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パーソナリティーは七春さんですよ!  作者: 近衛モモ
煽子とウエディングドレス
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ドロドロ。

 BGМはさすがに無かったので。

「はーにゃ、にゃあにゃ、によ〜。」

 ホラーっぽい曲を自分で口ずさむルエリィの中の人。紅い羽を持つ蛾のような姿で、アルカナさんの頭の上に乗っかっている。


 ここは夜の図書館。四階。

 部屋のおよそ中央あたりにポカリと浮かぶ一冊の本が、映写機のように景色を映しだしている。

 図書館にそぐわない豪奢なステンドグラスには、着色ガラスによって骸骨が浮かび上がっていた。

 突き当りは祭壇。その周囲の壁は、浮彫の装飾。天井のシャンデリアや祭壇の飾りは全て人骨で作られている。

 広い空間に無数の骨。

 それらは、本から溢れた偽りの祈り場だ。

「BGМありがとう八神くん。今更俺は驚かないよ。」

 さすがはアルカナさん。この状況でも冷静さを失うことはないようだ。

 対する俺は、足下の石造りの床のリアルな感触に驚きすぎて、先程から一言も発していない。

 仕組みは全くわからないが、図書館四階に骸骨教会のステージが出現した。部屋の明るさも、一段階落ちている。

 さすがにここまでくると現実が疑わしくなってくるので、俺は強めに自分の頬をつねった。

 痛い。

「八神くん、こんな面白いことできるなら、なんで言わねぇの。次はさ、アマゾン川出して!アマゾン川!」

「いや、いつでも出来るわけじゃないんですよ。てか、こんなに大きな図書館に人が全くいない状況がまずレアだし。」

 つまりは偶然、こういう状況だったから、実現したにすぎない。いくら霊との繋りを断つためとはいえ、思いついたことを実際に試して、実現させるなんて。

 ルエリィの中の人は、一体どれだけの経験値保持者なのだろう。百戦錬磨なのか。

「でも、すごい。まさに『ナイトメアバージン』の世界観そのものですよ。」

 おもわず口に出た。

 そう、『ナイトメアバージン』は、少しダークなイメージを持つ世界観なんだ。こういう舞台でやればこその演目。

 何をしに来たのか思いだした。

 そのナイトメアバージンを、お姫様に演じてもらうために来たんだ。呪われた、花嫁を。

「それじゃあ、そろそろ始めますか。センパイ、スタンバってください。」

 ルエリィの中の人がそう指示して、アルカナさんの頭から飛びたった。パテテ…と不安定な飛行をして、煽子ちゃんの頭に移動する。

 眠そうだった煽子ちゃんも、突然現れた骸骨教会に興味を示してくれたのか、今は少し復活しているようだ。

「俺?」

 とアルカナさんが目を丸くする。

「一人では演じづらいと思うので。センパイ、相手役お願いします。」

 簡潔に、ルエリィの中の人が、煽子ちゃんの頭上から説明して、

「台本はあるんですよね?」

 と後半は俺に問いかける。

 そういえば。

 俺の鞄はどこへ行ったのだろう。描写することすら忘れていたが。

「あ、あると思います…たぶん…。」

 ありました。

 肩にずっとかけていた。常に持っていることが当たり前のものって、知らないうちに持っていることすら気が付かないほど自身と一体化するよね。

 メガネがいい例だけど。

「これが台本です。」

 印刷した紙を製本テープでまとめたものだ。色々書き込んでいて恥ずかしいけれど、鞄から引っ張りだしたソレをアルカナさんに手渡す。

「え、今貰った台本なんてすぐ読めねぇよ! 練習させてよ。」

 本気でキレるアルカナさん。

「仕事じゃないんだから、かんだって誰も文句いいませんよ。」

 煽子ちゃんの髪の毛の中でぬくぬくしている蛾がそう言って、

「俺のプライドが許さんわ。」

 その蛾を、アルカナさんが片手で鷲掴みにした。

 少し髪が乱れたのを、何事もない顔で整える煽子ちゃん。どんな状況でも揺るがないクールさだ。

「みゃんっ。」

 と悲しい声をあげ、ルエリィの中の人の声はそこで途切れる。アルカナさんは蛾を握り潰したまま、しばらく拳を見つめていた。

