最終兵器はとってきた。
魔法少女が登場すれば、物語は八割方片付いていると、その魔法少女の使い魔が言った。
使い魔が言うなら信憑性は高い。きっともう、この異質な空間となった図書館の怪は、『八割方片付いている』ということなのだろう。
たぶん。
静かな森の湖畔。
ではなく、寂しい墓地のような雰囲気をかもす図書館二階。下は黒ずんだワインレッドの絨毯。そこに木枠の棚が並んでいる。
行儀よく六列。傾いている書棚から、本が落ちそうだ。
重厚なハードカバーの書物がひしめき合う空間は、上質な紙の匂いに包まれていた。
「貸し切りだなぁ。」
一行は、魔法少女を招き入れる窓を開けるべく、東側のトイレに向かっていた。
最中に、アルカナさんがのんびりと発言する。
確かに、ここが例えば火葬場だとか、田舎の木造校舎だとか、トンネルだとか、幽霊ホテルだとかすれば怖いけれど、図書館だからなぁ。
恐怖も当然あるけれど、貸し切りは貸し切りで落ち着くような気がする。
「あのドレスの人、今は上の階にいるんですよね。」
確認すると、アルカナさんが視線を煽子ちゃんの方へ流した。あ、流し目もカッコイイ。
そしてドレスの人が唯一視えるという褐色少女、煽子ちゃんがカクンと頷く。
「うん。降りて来るのは見てないから。」
そのドレスの人が何故に俺に憑いていたのかわからないが、さらにわからない事は他にある。
「ところで、最終兵器のルエリィの中の人って、トイレの窓から来るんですか?」
俺のその質問に、アルカナさんは飄々として答える。
「うん、そうだよ。」
何故に?
それではご覧頂こう。
男子トイレだからという理由で煽子ちゃんは棄権したが、俺はアルカナさんについて中へ入った。
室内は縦に長く、窓は突き当りにある。個室は左側。手とか出てきそうで怖い。
と、考えないようにしようと思うとつい考えてしまう。
スイッチをいじると電気は普通についた。
よかった。ホラーな展開はよく、電気が点いたり消えたりしているけど、あれって見ている方は目が悪くなりそうなんだよな。
「ホントに窓から来るんですか?だって二階ですよね?」
しつこく疑う俺に、アルカナさんは悪い顔一つしない。ただ笑って、
「大丈夫、大丈夫。」
と答えるたけだ。
タイルの床に足音が響く中、意味もなく周囲の音を体が拾ってしまう。
換気口から何かの羽音がしている。
ひねっていない蛇口からも、水はずっと滴っている。気のせいだ、と思いたい。
安い心霊番組のような。
明るいから大丈夫明るいから大丈夫明るいから大丈夫。
平常心平常心平常心平常心平常心平常心平常心平常心。
ガシャン!
と派手な音。だが割と聞き慣れた音だ。バケツが倒れるとこんな音がする。
「ダメだよー!怖いよー!」
とりあえず声に出す。
明るい、の、だから。なにか、いれば気がつくのに。
バケツを探す。どこだ見当たらん。見当たらないところで倒れるバケツとは一体。
「ダメだよー。怖いよー。」
十センチ離れていないところに、アルカナさんの広い背中がある。昼間と変わらないとでも言うような、しっかりした足取りだ。
「あの、こういうのも、やっぱり慣れてるんですか?」
思い切って問いかけた。青いシャツが、目に眩しい。
「好きで慣れたわけじゃないけど、まぁそうかな。怖くないわけじゃないけど、…八神くんが来てくれれば、だいたい何とかしてくれるから、安心。」
「おおぉ…。」
この状況で安心できるとは。アルカナさんをここまで安心させる魔法少女の実力とはいかなものだろう。
歩きながらまた、アルカナさんは腰のホルダーから巻物を取り出す。
クルクル広げて伸ばしたそれを片手に、突き当りの窓の前に立った。どうやら鍵はかかってないようで、空いた片手で窓を開く。
