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20話



「つまり社交界に伝手がないリッテン男爵が公爵閣下と繋がりを持ち、ノルトヴァルト領は冬を越すための食糧の確保がしたい、と⋯?」


 要約してレティアス殿を見るとウインクしながら親指を立てられた。


「戦も終わり、漁業は波に乗っております!収穫も例年より多いためノルトヴァルト公爵様へご献上も喜んでさせていただきます!」


 リッテン男爵の緊張が解けたのか饒舌になった。それに対してノルトヴァルト公爵は態度を変える事も無く、条件の提示を進めている。

 簡潔にまとめられた誓約書に目を通していくリッテン男爵は首を小さく動かしながら数を数え、その桁の多さにソファーの背凭れにしがみつくように後退りした。


「こ、こんなに⋯っ」

「お恥ずかしながらノルトヴァルト領には財はあれど協力してくださる家門が極端に少ない傾向にございまして」

「ですが此方から差し出せる物は魚くらいでして⋯海ではないため、甲殻類や貝は食用になりません」

「運搬費も込めております。冬になると此方から人を出すのもままならないため、ご協力頂けますと幸いなのですが」


 レティアス殿は笑みを貼り付けているが、後ろ手に組まれた拳に力が込められている。


 なるほど⋯他の家門がノルトヴァルト領への協力を渋る理由はこれか⋯。極冬という過酷な季節にわざわざ人を送るような危険な真似は出来ない。しかし、仕える家門の少ないノルトヴァルト領から人を出すことも出来ない、と。


「それでしたらエレノア様⋯ごほん、公爵夫人の敷設計画で確保されるかと思うのですが⋯?」

「⋯⋯」


 言うな、と言っていない私が悪い。そもそも交易のためにリッテンまで来たのであれば、私の計画と繋がってしまうのだからリッテン男爵に悪気はないだろう。


 今回ばかりはノルトヴァルト公爵の視線を無視する事も出来ず、部屋に控えていたメイドにオスカーを呼ぶよう伝えた。


「私が此処へ来た理由は、東端と北端を結ぶ交易路の敷設計画のためです」


 グラウンドからリッテンまでのルート確認は終えたため、次はリッテンからフロイデンまでの道のりを再構築する予定だった。地図はオスカーが持っている事を告げ、簡単に説明だけしておく。


「まさか、公爵夫人がそのような計画を⋯?!」

「ご存知なかったのですか?」


 至極真っ当な質問だが、わざわざ誓約の内容を外部に漏らす必要もない。


「オスカーが来たらルートについてご説明させて頂きます」


 それっぽい事を言って口を継ぐんだ。




 少ししてオスカーが到着し、ノルトヴァルト公爵とレティアス殿の存在に一瞬顔を引き攣らせたが指示通りテーブルに地図を広げた。


「こちらがエレノア様が用意された東端領都、レーヴェンシュタットから北端領都、ノルトヴァルグまでを繋ぐ交易路のルートになります」

「レーヴェンシュタットからグラウンドまでは手始めに木道にて建設を開始しております。今後はフロイデンへ向かい、石材の供給権利を獲得できれば加工し、使用します」


 グラウンドからリッテンまでは西側のルートを通り、途中の平地に騎士団の訓練所を作る。

 リッテンからフロイデンまでは川を利用し、馬車の通れる橋を建築する。橋が出来るまでは小型の船で運送する事をリッテン男爵から許可してもらった。


「通行料や宿屋の増設でリッテン男爵への恩恵も⋯公爵夫人、戦狂という噂は噂に過ぎなかったのですね!」

「戦狂とは呼ばれていましたので事実かと」

「エレノア様、そういう意味ではないと思いますよ⋯」


 オスカーが呆れたように首を振った。


 元の目的であるルートの再構築も済み、席を立つとリッテン男爵が部屋の案内をするようメイドに伝えた。


「俺は昨夜と同じように騎士の者と宿を使いますのでご遠慮致します。エレノア様、また後ほどお会いしましょう」

「ご苦労だった」


 オスカーを労い、メイドについて行く。先に部屋を通されたレティアス殿は「ベッドだぁ⋯」と細い声を発しながら部屋の中へ消えていった。


「此方が公爵両夫妻様のお部屋でございます」


「⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯」


「では、ごゆっくりお過ごしくださいませ」


 丁寧にお辞儀したメイドは、動かぬ私とノルトヴァルト公爵の背を押して部屋の中へ入れると扉を閉めた。廊下ではしゃぐような声が聞こえ、どちらともなく溜め息を吐く。


 豪華な装飾に大きなベッドは1つだけ。夫婦として案内されるならば違和感のない客部屋か⋯だが、私とノルトヴァルト公爵が同じベッドで眠るわけもない。


「そこに座れ」


 髪を掻き上げる動作をしながら進んだノルトヴァルト公爵がローテーブルにあるポットの中身を確認した。指定されたソファーに座ると、作られたばかりの紅茶がノルトヴァルト公爵によって注がれる。