 ややあって、

「ぷはぁ」

 と指の隙間から這い出してくる一匹の蛾。

 うん。

 タフだ。

 さて、そんな余興もそこそこに、アルカナさんは祭壇に向かって歩きだした。俺や煽子ちゃん、ルエリィの中の人は、その場で見守ることにする。

「祭壇の前で、呪われた花嫁と愛人の息子が出会うシーン、お願いします。」

 お姫様に一番演じて欲しいシーンを、アルカナさんに伝えた。

 『ナイトメアバージン』をよく知らないらしい煽子ちゃんが、

「どんな複雑な状況なの?」

 とツッコむ。




 語らせていただこう。

 かなりザックリ説明すると、花嫁に呪いをかけたのは、花嫁の婚約者の愛人。

 つまり結婚を約束していた男には、別の女がいた設定になる。

 ドロドロの三角形の末に呪いをかけられ亡くなった花嫁は、式をあげる予定だった教会に霊になって棲みついた。

 そして呪われた花嫁は、教会に訪れる幸せそうな女性を見ては皆殺しにしていく…というストーリーになっている。

 ドロドロ。

 ドロドロ。

 そして次々と殺した女性の人骨で教会を飾り終えた頃、彼女に呪いをかけた愛人女性の息子が、教会を訪れる。

「だから、どんな状況なの。」

 という煽子ちゃんの台詞に苦笑いしてから、アルカナさんは祭壇の前で、台本を読み上げ始めた。

 短く、息を吸う。

『俺はこの教会に巣食う悪霊を退治するためにやって来た!』

 

 は!?


 と叫びかけた煽子ちゃんの口を、あわてて塞ぐ。

 息子は、自分の母親が呪いをかけたことは知らない設定です。

 そして教会のある街の人々から依頼を受け、呪われた花嫁を退治しに来た……ということになっている。

 もうフォローのしようのない負の連鎖。

 ドロドロ。

『誰に呪いをかけられて亡くなったのかは知らないが、私怨にかこつけて無実である数多の女性の命を奪うなんて!これ以上、野放しにしてはおけない!』

 台本に向けて声を吐き出す。熱演のアルカナさん、流石です。

 肌が震えるようなビリビリという震動が突き刺さってくる。

「こんな感じのキャラだった気がする。」

 と付け足す。

 そんな漠然とした記憶でここまで再現できるとは。

「めいえんぎ〜」

 とギャラリーであるルエリィの中の人がヤジを飛ばす。

『その殺戮の連鎖、俺が断ち切ってやろう。今夜を限りに!』

 本来なら書棚が並ぶべき広い空間。

 今は空虚な教会となっている。そのせいか、土っぽい匂いが鼻につく。空気も冷たい。

 視線を上げていけば、骨装飾に支えられたドーム型の天井。一番上にもステンドグラスだ。

 シャンデリアに使われている頭蓋骨が、ジッとこちらを見下ろしている。

(お姫様……)

 何かにつけては、舞台設計にも文句をつけていた。だけど台詞を間違えたことはなかった。

 衣装にも逐一文句をつけていたけど、誰よりも練習はしていたし。

 皆が彼女の一生懸命さについていけなかっただけで、彼女だけがが悪い訳ではなかった。だから演じさせてあげたかった。

 最高の舞台で。花嫁を。

(俺の勝手な自己満足だけど。……でも、アルカナさんやルエリィの中の人が用意してくれたこの舞台は、リアルそのものだよ。)

 だから、もう一度演じて欲しい。

「次の台詞、君だよ。」

 無意識に、口から出ていた。

 無意識というと、どういう状態かといえば。自分で口を開くつもりは全くなかったのに、口が勝手に声を発した。

 開いた窓もないのに風が抜けて、装飾に使われている剥き出しの骨が擦れあい、微かな音をたてる。


 カタカタカタ………


 続いて突如響きわたるのは、物悲しい旋律。ピアノだ。

 どこから?

「来ました。」

 と、誰かが言った。

 あまりにも感情的な色がないため、ほとんど声として聞き取れない。そのせいか、右から入って左に抜ける。

 横からの風、右腕から震えはじめる俺の体。

 何か来た。

「かえる! かえるーっ!」

 雄々しい雄叫びをあげて、向かって右側天井付近から、凄まじい勢いで何かが降下してきた。

 腹部を赤黒い血で染めた、ドレスを身に纏う女。その顔は怒りに満ちている。

 お姫様だ。

「八神くん、霊杖ーっ!」

 レイジョウ?

