考えたら負けだな…
大学に入る前から、演劇は好きだった。
だけどもっぱら演じる方で、決して才能がもとからあるわけでも、人より一歩秀でていることもなかった。
要するに中の下、大根役者だった。
自分が演じることよりも、演出を考え、提案する方が向いているのだと閃いたのは、大学受験の最中。
深夜三時の勉強中のことだった。
インスピレーションは、いつくるかわかりません。
話は変わるけれど、ワイワイ楽しくやっていた演劇から、突然足が遠のくようになったのはごく最近だ。
俺はスランプという都合のいい言い訳を見つけたので、あまり深く考えもせず、ただ日常にダラダラと停滞しているのだけど。
もちろん、演劇に向けていた情熱が枯渇したのには、原因がある。
「一緒に演劇をやっていた子が、学校を辞めたんです。」
という説明が、ちゃんと届いたのかわからない。
アルカナさんは今、無数の本を、伸ばした巻物で叩き落とすという芸当の最中だからだ。
「……よっ。……はっ!……うん、聞こえてるよ、それで?」
鞭のように巻物を扱う、これがアルカナさんの戦法なのだろうか。
と考えている足元に、アルカナさんが叩き落とした本が飛んでくるので、あわてて避ける。
糸がついているわけでも、機械が取り付けてあるわけでもない。正真正銘、一冊の紙の束だ。
それが物理法則を無視して、縦横無尽に空中を駆けている。
これも俺に憑いていたという、ドレスの霊の祟りなのか、何なのか。
「その子は陰で、『お姫様』って呼ばれてた。良く言えばハッキリ自分の意見を言える子、悪く言えば…高飛車だった。周りに上手く馴染めてなかったんです。」
「聞いてる!続けて!」
「しばらくは皆、ぎこちないまでも演劇を続けられてた。だけど、だんだん彼女の自分勝手に振り回されるのが嫌になってた。端から見る限り、それが皆、顔に出始めてた。」
アルカナさんが叩き落とした本は、絨毯の床に転がると、青白い光を放って動かなくなる。
きっとそれは、アルカナさんの髪の毛に混ざっているあの虫。ルエリィの中の人が、アルカナさん経由で巻物に伝えている力の影響なのだろう。
本はもともとは書棚に収まっていたもので、床にドンドン落ちた本が溜まる代わりに、書棚はすっかり空になっている。
「そんな矢先に、彼女が学校から姿を消したんです。皆しばらくは動揺してたけど、それで全部解決したかのように思えた。彼女自身、周りと上手く馴染めていない自分を自覚していて、それで学校を辞めたんだと思ったんです。」
ドサッ!
と、目の前に絵本が落ちてくる。
目の前で一本の閃光のように、真横に走る巻物の紙。それが四冊同時に本を打つ。
「ふぃ、はぁっ…疲れる……続けて。」
暴れる書物を鎮めながら、アルカナさんは徐々に前へ進んでいく。男子トイレから遠く離れ、中央の階段付近まで来ていた。
その後ろに話しながら俺が続き、さらにその後ろに煽子ちゃんが、眠そうな顔でついてきている。
うん、子供は退屈だよね。
「俺も、それで事の次第は片付いたのだと思いました。でも、問題はその後の、仲間たちの反応の方で。……自分たちがお姫様を追い出してやったぜ、みたいな。その浮かれた勝ち誇り方に、なんか違うなぁって……」
そう、漠然とした感覚で。
何かが違うと思ったんだ。
本の数はだいぶ減ってきた。絵本は大きさも色もまちまちだ。どれか一つを撃ち落とそうとしても、あっという間に飛び去って、見失ってしまう。
それでも堅実に数冊ずつ落としていくアルカナさんは、狙いの一つも定めていないということなのか。
「ムズカシイなぁ。……続けて。」
苛立たしげに手を大きく振って膝を叩くアルカナさん。に、促されて俺は続ける。
「せめて後味悪いって顔くらい作ろうよ、って思ってたんです。でも、思うだけで俺も、何かしたわけじゃない。そんな仲間たちを、ただ突っ立って横から見ていただけで。」
後半は声に後悔が滲みでた。
さすが声優と言うべきなのか、アルカナさんにはすぐさま感づかれる。
「後悔してるだろ。」
的を射た指摘が返ってくる。
「もう一つ確認するけど、そのお姫様が演じるはずだった役は?」
質問が続いて、俺の頭に、お姫様が浮かんでくる。
長い髪をくるんくるんさせて、いつも薔薇の香りをさせていたお姫様。皆が言うように確かに高飛車で、性格は上からだったけど。
でも一生懸命だった。気が強すぎたけど。悪い子ではなかった。
「彼女は『ナイトメアバージン』の主人公、呪われた花嫁の役でした。」
パン!
