39.女子会
花壇では色とりどりの花がほころび、空は青く澄み切っている。今日のバルトロジカ王国は気持ちの良い春の陽気だった。
「それで、その後は?その後はどうなったんですの?」
甘い香りがほのかに漂うかわいらしい部屋の中、ふわふわの二人掛けのソファにぎゅうぎゅうと無理矢理三人腰かけ、真ん中に据えられた私は両腕を拘束されつつ正面に座るエマさんに尋問を受けていた。
「黙秘権は……」
「ありませんわ」
きっぱりと言い切られ、はて、言える範囲で構わないと以前確かに聞いたはずだが、どういうことだろうかと泣きたくなる。このお茶会がはじまってから、何度も黙秘権が使えるか聞いてみたが全て却下されてしまい、私はいたたまれない気持ちと羞恥に火照る頬を抱えながら一から十まで洗いざらい話さざるを得なかった。
「おやすみなさいで終わるわけないわよね!」
隣から私の片腕を捕らえたライラ嬢の、抑えきれない興奮を感じさせる声が飛んでくる。
先日行われた夜会にて間違えてお酒を飲んでしまった私は、あろうことか酔いに任せて魔王さまにしがみついて寝てしまったのだ。恥ずかしい事もいくつか言ったような気がする。いっそ気のせいであってほしいけど。
その視線で脅されながら眠りについたところまで話して、場の盛り上がりは最高潮。エマさんの隣に腰かけていたアメリア嬢は耐えきれないようで手すりに縋り付いて震えている。
私も人の話としてこれを聞いていたら、ここからさらにおいしい展開が来るだろうと思っただろうが、私の恥ずかしい記憶はここで終わる。
「いや、その、残念ですけど終わりですね……。朝起きた私を待っていたのは激しい頭痛だけで」
「そんな!!」
エマさんが悲鳴のような叫びをあげた。しかし、これは真実で、目覚めた私はいつの間にか寝間着に着替えていて、一人自室のベッドの中にいたのだ。それがあまりにいつも通りだったので、暫く昨日の事は夢だったんじゃないかと思ったくらい。
起き上がれない私にセリがものすごい笑顔でお水を持ってきてくれなければ、重たい頭を抱えて昼食の席に座った私を見て魔王さまがなんだかそわそわ赤面していなければ、夢だと処理していたかもしれない。
「ベッドシーンも、朝目覚めたら同じお布団に陛下がとかもないなんて、どうなっていますの!?」
「いや、どうもこうも……」
「待って、リリシア、あなた陛下とどこまで進んでるの?」
崩れ落ちたエマさんをどうしていいか困っていたら、隣で私の腕を捕らえている少女2のフィオレッタ嬢が神妙な面持ちで聞いてきた。
「どこまで、って……」
「キスまでは到達してるわよねもちろん」
「えっ!?いや、あの、ないです、そんな……」
「えっ」という声が四つ重なった。驚愕の視線が私に降りかかる。
「あ、でも、指先にとかなら……」
言い訳じみた事を言ってみるが、四人はまだ動揺しているようで誰も動かない。
「い、いつだか、結婚の契りを交わすまで手を出さないみたいな事も言ってましたし、私貧相だし、そんな桃色イベント起きないですよ、残念ながら」
そういえば随分前にそんなこと言っていたなという話をすると四人はなぜか皆天を仰ぎ、各々溜息をついたり「あー」だとかなぞの叫びをあげたりし始めた。どうしてそんな反応になるのかわからなくて、きっとなにか駄目な事を言ってしまったのだと私は小さくなるばかりだ。
「なによこれ……少女小説も真っ青じゃない……」
「陛下が鋼鉄の精神力をお持ちということに尊さを感じてる……」
「すごいわ……あまりにも清純だわ……私は汚れている……」
「じゃあ契りを交わしたら大変ということですのね……最高」
各々の独り言のような呟きの内容にはあえて触れずにおくことにする。
完全に娯楽にされてるなあと感じてむず痒いが、正直私もこうして聞いてもらうことによって自分で抱えるには大きすぎるどきどきを発散させている所があるので、恥ずかしいのはものすごく恥ずかしいがwin-winというやつだろう。
「結婚というと、いつ契りを交わすかもう日取りは決まっているの?」
私のカップにお茶を注いでくれながらアメリア嬢が問うてきた。
そういえば、色々と準備はしているようだがそういった日程とかの話は聞いていない。
「いえ、そういうことはまだ……」
「そうよね、ウェディングドレスもまだ案出しだけで採寸もしてないものね」
「慶倖陵へのご挨拶はもうされまして?」
「きょうこうりょう?」
聞きなれない言葉に首を傾げると、聞いてきたエマさんもまた首を傾げつつもどういうことか教えてくれる。
