はああ!にゃんこ!
「やこーくん、やこーくん、なにしてるの?」
ゲームアフレコを終えて休憩中の八神に、笑顔で語りかける巫女服の少女。
『グラビメイド!』のシールつき魚肉ソーセージをモフモフ食べていた八神が、
「まいふぉんふぇっひゅ。」
という、よくわからない発言をする。
どうやら台本チェックと言いたいらしい。今から別の収録があるようだ。
場所は大きな収録スタジオの建物の前で、花壇のはしっこに腰かけていた。
でしてその八神を、巫女服の少女が前後に揺さぶる。
「えー!つまんない!遊ぼうよー!」
ユサユサ。
揺すられても頑なに台本から顔をあげない八神。面倒くさそうに、少女を振り払う。
「うるさいな、あとにしろよ。」
「やこーくん、遊んでくれない!つまんない!つまんない!昔話しようよー!」
でかい声で騒ぐ少女に、八神はようやく顔をあげた。迷惑そうに、周囲の目を気にする。
建物の前は人も車も往来の激しい広い道。目立つ赤い袴を身につけた少女に、チラチラと視線をおくっていく人も少なくない。
「せめて家のなかだけにしてくれないか。面倒おこすのは。」
「つれないなあ。最近、邪魔くさいのがチョロチョロしていたんだから、たまにはゆっくり相手をしろよ。」
「邪魔くさいの?」
八神の頭の中で、七春がピョコンとでてきて「うひゃひゃひゃひゃ」とあやしい笑いを浮かべている。
ここ最近、七春と行動していることが多い。いい祟り神避けになっている。
「あぁ、七春センパイはマッキーも持っているしな。神の力を抑える怪しもの。そんなに効果あるんだ。」
フフフと八神もあやしく笑う。
それを見た巫女服の少女は、膨れっ面になると、顔をそむけた。
八神はパタンと台本を閉じる。
「お前に弱点があるとはな。……あの巻物を作ってくれた人に感謝したいくらいだ。」
「誰が作ったと思う?」
「さぁ? あまりよく見たことないからな。 普段は七春センパイが持ってるし。」
神をも退ける怪しものマッキーは、七春がペットボトルホルダーにいれて管理している。
そして、霊体を引っ張ったり、壁を登ったり、バイブ機能でお知らせしたり、くだらない事に活用しているのだ。
「ずいぶん信用しているな。何故、人間に怪しものを預けておく? 名前で縛るため? 本当にそれだけか?」
「それともう一つ。力を秘めた物を持てば、普通の人間ならもて余す。扱いきれずに溺れるんだ。身の丈にあわないから。」
「同感だ。」
「なのにセンパイみたいに、お知らせバイブ程度に使いこなせる人は異常だ。あれでホントにチートなのかもよ。」
言って八神は立ち上がった。
食べ終わった魚肉ソーセージのゴミを片付ける。
街行く人たちの足取りは変わらず、空も平然と青い。
「でして、その七春センパイが今日はいないんで、思いきって俺の邪魔をしにきたわけか。」
いいながら、ソーセージについていたオマケのシールはポケットにしまう。
「いっそ、殺したらどうなんだ?」
「俺はお前を殺さないさ。生きながら苦しめるのと、アッサリ殺すのは違う。それに雪解の代わりに怪しものを集めているうちは、お前は使える。」
「俺の代わりならいくらでもきくくせに。使えるものは何でも使うなんて、節約家だな。」
八神が得意の毒を吐く。
この酷い言葉遣いと愛想を使い分けるのが、八神の処世術だからだ。
建物の中へ入ろうとする八神をチョコチョコ追いかける少女は、ふいに優しい眼差しで笑った。
「だがお前も俺を殺せないだろう。神殺しは大罪だし。それにお前は、俺を祠に還すことに執着している。」
八神が足を止めた。
少女は足を止めず、そのまま八神に追い付いて、その背中に寄り添う。
懐かしい小さなぬくもりが、背中越しに八神に伝わる。頼りない、消えそうなぬくもりだ。
四年前と変わらない。
よくできた贋作だ。
「つまり俺とお前は互いに殺したいほど憎しみあっておきながら、互いに殺せない理由を持った、云わば運命共同体というわけだな。」
「いつまでこんなこと続けるんだ、俺たち。」
四年すぎた。無駄な時間の浪費が。
こんな時に、いつもタイミングよく現れる七春が姿を見せない。ヤキモキしながら、八神は短い舌打ち。
