2. 出会いと契約
ポタリポタリと頬に感じる不快感に瞼を開くと巨大な何かが大きな瞳でこちらを見ていた。
一瞬現実逃避してしまいそうになったが、目を覚ましたということは絞首刑から助かったのだろうか。
いや、そんな事はない。
悪役令嬢として悪行の数々を重ね、味方は誰もいない状態で終わりを迎えた。
なら何故…。
「やっと目を覚ましたか、罪人。」
「?」
「我が名はルシファル。この地獄の王だ。」
「地獄の王…。」
「貴様は悪行の数々を重ねた結果、ここに送られたというわけだ。罪には罰を。それはどこの世界でも同じだろう。」
「…そうね。」
「ニーティア・テルロッド。貴様には最下層での労働を命ずる。高待遇を求めるのならば上を目指すと良い。」
その言葉とともにジェットコースターを下るときに感じる不快感を受け、視界が変わっていくと溶岩とマグマだらけの何もない場所に立っていた。
「新人だな。」
後ろから聞こえてきた声に振り返ると黒髪に小さな角を二つ生やした男性が仁王立ちしている。
2mは優に超える身長に筋骨隆々な体格に上から下まで眺めていると咳払いされた。
「初対面でジロジロ見るのが普通なのか?」
「人間以外と会うのが初めてだからよ。」
「元令嬢と聞いていたが…。」
「確かにおっしゃる通りだけれど、地獄に居るということは私、死んだのでしょう?それなら令嬢でいる必要はないわ。」
「確かにそうだな。お前、変わってるな。ここに来る人間は皆、俺の事を怖がるんだが…。」
「どのあたりが怖いのかしら?」
「俺が知るわけねえだろ。」
「そうね。」
確かに金色の瞳に黒い瞳孔は細く、鋭い牙が口から見えるがよくあるゲームの設定だとそれくらい許容範囲だ。
ホラーゲームに出てくるような露骨な容姿であれば流石に驚いていただろう。
そんなことを考えながらこれから何をすればよいのかと辺りを見渡してみる。
「労働とは具体的に何をするのかしら。」
「こいつらの餌やり。」
火の粉の上がるマグマをさしてこいつらと言った彼に反応するように叫び声が聞こえてきた。
耳を刺すような煩さに両手で塞ぎながらまじまじと見てみるとそれは人間の上半身の形をしており、何千何万という数がひしめき合っている。
隙間なく埋め尽くされるその姿に気持ち悪っと思わず声を漏らし、身震いした。
「酷えな。こいつらだって傷付くんだぜ?」
「この人たちは…?」
「最下層より下の人間だな。」
「ここより下?それならここは最下層じゃないわ。」
「あー最下層ってのは人間の形を保っていられる最後の場所の意味なんだよ。その下は悪魔に食われるのを待つだけの存在。自業自得だから同情はしねえな。」
「自業、自得よね。」
「同族を殺めるなんざカスのすることだ。」
冷たい視線を向けられ、確かにその通りだと頷きながらこれからのことを考える。
今わかっている事は絞首刑で命を落とした先が地獄だったということ。
そして高待遇を求めるなら何かをして上を目指さなければならないらしい。
このままずっと耳を刺すような煩さに両手で塞ぎ続けるのも餌やりなんて仕事も願い下げだ。
彼がこちらへと突き出してきたバケツの中には巨大ミミズが蠢いてとり、身震いしながら距離を取る。
「何かしら。」
「これが餌だ。今回は取ってきてやったが自分で取ってこいよな。」
「無理よ。」
「即答かよ!」
「そんな気持ち悪いもの触れるわけ無いでしょう。」
「飢え死にしたいのか?ここじゃ一番マシだぜ。」
「これでマシとかどういう神経しているの。」
「聞こえてるぞ。」
「聞こえるように言ってるのよ。そんなことより上を目指すように言われたのだけれど、何をすればいいか知っているかしら?」
「そりゃ弟なりのジョークだ。人間が上に行けるわけねえ。」
「貴方なら行けるということね?」
「当然だろ。これでも王の兄貴ルーシェ様だぜ。」
「王のお兄さん?そんなあなたが何故ここに?」
