煽子が、都会へやってきた!
すごい……!
これが都会の極上の甘美ね……!
とか言いながら、ごまたまごを頬張ったりして。
煽子はこの大地に降り立った。
「都会は図書館もおっきいのね…!」
五階建ての高い建物。その上には透き通った秋空が見える。
立ち並ぶ高層ビルの最中に、物怖じせずポンと突っ立っているこちらの建物が、図書館らしい。
煽子の知識の中には、小学校の図書室くらいしかないが、都会は書架もずいぶん規模がデカイようだ。
煉瓦敷きの正面玄関は綺麗に整備されている。きらめくガラス扉の向こうには広い入口ホールと受付カウンターが見えた。
ごまたまご片手に、旅行鞄を引っさげて駅から歩いてきた煽子は、その建物の入口で足を止めてみる。
ちょっと、入ってみたい。
田舎からたった今出てきたばかりの煽子には、今は見るものすべてが初めてで、胸を踊らせる発見のおもちゃ箱だ。
右から左から次々に入りこんでくる情報を、全身の肌から吸収していく。
都会は何もかもがオシャレ!
学校の体操服を着て、猫じゃらしを持った同級生が駆け抜けていくことも、溜池からでてきてしまった亀がゆっくり道を横断していることもないようだ。
溜池のカルガモも、タニシも、サギも、放し飼いの犬も、木の枝の先に毛虫をくっつけて走る子供もいない。
今も、血まみれのウエディングドレスを着た髪の長い女が、ぴったりと一人の男の背後に食いつき、供に図書館の建物に吸い込まれていく。
(いつか、あんなドレスを着てナナハルと……)
想像すると一人でニヤニヤしてしまう。
(いえ、その前に健全に図書館デートからよね。)
そんなこんなも夢膨らむ、ここは八神や七春が声優業を営む拠点としている東の街。
夢の大都会だ。なんだか吹き抜ける風にもカレーの匂いが混じっている。都会は美味しそうだなぁ!
煽子が、都会へやってきた!
「そういうわけで、会いにきちゃった。泊めてほしいの。」
と、イキナリ言われたので。
「」
一言も発することなく、七春は目を見開いて固まった。
七春と二匹のハリネズミが暮らす、大きな一軒家。夜十時、仕事から帰った七春を、玄関の外で煽子が出迎えた。
何を隠そう、仕事から帰るまで玄関前で辛抱強く待っていたのである。
彼女の名前は神宮煽子。
七春率いる声優一行が第一回真夏の心霊ロケにて訪れた、田舎の村で出会った少女だ。
田園風景広がるのどかな場所で育った彼女。この季節でもブレない半袖シャツに、デニムのショートパンツ。小麦色のやけた肌が覗いている。
綺麗に整えたボブショートの髪が、健康的なエネルギーあふれる体によく似合う。
「煽子…だよな。幽霊…じゃないよな。」
しつこく七春が確認すると、
「そうよ。勝手に殺さないで。」
と帰ってくる。
真顔で言われてしまうと、怒らせてしまったのか、ツッコまれたのかわからない。
「一人で来たのか?……あ、まぁ、とりあえず中入れよ。」
ぎこちなくも、ホイホイ招き入れる常識も良識もない七春。
大きな旅行鞄を下げて、煽子は言われた通り七春の家にあがりこんだ。
玄関できちんと靴を揃え、とりあえず広いリビングに通されたので、ソファの脇に鞄を下ろす。
好きにくつろいでと言われ、
「お構いなく。何か手伝うことはある?」
と自分から申し出た。
ご覧の通り、煽子はしっかりしたお子さんなのだ。七春や八神とは大きな違いがある。
もともと村の子供たちの中ではリーダーのような役割を担っていたらしい。
「いいから、男の家に来た時くらい甘えろって。」
隣のキッチンから持ってきたポットとカップで、慣れた手つきで七春がお茶をいれる。
「にしても、よく家がわかったな。どうなってんだ、俺の個人情報は…。朝からずっと玄関前で待ってたのか?」
「ずっとじゃないけど、二時間くらい。それまでは村の皆にお土産買ったり、学校を見学しに行ったりしてたの。」
「見学?」
言われて思いだす。
