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最終話.これが私の物語

フラメル山での神伺いの儀を無事終え、残りの数日を視察という名の観光(という名のデートだな)に費やし、魔王城に帰る日がやってきた。

このフラメルーシュ滞在では、大婆様に翻弄されるリリシアも、慣れない儀式に緊張して神妙そうな顔をするリリシアも、無事終えてほっと表情を緩めるリリシアも、フラメルーシュの街を目をきらきらとさせて見るリリシアも、どれもこれも可愛かった。地上に舞い降りた天使とはまさに彼女の事かと一日十回は思った。


思えば彼女は、自分の意思など関係なく連れて来られて、恐怖の対象から幸福の君だと勝手に祭り上げられて、その王からは求婚までされて、今ではこうして王妃となるべく頑張ってくれている。

ほんの17の子供だというのに、逃げも隠れもせず頑張ってくれている様には本当に尊敬の念を抱かずにはいられないし、仕方がなかったとはいえ彼女にこんな運命を課してしまった事への罪悪感は増すばかりだ。

罪悪感を感じるくらいなら逃がしてしまえばいいのに、そんな事をするくらいならこの手で殺してしまった方がましだろうと考えてしまう自分がほとほと嫌になる。

彼女の優しさに甘えて散々我を通してしまった分、せめてこれからはその人生を全うするまで我儘をたくさん聞いてやって甘やかしてやらねば。



だが、あの我儘は聞いてやるんじゃなかったと心の底から後悔した。





出発の日の朝、リリシアが大婆様の所へ挨拶に行きたいと言い出した。私がついて行ってやれれば一番よかったのだが、生憎諸々の指示やフラメルーシュの長の所へ挨拶へ行かねばならずどうにも体が空きそうになかった。ならば他の者を供にと勧めたが、リリシアは「みんな忙しいのに悪いですから、私も多少は強くなったし、ちょっと挨拶だけですし、大丈夫ですよ」と断るので、渋々、本当に渋々だが一人で行く事を許可したのだ。

仮に何かあってもすぐに飛んで行ける距離であったし、霊山の麓で幸福の君に悪さをする者もいないだろうと油断していた。

せいぜい往来で信仰の篤い者に囲まれて拝まれるくらいだろう、と。



「リリシアは?まだ帰っていないのか?」

「あら陛下でしたか……そうなんです、ちょっと遅いですし私迎えに行きましょうか」


フラメルーシュの長の元へ挨拶に行って帰ってきてもなお、宿にリリシアの姿はなく、リリシア付きの侍女に問えばあからさまにがっかりされた後そう提案された。


「いや、それなら私が行こう」

「いえいえ陛下にそんな事させられません、私が行ってきます」

「お前もまだ仕事が残っているだろう、私が」

「仕事なんて他の子に任せます。私がリリシア様に「迎えに来てくれたの?やだごめんなさい……ありがとうセリ」って言ってもらうんです」

「その役目は婚約者たる私に譲るべきだろう。慎め」


とてもリリシアには見せられないやり取りをしていた時、突然扉が開きフラメルーシュの役人が転がり込んできた。


「どうした」

「と、突然申し訳ありません、お、お、お逃げください!フラメル山が噴火しました!」


息も絶え絶えにそう叫ぶ役人に首を傾げる。

フラメル山の噴火など日常茶飯事だし、確か去年にも大きな噴火があったばかりだったのだからそんなに顔を青くするような噴火など起こりはしないだろうと思ったのだ。


「……規模は」

「こ、ここ三百年観測されていないほどの大噴火です、フラメルーシュ全域が危険範囲に入る予想です、お早く」


役人がそう言い終えた途端、轟音と共に地面が揺れた。


「陛下、お早く!」


揺れが収まるやいなや、従者が退路を確保する。

しかし、私はひとり逃げるわけには行かなかった。まだリリシアが帰ってきていないのだから。

外からは人々の混乱に沸く声が聞こえてくる。土地勘もろくにない彼女の事だ、混乱する民衆に揉まれては無事ここまで帰ってくるのはきっと難しいだろう。


「陛下、貴方の身が我が国には一番大事なのです、とにかく安全な場所へ」

「しかし、幸福の君とて国には大事であろう」

「リリシア様もきっとお逃げになられています、入れ違いになって貴方の身に何かあれば困るのはバルトロジカ王国全土なのです」


リリシアを迎えに行こうとした私の手を掴んだのは近衛兵の一人であった。

振り切るのは赤子の手を捻るほどに簡単な事であったが、それでも彼の言う事は悲しいほどに正しく、私は苦虫を噛む気持ちで窓から見える人波にどうか、と願いながらフラメルーシュの街を離れる事にした。





