゃべったのと同じようなことをしてもらう」
「というと?」
「殿下を治そうとするのを邪魔してもらおう、と思っている」
アルフレッドとシャーロットは納得した様子だったが、クリスはまだ理解できないのか、首をひねっていた。
「どういう事だ?」
「クリスさん、つまりはこういう事です。我々は殿下に治って欲しいと願っている。でも犯人にとっては、それはあってはいけない事です。殺そうと思って毒を盛ったのに治ってしまっては、元も子もないのです。すでに医者を呼んだことは知っているでしょう。だから、必ず何らかの方法で治るのを妨害してくるでしょう。そこを逆手にとって、逆に犯人を陥れようという訳です」
「な、なるほど…」
クリスもようやく合点がいったのか、頷いている。
「アルフレッドさんが言った内容で大体あってる。犯人は焦っている。今ここで手を打たないとせっかくの計画が水の泡だからな」
「だから邪魔しに来るから、そこを取り押さえる、と」
クリスが言った内容を、興昌は否定する。
「それでもいいんだが、万が一逃げられたら捕まえることはできなくなる。それに、今後ずっと命を狙われるのは苦しいだろう」
「それに、この事を打ち明けられる人間は近くにはいません。我々だけで捕まえるのは少々骨ですな」
「つまり…、どういう事?」
「あえて餌をまき、そこにかかったところで釣り上げよう、という作戦だ」
興昌は、机の上から一本の薬草が入った瓶を目の前に持ってくる。
「さて、これが今回解毒剤に使用した薬草だ。これを適当に放置して、何か適当な理由付けをすれば、犯人はこいつをどうにかせざるを得なくなる。さて、犯人はこれをどう処分する?」
「持ち出して処分するのは時間がかかりますし、見つかる危険がありますね」
「だな。除外していいだろう」
「部屋から出ないでどうにかするってか?」
「おそらく、その通りでしょう」
4人で考えることによって、少しづつ犯人の思考に追いついていく。
「確実に処分したいから、隠すという選択はしないはず。絶対に見つからないという保証はないですから」
「捨てるってのも考えずらいな。」
「燃やすというのも、いささか危険でしょう。燃えカスが残ったり、別の物に引火するかもしれませんからなあ」
「おい手詰まりだぜ?誰にも見つからないように、証拠を残さず、綺麗さっぱりこいつを処分する方法なんてあるのか?」
クリスが薬草を指さす。
「いや、あるぜ?」
「どこだよ?」
「ここだ」
興昌が指さしたのは、自分の腹だった。
「ここにしまい込めば、誰にもわからない」
「なるほど、確かにそこなら誰にも見られません」
「跡形もないな」
「捨てるのも怪しまれることはないでしょう、納得です」
「よーし、こいつに毒を盛って…」
毒の瓶を探そうとするクリスを、興昌が手で制する。
「いや、その必要はない」
「なんでだ?こいつを食わせるんなら、毒を…」
「こいつはすでに毒草だからな」
「「「え?」」」
「こいつは薬草だが、同時に毒草でもある。だからこのまま放置して問題ない。手を加えない方がばれないだろうしな」
「いやいやいや、まてまて」
クリスが興昌の腕をつかむ。かなりの力を込めて握っているようだ。
「どういう事だ、説明してもらおうか?」
「王子殿下に盛られた毒を、効果は似ているが正反対の性質を持っている毒で中和する方法で解毒した。よくあることだ。薬と毒は表裏一体だからな」
「解毒剤が多かったら死んじまうんだぞ?」
「死にはしない。猛烈に苦しむがな」
「同じようなことだ!」
興昌はクリスをにらみつける。腕は掴んだままだが、気にするそぶりはない。
「ではあのまま何もせずに見殺しにすればよかったか?」
「何だと!」
「この毒を完璧に解毒できる薬は手元にはない。手元にあるもので何とかしようとして、それで今は回復に向かっている。何か不満でもあるのか?」
「それは結果論に過ぎない!!」
「過程なんかどうでもいい、最善手を尽くしたんだ」
「一歩間違えば死んじまってたぞ!!」
「何もしなかったら死ぬ。何かしたら死ぬかもしれないが助かるかもしれない。わずかでも可能性がある方にかけるのが正しいと思うがね」
クリスは黙り込んでしまう。興昌の言葉は止まらない。
「正しい方法で全ての事が片づけられる訳ではない。どんな手を使っても目的を達成しようとする気合がお前にはない。この世は結果がすべてだ。方法が正しいかどうかは、俺達ではなく、別の人間が判断することだ」
「……」
「そこに正解が転がっていても、自分の常識に反するといってお前はそれを手放すのか?それに縋り付いて何とかしようとは思わないのか?常識なんてのは自分しか考えていない幻想にすぎない。そんなものに囚われたままの奴は、物事を考える資格なんてない。考えることをやめた瞬間、俺たちは獣以下の畜生に成り下がっちまうんだ!」
「興昌さん、その辺で」
クリスを見かねて、アルフレッドが助け船を出す。
「興昌さん、申し訳ございません。殿下を救ってもらいながら、方法云々に口を出すのは筋違いですね。クリス、そろそろ手を放して謝りなさい」
クリスはすっと手を引き、頭を下げる。
「…すまなかった」
「いいさ。あんたの考えも尤もだ。こちらも感情的になりすぎたようだ」
「それで、犯人は一体…?」
「ああ、犯人ね」
興昌は何でもないかのようにさらりと言う。
「29歳のあいつだ」
「理由は?」
「こいつは隊長と同期なんだろ?出世の速度が違うから、やさぐれてた時に誘いを受けて乗っちまったんだろうよ」
「そんなもんか?」
「そんなもんだ。まあ、捕まえてからゆっくり聞けばいいさ」
興昌は使う薬草だけ残して、鞄に物を詰め始める。
「怪しまれないように一旦出ていく。こっそり戻ってくるから、言ったとおりによろしく」
「分かりました」
そう言い残し、興昌は部屋をでるため扉を開けた。