「そ、そりゃ新人を教えるためにだなぁ…。」
「嘘ね。」
「っ酔って羽を取られたんだ。仕方ねえだろ。」
「…教養が無さそうとは思ってたけれど、予想通りよ。」
冷たい言葉にイジケてしまったようでその場でしゃがみ込みのの字を描き始めた。
このままほっといてもいいが、彼の話が本当だとすれば人間が上に行くのは難いだろう。
なら彼を利用しない手はない。
「羽を取り返すのを手伝いましょうか。どこにあるのかしら?」
「…地獄塔。」
「?」
「火の悪魔がいるおっかねえとこ。」
「では参りましょう。」
「は!?話聞いてたのかよ!」
「聞いてたわよ。それは大した問題じゃないわ。何故取られたのか理由を教えてもらえる?」
「…で負けた。」
「え?」
「賭けで負けたんだよ!」
「もしかして貴方、お馬鹿なの?」
「うるせえ。どうせ俺は出来損ないの兄貴だよ…。」
「自覚があるなら良かったわ。さっさと取り返しましょう。」
やっと動き出した彼に続くように歩き出せば思っていた以上に足場の悪い地面にこんなことなら最後まで悪役令嬢らしく気高くいようとヒールの高いパンプスを履くんじゃなかったと溜息を零した。
「なんだ?腹でも痛いのか?」
「令嬢というのは着飾るだけで歩かないものなの。機能性のない履物は大変なのよ。」
「なるほどな。だったら…。」
「ちょ、何しっ…!!」
「これなら問題ねえだろ。」
確かにそうだけれど、いきなり持ち上げられ腕に座らされるとは夢にも思わないだろう。
体重はそれほど重くはないはずだが、学園では鋼のハートの持ち主だと言われていたとはいえ少し恥ずかしい。
とはいえ、無理矢理歩いて足を痛めるよりはましかと気にしないことする。
そもそもマグマで出来た叫ぶ罪人?しか居ないのだから誰の目を気にするのだ。
それよりも火の悪魔だ。
酒に酔って賭けで負けたと言っていたが、ポーカーか何かだろうか。
「賭けというのはポーカー?」
「ポーカーなんざやんねえよ。悪魔の男がやるってたら一つしかねえ。」
「生憎悪魔の男に会うのは今回が初めてなの。」
「それなら教えてやろう!悪魔の男の腕相撲だ!」
「は?」
「なんだ?知らないのか!?腕相撲とは…。」
「腕相撲は知ってるわよ。悪魔の賭け事とは変わっているのね。貴方程の肉体の持ち主であれば勝てそうなものなのに。」
「…そんなことねえよ。俺は…。」
影を落とす表情は王の兄だとは思えないが、そもそも兄ならば何故彼が王として君臨していないのか。
そのあたりに原因がありそうだが、今は深く追求するのはやめよう。
暫く他愛のない話をしながら進んでいくと天高く聳え立つ巨大な塔が見える。
「今見えているのが地獄塔よね?」
「そうだぜ。こっちの様子を伺ってやがる。相変わらず性格悪ぃな。」
「私には見えないけれど、どこに…。」
凄い音共に共に地面に降りてきたのは巨大な蜥蜴で火を吹きながらギョロリとした目でこちらに視線を向けた。
「酷いい草だな。酔ってそこら中、破壊した挙げ句我に賭けを挑むなど王の兄とは聞いて呆れる。先王がルシファル様を選択した理由は貴様が出来損ないの使い道がないゴミだからだ。」
「っ。」
「ふふ。確かに酔って物を破壊してはダメね。」
「ほう、罪人とは言え話の分かるニンゲンが居るようだな。忠告しておいてやろう。悪魔の中でもそれは底辺だ。ニンゲンと契約するとは思えないが、相手は選んだほうが良い。」
「あら、後半の言葉に同意したつもりはないわよ。性格が悪いのは私一人で十分なの。それより彼の翼、返してもらえるかしら?」
「あれは賭けで得た正当報酬だ。返す理由などない。」
「そうね。なら新たに賭けをしましょう。」
「ほう、何を賭けるつもりだ。」
「こちらからは私を。」
「は!?お前、何言って…。」
「私、マグマの罪人達より良い匂いのする食事よね?」
ドレスの肩を開けさせ笑みを浮かべると顔を近づけてきた蜥蜴。
スンスンと匂いを嗅ぐとお気に召したようで涎を舐め取るのが見える。