「陛下!連れてまいりました!」


焦燥感に襲われながらその声に振り返ると、従者の一人が魔術師を連れて走ってやって来るのが見える。


「早くやってくれ!」


叫ぶように言えば魔術師は怯えた様に顔を引きつらせながら、それでも目を閉じて呪文を口にする。


結局、フラメルーシュの街を出てもリリシアの姿が見えなかったのだ。そもそもフラメルーシュにいた全ての者がここに集まっているので、探そうにも途方がないので捜索魔法が使える者を連れて来させたのだ。

この集団の中にいればそれでいいのだ、もし、万が一扉の閉ざされたあの街の中取り残されていたらと考えると生きた心地がしない。祈るような気持ちで術者が目を開けるのを待ったが、私を待っていたのは最悪の結果であった。


「こ、幸福の君は、街の中に……」


青白く愕然とした顔でその指を街に向ける術者の声を理解する前に、私は飛び出していた。















「……シア、リリシア、……リリシアちゃん」


涼やかな声が私を呼ぶ。

返事をしたかったが、体も瞼も重くて、とても動かせそうになかった。


「おーい後輩!起きろ!俺の奥さんが呼んでるんだぞ!?」


諦めてこのまま寝てしまおうとしたところで、大音量でそう怒鳴られてびっくりして思わず目を開けてしまった。

眼前に広がる世界のあまりの眩さに目が眩んだけれど、その眩しさはすぐにひとりの女性によって遮られた。


「……だれ?」

「おはようリリシアちゃん、随分頑張っちゃったみたいね。よしよし」


豊かに広がる白い髪は光に当てられて七色に輝いている。

朝焼け色の瞳は私を捕らえ、優しく細められた。


……はて、いつの間に私はこんな美人とお知り合いになったのだろうか。

そういえばさっき初代さんが「奥さんが呼んでる」と言っていたような気がする。


「初代さんの、奥さん?」


ぼんやりとしながら問えば、女性は驚いたように目を見開き、そして頬を朱に染めて恥ずかし気にそっと頷いた。


「前うちに来た時はわたし恥ずかしくって、でも旦那さまと若い子がふたりきりなんて許せなくて追い出すみたいにしちゃって……あの時はごめんなさいね。はじめまして、この世界のかみさまです」

「いや、えっと、ええ……?」

「どうだ超かわいいだろ!!」


困惑していると、初代さんの誇らしげな声が響く。辺りを見回してその姿を捉えようとするも、周りは一面の白一色で、私とかみさま以外に人影はない。


「あ、俺は今サウンドオンリーというやつだぞ」

「ご、ごめんなさい、でももし旦那さまの顔を見てこの子が好きになっちゃったらやだって思って……!」

「あーー、かわいい、むり、かわいい」


なぜ私は他人のいちゃつきを見せられているんだろう。


「えーっと、あの、私死んじゃったんですか?」


耐えきれずにそう問う。だって真っ白な世界で指一本動かすのも億劫でしかも目の前にはこの世界の神を自称する人がいるんだから、そう思ってしまうのも無理はないと思う。

しかし、かみさまは慌てた様に頭を横に振った。


「あ、違うの、リリシアちゃんはまだ死んでないわ。ちょっと疲れて寝てはいるけど、体はちゃんと生きてるわよ。ただ、ちょうどいいし私もお話してみたくって」

「…………」

「リリシアちゃん?」

「……よかった」


安堵の溜息を吐いたら、一緒に鼻がつん、として視界が滲んだ。


「私は、まだ生きられるんですよね」

「そうね、あなたの寿命はまだまだ先よ」

「まだジークハルトさまを置いて逝かなくてすむんですよね」

「そうね、それにはまだちょっと早すぎるわね」


ぽろぽろと涙を零す私に、かみさまは優しく微笑んで頭を撫でてくれた。

その全てを包み込むような優しさに、私は涙を止める事ができず、そのまま暫く頭を撫でてもらい続けたのだった。


「リリシアちゃん、この世界はどうかしら」

「……色々あったけど、私は好きです」

「よかったあ」


泣き止む頃には、なぜだか随分体が軽くなって普通に起き上がって座っていられるようになっていた。

かみさまとふたり並んで話をすると、私が何を言おうとかみさまはまるで少女のように嬉しそうに笑っていて、その笑顔の可憐さに初代さんが惚れるのも無理はないなと感じてしまう。