煽子は村の小学校を卒業したら、こちらの中学校に通う予定になっているのだと、前にロケの最中に聞いたのだ。
煽子は将来設計もよく出来ている。
「そうか。煽子はこっちの中学に通うんだったな。」
「うん。それに、一人で電車や新幹線に乗る練習も兼ねてるの。」
「偉いなぁ。」
七春は先週、この歳になってやっとバスに初めて乗ったよ。お金を入れるとこがよくわかんなかったぜ。
何事にも初めてってあるよね。
紅茶をそそいだカップを煽子に差し出して、今度はケーキの箱を取り出す。
煽子はおとなしくソファに腰掛け、カップに口をつけた。
「美味しい。」
「丁度貰い物のケーキもあるからな。二人で食べちゃおう。なんか、温めた方が中のチョコが溶けてうまいんだと。」
と言ってケーキを温めにかかる。
リビングと台所の短い距離を行ったり来たりして、さらに七春が口を開いた。
「泊めてやりたいけど煽子、村の家族に許可はとってるのか?」
「ん。とってない。なんで?」
この時間帯にも関わらず元気よく、煽子は紅茶をグビグビ飲み干している。
それから二人の間は少し沈黙して、ややあって七春がケーキを盛った皿を持って帰ってきた。
皿をテーブルにのせナイフを入れると、ブラウンのスポンジの中から、魅惑のチョコレートが溢れてくる。眩しいほどの白い皿に、甘いカカオの滝。銀のナイフを汚していく。
「俺は仕事でほとんど家にいないし、それに男の一人暮らしだし。」
ケーキを一切れずつ小皿にとりわけ、ついでに煽子のカップに紅茶のおかわりをそそぐ。
「心配だろ?」
「お茶ありがとう。村の大人のことは心配いらないわ。それにナナハルに会いに来たのは、もひとつ別の理由があるの。実はね、ナナハルに大事な用があったらしくて、ついて来た子がいるんだ。」
そして煽子はカップをソーサーに戻した。ソファの横の大きな旅行鞄を持ち上げて、膝にドスンと乗せる。
カモシカみたいな煽子の細い足は、重たい荷物を乗せると、それだけでポキンと折れそうだ。
「テーブルに置いていいぞ。」
何を取り出すのかわからないが、見かねた七春が助言した。
ケーキの皿から少し離れたところに、煽子が鞄を下ろす。
と、ドズンと地鳴りのような音がして、皿がケーキごと、カップも紅茶ごと宙に浮いた。
ずいぶん重たいものを持ち歩いてきたようだ。
(着替え…にしては多いよな。)
女性は旅行に行くにも荷物が多くて大変だ、という話を聞いたことはあるが。
「アタシはよく覚えてないところあるんだけど、ナナハルたちがあの巻物を村から持ちだしてくれたおかげで、幽霊を目撃する人も減って…、村はだいぶ、元に戻りつつあるんだ。それについては、感謝してもしつくせないわ。ありがとう。ナナハル。」
改めてお礼を言われて、自分がしたことはほとんど何もないが、七春は照れてしまう。
「それでね、元に戻った例の祠に、村を出る前に旅の安全祈願をしに行ったんだけど。そしたらこの子が、ナナハルに大事な話があるから自分も連れて行けって、勝手に鞄に入りこんできたの。」
そこまで説明して、煽子は旅行鞄を最大限ひらく。
そこに入っていたのは、着替えやハブラシ…ではなく、フサフサした草のようなものの塊だった。
かなりの大きさだ。鞄の半分ほどを埋めている。さらに見えている部分から察するに、どうやらそれは球体のようだった。
植物だ。
そこまでは、なんとなく見てわかるが。
思い当たるものがあるような気がしつつも、ずいぶんみちがえてしまったので、七春は言葉にするのをためらった。
心の中だけで自問する。
(これって…コケ神さま……?)
苔玉の神様でコケ神さま。造語である。ニワトリの神様ではない。その「コケー」ではない。苔玉の「コケ」である。
そしてそのコケ神さまが一体何者なのかというと、煽子が住んでいる村を護ってくれている、いわゆる護り神さまだ。
七春や声優一行がロケに行った際には、村に持ち込まれた巻物のマッキーの力に脅かされていた。
(あ、マッキーよくないのか?)