「魔王陛下が結婚なさる時は、歴代の幸福の君がお眠りになっているという慶倖陵にご挨拶に行くのが習わしですのよ、ご存知ありませんでした?」
「まったく初耳です……そんな風習があるんですね」
「その調子ですと北のフラメル山の神伺いもまだの様子ですわね、春を待っていたのかしら」
「雪深い時期にフラメル山のお社に行くのは危険だものね」
「かみうかがい……」
どうやら結婚の前に準備だとか儀式があると言っていたセリの言葉は嘘ではなかったようで、私を置き去りにして四人はあの儀式はこの儀式はじゃあきっとあの時期にやるのだろうとか盛り上がっている。
この冬の間やったことは直接的に結婚に繋がるものではなかったものばかりなせいで結婚するという実感がいまいちなかったが、きっとこれから嫌でも心身に叩き込まれるのだとうなと少しだけ怖くなった。
「じゃあきっと次の春に婚姻の儀が執り行われるのね、ああ、楽しみだわ!」
ライラ嬢がツインテールを揺らして夢見るように頬を染めた。
「リリシアもこれから忙しくなるだろうけれど、お茶会は続けたいわ。もっとリリシアとお話したいもの」
「ええ、私もアメリアさんたちともっとお話ししたい、です」
「思っていたのだけれど、その「さん」はよして。私達だけ呼び捨てにしてるなんて変だわ、ね、アメリアと呼んで」
穏やかに微笑まれて、正直動揺した。親しい友人に乏しい人生を送っているので侍女以外を呼び捨てにした記憶がなかったのだ。こんな可憐な乙女を呼び捨てにするなんてなにか罰でも当たりそうで怖いし、なんだか照れ臭い。
しかし「さん、はい」と有無を言わせぬ瞳に抵抗する術は生憎持ち合わせていなかった。
「あ、アメリア」
「なあにリリシア!」
満足そうにぱっと笑みを浮かべられて、いたたまれない気持ちになる。
「ずるいわアメリア!ねえ、私も、ライラと」
「ライラ、」
「私もよ!フィオと呼んでちょうだい?」
「フィオ……」
順々に呼び捨てを強要されて名前を呼んでいくと、それぞれやたらと嬉しそうに微笑んでいく。そして最後にカップを傾けていたエマさんに視線が移った。
静かにカップが置かれる。
「まあ、この流れでわたくしだけさん付けというのもおかしいですものね、特別に許しますわ、リリシア」
声はつんと尖っていたが、その頬は淡く染まっていたし、目はどこか違う方を向いていた。私が、「ありがとう、エマ」と言うとぴくりと肩を震わせ取り出した扇で顔を隠してしまう。扇から覗く耳が赤く染まっていて、なんだかこちらまで顔が熱くなってしまった。
「今日はエマ嬢達とお茶会だったと聞いたが、どうだった?」
夕飯の後、魔王さまにそう聞かれた。
「ええと、楽しかったです」
「そうか、それはよかったな」
嬉しそうに優しく微笑まれて、なんとなくそわそわしてしまう。この間の失態もあるし。
「なんというか、名前を呼んでもらえるっていいですね!」
沈黙に耐えられなくてそう振るが、振る話の選択を失敗したなと気付いたのは振ってしまってからだった。私の馬鹿、また考えなしに口を開いて!
「私の事も、魔王さまでなくていいのだが」
こんな話を振ったらこう返ってくるなんて簡単に想像できるでしょうに。目を細めて私の出方を窺う魔王さまに、蛇に睨まれた蛙のごとく硬直する。
「いや、それは……」
「なぜ?たまに言ってくれるだろう?私にも名を呼ばれる喜びを感じさせてくれても罰は当たらないと思うが」
「でも……」
「なるほど、私は名を呼ぶ価値もないと?」
そんなことあるわけないだろう!と叫びたかった。私が渋るのは、ただ、想い人の名前を呼ぶのが恥ずかしいからだ。
「婚約者という間柄になって随分経つが、たまにしか名を呼んでもらえなくて正直寂しさを感じていたんだが、だめだろうか?」
「たまにじゃだめですか……」
「リリシア」
断るルートが全滅した音がした。
これは、もう諦めるしかないやつだ。諦めろリリシア、魔王さまは我を通すのに手段は問わないタイプだってもう知っているでしょう。それに、言ってしまえばただ名前を呼ぶだけだ。
そう、名前を呼ぶだけ。
「……ジークハルトさま」
「さま、も余計だが、まあいいだろう」
魔王さまが満足そうに微笑む。
「これからは魔王さまは禁止だ。破ったら、そうだな……ひとつ言うことを聞いてもらおうか」
「え、それは罰が重すぎませんか?」
突っ込んだが、魔王さまはにこにこしているだけで撤回してくれそうにない。言うことって、いったい何をされるんだろうか。思わず背筋に嫌な汗が伝う。
そんな罰を食らうくらいなら名前を呼ぶなんて容易いことだろうと自分に言い聞かせるのだった。




