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19話




「エレノア様!」


 リリンの声に目線を左へズラすと、それよりも奥に風に靡く金髪が視界に入った。


「公爵閣下⋯?」


「お帰りなさいませっ!この後はどうされますか?リッテン男爵の邸で休まれます?」

「すまないリリン。私はこれからオスカーと共にルートの再構築をせねばならん」

「そうですか⋯では、私は空き地の確保が終わったので、次は建築家の元を訪ねて参ります!」

「無理せず休み休み頼むよ」

「頭ポンポンしてくれたらいっぱい働きます!」


 ぴょん、と跳ねたリリンの頭に手を乗せたが、そのせいで休まず働かれても困るため乗せたまま体重をかけた。跳ねる事が出来なくなったリリンは歯を食いしばって抵抗するが、諦めて力を抜いたため私も手を離してやる。


 元気に走り去るリリンを見送り、先程視界に入ったノルトヴァルト公爵の元へ向かった。


「突然お目にかかり失礼致します、ノルトヴァルト公爵閣下」

「⋯何故ここに?」


 訝しげに聞かれ、返答に詰まった。


 交易路についてはノルトヴァルト領にとっても悪い話ではないはずだが、今反対されてしまえば厄介だ。

 せめてフロイデンまでの道を確約し、後に引けない状況を作り出してから鉱山の話しを持ち出したかったのだが⋯。


 質問に答えない私に、ノルトヴァルト公爵は眉を寄せたまま口を開いた。


「母上が王都へ戻ったそうだが」

「ベラ夫人ですか。ご息災の様子で在られました」


 話題が変わり、私は短く息を吐いた。


「レーヴェン領へ戻ったと聞いたが」

「⋯?」

「母上に追い出されたのだろう?」

「いえ。留守を預かって頂いております」


 ノルトヴァルト公爵は腕を組んで首を傾げた。それに対して私はいつの間にか両手を後ろに回していた事に気が付く。


 肩幅に広げていた足をそっと閉じながら、いつかの対面時もこのようにしていたな、と苦笑を漏らした。


「護衛の者はどちらにいらっしゃいますか?」

「書記官見習いだけ連れてきた」

「まさかお二人で⋯?ならば護衛を引き受けましょう」

「⋯⋯」


 要らん、と言われる事を見越して吐いた提案に返答がない。未だに眉間のシワが濃い顔を見上げると、赤い瞳と視線がかち合った。


「リッテン男爵の邸へ向かう。公爵夫人も来い」

「承知致しました」


 どうせオスカーはリッテン男爵と共に邸へ向かっている。領地に戻ったはずのノルトヴァルト公爵がリッテンに居る理由は知らないが、知る必要もないだろう。

 ただ、向かう場所が同じだけだ。


 一歩踏み出すと、ノルトヴァルト公爵も歩き出す。何故か私の後ろを歩くため、護衛ならば後ろへ回りたい事を告げるため振り返った。


「公爵閣─」

「公爵様!ちゃんと言われた所に居てくださいよ!アンタが目立つデカさで良かったけれども!」

「お下がりください公爵閣下!ならず者です!」

「ひぃっ!!」


 不用意に近付いてきた男に対して、私はノルトヴァルト公爵の剣を素早く抜き、持ち慣れた重さよりも重量のある刃をならず者の首に突き立てた。


「細い悲鳴を上げるとは情けない。⋯その小型ナイフで総司令官を務められたノルトヴァルト公爵を襲うつもりか?」

「!!!!」

「⋯毒を塗っているな。卑劣な真似を⋯」

「こ、公爵夫人ではないですか!!というか公爵様!何してんですかっ!早く誤解を解いてくださいっ」


 間一髪で剣を防いだ小型ナイフを弾き蹴ると、それを踏んで止めたノルトヴァルト公爵に視線だけ向ける。


「そいつが書記官見習いだ」


 取り押さえている男へ視線を戻すと、なんともだらしない笑みを晒して「ご機嫌如何でしょうか、公爵夫人」と手を振られた。


「⋯⋯失礼しました」


 剣を下ろし、謝罪の言葉と共に腰を折ると書記官見習いの彼は両手を勢い良く振りながら「お顔を上げてください!」と言うが⋯己の失態はそれだけではない。


 私が手にしている剣はノルトヴァルト公爵の物だ。


 なんなら鞘から抜く時にノルトヴァルト公爵を蹴り押した気もする。


 下げた頭のまま首を動かしノルトヴァルト公爵の腰付近を見ればくっきりと足跡が付いていた。


「⋯⋯⋯」


 また地面へと向き直り、吹き出し始めた冷や汗を止めるために息を止めてみた。


「良い。公爵夫人、顔を上げろ」

「はっ!」

「剣を返せ」

「申し訳ございません!」

「⋯俺は上官ではなく夫だが」

「心得ております」


 命令に従い、謝罪の言葉と共に剣を返し、返事と共に片膝を付く一連の流れにハッとしてノルトヴァルト公爵を見上げると、冷めた目が向けられていた。