 よくわからない言葉を叫び、間一髪、アルカナさんがダイナミックな横飛びで衝突を回避する。

 半分透けているお姫様は、俺にもハッキリ見えた。

 台本通り右手から登場。そのまま舞台を横切って逆サイドへ、稲妻のように通り過ぎた。

 ドレスの長い裾を揺らしながら、床にフワリと着地する。

 ワイヤーなしでこのアクションができるなんて。霊体って、なんて望ましいんだ。いや、そんなこと言っている場合じゃないが。

「わたしはかえる!かえる!かえる!」

 同じ言葉を繰り返し叫ぶお姫様。まるで生きている人間のようだが、口の開閉がどこかぎこちない。

 そして喋った言葉は台詞じゃない。

 明らかにこの世の物理であり得ないことが起きているせいなのか、頭の奥がスカスカだ。

 映画館でスクリーンを見ているかのように、現実が遠い。

「帰れないんだよ、演じてくれないと!」

 祭壇の前、横飛びして床の上に転がったアルカナさんが、お姫様を見上げて叫ぶ。小柄なお姫様も、血のついた衣装を纏うだけで、少し大きく見えるほどの迫力だ。

「俺の台詞に合わせて!」

 アルカナさんだから説得を試みているが、あれを床に倒れて見上げる恐怖はどのくらいだろう。

 相変わらずルエリィの中の人は、ギャラリーをきめ込んでいる。

 平らに削った石の床で体を起こし、アルカナさんは台本を握り直した。

「俺の台詞に続いてね!『呪われた花嫁。お前を鎮めるのは、父から譲り受けたこの聖なる短剣だ!』」

 小道具がないので。

 アルカナさんは、腰のホルダーから巻物を取り出した。それで代用するつもりらしい。

 本棚をぶっ叩き、一度はお姫様を驚かせた巻物だ。


 それは……


 ゆらり、とお姫様の体が不安定に揺れた。彼女を照らしている光の方が揺れたのかもしれないが。

 ステンドグラスを透過した光によって、ドレスが紫にも青にも見える。

「演じてあげてください。あなたの役を。」

 ルエリィの中の人が、優しくお姫様に語りかけた。奥行きのある教会は、俺達ギャラリーの立つ位置から、祭壇までに少し距離がある。

 それでもルエリィの中の人の声は届いたようで、お姫様はまた少しだけ宙に浮き上がった。

 床の上のアルカナさんを見下ろす。

『それは……それは、あの人のものと同じ。哀れな子、それを持っているお前が憎い…』

 演じてくれた。

 今のは、台本通りの台詞まわしだ。

 生白い足をゆっくりと出して、お姫様は空中を歩いた。

 アルカナさんの背後へ周り、腕をのばして抱きしめる。

『憎いほど、あの人によく似ている。』

 裏切られた女の哀愁。裏切られても消えない想い。

 完璧だ。

『この憎き子に最後に会えただけでも……。この教会を飾る亡骸と共に、私は消えよう。』

 憂いに満ちたあの表情。やっぱり、お姫様が演じると絵が違う。私情が混じっている気もするが、やっぱり主役はお姫様が良かった。

(うまい……!やっぱり似合うよ、お姫様!)

 自分のことなのに今更気がつく。俺は、お姫様が演じる呪われた花嫁に、恋をしていたんだ。

 だからお姫様に戻って来てほしい。引き止められなかったことを、本当に後悔している。

「ところで、これってこういう話しなの?」

 どこか納得いかない顔で、煽子ちゃんがつぶやいた。

 確かに、『ナイトメアバージン』は、子供の好きなハッピーエンドとは対極にある物語だ。

 これでも一部リメイクして、グロテスクな恐怖をあおるシーンは、諸々カットして短くしているんだけども。

「原作はもっとドロドロしてるよ。」

 煽子ちゃんには縁がなさそうな話だ。まだそういうの、わからないかな。

「一度は裏切られた女。でも、自分を裏切った男の面影を持つ青年に会い、数々の罪を悔いて成仏する。捨てられても消えない愛情、生々しい女の未練。そーゆーのを題材にしたエグい小芝居が、流行る時代があったらしいですよ。」

 心底眠そうな声で、ルエリィの中の人がコメントした。

「ふーん。つまんない。」

 心底眠そうな顔で、煽子ちゃんが返す。

「唯一、ナナハルの演技力だけは伝わってくるけど…」

 そのアルカナさんは、少し離れた祭壇の傍で、お姫様に背後から抱きしめられている。

「あぁいう役はやって欲しくないな。」

 抱きしめてくる手を、アルカナさんが自分の手でゆっくりと払う。優しくその支配から逃れ、台本のページをめくった。

『今宵、この剣で、この物語に終幕をひこう』

 どこからかまたピアノの音が流れ出し、物語の終演にふさわしく、照明が絞られていった。どこに照明があるのかわからないけど、光源を探す間もなく暗転。

 ラストシーンのほんの数分、ほんのいくつかのお姫様の台詞を聞いただけでも、俺の心は満たされていた。

 何よりまた、お姫様の演技が見れたのだから。

「後悔は断ち切れそうですか?」

 暗闇の中で、ふいに質問を投げかけられた。一枚幕を隔てたように、半透明のお姫様やアルカナさんが遠く見える。

「はい。」

 と俺は自信を持って頷いた。


 

 後悔は、断ち切れたのだ。

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