「交易路の敷設計画の目的はなんだ」

「東端と北端を結ぶためです」

「何のために結ぶ?」


 眉も動かぬノルトヴァルト公爵は自ら淹れた紅茶を口にする時も私から視線を逸らさない。

 互いに干渉しない⋯と、しても。自分の領地が関わればそうも言っていられないか。


「レーヴェン領はその土地柄から生産品が多いですが、鉱山は少なく高値での取引となります。縁が出来たのでノルトヴァルト領の鉱石と引き換えにレーヴェン領からは食糧の確保を、と⋯」


 言い切ってノルトヴァルト公爵を見るが表情からは何も読み取れず、しかし怒気は感じられなかった。


「鉱石⋯我が領地に鉱夫は居ないが」

「働き口ならば、安全性が確約できれば何処からでも来るでしょう」

「どう対処する?」

「極冬を体感しておりませんので今はお答えが出来ません」


 居心地の悪さに始まりそうな手遊びを、指の先まで力を込めて封じる。


「そうか」


 ただそれだけの言葉に力は抜けた。


「よろしいのですか?」

「公爵夫人がする事に口を挟むつもりはない。ただ、此方としては願ってもない計画である事は確かだ」


 先程のリッテン男爵とのやりとりを思い出し、納得する。


「⋯交渉が不得手、でしょうか」

「⋯⋯⋯」


 初めて逸らされた顔に、若き公爵でありながら総司令官を務めた彼の意外な一面を知ってしまった。

 何をしても完璧であり、出来ない事を探す方が難しいと言われていた気がするが⋯


「⋯では、引き続き此方で動きます」


 目的を知り賛成を貰えたのならこちらとしても問題はない。もし反対されても誓約書を取り出すつもりでいた。


「公爵閣下はごゆっくりお休みになられてください。私は退室致します」

「待て」

「まだ何か?」

「あのような誓約を交わして不躾な願いだが、次のフロイデンまでも同行して良いか?」


 互いに干渉しない、という誓約。それを持ち出したのはノルトヴァルト公爵であり、私は従うまでだ。目的に差異はないため同行する事に異論はない。


 が⋯


「レーヴェンの騎士も居りますが」

「問題ない」

「そのように伝え申します。リッテンを出発するのは明日を予定しておりますがよろしいですか?」

「あぁ」


 短い返事にはお辞儀で返し、今度こそ私は客室から退出する。


「まさか公爵閣下が交渉下手とは⋯」


 なんでも金を積む、しか策がなければ家門によっては門前払いだろう。公爵家との繋がりを作りたい者は多くとも、領地の支援となれば仲の深さは重要だ。


「エレノア様?」


 まだ邸に残りリッテン男爵と話をしていたオスカーが此方に気付き小走りで寄ってきた。


「オスカー、今後は公爵閣下も同行する事になった」

「それは⋯随分と窮屈な遠足になりそうですね」


 苦笑したオスカーの肩を叩き、リッテン男爵に挨拶して邸を後にする。

 まだ日は高いが、すぐに沈むだろう。人の賑わいも落ち着いた街並みをオスカーと歩きながら宿屋へ向かった。


「それで、同行される理由とは?」

「交易路の敷設は公爵閣下もお望みだ。だが⋯どうやら交渉には長けていらっしゃらない様子でな」

「あぁ⋯若くして戦場に駆り出された御方ですからね⋯内政を握る家門との繋がりは薄いのでしょう」


 戦地とはならぬ北端の領地。父は亡くなり、前妻は去り、母が頼れる旧家は南端と遠い。


「東端であり国の境でもあるレーヴェン領はヴィルヘルム様が居られますし、その気候故に優秀な文官も集まりやすいですから」


 戦に参戦しながら社交界にまで顔を出せるわけがない。書記官見習いを連れるくらいだ⋯頼れる文官も居ない可能性がある。


「⋯総司令官として最も貢献された御方ですが、貴族であるならば社交界での交流や交渉術は必須です」

「それは公爵閣下の課題だな。私には関係がない事だ」

「エレノア様がそう判断されるならば俺も気にしませんがね」


 宿屋に着き、オスカーは一部屋追加出来るか宿主に聞いた。雰囲気が軽くなったオスカーはどうやら機嫌が良いらしい。




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