「どうした? 頼りのセンパイは今日は来ないぞ?」
背中に寄生虫のようにくっついたまま、少女が意地悪な声で囁いた。
その声に策略的なものを感じ、背筋に寒いものが走り抜ける。吐く息が凍った。
「七春センパイに何を」
「おいおい、濡れ衣だ。」
両手をあげ、少しおどけて、少女が数歩後ろへ下がる。
「俺は種をまいただけ。一人で行かせたのはお前だろ?」
「な、」
八神の頭の中を、ヘラヘラと出掛けていった七春が通りすぎていく。
「まぁ、死ぬようなめに合わせに行かせたわけじゃない。ただこうして、お前とゆっくりまた話したかっただけなんだ。」
耳元で懐かしい声に囁かれて、八神はそれ以上何も聞かなくなった。
少女は嬉しそうに笑う。
「やこーくん、お仕事頑張ってね!それからまた、話したいことが、たくさんあるから。」
ジンワリと暑い。
額に浮かぶ汗を拭う。
毛むくじゃらが頭に乗っているせいで、頭だけが妙に暑い。
「お前、肩におりれる? なんか、暑くなってきた。」
頭に乗っけた霊獣・京助にたずねる。ゴーストハウスを探索する声優、七春解。
リビングを出たあと、廊下を進んでつきあたりの部屋へ入っていた。
そこは広い横長の空間。
四人がけテーブルの向こうに、対面キッチン。窓のカーテンはひらいているため、明かりをつけなくても、外から陽光が射し込んでくる。
明るい部屋だった。
肩におりてくれた京助が、ハナをヒクヒクさせる。
「この部屋の中にいるな。……一体だけ、気配がする。」
京助が言った。
その瞬間、七春の腰でマッキーが震えだした。
「おっとゴメン。電話……じゃない、マッキーだ!紛らわしい!」
携帯を取り出しかけた七春が叫ぶ。
マッキーのバイブは携帯の着信によく似ているのだ。非常に、まぎらわしい。
携帯の方の着信設定を変更するしかなさそうだ。
怪しものであるマッキーは、霊の接近に気がつきお知らせバイブしてくれる機能がある。
そのマッキーが震えだしたということは、京助の言うとおり、この部屋には何かがいるということだろう。
だが、静かな室内に、人の気配はない。
(八神くんに霊杖借りてくればよかった)
などと、先にたたない後悔をする。
部屋を見渡すと、白い壁に額の小さな絵が三つ並んでいる。
油絵のようだ。
食器棚、その向こうには冷蔵庫。
「ど、どうする? 入る?」
入口で固まっていた七春が京助に言って、
「当たり前だろう。立っていてどうする。」
というもっともな意見が返ってくる。
それはそうなんだが、明らかに何かいるとわかりきった上で入っていくことほど、嫌なこともない。
数秒後、意を決して敷居をまたぎ、室内へ入る。
マッキーを撫でて落ち着かせていると、何故か足下がヒンヤリと冷たかった。下に冷気がたまっているようだ。
ミシリ。
と、家全体が軋むような音。
窓の向こうから、表の道路を車が走り抜ける音がする。二台がすぎた。
室内はラベンダーの香りがひろがっている。
「具体的にどこにいるとか……」
七春が言いかけて、
ガシャン
と唐突に音がした。
息を飲んで、七春が足をとめる。
「な、なんか落ちた音? 今の……」
方向としては、流し台のあたりか。
特に変わった様子はないため、何が落ちたかはわからない。
物が落ちるのはよくあるよね、って思いながらも、心拍数があがる。
室内の空気がはりつめて、息苦しくなってきた。
「むこうもこっちを探ってるんだ。」
京助が冷静に言った。
霊獣はこんなことでいちいち驚かないのだろう。
「こういうのって、ポルターガイスト的なやつ?」
「的な?」
七春の曖昧な表現に、京助が首を傾げる。
それから、慎重に七春は音のした方へと近寄っていく。
キッチンの作業台の上のライトだけが、不機嫌な明滅をはじめた。
ジリジリと何かこげる音がする。
(何かいるのは、確かだな……)
ゆっくりとまわりこんで、キッチンの中へと侵入した。
右側に流しと作業台。奥にコンロがある。左側には、レンジと炊飯器。
小さなフライパンや鍋つかみが壁にかけられて並んでいる。
七春には全く見えないが、何かの接近に気がついたらしい。
「ウウゥ……」
京助が唸り声をあげた。
そして、
ニギャーッ!!
