NO.8 消えない視線
数日後、王都主催、王族後援のパーティーが開催された。
主要貴族の出席は事実上の義務。
欠席という選択肢が存在しなかった。
リヒター家が姿を見せないとなれば、余計な憶測を呼ぶ。
馬車のなかで、カーライルは静かに言った。
「今からでもやめておくか?必要なら私が理由を作る」
イリスは首を振る。
「大丈夫です」
このパーティーに招待されてから、カーライルは何度も確認してくれた。
先日の一件があって以来、いや、ヴァルツ家が正式に処分されてから初の公の場である。
正直怖さはあるが、逃げる理由にしたくなかった。
ヴァルツ家の娘としてではなく――
リヒター家の妻として、生きていくと決めたから。
カーライルはしばらく彼女を見つめ、短く頷いた。
「……私から離れるな」
「はい」
そのひと言だけで、気持ちが楽になる。
これからの人生を、生きるために。
頑張らなくては。
***
夜会の会場は、光に満ちていた。
高い天井に吊るされた燭台。
磨き上げられた床。
音楽と笑い声。
華やかだ。
けれど――
視線は、冷たい。
イリスが入場した瞬間、空気がわずかに揺れた。
直接責める者はいない。
だが、ひそやかな囁きが流れる。
「ヴァルツ家の娘……」
「よく出て来られたものだ」
「何も感じていないのかしら」
笑顔の裏に隠された嫌悪。
イリスは微笑む。
背筋を伸ばし、優雅に一礼する。
社交界の花。
それは、かつて無理やり演じさせられた顔。
今は――自分の意思で、被る。
カーライルの妻として。
今までしてきたことは消えない。
たとえそれが自分の意思ではなくとも。
イリスは向き合わなくてはならないのだ。
イリスたちは、リヒター家と交流のある貴族たちに挨拶して回った。
直接敵意を見せてくる者はいなかったが、皆、好意的とは言えない。
(これからがんばらないと……)
イリスは改めて思った。
一通り挨拶が済んだ頃、王室警護の男から声がかかる。
「カーライル様、少々よろしいでしょうか」
「王都の警備のことでお話が」
カーライルはイリスの顔を見る。
先日の件があったため、イリスのそばを離れるのを気にしているらしい。
「1人でも大丈夫です。今日は人も多いですから。」
イリスは笑顔で彼を促した。
「すぐ戻る」
カーライルは短く言うと、その場を後にした。
ひとりになった瞬間、視線が増えた気がした。
胸の奥がわずかに重くなる。
だが、それを顔に出すことはしなかった。
カーライルがいないことに少し心細さを感じ出した頃、後ろから声がかかった。
「奥様、少しお時間をいただけますか」
穏やかな声。
振り向くと、中堅貴族の男が一礼していた。
確か、ヴァルツ家の不正取引で被害を受けた家だったはず。
「ヴァルツ家の件で……まだ、解決していない件がありまして。決して奥様を恨んでいるわけではなく、ただ協力して欲しいのです」
低い声で続ける。
「思い出せる限りでいいので、証言をお願いできませんか」
イリスの心臓が小さく跳ねる。
「何かご存じであれば、助かる者がいるかもしれません」
責める口調ではない。
だが、逃げられない言い方。
ヴァルツ家がしたこと。
自分の家が残した傷。
イリスは視線を落とす。
「……どこでお話を?」
「少し静かな場所がございます」
男は人混みの外れを示す。
一瞬、迷う。
だが、ここで背を向けて、知らないふりをするのは嫌だった。
「すぐ戻ります」
近くの侍女にそう告げる。
カーライルはまだ王室警護の男と会話中。
護衛は入口付近で待機している。
不安はあるが、被害者相手に敵意を見せなよう1人で向かうことにした。
イリスは、男の後を歩いた。
音楽が遠ざかる。
回廊は少し暗い。
給仕たちが行き交う裏手へと続いている。
「こちらです」
男は足を止める。
そして、わずかに会釈し――
「お話はあちらで」
そう言って、別の方向へと去った。
イリスは、ひとり残される。
静かな回廊。
遠くから、かすかな音楽。
そして。
「お久しぶりです、お嬢様」
背後から、穏やかな声。
血の気が引く。
振り向く。
裏方の衣装。
整えられた髪。
変わらぬ微笑。
ジェラルドが、立っていた。