窓を開けたのに空気が変わらないことに、俺はホラーチックを感じた。風も入らないし、月の光もどこにも見えない。
だからここは閉ざされてるっていうんだ。
「これを、こう。」
という簡潔な説明をして、アルカナさんが巻物の伸ばした先を窓の外に放り出した。
たった今、どこにも繋がっていないと思った窓の外にだ。誰もが躊躇うようなことを、あっけなくアルカナさんがやってのける。
そして重心を偏らせて、休めのポーズ。
釣りでもしてるかのような。
「このまま、ちょっと待つのな。」
そのまま腰に手を当てた。
長居をしたくない空気が押し潰しにくるのに。それを感じているのは俺だけみたいだ。
「ねー、大丈夫ー?」
という煽子ちゃんの声が、入口の扉よりも遥か遠くから聞こえるようだ。不安になって、
「大丈夫だよ!」
と叫び返すと、思っていたより大きい声が出た。恐怖が距離感をこじらせるという、面白いことになっている。
自分の声が飽和して消えるまで、頭がジンジンしていた。
しばし待ちます。
「怖くない、怖くない…」
小声でブツブツこぼしていると、アルカナさんが隣で指を振った。時の秒針のように、チッチッ、と。
「それ言ってる方が怖いよ? 案外、怖い時は『助けてー!』って素直に叫んだ方が楽。」
「あ、そ、そうなんですか?」
さすが恐怖体験のセンパイだ。
「じゃあ、いつも『助けてー!』って叫んでるんですか?」
「ん、俺? 俺はひとしきり叫んだ後、誰も助けてくれなかったら自力で逃げるよ。」
「タフだ。」
「そうなの。頑張ってるんです。」
そして何かに気が付き、手元に視線を落とす。
傍目にはわからないが、どうやら巻物の紙が少し震えているところからして、巻物自体が振動しているらしい。
まるで獲物がかかった釣り竿のように、アルカナさんに何かを伝えようとしている。
物に意思を感じる。この図書館の怪に遭遇してから、俺の常識や物理概念は大きな崩壊の危機を迎えている。
それがいやに心地良い。
「おっしゃあ、八神くんキター。」
巻物の芯の部分の両端を持って、アルカナさんが器用に巻物を巻き取っていく。手早い。
カラカラと巻き取られていく巻物の先を想像し、俺は息を飲んだ。
アニメのルエリィのイメージしかないので、なんとなく巻物の伸ばした先にルエリィがくっついてくるイメージを想像する。
学生服に学生鞄。短い髪をツインにして、腰には赤チェックの上着を巻くのがルエリィスタイルだ。
最近、コスプレイヤーの間では大変流行なようです。
で、そんなイメージに胸踊らせて、固唾を飲んで見守った。
「八神くん、ヘルプ!」
カラカラカラカラ。
質の良さそうな外装和紙が窓枠で擦れるのも構わず、アルカナさんが巻物を回収していく。
だんだんと近づいてくる紙の先端に注目。
だが、暗闇によって外界からシャットアウトされたような窓の外から、人が侵入してくるような気配は感じられない。
「あ、れ……」
つい落胆が声にでてしまう。
巻物の先には何もなかった。
かろうじて外にいた虫が紙の先にひっついているが、魔法少女らしき人影は一切見えない。
いや、当然か。
二階だし。
アルカナさんがあまりにも堂々と言ってくれるのでウッカリ信じこんだけれど、本来二階の窓から人が入ってくる方がムズカシイ。
「……え、と……」
何もいない。
うん。
(何を言えばいいかな…)
言葉に詰まって沈黙する。なんかアルカナさんに至っては、巻物についてきた虫なんかを、嬉しそうに指に乗せているが。
現状が何も解決してませんけど!
「大変お待たせ致しました。」
ふいに。
声が。
した。
「重役出勤しやがって。」
困ったような笑い顔をするアルカナさんは、顔の前に掲げた小さな蛾に話しかけている。
ん?
この声はどこから? そして魔法少女はどこに?