という声をあげて、何かが飛び出した。
それはあまりに突然のことで、何が何処から飛び出したのか、さっぱり見当がつかない。
津波のような勢いで、黒い影のようなものが、七春の視界を横切る。
目にとまらない速さだった。
さらにその影が飛び出したところにあったのだろう料理器具が、派手な音をたてて散らかる。
七春は悲鳴をあげなかった。
恐怖で、一瞬で体が石になってしまったので。
身をこわばらせ、腕でなけなしの防御をした七春。
その七春の肩に軽い衝撃があって、京助が飛び出したのがわかった。
「ちょ、こ、わっ……なにがっ、」
呂律がまわらないまま後ずさりして、背後の棚に思いきり腰と背中を打ちつける。
「むはぁっ。」
なにが、飛び出したのか。
それは目を開けてすぐにわかった。
作業台の上、大型犬くらいの大きさに変化した京助が、前足で何かを抑えつけているのが見える。
飛び出した何かを一瞬で捕らえたらしい。
「京助!」
七春が呼び掛け、京助が振り返る。
野生の狩りのような反応を見せておきながら、涼しい顔だ。霊獣の名にふさわしいハンティングだった。
「反応、はや……」
こんな時なのに、なんか感心してしまう。
「だから気を付けろと言ったろう。」
「ごめめ…っ。言ってくれたっけ?」
よくよく、京助の捕らえたものを見つめる。
その京助の足に抑えられているのは、全身黒い毛の動物のようだった。
艶々と黒光りする、カラスのような毛だ。
「それ……なに?」
守られた七春が、恐る恐る近寄ろうとして、
「寄るな。」
と京助に強い口調で制止される。
「お前は本当になんの危機感もないな。これがお前の探していた、この家に住み着いている魔物だぞ。」
京助がそう説明し、その足に抑えつけられていたものが、ぶるぶるっと体を揺らす。
「ニャー」
と、それは鳴いた。
猫だった。
「はああ!にゃんこ!」
黄金の光る目。黒い毛並み。三角形の二つのお耳。
それは猫だった。
ただし、左右の脇腹から足が一本ずつ生えていて、手足は合計六本あるため、猫っぽくないところもある。
シッポだけはグレーと黒の毛のシマシマで、金属バットなみの太さがあった。
あれで当てれば確実にホームランだろう。
口は嬉しそうにニンマリ笑った形で、耳まで裂けている。ギザギザの歯はノコギリのようだ。
全体的に猫っぽいけど、よく見ると猫っぽくないそれは、京助の足から逃れようと、六本の足でジタバタしていた。
七春は、
「カワイイ!」
と素直な感想をもらす。
魔法少女の使い魔を見慣れているせいか、グロカワイイものに耐性がついている。
慣れってこわい。
亜来もこのおぞましい姿を見れば、目をキラキラさせることだろう。違う意味で。
「まぁ、夜に見たとすればシルエットくらいだろうし、見間違えるとすればこういうタイプだろ。」
つまり耳がツノ、極太のシッポが金棒的な何かに見えたのだろう。
こんな訳のわからない形のものに追いかけられたら、鬼と形容するのもわからなくはない。
「最近、出てくるものが霊からどんどん離れてないか?」
不満気に七春が言って、
「いや、お前の最近をよく知らない。」
と京助が返す。それから、
「夜行は人間も自分も嫌いだが、その反動で動物や二次元は大好きだからな。これを見たらアイツは斬れないだろ。来てなくて正解だ。」