「異論はなさそうね。」
「久しぶりの生肉だ。いいだろう。」
「俺は了承してねえぞ!」
「その理由は?羽を取り返したくないのかしら?」
「もし!…もし万が一負けたらお前、食われるんだぞ…?さっきの話聞いてたなら…。」
「そうね。」
「ならなんで…。」
「自分で見聞きしたものしか信じない主義なの。それに私は貴方が勝てると信じているわ。」
「…そうかよ。」
少し照れたようにそっぽ向いたルーシェは地面に下ろすと彼へと向き直った。
「哀れな人間だな。出来損ないを信じるなど…。」
「ふふ。先程から何度もその言葉を繰り返しているのは僻み?負ければそれ以下になるというのに可哀想な悪魔ね。さぁ、早く賭けを終わらせてくれる?」
その言葉に動き出した彼等は突然現れた岩の台に向かい合わせになる。
地獄では当然なのかと驚きながらも二人を見守っていると蜥蜴がこちらをぎょろりと見た。
「不安か?」
「いえ、全く。」
「俺が不安だっての…。」
「ふふ。もし負けたとしても最下層に送られるような罪人が一人減るだけよ。自業自得だから気にする必要ないわ。」
その言葉で意を決したのか。
右腕を出し彼等の手が握られる。
開始のコールはどうするのだろうと思っていたのにいきなり始まった腕相撲。
明らかにルーシェが圧されているのが見え、数分程膠着状態が続いていたが、蜥蜴の力が増しあと少しで負けてしまう所まで来ていた。
「後悔しただろう。こんな悪魔を信じたから我に食われるのだ。」
「あら、まだ勝負はついていないじゃない。私は信じているといったはずよ。その瞬間まで信じ続けるわ。」
満面の笑みでそういったのと同時に蜥蜴の手の甲が岩にめり込むのが見える。
一瞬の出来事に何度も瞬きをしてみるが、状況は変わることはなく蜥蜴自身も何が起きたのか理解できないと唖然としていた。
「…羽は貰ってくぞ。」
「ちょ、ちょっと待て!貴様、どうして我に勝てた…?何故。」
「…知るか。ンなもん。」
話す気がないのか。
飾りとして使われていた漆黒の羽に手を伸ばすと彼の背に戻っていく。
何かに怒っているらしくピリピリとした雰囲気を纏い、いきなり抱き上げられた。
「ふふ、言った通り勝てたでしょう?」
「…うるせえ。」
「あら、勝てたのに不機嫌ね。」
「…左の角、触れ。」
「え?何故?」
「いいから。」
彼に促されるまま仕方なく手を伸ばして触れると手首に黒いブレスレットが現れる。
何だろうと触れてみると微かに温もりを感じた。
「これは何かしら。」
「契約だ。」
「え?」
「我ら悪魔は角に触れることで契約が有効になる。普通であれば人間になど触れさせたりせぬのだが…何のつもりだ?」
「お前に関係ねえだろ。さっさと塔に戻れ。」
「…仕方ない。敗者は去るのみか。しかし、何故そこまで信用出来たのか気になるな。」
「行け。」
ギロリと睨まれた蜥蜴は諦めたように塔へと入っていく。
「契約について良くわからないけれど…本当に良かったのかしら?私は罪を冒した人間よ。」
「…なんで初対面の俺を信用したんだ。」
「そうね。貴方は確かに自重が必要なところもあるけれど、とても優しい瞳をしていたもの。人を見る目はそれなりにあるつもりよ。」
「名前は?」
「ニーティア・テルロッドよ。」
「俺の名はルーシェ・フォン・アザルベルクだ。これで契約は成立した。」
彼の言葉とともに黒いブレスレットに複雑な文字が刻まれていった。
これが契約の証なのかと納得していると視線を感じ彼へと向ければ不安げな表情が見える。
「…嫌だったか?火の悪魔が言ってた通り王族とはいえ悪魔の中では底辺だ。人間とはいえ選ぶ権利はある。」
「私にも下心があるのよ。」
「下心?」
「貴方の羽を利用させてもらうつもりなの。」
「なんだ、そんなことか。上に行きたいんだろ?連れてってやる。」
ルーシェはそう言うと漆黒の羽を広げ飛び立つのだった。




