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実家に殺されかけましたが、政略結婚先での慣れない優しさに困惑しています  作者: 春野スミレ


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NO.6 距離感

 ジェラルドが姿を現してから1週間が経った頃。


 日常を取り戻しつつあったイリスは、以前よりよく眠れるようになっていた。


 外を巡回する足音。

 増えた警備の気配。

 それだけで、身体の強張りが少しずつほどけていく。


 カーライルは廊下ですれ違うたびに心配をしてくれた。


「顔色は悪くないな」


 短い言葉。


「……はい。最近は、よく眠れています」


「それはよかった。

 他に何か手伝うことはないか?何でもいい」


 ヴァルツ家の件があって以降、カーライルは事あるごとに気にかけてくれる。


 イリスは、カーライルとの距離を測りかねていた。


 人に頼るのは、まだ怖い。

 迷惑ではないだろうか。

 重荷ではないだろうか。


 ただ、この距離を縮めたいとも思い始めていた。


「……少し、書庫へ行きたいのですが」


 ためらいがちに言って視線を上げる。


「一緒に、来ていただけませんか」


 胸がどきりと鳴る。

 断られたらどうしよう。

 頼ること自体が初めてで、落ち着かない。


 カーライルは、迷いもせず頷いた。


「もちろんだ」

「今からでいいか?」


 カーライルは少し嬉しそうに歩き出す。

 イリスから何かをして欲しいと頼まれたのは初めてだった。


 並んで廊下を進む。

 石の床に足音が響いた。


 書庫は屋敷の奥にある。

 扉を開けると、紙と革の匂いがふわりと漂った。


 イリスの肩の力が、自然と抜ける。


「……好きなのか」


「はい。ここは、静かで」


 棚をゆっくりと見て回る。

 背の高い位置に目当ての本があった。


 背伸びをして取ろうとすると。

 影が重なり、本がすっと抜き取られた。


「……ありがとうございます」


「これであっているか?俺が持つ」


 短く確認した後、カーライルは目当ての本を次々と抱え始めた。

 その自然さに、少しだけ胸がざわつく。


 いくつか本を選び終えたあと、棚の横の小さな段差で、わずかによろめいた。

 次の瞬間、カーライルの手がふわりと肩を支える。


 イリスは一瞬、息を止める。

 誰かに触れられることは、怖いはずだった。


 けれど――


 カーライルの手は、怖くない。


 あたたかい。

 胸の奥が、きゅっと締まる。

 理由は分からない。


「……大丈夫か」


「はい」


 慌てて頷く。少し気まずくて話を逸らした。

 

「……これ、昔好きだった物語なんです」


 一冊の本を手に取る。


「こういう話を読むと、少し……」


 救われる気がする、と言いかけて、止める。

 カーライルは追及しない。


「部屋で読め」


 そして、イリスの手からさらに本を受け取る。


「重いだろう」


 当たり前のように言う。

 イリスは、少しだけ困ったように笑った。


 甘えている気がする。

 でも、受け入れてくれている。


 並んで歩く帰り道。

 窓の外に視線を向ける。

 庭は穏やかだ。


(……安心、していい)


 そう思いかけた、そのとき。

 屋敷の外れ――敷地の塀の向こうで、何かが動いた気がした。


 一瞬。

 ほんの一瞬。

 イリスは立ち止まりかける。


「どうした」


「……いえ」


 首を振る。


 気のせい

 きっと、そうだ。

 屋敷の中にいる限り、危険はない。


 そう言い聞かせて歩き出す。


 その頃。

 屋敷の外、木立の陰に、影がひとつ動いた。


 巡回の間隔。

 裏門の構造。

 護衛の立ち位置。


 静かに観察している。

 遠くから、ただ見ている。

 まだ近づかない。


「……もう少しだ」


 穏やかな声が、風に溶けた。


 依存する前に。

 完全に安心する前に。


 引き離す。

 その機会を、待っている。

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