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雪女と白き龍と紅葉

「お金がない」

 ここ数年で俗世に塗れた雪女は、いつものラーメン屋のカウンターでうつむせになりながら呟いた。

 ゲームの新作が欲しいけれど氷上に買ってもらうのが最近心苦しくなった。

 まだ21時前だというのに客は雪女しかいない。

 経営は大丈夫なのか。

「なんじゃ急に。というかお前さんがいると室内の温度が下がって客が寄り付かん」

 鬼なりのジョークだろう。

 今は冷気は漏れていないし。

 閑古鳥が鳴いている原因が私だったとしても、道理は見当も付かない。

 生まれた時からご近所さんな為、付き合いは長い。

 だけれどラーメン屋を始めるとは思わなかった。

 屋台車でラーメンを食べた時、感動を伝えるために山を登ってきた思い出が懐かしく思える。

 その前からだったのか、その頃からだったのか分からないが、度々人間たちの話を聞かせるようになった。

 私みたいな土地の管理者以外とは基本的にかかわろうともしないのとは正反対だ。

「氷上とお風呂に温かい風呂に入りたいし、温かいラーメンも食べてみたい」

 本音がこぼれ落ちる。

 同じ温度の思い出を誰かと一緒に作ってみたい。

 長く生きているからこそ、そんな思い出が芽生えていく。

 それならばいっそ誰かと関わりを持たない方が良かった、のかもと思おうとした時女将の口が開いた。

「その思いふたつまとめて叶うかもしれないぞ」


 始まりの鬼に鬼門、ラーメン屋の裏口の鳥居を通してもらって辿り着いた場所は何処かの高層ビルの一室。

 大きく開放的な窓からは青白いビル群の夜景が見える。

 そしてテレビでしか見たことがない武蔵ツリーが輝いているのも見える。

 初めては氷上と一緒に見たかったなんて、私なりにちょっとだけロマンチック。

 そんな中私の目の前で優雅に食事をしているのは白髪の美少女。

 いいな私もステーキ食べたい。

 ただの少女やどこぞの太陽神だったら問題はなかっただろう。

 しかし目の前の少女と後ろに控えている女性には弐対の角が生えていた。

 こちらに気が付いた少女が口を開け喋ろうとした時、後ろの紅い和服の女性は彼女の口元についた食べかすを取り出した手巾で拭った。

 少女も調子を狂わされたのか、わかりやすく咳払いして再度口を開いた。

「氷上■■の原初の雪女とは珍しい客じゃの、要件を言ってみよ。我は今とても機嫌がいい、連れの人間の龍化か?」

「ラーメンや入浴で溶けないようにしてもらいたいんですけれど、あとお金」

 彼女は私の言葉を聞くと、ガッカリと言うか軽視した顔をした。

「なんじゃそんなことか、クレハお前に任せる。あと後でステーキサンドを持ってきてくれ」

「はい、おばあ様」

「白ちゃんって呼んでくれてもいいんじゃぞ」

 クレハと呼ばれた女性は彼女を無視し私の相手を始めた。

「では行きましょうか、雪女様」

 そう言って微笑んだ彼女は、角が生えていても人間味が感じられた。


 エレベーターに乗って3階層下ると、ドラマのプロポーズシーンでしか見た事がない夜景が綺麗なレストランについた。

 ここでも氷上が恋しくなる。彼と共に見たい景色。

 一番窓脇の席に座らされて2、3分経つとクレハさんはトレーに山盛りのパンを積んで戻ってきた。

 湯気も出ていてまだまだ天敵だという事が分かる。

「もしかしてこれ」

「はい、食べてください」

 そう言った悪意に満ちていない彼女の笑顔に、普段凍らす側の背筋が凍った。

 あんぱんにサンドイッチ、カレーパンにコッペパン。

 普段は口にする時は常温だが、今は痛い。

 焼きたてと思える熱が、口を攻撃する。 

 弱点を疲れた事が今まで殆どなかったのだけれど、この痛みを知ってしまうと普段のゲームで弱点を付けなくなりそうだ。氷上で例えると玉を蹴り続けられる事だろうか。


 50種類を超えたところだろうか、口を溶かすような焦がすような痛みが消えうせた。

「あら、案外早かったですね。毛先を確認してみてください」

 クレハさんに言われて私の雪色の髪の毛先を確認すると紅に染まっていた。

 それよりもお腹いっぱいです。幼児体形になってそう。

「火耐性を獲得したあなたは今日から溶けることない雪女です」

 それって、雪女なのだろうか。

「お金の方は鬼の女将さんに任せていますよ」


 クレハさんに出口まで送ってもらい、門をくぐり抜けると醤油の匂いが漂うラーメン屋に戻ってきた。

「ラーメン食べれるようになったか?」

 帰ってきた私に気が付いたロリババアが声を掛けてきた。

「パンのおまけ付きでね」

 そう言ってクレハさんに持たせられたパンが詰まった籠をカウンターに置いた。

「と言うか何であんなものと知り合いなの? 原初の色じゃん。龍でも大量に狩ったの? 河童とかが」

「彼女がこちらに戻ってきたときにラーメンで仲良くなった」

「疲れたからお金の件は明日でいい?」

「わかった、明日何ラーメンが食べたい?」

「味噌」


 覚束ない足取りで氷上家に帰宅すると、氷上は歯磨きをしながら出迎えてくれた。

 丁度寝る前だったか。

「氷上、一緒に風呂に入れるようになりました」

「まじで?」

 その晩、氷上に体を洗ってもらいました。気持ちよかった。

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