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38.慣れないことなんてするもんじゃない

エマさん達と別れ、新しく増えた(年齢はともかく)若い女の子の知り合い……ここはもう図々しく友達と言っておく、新しく増えた友達を思ってにやにやとしていた私だったが、今はもうそれどころではなく、緊張でガチガチだった。

なぜかと言うと、夜会のメインイベント、ダンスのお時間になってしまったから。



……言っておくと、私の運動神経は随分長いこと家出中である。



「あの、本当にやらないとだめですか……」

「どうしても嫌なら体調が優れないと逃げる事もできるが……」



どうする?と私を覗き込む金の目に首をぎこちなく横に振った。いや、逃げたいのは逃げたい。めちゃくちゃ逃げたい。だけど、今逃げたっていつかはどうにもならない時がやってくるのだから逃げるだけ無駄なのだ。だから逃げはしない。

でもやっぱり逃げたいからつい弱音を吐いてしまう。


失敗して転んだら、ステップを間違えて魔王さまの足を踏んづけたらどうしようと思うと手足は冷え切り頭は真っ白になってくる。そんな私に、魔王さまが突然顔を近付けてきた。

ふわりと香るいい匂いに変な声がでそうになり、そのせいで一瞬飛んだ緊張の隙間を縫った魔王さまが、そっと耳打ちした。



「私も、ダンスは苦手なんだ。一緒に一曲生き残ろう」



その言葉に目を丸くする。


「……魔王さまにも、苦手なものってあるんですね?」

「そりゃあ沢山あるさ。正直戦うこと以外はからきしだ」


そうばつが悪そうに魔王さまは言うが、なんだか、なんでも卒なくこなしているイメージだったし、実際私にはそう見えていたので意外だった。

魔王さまと出会って一年近く、本当に隙などほとんどなかったから、なんだか腑に落ちなくて首を傾げていると、魔王さまは「私を何だと思ってたんだ?」と苦笑いする。


何だとって、そりゃあ。



「完璧超人のように思っていました!」



私の答えに魔王さまはぱちぱちと目を瞬かせ、そして吹き出した。


「そうか、それは光栄だ。私の努力が実を結んでいたということだからな」


ツボに入ったのか手で顔を覆って肩を震わせる魔王さまに、また私は何も考えず変な返答をしてしまったぞと青くなる。

でも、呆れてるわけでも起こっているわけでもないのだから、まあ、いいのかな?


そんなこんなしていたら、流れていた音楽が不意に曲調を変えた。それを合図にするように人の壁が割れ、私達の前に広間の中心にできたダンススペースへの道ができてしまった。

ついにその時が来てしまった。最初の一曲は魔王さまと私ののふたりきりがまず踊らねばならないのだ。この衆人環視の中で。

期待に満ちた人々の視線を浴びて緊張が戻ってくる。頬は熱いし喉はからからに乾いてどうやって一歩を踏み出せばいいのかわからなくなってしまった。



「リリシア、だいじょうぶ」



優雅に奏でられる音楽の中、魔王さまの声が不思議と何の抵抗もなく私の耳に届いた。

そのあまりにも優しい声色に、息の吸い方を思い出して、そこからはもうその言葉通り大丈夫だった。



……のなら、素敵だったのだけど。



いや、人の視線を浴びながら苦手なダンスに興じなくてはならないという事実は本当に嘘みたいに気にならなくなったのだけど、実技が、実技が!


「リリ、大丈夫、合っている。でも、表情」

「待って、話しかけないで、飛ぶ」


ステップの隙間を縫って魔王さまが言うが、(いち、に、うしろへ)今の私に表情筋を動かすだけの(ここでターン)力が残っていると思うのか。ないに(よこ、まえ、それでターン)決まってるでしょう。

実は魔王さまもこの時微妙に動きがぎこちなかったのだが、それどころじゃなさすぎて私はそれを知ることはなかった。


……正直に言うと一回、いやもう何回かステップを間違えて魔王さまの足を踏んづけたが、ドレスの裾で隠れてたはずだし、踏みかけて気付いてっていう感じだったし、魔王さまが耐えてくれたおかげでなんとかごまかせた、と思う。思いたい。