「ふ⋯は⋯、ははっ⋯⋯、失礼致しました」


 笑いを堪えきれていない書記官見習いの男が口元を手で覆って隠しながらそっぽを向く。少し落ち着いたのか襟元を正すと、


「レティアス・スノウと申します。ノルトヴァルト公爵様の元で書記官見習いをしております」


 自己紹介をされた。


「スノウ侯爵のご子息ですか?」

「父をご存じのようで」

「剣の訓練を付けて頂いた事があります」


 そういえば次男が剣を嫌っていると嘆いていた。そこまでは口に出さず、立ち上がって改めて挨拶をする。


「エレノア・フォン・レー⋯⋯ノルトヴァルトと申します。以後お見知りおきを」

「毒殺未遂があったと伺いました。ご無事の様子で何よりです」


「さっさとリッテン男爵の元へ行くぞ」


 当たり障りのない会話をノルトヴァルト公爵が遮った。レティアス殿は慣れているのか「はいはい」と軽い返事をして先導する。


「それで、公爵夫人は何故こちらにいらっしゃるのですか?」

「ノルトヴァルト領へ伺う途中に寄りました」

「これからいらっしゃるおつもりですか?!既に雪がちらつき始めましたし極冬が過ぎてからの方がよろしいと思いますよ」

「一度体感するのも悪くないかと」


 嘘は言わずにレティアス殿に返し、リッテン男爵の邸の前に到着した。

 ただ、此処はあまりにも⋯


「ノルトヴァルト公爵閣下にご挨拶申し上げます」


 レーヴェン騎士団の者が多すぎる⋯。


 ノルトヴァルト公爵はオスカーの挨拶に返事もせず私を見遣った。なるべく目を合わせぬように前を向き、オスカーには手で払う動作をすると意を汲んで離れてくれた。


「レーヴェン騎士団を連れて我が領地へ?」

「少し事情がございまして」

「まさか!大奥様が公爵夫人をレーヴェン領へ追いやったという話は本当だったのですか!それで騎士団を連れて⋯」


 いつの間にそんな話になったのか⋯。大袈裟に驚く動作をしたレティアス殿に苦笑する。


「そのような事実はございません」

「レーヴェン伯爵がお怒りになっているなんて事は⋯」

「父上とは式以来会っていませんが息災であるとだけ聞いております」


 ホッと胸を撫で下ろし「盾にも矛にもなりたくない⋯」とレティアス殿が呟いたが、一体なんの話をしているのだろうか⋯。


 未だに怪しむような視線を送ってくるノルトヴァルト公爵には気付かないふりをして、リッテン邸の従事者が震えながら開けた扉から玄関ホールへ入る。


 既に一泊しているため、顔見知りのメイドが寄ってきたが、隣に立つ男2人を見て顔を赤くし同僚の後ろに隠れてしまった。


「よ、ようこそ⋯!のるゔぇ、ノル、ノルトヴァルト公爵様っ!」


 私だけではなくノルトヴァルト公爵まで同席していれば怯えもするだろう⋯。何度も噛みながら歓迎の言葉を紡ぐリッテン男爵は、もはや他国の言語ではないかと思うほどの動揺っぷりだ。


「落ち着いてください、リッテン男爵。たまたま広場でお会いし、公爵閣下も用件があるそうで一緒に参りました」

「そ、そうですか⋯」

「私は談話室をお借りしますので、先にどうぞ」


 ノルトヴァルト公爵へ向かって頭を下げると、リッテン男爵が早速案内をするように動いた。それと同時に腕を掴まれ、顔を上げると何も言わないノルトヴァルト公爵が私も連れて歩いていく。

 抵抗をするわけにもいかず、ついて行くとリッテン男爵が応接間の扉を開けた。



「私も同席するのですか?」 

「俺の用件は隠すほどの事ではないからな」


 趣味の悪い骨董品が並ぶ応接間のソファーに並んで座り、レティアス殿が後ろに立つ。

 1人向かい側に腰を下ろしたリッテン男爵は、何度もハンカチで額を拭っていた。


「で、では⋯その⋯」

「書簡を頂き、返事の時間が惜しいため無礼承知で直接参った。その点の詫びはする」

「公爵様。高圧的にならぬようお願いします」


 レティアス殿は笑みを貼り付け、腹話術のように口を動かさずに小声で指示を出した。しかしノルトヴァルト公爵は口元を緩める事なく足を組み背凭れに体重を預けている。


「レティアス殿⋯この場はどのような⋯」


 ノルトヴァルト公爵の態度から推測するとリッテン男爵が何か不祥事を抱えているようだ。そうなれば計画の見直しが必要になってしまう⋯。


「そ、そんな⋯まさか!ノルトヴァルト公爵様が直接来てくださるなんて光栄な事でございます!ありがとうございます!」


 ⋯心配は必要ない、か?



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