ラビニア
ハッとして目が覚めたクリスは一瞬、自分がどうなっているのかわからなかった。
寝息が耳元で聞こえて振り返るとウルヒ王子が寝ていた。
クリスは彼の腕の中で寝ていたことに気づいた。
(うわっ……嘘でしょ)
クリスはいつの間にか眠ってしまってウルヒ王子のベッドに運ばれ、王子が添い寝していたのだった。
(何もされてないよね?)
服は乱れていないようだった。
「う……ん」
ウルヒ王子が起きた。
目をまんまるくさせているクリスを見て笑った。
しかし、次のウルヒ王子の言葉でクリスの心臓は高鳴った。
「お前は私の味方なのか? それとも敵なのか?」
「……」
何も言えないクリスを前にウルヒは笑いを漏らした。
「こんなに無防備に寝る敵はいないか……」
クリスはカインに口止めされていた。
カインは誰の味方でもない。ただ、王宮内でもめごとが起こらないよう見張っているだけだ。
今回の任務についてはウルヒ王子にでさえ極秘だと言われていた。
クリスが黙っていると。
(えっ……!)
ウルヒはクリスの手首をつかんで引き寄せようとした。
「お前が女医見習いで後宮にいるのは理解してる。だが添い寝くらいはできるだろ?」
「王子……あの……」
「何もせぬ。安心しろ」
そう言ってクリスを自身の腕の中にとらえた。
ウルヒはクリスの手を握り眠った。
そして明け方、クリスはウルヒの声で起きた。
「……ラビニア……」
人の、それも女性の名前だった。
(ラビニア……?)
*
(眠い……)
ウルヒは添い寝くらいだと言ったがクリスにとってはそれでさえも怖かったのでとてもぐっすり眠ることなどできなかった。
(こんなことならお城になんか来なきゃ良かった……)
「まったく、なんであんたなのよ」
指導係のマギーは毎晩毎晩ウルヒ王子の部屋に呼ばれるクリスに腹を立ってるようだった。
「気をつけなさいよ。いい気になってると何されるかわからないんだから」
「……」
それはもう重々承知のクリスだった。
嫌がらせはこのところずっと続いている。
女官長も注意はしてくれたが、いっこうに止む気配はなかった。
でも正直、女性たちの宮廷内のゴシップ話にはうんざりしていたのでシカトされてもホッとしていた。
「悪いわね。辛抱ばかりしてもらって」
そう女官長は申し訳なさそうにクリスに言った。
そして忙しそうに次の仕事に向かおうとした彼女をクリスは引き留めた。
「あの……ちょっと聞きたいことがあるんですけど、ラビニアって誰ですか?」
*
クリスは一応、女医見習いとして後宮に入っていたので、薬師について王宮内を行き来することがあった。
そんなとき、騎士団とすれ違うこともあった。
騎士の何人かはクリスを見るとヒソヒソと話をしニヤニヤすることもあった。
(なんだか嫌な感じ)
ある日、王宮内の外廊下でまたしても騎士団のグループとすれ違うことがあった。
その中にはたまたまキースもいたが、お互い言葉をかけるのをためらった。
そのとき、一団の中からこんな声が聞こえた。
「あの子、ぜったい誘ってるよな……」
「しっ、聞こえるぜ」
ズキン……
(なんで普通にしてるのに、そんな風に思われるんだろう……)
ボカッ!!
ものすごい音がして振り向くと、先ほどクリスの話をしていた二人組がキースに殴られていた。
「痛ったぁ!!」
「何すんだよ、キース!!」
キースを見ると怒りで手が震えてるのがわかった。
「お前らには手が届かないからって、勝手に変な妄想で汚すな!!」
(キース……)
驚きとともに少しホッとするクリス。
「ごめん、気にしないでいいから」
そうクリスに声をかけるとキースは二人組の首根っこをつかんで去っていった。
*
「キャーッ! 可愛いー! こんな色が欲しかったのよ~。ありがとう~クリス」
「……それは良かった(元気だなぁ)」
『国内のは品物不足で、隣国から輸入品が出回ってるけど高いのよね~』
女官たちは頬や唇に使う紅がなかなか手に入らないとぼやいていた。
そこでクリスは後宮内の温室で育てられている植物から様々な色の紅を作ってあげたのだった。
前もってウルヒ王子の許可をもらっていた。
「発色を良くするにはもう少し寝かさないといけないんだけど」
「いいの! いいの! すぐ使いたいから。色が選べるってなんてぜいたくなの……楽しい♪」
クリスは彼女たちの喜びように心が満たされるのを感じた。
(誰かの役に立てるってこんなに嬉しいもんなんだ)
「これで憧れの騎士様に顔を覚えてもらえるかもしれない……」
「えっ……」
「やだぁ。そうなったらどうしよう~?」
「……」
恋話と可愛いものが好きな女官たちにクリスは微笑んだ。
*
その日、呼ばれて部屋に入ると、ウルヒ王子はお酒をけっこう飲んだらしく酔っぱらっていた。
(顔も赤いし、足元もおぼつかない。どうしたんだろう)
心配になってクリスは王子をかかえてベッドに運んだ。
「……ラビニア……」
王子がその名を呼んだとき、クリスの胸は痛んだ。
(ウルヒ王子……。もしかしてラビニアさんに似てるのかな? だから……)
しかし、次の瞬間クリスはウルヒ王子に抱きしめられていた。
「ウルヒ王子……?」
「ラビニア……」
「違います! 王子!」
「ラビニア」
「だから違うってば!」
逃げようともがいたが、すぐにウルヒにつかまれ、はだけたクリスの胸元に顔をうずめてきた。
(いつもと違う)
「離してください! ウルヒ王子!」
(だめだ……なんて力強い)
ウルヒはクリスの首すじにキスをした。
(王子はラビニアさんだと思ってるんだ……)
そのときなぜかキースの顔が浮かんだ。
この体は元は女の子のクリスの体……
キースのことが好きだった女の子。
それなのに他の男に抱かれようとしている。
そう思ったとたん、クリスは申し訳ないという気持ちと人を傷つけてしまった想いで悲しくなってしまった。
「いい加減にしてください!!」
で思わず使ってしまった。
「あっ……」
攻撃魔法を……。
ウルヒ王子はそのままバッタリと倒れてしまった。
(ヤバイ……やり過ぎちゃったかな)
「ウルヒ王子!」