「あのう、転生者って、かみさまの仕業なんですか?」

「うーん、そうだし、そうじゃないわ。みんな色んな世界をぐるぐる回る転生者だけれど、どういうわけかたまに記憶を置いてくるのを忘れちゃう子がいるの。そういう子はちょっと危なっかしいからわかるように色分けしてるのよね」

「この髪の事ですか?」

「そうそう。それとおまけもね。そうしてれば目立ってくれるから私も見やすいし」


……正直に言えば、そのせいで私は結構かわいそうな目にあってきたんですけど、と言いたかった。でも、そのおかげで魔王さまに出会う事ができたのだから、それはそっと胸にしまっておくことにした。

ああ、なんだか魔王さまに会いたくなってきた。

きっと心配をかけただろうから、起きた時になんて言われるかちょっと怖い。さすがに怒られるかな?


「旦那さまと会いたい気持ちはすっごくわかるわ。そうね、そろそろ元気になってきたみたいだし、起きても大丈夫かな」


心を読んだようにかみさまが微笑み私の頬を顔色をみるように撫でる。



「じゃあねリリシアちゃん。良い人生を」

「じゃあな後輩よ!人生まだ長い、頑張れよ!」



かみさまがその手で私の目を覆うと、私の視界は再び暗闇に閉ざされた。








目を開けると、すっかり慣れ親しんだベッドの天蓋の天井が見えた。

カーテンの引かれた部屋は薄暗く、しかし微かに鳥の鳴く声がしたので明け方である事が窺えた。


それにしても、いつの間にお城に帰ってきたのだろう、私は確かフラメルーシュにいたはずなのに。


不思議に思っていると、片手がぎゅっと誰かに握られる。

反射的に隣を見ると、信じられないものでも見るかのように目を見開く魔王さまと目が合った。


「お、おはよう、ございます……?」


とりあえず朝の挨拶をしてみたが、いつもすぐに返ってくるはずの言葉はなく、ただただ無言で見つめられて居心地が非常に悪い。

というか、なんだかすごく久しぶりに声を発したように声がかすかすに掠れていたので、もしかしたら聞き取ってもらえなかったのかもしれない。

言い直そうとしたところで、魔王さまが口を開いた。


「リリシア……?」

「はい?」


瞬間、布団を跳ね飛ばす勢いで抱きしめられて意味がわからなかった。


「よか、よかった……もう、目覚めてくれないものかと……」

「そんな大袈裟な……」


魔王さまが大袈裟なのはいつもの事だが、今回は声まで泣きそうに震えているので輪をかけて酷い。不意に、嫌な予感が頭をよぎった。


「あの、……私、どれくらい寝てました?」


いつの間にかお城に戻ってきていた事、声が掠れていた事、もしかして。もしかすると。


「そうだな、ひと月程になるか。とんだお寝坊さんだな」


苦しい程に抱きしめられて、ついでにおでこにキスもされた気がしたけれど、ひと月と聞いた私は頭が真っ白でそれどころではなかった。

だって、ひと月って、ひと月って、それじゃあ、


「リリシア?どうした?まさかどこか具合が?」

「……おたんじょうび」

「ん?」

「おたんじょうび、ジークハルトさまの、お祝いしてない……」


ぴたりと動かなくなった私を窺い見た魔王さまは、泣きそうな私の声に目を丸くしたが、すぐに優しい微笑みを浮かべる。


「それなら大丈夫。誕生日は今日だし、一番嬉しいものをもらったから」


目を丸くするのは今度は私の番だった。


「きょ、う?」

「ああ」

「……そっか、よかった。……あのね、ジークハルトさま、だいすき。生まれてきてくれて、私と出会ってくれて、ありがとうございます」

「ありがとう、リリシア」















暖かな日差しが降り注ぎ、色とりどりの花が咲き誇る。

バルトロジカ王国は、今日は全土全住民が浮足立っていた。

なぜなら、今日は魔王陛下と幸福の君の結婚式が執り行われるからである。



