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21話




 寝付くにはまだ早い。宿の確保だけして寛ぐ事はせず、ノクナイトの元へ行く事をオスカーへ告げる。


「部屋で休んでいれば良いのに」

「騎士としてお傍で仕えるべきかと思いまして」

「思いまして!」


 オスカーに便乗したリリンは手まで挙げている。


 王都よりも狭い厩にノクナイトは、他の騎士たちが連れてきた馬を縮こます程に威張っていた。他の馬たちが私を見るなり「タスケテ」と喋り出しそうな勢いで視線がかち合う。


「ノクナイト⋯」


 名を呼ぶと首を下げたノクナイトの額を掻いてやった。


「暴れ馬とはまさにコイツの事で─」


 手を伸ばしたオスカーに気付いたノクナイトはその腕に噛み付いた。


「ふっ⋯」

「エレノア様⋯笑うならちゃんと笑ってください」


 一度吹いてしまったが口元を覆って明後日の方向へ視線を逸らすと、ノクナイトの存在に萎縮している馬とは別に凛とした黒馬が居た。


「あの馬は?」

「どうやらノルトヴァルト公爵の愛馬のようです」


 鬣は綺麗に結われており、毛並みも艷やかだ。丁寧に世話をされたのが一目で分かる。


「ノクナイトも編むか?」


 鬣に触れるとノクナイトは鼻を鳴らして首を振った。


「エレノア様!明日は何時ごろ出発されますか?私は最後までついていきますからねっ」

「日が昇れば出発したいな。山岳地帯のフロイデンまでは最短でも2日は必要だ」


 騎士の体力が持っても全ての馬のコンディションを合わせる事は難しい。特にノクナイトに萎縮し気苦労もあるだろう。


「途中で二手に別れる。私は山岳を登り、オスカーは川から運搬した後のルートを確認するように」

「迂回になりますので先に出発しましょう。同行させる騎士は第二師団所属の者にします」

「任せるよ。リリンは私と共にフロイデンまでのルートを走る」

「喜んで!」 


 リリンとオスカーが頷いたのを確認し、明日の出発に備えて他の騎士にも言伝を頼んでおいた。


 厩を後にし、リッテンの街並みを歩く。


「⋯静かだな」


 川が風に揺れる音が耳に届くほどに。


 日が傾き始めるまで設置されたベンチに腰を下ろし、まばらに行き交う住民を遠目で眺める。

 動きやすい服装には慣れているが、腰にない剣の重みには未だに慣れない。ノルトヴァルト公爵の剣を抜いたあの時、その重みと風を切る感覚を残すように拳を握った。


「剣とは何か⋯」


 公爵夫人として夫を支える。己の役目とは⋯


「母上は知っておられるだろうか」


 伯爵夫人として夫を支えた母上は、騎士でありゴルディア騎士団副団長でもあった。そして、ベラ夫人のように愛を知っている。


「⋯⋯、」


 馬鹿らしい、と声に出しそうになったのを止める。


 愛という抽象的な感情のために私の剣を取り上げられたのであれば、公爵夫人で居る限り何も得られないだろう。

 ⋯ノルトヴァルト公爵にはかつてより愛している前妻が居るのだから。


 日が落ち始め、空にはオレンジと紫色が混じった雲が浮かんだ。


 余計な事は考えないように頭を振り、今は交易路に専念しよう。レーヴェンシュタットからリッテンまでは順調であり、次いで立ち寄るフロイデンもメアリーの話によれば問題なさそうだ。