「お疲れ、リリシア」

「ごめんなさい魔王さま、精進いたします……」

「いや、私も逃げ回らずもっと練習せねばと思わされた。これではリリシアと並ぶのに不足がある……」


一曲なんとかやり終えた私達は次の曲に合わせて人々が花吹雪のようにダンススペースにやってくるのを避けて端の方に寄り、反省会を行っていた。

渇いた喉を潤すために取った薄桃色のノンアルコールカクテルをやけ酒のごとく飲み干すと、飲み干したおなかがぶわっと熱くなる。


「あれ?」

「どうした?」


今の感覚はなんというか、お酒を飲んだ時の感覚に非常によく似ていた。でも、私は確かにノンアルコールを取ったはずだとグラスをくるくると確かめる。


「いや、のんあるこーるを選んだと思ったのですが……」

「大丈夫か?場の熱気に当てられたのかもしれんが……セリ!」


心なしか呂律が回らない気もするが、魔王さまの言う通り熱気のせいかもしれない。

魔王さまはなぜかセリの名を呼ぶと、人混みをすり抜けてセリが顔を出した。このざわついた広間の中で魔王さまの声を聞き取ったというのだろうか、セリ、すごい。


「お呼びでしょうか」

「これにアルコールは含まれているか?」


魔王さまは私から奪い取ったグラスをセリに渡す。セリはそれをくん、と匂いを嗅ぎ、ほんの一滴残った液体を指にとってぺろりと舐め、数秒考える。


「……入ってますね、なんなら度数結構あります」


そう言うが早いか、セリはそのかわいい猫耳をぴんと立てて目を見開き私を見た。私の隣ではなぜか魔王さまが息を飲んだように一瞬固まる。二人ともどうしたというのだろう。

それにしてもぽかぽかしてなんだか気分がいい。


「リリシア、奥で休もうか」

「お水をお持ちしますね!すぐに!」


魔王さまが壊れ物でも触るように腰を抱き、セリがまたするりと人混みに消えていく。

折角楽しくなってきたというのに奥で休むなんて嫌だなあと思ったら、私の足は勝手に動いていた。


「リリシア?」

「大丈夫ですよう、今の私は16さいですけど、私になる前は26さいだったんですから、お酒くらいなんてことないです。しゅやくがいなくなるなんてだめですよ!」


魔王さまの緩い拘束から抜け出てくるりと回る。回るとドレスのチュールレースがふわりと揺れてかわいいし楽しい。右に回り左に回りレースの観察をしていると、魔王さまが私を再び捕まえてずんずんとどこかへ歩いていく。

これは強制送還だなとぴんときて逃げ出そうとしたが、今度はそうはいかなかった。さすがは魔王、レベル差がすごいな!


「もー!だいじょうぶだって言ってるのに!じゃあごあいさつくらいさせてください、それはいいでしょう?」


そうお願いすれば、扉の前で魔王さまは渋々ながら足を止め頷いてくれる。

やっぱり挨拶もなしにお暇するのは失礼だと思うのですよ、そういえば今日の夜会の招待客は魔王さまに忠誠を誓い貢献してきた絆深い家の方たちだと聞いている。

ぐるりと広間を見て、そうか、みんな魔王さまのことが好きな人たちなのか、と、そう思うとなんだかとても嬉しくなった。


「先に失礼させて頂きますが、皆さまどうぞ楽しんでください。皆様にたっくさんの幸せがありますよーに!」


嬉しい気持ちのままはしたなくも声を張り上げると、ぽかぽかするおなかの底から暖かさがぶわりとあふれてくる。あふれた暖かさは光の渦となってほんの一瞬、柔らかな風となって広間を駆け抜けていった。

満足した私はそのままややふらつきながらお辞儀をしてセリの待つ部屋へ入る。なぜか広間はしんと静まり返っていたし、それまでエスコートを忘れなかった魔王さまも動かず追ってこない。どうしたのかと思って魔王さまに声をかけるとはっとして私を追い扉をくぐる。


「どうしたんですか?」

「君、今のは無意識で?」

「なにがですか?」

「……いや、いい」


変な魔王さまだなあと思っていると、さっきくぐった扉のむこうからやたらと大きな歓声が漏れ聞こえてきた。よくわかんないけど、みんな楽しいならいいことだなあ。



それにしても



「魔王さま、きょうはいつもよりかっこいい」

「はっ!?」

「いつもかっこいいけど、きょうはすごい。永久保存版にしたい。はあ……かっこいい」


改めて静かな場所でまじまじ見ると破壊力がすごい。いつもは長い後ろ髪をひとつにくくるだけだけど、今日は前髪の一部が撫でつけられていたりエアアレンジがきいてる。いつもの装束よりも煌びやかな衣装がまた合っていて、たまらない。


「きょうの終わりの瞬間までみていたい……ねえ魔王さま、きょういっしょに寝ましょう?」

「だめだ。ぜったい」

「ええ、なんでですかけち」

「けちでもなんでもいい、だめ」


珍しく目をきょろきょろと彷徨わせる魔王さまになんだか腹が立ってきた。なんでだめなんだろう、ただ一緒に寝るだけじゃないか。


「リリシア様、お水ですよ」


促されるままソファに座るとセリがグラスをすすめてきた。それを一息に飲み干して、隣にごく浅く腰かけている魔王さまの腕にしがみつく。


「リリシア!?」

「おやすみなさい魔王さま、はー……いいにおい」


私に甘い魔王さまのことだ、強行してしまえば拒みはしないだろうという作戦だ。案の定振り払われる様子はなく、私は魔王さまを堪能しながら幸福感の中眠りについたのだった。







言っておくが、前世での私はお酒に酔って記憶をなくしたことは、ない。

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