と破裂音がして、アルカナさんの鞭…もとい巻物が、四冊まとめて打ち落とした。
眠そうだった煽子ちゃんが、ビクッと反応して目をこする。
「ビンゴだ、八神くん。」
言ってアルカナさんがまた、手首のスナップで巻物を引き戻す。
「そのお姫様がドレスの霊だ。」
「はい。そしておそらくは望んで憑いているのではなく、彼の後悔の念が引きつけてしまっている。」
感情の欠落したような、至って平凡な声色が、アルカナさんの頭のてっぺんあたりから返ってきた。
集中していたのか、ずっと沈黙していたルエリィの中の人だ。
「いやいやいや!」
俺はあわてて話を遮る。そんな話があるはずがない。
だって、たった今話した通り、誰も死んでないのだから。
「彼女とはそれっきり会っていないけど、でも死んでませんよ?」
そう、お姫様は生きている。今も演劇を続けているのかどうか、わからないけど。
確かに、幽霊になったりはしていないはずだ。
「それはおそらく生霊です。」
「生霊…?」
「肉体と霊体の結びつきが弱いと、霊体だけ、つまり意識だけが一人歩きしてしまう。いわゆる『幽体離脱』を起こしやすいんです。脱臼みたいなもんです。外れちゃうんです。」
脱臼とはすごい違いのような気もするが、またしても平坦なルエリィの中の人の声。
現状、生霊がいることについては、さほど危機感がないらしい。
「そのお姫様という人が、もともと外れやすい体質だったのかもしれません。全く無害ではありませんが、生霊が出ている間、本人は気が付かない場合が殆です。そして、引き寄せている人間も無自覚だったとなると……」
このままお姫様の霊体だけを、俺が引き付け続けていただろう。そんなことくらいは、ルエリィの中の人が言葉を濁しても、想像できた。
想像できたというだけで、到底、信じられる話しではないが。
俺がボンヤリとそんなことを考えている間にも、空中を乱舞していた本が急降下してきたらしい。アルカナさんに庇われて気がつく。
「……っ!」
大半打ち落とされてしまった本は、空中を舞うのも残り十数冊。威力は弱まってきていたのか、アルカナさんはそれを素手で振り払った。
「大丈夫か?」
聞かれて、カクリと頷く。どこか遠くに、本が落ちた。
「あの、信じられないけど、ホントに俺がお姫様の霊を引き付けているんだとしたら、どうすれば元に戻せるんですか。」
「だそうです、八神くん。」
俺の質問を、アルカナさんが頭の上に流す。
生霊の戻し方なんて、聞くのも変な話だけど。
「簡単な話ですよ。要するに、後悔の念をたちきればいい。何か不満があるから、霊を引き付けるほどの念が出る。」
それから宥めるような声で、「ご不満は?」と続けられた。
その声はまるで異世界への扉を開いたかのように、俺の頭の中を白紙に戻した。
脳の隅々まで、塵一つ無くなる脳内。全ての項目をが削除され、簡潔に、自分の望む答えが出せる。
「俺は、お姫様を主役にして、ちゃんと『ナイトメアバージン』を演りたかった。」
「そっか。」
アルカナさんが嬉しそうに笑った。明るい。
「じゃあ、演ろう。」
シンプルだが、最も真実味のある答えが返ってくる。
やっぱこの人、素でアルカナなんだな。
「八神くん、話がまとまった。やっぱ、八神くんが来てくれると早いよ。」
「でしょでしょ、俺っていい子ですか?」
「いい子〜。さて、じゃあ後は上の階のお姫様に会いにいって、望み通り演じてもらえば終わりか? 煽子がいい加減、寝そうで怖いよ。」
煽子ちゃんは、これだけ本が飛び交っていても、頭をコックリコックリさせている。
時刻を確認しようと腕時計を見下ろすが、針は息をしていない。静止したままピクリともしないので、ネジを巻いてみるけど効果なし。
だが今更ギャーギャー喚いたりしないのは、霊の正体がわかっていて、なおかつ原因が俺にあると知ったからだ。