 立ち上がり、宿へ戻るために歩き出す。街頭が点灯し始めた道を歩くのは私と数えられるだけの住民だが⋯今後はこの街も活気溢れ、今のような静かな時間は少なくなるだろう。





 ベッドで横になり、浅い呼吸を繰り返すと翌朝になっていた。夢も見ず、眠ったのかも定かではないまま顔を洗うために水を用意させる。

 出発の準備を整え外へ出ると、オスカーは既に騎士を集合させていた。


「おはようございますエレノア様。我々は川沿いに進み安全確保とフロイデンまでのルートを確認して参ります」

「あぁ、頼りにしているよ」


 軽い挨拶の後、先に立つオスカー達を見送ると、第三師団の騎士たちが準備を終えてリリンと共に整列を始めた。


「公爵閣下もご一緒なさる。くれぐれも失礼のないように」

「はっ!!」

「私はリッテン男爵へ挨拶をしてくる。各自準備を終えた者は北門で待機していろ」


 敬礼で返した騎士たちは私語もなく素早く動く。それを尻目にリッテン男爵の邸へ向かい、今日出発する事を知っているリッテン男爵は自ら出迎えてくれた。

 ノルトヴァルト公爵と眠そうなレティアス殿も支度は終えているのか玄関ホールに立っている。


「おはようございます公爵夫人⋯すみません、ベッドでの睡眠が心地よすぎまして⋯」

「途中休憩は入れますがこの先は宿の準備がありません。それでもレティアス殿は大丈夫でしょうか」

「野営は慣れてますので⋯俺の事はお気になさらないでください」


 何度も欠伸を噛み締めるように堪えて涙を浮かべるレティアス殿を、ノルトヴァルト公爵は冷めた目で見ている。


「リッテン男爵、この度はご協力に感謝申し上げます」

「いえ!こちらこそ尽力させて頂きますのでどうぞよろしくお願い致します!」

「心強い限りです。では、フロイデンまでのルートが確認出来ましたら予定通り騎士を派遣します」

「お待ちしております。⋯山岳地帯は危険がありますのでくれぐれも⋯」

「えぇ、心得ております」


 最後に握手を交わし、リッテン男爵の邸から厩へ向かう。ついてくる2人⋯主にレティアス殿はノルトヴァルト公爵に向かって軽口を叩いているが咎めがないため放って置く事にした。


「その馬⋯」


 厩には3頭の馬しか居らず、ノクナイトを見たノルトヴァルト公爵は眉を顰めた。


「勝手に連れ出し申し訳ございません。この馬が一番整っておりまして」

「誰も乗せず名も認めない馬だ。これに乗ってきたのか?」

「私を乗せ、名はノクナイトで納得してくれたようです」


 言いながらノクナイトの首を撫でる。気持ち良さそうに擦り寄る姿に、ノルトヴァルト公爵は感心したように「ほう」と短い言葉を発した。


「公爵夫人が気に入ったなら好きにするといい。レティアス、馬を出せ」

「仰せのままに〜」


 レティアス殿が2頭の馬の準備を進めるのを横目に、ノクナイトに鞍や手綱を取り付けていく。

 こうも簡単に所有物を譲っても良いものか考えてみたが、今後もノクナイトを傍に置けるのであれば余計な発言は控える方が良いだろう。


 戦を共に駆けた愛馬はレーヴェン領の温かな地で余生を過ごしてほしい。


 準備が整い騎士と合流し、フロイデンまでのルートを再確認させる。近くにノルトヴァルト公爵が居るのは落ち着かないのか、騎士たちはどこかソワソワしているようだ。


「此処からは平坦な道が無くなる。各自に与えた使命を全うし、フロイデンでオスカーと合流する」


「公爵夫人は頼もしいですね」


 レティアス殿の言葉に振り返る。


「これから北方への移動となりますので、お二人にはより安全な道の選択をお願いしたいのですが」

「馬車が安全に通れる道の開拓ですよね!お任せください!」


 すぐに了承してくれたレティアス殿は、こちらを見もしないノルトヴァルト公爵の肩を肘で小突いた。それにも反応しないため、レティアス殿はさっと馬に跨り騎士の元へ駆けていってしまった。


「⋯⋯⋯では、」


 残された私もノルトヴァルト公爵に浅く礼をして後を追う。

 騎士たちを追い抜き、既に印を付けている道を進んでいくと「公爵夫人!」と呼び止められた。


「レティアス殿?」

「ちょ⋯公爵はどうしたんですか?」

「どうもしておりませんが⋯まさか私が公爵閣下を手にかけられるとでも?」

「そういう意味ではなく⋯お二人で積もる話もあるかと思って」


 せっかく走り出せたノクナイトが不服そうに歩く。首筋を撫でて機嫌を取りながら、隣を歩くレティアス殿へ視線を向けた。


「積もる話⋯とは?」

「ご結婚されたばかりですから。同じ戦場を勝ち抜いた者同士、話の共通点もおありでしょう。更にお互いを知り、仲を深めるためには会話が必要かと思いまして」


 レティアス殿の言葉に、疑問が浮かんだ。


「レティアス殿」


 未だにツラツラと続く話を名を呼んで遮る。


「⋯はい?」

「見習いと言えど書記官ならば誓約書をご存知でしょう」

「⋯⋯」

「互いに干渉しない事。交易路は互いの領地に恩恵を与えますが、個人的に仲を深めるつもりはございません」

「⋯公爵がお嫌いですか?」


 叱られた犬のように上目遣いの問いに、意識せずとも小鼻がピクリと動いてしまった。


「総司令官としての功績は尊敬に値します。それ以上でもそれ以下でもありません」

「あの顔、好きじゃないですか?」

「顔⋯」


 特に興味はないが。そのまま言えば失礼かと言葉を選んでいると、追い付き先頭を歩く私たちを抜くことが出来ない騎士たちが視界に入った。


「東端では逞しい男が多いので色の白い男は見慣れない、とだけ」

「では体は ──」

「このまま真っすぐでよろしいですかレティアス殿。それとも迂回が必要でしょうか?」


 くだらない質問をされる前に質問を投げた。ノクナイトも苛つき出し、時折前脚を高く上げては地面を叩くように踏みつけている。

 突然の質問にレティアス殿が慌てて辺りを見回し始めたが、騎士たちを避けて走る蹄の音が近付いてきた。


「こっちだ」


 止まることなく駆けていく黒馬。その姿に⋯


「─!」


 ノクナイトが反応した。

 




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