と付け足した。
そして七春を見上げる。
と、猫に癒されてホンワホンワしている七春がいた。
京助の目が七春を睨み付けたまま止まって、ジットリした目に切りかわる。
「まさかお前まで、斬っちゃダメだとか言い出さないよな?」
「もちろん言う!」
拳を握って七春が答えた。
「うん。そうか、黙れ。」
すかさず京助が返す。
「お前はここに何をしに来たんだ。この家の人間を助けるんじゃなかったのか。」
「助けるけど、それとにゃんこを傷つけるのは別問題だ!」
どうやら面倒くさいスイッチが入ってしまったらしい。
京助が抑えているから安全だと判断し、異形の猫の頭を少し触ってみる。もふもふだ。かわいい。
手触りはそのへんの生きている動物と変わらないようだが、体温はない。
この可愛いもふもふを消滅させるわけにはいかない。
それから一つ思いついて、七春が質問する。
「聞こうと思ってたんだけど、斬るのと成仏させるのは、どう違うんだ。」
「違うだろ、全然。成仏した魂は、輪廻転生の輪に乗って、また生まれかわる。それとは別に斬られた魂は、その場で消滅するから、転生はできない。」
「なるほどわからん。」
小さく、もういいや。と呟く。
七春に難しいことを考える頭はない。
「とにかく、斬るのはダメだ。何か他に考えて、詩織くん。くそ、詩織くんいないのか。とにかく、この家の霊を鎮めてた何かをもとに戻すとか。」
考えながら話す七春の言葉に、京助はじっと耳を傾ける。
二人のまわりは時間が止まったかのように、沈黙した。
猫の霊の成れの果てが、爪で作業台をひっかく音だけがきこえる。
(つくづく、昔の夜行に似ているな。)
心のなかだけで、京助は呟く。
今、自分の前に立つ一人の男と、数年前のダメ主人の面影が、重なるように思えた。
可哀想だからダメ。切り捨てるだけじゃダメ。
そんなふうに言って、霊獣や土地神を困らせていた過ぎし日の八神。
付き合う雪解は困ったように笑いながらも、そんな八神の無邪気な性格に、どこか救われていた。
壁掛け時計の中で、秒針がせわしなく進んで、京助に返答を急かす。
「……わかったよ。具体的に、俺は何を手伝えばいいんだ?」
「わーい!そうこなくちゃ。」
京助が答えて、子供みたいに両手をあげて喜ぶ七春。平和なやつだ。
その無邪気な笑みを見て、俺もまだまだ甘いとか、人間らしいことを考える京助。
「とりあえず、にゃんこは傷つけないように動けなくしたいから、リードでつないで、と。」
言って七春が取り出したのは、巻物のマッキー。くるくる適当な長さまでひろげて、先をくくって、輪っかをつくる。
「紐じゃないから上手くいかないや。まぁ、いいか。」
霊体も触れる怪しもので適当につくったリード。を、にゃんこの首にかけて、作業台の足に縛る。
引っ掻かれて手の甲から出血しながらも、なんとか無事に作業を終える。根気だけはある七春。
「当面はこれで。で、俺たちは探し物。手伝ってくれよな。」
「はいはい。」
呆れた声で、でもどこか楽しそうに、京助は答えた。
遠回しで面倒くさい七春の作戦が、京助には、どこか懐かしく思えた。
こんなふうに、遠回りのやり方をしていた日々を思い出す。
こんなふうに、無駄の多くて、あたたかい、かけがえのない日々を。