「さあリリシア様、ばっちりですよ!侍女一同腕によりをかけてこんな綺麗な花嫁さん見た事ないってくらい素敵に仕上げました!」



セリがなぜか少し涙ぐんだ声でそう言う。

鏡を見れば、そう言うに相応しく飾り立てられて「誰?」と思ってしまうような姿の私が恥ずかしそうに笑っていた。


控えめに叩かれた扉をセリが涙を隠すように飛びついて開けると、ほんの少し緊張した面持ちの母が入ってくる。

母は私の姿を見ると、一瞬息を飲み、微笑んだ。


「素敵よリリシア。……まさか、こんなに早くお嫁に行ってしまうなんてね。お父様とお兄ちゃんが大泣きしてるわ」

「ありがとう。……人生どうなるかわからないものです」

「……リリシアはどこにいても私の可愛い娘よ。幸せになってね」


母はそう言うと、泣きそうになるのを耐える私にベールをかける。俯いた視界に、カテリン家に代々伝わる花模様のレースが揺らいだ。

場所によってほんのわずかだが出来に差があるので、皆で編んでくれた事がわかる。


「よ、よかったですねえリリシアさまあ!うっ、セリも、セリもリリシア様のためにこれからもがんがん働きますからね!」

「もうセリったら……」


再び、扉がノックされた。

先程より大きな音が終わると、こちらの返答を待たずに扉が開かれる。


「リリシア」

「ジークハルト、さま」


ベール越しだというのに、息が止まるかと思った。

いや、実際止まっていた。

婚礼装束に身を包んだ魔王さまを前にして気絶しなかっただけ頑張ったと思って頂きたい。

お互い立ち尽くしたままでいる間に、空気を読んだ母とセリが部屋から出ていくが、精神安定上今は空気を読まずにいてほしかった。

あまりに格好良かったのだ。あんなのと部屋に二人きりにされたら死んでしまう。まだ死にたくない。


先に動いたのは魔王さまだった。


「……女神かと思った」

「……それは、さすがに目の錯覚です」

「もう錯覚でもなんでもいいさ。私にはそう見えるのだから」


開き直ったように胸を張ってそういう魔王さまに、思わず噴き出してしまった。


「でも、ちょっとわかります。ジークハルトさまあんまりかっこいいから息の仕方忘れちゃいましたもん。上から下まで全部かっこいい、三百六十度かっこいい」

「そ、れは、目の錯覚では、ないか?」


仕返しのように言ってやれば、魔王さまは頬を染めてきょろきょろと視線を泳がせた。

その反応があまりに可愛くて愛おしくて、魔王さまが私を褒め倒す気持ちが少しだけわかったように思う。


「……その、これから色々と苦労をかけさせるとは思うが、幸せにすると誓う」

「はい。不束者ですが、よろしくお願いします」




「愛しているよ、リリシア」

「私も愛してます……。一緒に、幸せになりましょうね」
















「お時間です」

「ああ」


衛兵に先導され、魔王と文官長が廊下を行く。

バルトロジカとは違う様式の作りのよく磨かれた廊下を抜け、ひとつの部屋の扉をくぐると、部屋の中には白い髭を蓄えた男が立っていた。


「よく、お越しくださいました。私がこのフィロジーアの王、セヴラン・バリトゲス・フィロジーアです」

「バルトロジカ王国国王、ジークハルト・シュテルフ・リントヴァルド。今日は良い話ができればと思う」


ためらいがちに、しかししっかりと交わされた握手は、近い将来、このふたつの国の間に架かる橋が開かれるようになるだろう事を予感させるものであった。

これでリリシアと魔王さまのお話はとりあえずおしまいとなります。

本当は25話くらいで終わりにするはずが、随分と長くなってしまいました。

ここまで読んでくださって、本当に本当にありがとうございます!


できれば評価や感想などいただければ泣いて喜びます!!!

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