「なんだか嫌な感じですね。体がないから、直に影響受けてビリビリしますよ…」
なんだか可哀想な声になって言う。
その声の出処は、よく考えればあの蛾のような虫のような気もする。
巻物にくっついていて、回収された虫だ。真紅の薔薇と同じ色の羽を持っている。
大きさはすっぽり手に収まるサイズ。細い足が折れそうで心配だ。まさか自分でも信じられないけれど、
あの虫が。
「最終兵器……?」
「あぁ、最終兵器の八神くん。虫の姿なのは、体を抜け出してるんだ。八神くん、この子が霊に憑かれてた人。」
虫に紹介されるというシュールな展開。アルカナさんは本気で、指先のそれを魔法少女ルエリィの中の人だと言ってのける。
「そうでしたか。こんにちは。あ、この人に関係のある霊だそうです。」
一生懸命に羽を動かしながら飛び回る蛾。ホントに喋った。
何回目をこすっても、現実は変わらない。
羽ばたきながら俺の頭の上を旋回し、何気なくそんなことを口にする。
「喋った…」
「八神くん、この人に関係のある霊だってのは?」
パタパタ飛んだ虫はやがて、アルカナさんの頭にとまった。髪の毛に混ざって見えなくなる。
「ふぅ。…あの人からでてる青白い糸が見えますか?あれが霊との繋がりを示します。霊が憑いていた、というよりは、霊を引止めていた、という方が正しい。」
「青白い糸は見えないけど、それは原因はこっちにあるってことか?」」
言って、アルカナさんが俺の肩を掴んで引き寄せた。頭の上の蛾にも、俺が見えるように。
変な気分だ。
「詳しくは話を聞かないとわかりません。けど早く片付きそうでよかった。手早く済ませましょ。」
何かをわかっているかのような魔法少女ルエリィの中の人っぽい虫。
その言葉を真に受け、アルカナさんは大きく頷いた。
「やっぱり、八神くんさえ来てくれれば話しが早いな。」
「はい。チートなので。」
「なろう」で主人公やってる奴、だいたいチート。と続く。
「主人公、俺!」
アルカナさんが何か叫んだ。
そして、
俺は話すことになった。自分のことを。
再び二階の児童書コーナーに戻ろうと、促されて男子トイレをあとにする。またテーブルを囲って話をしようというのだ。
アルカナさんの周りをブンブン飛び回る蛾。俺からしてみれば、喋る蛾を当然のようにはべらしているアルカナさんの方が不可思議だけど。
だけど、それについて話すより先に、自分の問題をなんとかしよう。
「ナナハルおかえり。」
外で待っていた煽子ちゃんは、腕を組んで壁に背を預けていた。アルカナさんの周りを飛び回る蛾を一瞥。
「最終兵器はとってきた。」
たった一言のアルカナさんの説明に、
「じゃあ、試し斬りして見せて?」
納得したのかなんなのか、たった一言で済ませる。
そして、二階の児童書コーナーを、クイッとたてた親指で示した。
本が飛び交っていた。
無数の本が、侵入を拒むかのように、支離滅裂に空中を飛び交っている。本だからな、当たると相当痛いだろう。
「何これ」
と気がついたら口に出ていた。
次から次へと。際限なく何でも起こる。
さようなら現実。
さようなら常識。
もいいいや。考えんの、やめた。
「さっきから、こうなの。」
どんなにクールでも子供は子供。どうやら眠くなってしまったのか、煽子ちゃんはフワーと欠伸した。
もはや現実問題よりも眠気が勝っているらしい。
すごいよ、ある意味。
「あらそう。」
と平然と返すアルカナさんも、もはや一切の危機感がない。
まるで物語が片付いた後のエンディングパートのような和やかさだ。
「だってよ、八神くん。テーブルに座れねんだと。」
デパートのフードコートに行ったらお昼時だから席が埋まってて、テーブルに座れない。くらいのテンションの軽さだ。
重力無視して本が飛び交っているなんて、B級映画でももうやってない。
「あ、あの、これ、大丈夫くないですよね。」
問いかけると、
「大丈夫大丈夫。」
と返ってきた。
大丈夫大丈夫。
え? どこが?
「俺みたいな体も持ってきてないような、しかも霊感の強い者が侵入したことで、警戒を強めたのでしょう。仕方ありません。片付けますか。」
仕方ありません。空いてる席を探しますか。
くらいのテンションの軽さで、最終兵器のルエリィの中の人が口にした。
そしてアルカナさんの頭の上でモゾモゾやって、どうやら髪の毛の中に潜ったようで。
「センパイの髪の毛の中、あったかいです。」
「んー、どした。」
「地肌に触れます。俺の念をセンパイの体を通してマッキーに伝えてみますので、センパイはマッキーで本をどーにか振り払ってください。ファイト!」
「ん? うん。」
のーんびり答えるアルカナさん。珈琲片手に雑誌でも読んでるような感覚だ。
出来ると信じているのだろう。
早いよ、早い。
ルエリィの中の人が来てから、わずか数分で話しがグイグイ前に進んでいく。
読者置き去りペース。
「もう、八神くん来たから、あとはザクザクいこうか。」
アルカナさんが当然のように言った。