常時腰のベルトにつけたペットボトルホルダーでつるしている巻物のマッキーは、神の力を抑える能力がある。
らしい。
コケ神さまや祟り神など、結構まわりに迷惑をかけている姿は見かけるが、何の用途で使用すればいいのかイマイチわからない。
咄嗟に指先で触れると、それは熱をもっていた。
撫でて落ち着かせる。
「はぁ。重い。」
と途中苦しい声をだしつつも、煽子はついに鞄からそれを引っ張りだした。
予想通りだ。フサフサした苔の表面が愛くるしい。
「こんな苔玉が喋るなんて不思議だよね。こういうのがナナハルたちが撮りにきてた幽霊なのかな。悪い感じじゃないけど。」
「いや、その、うーん…。それは煽子の村の護り神さまで、ホントはすごく偉いんだよ。」
事実なのでそのまま伝えると、
「え、これが!?」
と返ってくる。
ごめんなさい、コケ神さま。
「コケ神さま起きてるのか?…あ、ですか?」
あわてて敬語を付け足して問いかけるが、返答はない。
「前に会話した時は八神くんがいてくれたしな。霊感ある人がいないとダメなのかな。」
「アタシも声を聞いたのは最初の時と、七春の家を聞いた時だけなの。」
コケ神さまにかかれば自宅の住所も簡単に分かってしまうものなのだろうか。
それにしても最近、七春の個人情報はずいぶん流出を繰り返している。大丈夫なのかと問いたい。
ひとまずコケ神さまを引っ張りだして疲れたようで、煽子はまたソファに戻って、ケーキに手をつける。
「疲れたのかな?声はアタシとそれほど変わらない年齢に聞こえたし。」
「そういえば、そんな感じの声だったっけ…。」
突然舞い込んだ煽子やコケ神さまとの再会によって、真夏の第一回心霊ロケの記憶が、走馬灯のように蘇ってくる。
霊の目撃が多発する農村。
村に持ち込まれた奇妙な巻物。祠の周辺を漂う光の玉。深夜の学校にひそむ子供たち。祟り神。心霊写真。エトセトラ。
そして霊能者、シリカ。
(シリカさん…。確か、神域に落ちたんだったな。)
巻物の処理に困ったコケ神さまに、所持していた巻物ごと神域へ放り込まれた、ゲストの霊能者。
八神曰く、神域に落ちたと言っても中に入ったわけではなく、外にはじき出されたのだと言うが。
どちらにしろ、戻ってくるのが困難だという現実をつきつけられた。世界も時間も関係無く、どこへ繋がっているかわからない。それ故に手出しをできずにいた件だ。
コケ神さまは巻物に名付けて村から持ち出すことと引き換えに、神域へ落ちたシリカを探してみると約束してくれたが。それ以降連絡がないままになっていた。
(話があるとすればやっぱり…シリカさんのことだよな。てことは、シリカさんが見つかったのか…?)
考えこむ七春の顔を、横から煽子がジッと見つめる。村で会った時と同じ、精悍な顔つきだ。なんとなく図書館にいたウエディングドレスの女性が頭に浮かんできた。
あれは何かの示唆だったのではないか?
せっかくこうして遠出してまで七春に会いにきたのだから。この機会を逃すなという。
何かの知らせだとしたら。
「あ、あぁのぅ、ナナハル! あのね、…アタシ明日もこっちにいるの。だから、図書館に一緒に行かない?」
ここで乗っかっておかなくては、あのドレスの女性に申し訳がたたない。
そんな気がして、紅茶のカップで半分顔を隠しながら、煽子は勇気を振り絞った。
「明日か…。そうだな。午後か…夕方遅くなら時間があいてる。閉館の時間を調べておこう。」
そしてその努力はアッサリ報われた。
おもむろに、七春は立ち上がる。
「コケ神さまに座布団ださなきゃ。あと、煽子の部屋も用意するから、テキトーにくつろいでてくれ。そのへんにあるものは、自由に使っていいよ。」
「あああの、ホントにいいの!? 忙しくないの!?」
「大丈夫だよ。時間の使い方さえ上手くすればいいんだ。」
なんかよくわからないけど、ひたすら七春がカッコイイ気がした。なんだこれ。
そして当の七春は、頭の中で冷静に状況を整理していく。
(神域に人が落ちたなんて、子供に聞かせる話じゃないからな。煽子を連れ出している間に、八神くんになんとかしてもらおう。)
最終的には他力本願な通常運転の七春さん。