全くの無自覚に、人の霊体を引き付けていることがあるなんて。もし煽子ちゃんに出逢っていなかったら、俺はこの先ずっと霊をくっつけたままだったろう。
このままじゃいけない。
きっと、ここで煽子ちゃんや、アルカナさん、ルエリィの中の人に出会えたのも、何かの縁だ。
「どうすれば、演じて貰えるのでしょうか。」
本人のいないところで霊体を好きにするなんて、罪悪感マックスだけど仕方ない。
ごめんねお姫様。今夜だけ付き合ってもらおう。
「演じてもらって、後悔の念を断ち切れば霊が離れるというだけです。現実問題、人間関係は何も解決しないので、そのへんは後で自分でなんとかしてくださいね。」
今度は平坦ではなく、明らかに冷たく突き放すような声を出す、ルエリィの中の人。
ふいにアルカナさんの頭から飛び立つと、俺の頭に乗り換えた。
「霊体が既に衣装…血塗れのウエディングドレスを着ているのも、おそらくは妄想の産物です。後は舞台を用意してやれば、きっと演じてくれるはず。」
「舞台?」
またパタパタと飛び立つ蛾。忙しない。
「七春センパイ、ちょっと手伝ってくださいな。」
とアルカナさんの頭に戻る。
「手伝うのはいいけど、何すりゃいいの。」
「現在、この図書館はお姫様の霊体の意思に強く反応するようになっています。人を消したり、照明を弄ったり、不可解な音を相次いで出したり。」
「ふむふむ。」
「それを、俺が乗っ取ります。俺の方が霊力高いんで、ソレを使えば出来るはず。ナイトメアバージンらしい、夜の教会の景色を、上の階に用意しましょう。手順はまず、夜の教会の写真が乗っていそうな本を探す。」
「ん。」
何かを感じ取るように、アルカナさんが手を広げた。目を閉じると、アルカナさんの体が青白い光に包まれる。
本を打ち落とす時にも出ていた光だ。
柔らかくて、刺すように冷たく見えるのに、どこか温かみを感じる。そう、まるで月光のような。
「夜の教会の写真が乗っていそうな本。確か、この階は絵本の他に実用書を置いてる場所もあったな。写真集があったはず。」
寝言のように、か細いモニョモニョ語でアルカナさんが何か呟いている。
空中を飛び回る本から数冊、それから床に落ちた本からも数冊、写真集らしきものが飛び出してきて、アルカナさんの周りに集まった。
なんだか、その中央にいるアルカナさんは魔道士みたいだ。
「夜の教会…。夜の教会…。」
取り巻く本を撫でるように指を動かし、アルカナさんが一冊ずつ、目を閉じたまま触れていく。
触れられた本は身を震わせながら、自身を見てくれと言うように、勝手にページをめくっていく。
ど う い う 仕 組 み な の
(たぶん、考えたら負けだな…)
なんかアルカナさんが魔法少女と一体化して検索機能後付したみたいな感じなんだな、きっと。考えちゃダメだよ。
世の中ってわかんない。
「これは違うなぁ…。もっと、おどろおどろしいヤツがいいや。これは綺麗すぎるし…。あ、こんなトコロに行ってみたい。」
「センパイ、徐々に脱線してますよ。」
「八神くんはどれがいいと思う?」
「三ページ前のやつがいいです!」
「じゃあ、ページめくる前に言えよ……」
魔法少女を頭に乗せた使い魔が、ワイワイやりながら本を選ぶ絵面。シュールだ。
やがて目星がついたのか、
「じゃあ、これで、」
と一冊の本を上にスライドさせるような仕草。本はそのアルカナさんの手の動きに従うように、直立したまま天井に向かって上がっていく。
「四階でページを開いてもらいましょう。ところで、どの写真を選びました?」
本は天井をすり抜けて、上の階に上がっていく。目を開いてそれを見送ったアルカナさんは、心持ち視線を上に向けて、頭の上のルエリィの中の人に答えた。
「八神くんが選んだヤツだよ。」
骸骨いっぱいの教会にしました。




