眼の代わり
空は快晴だった。
はじめてのおつかい日和だ。
陽炎をかきわける。
一枚のハガキを手に歩く。視界は良好だが、足取りが重い。
今日、社会人が平日の昼間にフラフラしているのには訳がある。
仕事でパーソナリティをつとめる番組に、届いた一通のハガキ。
書かれていたのは、心霊的な悩みごとの相談だった。
立て続けにみる悪夢と、その中にでてくる鬼。それらが現実にも現れ、家中にたくさんいるのが見えるというのだ。
相談できる相手も限られていて、いっこうに改善されないまま、一週間ほど経っているらしい。
それをそのまま放っておくわけにもいかないので、ジワジワと住宅街を進んでいる。
腰につけたペットボトルホルダーの中の巻物が、今日はいやに重い。縁起が悪そうだ。
何事もないといいが。
(やっぱ、八神くんにも来てもらえばよかったなあ。)
事前に仕入れた情報によれば、力のない下級の鬼なら、どこにでも居るものなのだとか。
それは普通の人には見えないものらしいが、見える人には見えるらしい。
人を襲うことはなく、害のない種なのだときいた。
件の家に住む女子高生は、一体どういう経緯でそれらが『見える』ようになったのか。
そして、それをどうすれば解決になるのか。
なんとなく、説得するくらいしか選択肢を持ってこなかったが。
(まぁ、なんとかなるかな~。)
非常にカルい気持ちで来た。
そうして歩き続けた先、ハガキの住所にたどり着いた。
このあたりはどうやら新しい家が多く建つようで、道の舗装も新品同様の、キレイに整備された一角だった。
洋風の家が多く、白塗りの壁が鮮やかに続いている。玄関先に飾られた緑が目に優しい。
ちらほらと人通りも見える、ごく自然で、ありふれた場所。
国道から少しずれているため、騒音も気にならない。
引っ越してきたくなるほど住み良さそうな環境だ。
それらの空気に包まれて建つ、問題の鬼屋敷。
小ぶりだが鉄製の門があり、ガーデニングの広い庭がある。
外観だけ見ればかなりお洒落だ。玄関の扉までレンガ敷きの通路があり、それ以外は緑に覆われている。
背の低い植木の中から、小人とかがヒョコッと出てきそうだ。
(外観、異常ナシっと……。)
建物は二階建て。ひとつだけ屋根のすぐ下に出窓があるのは、屋根裏部屋があるのかもしれない。めずらしい。
さらに屋根を見上げていくと、その上には風見鶏。尾が西を向いたまま静止している。
依頼主はこの時間は学校に行っているらしく、よほどこの家に近づくのが嫌なのか、自分が学校へ行っているうちに家の中を見回ってほしいとのことだった。
家のカギの隠し場所はハガキに明記されている。不用心だ。
それほど事態は逼迫しているのか。
「えっと、植木鉢の下に、か。」
門の中へ入り、後ろ手に閉める。
花に囲まれたレンガ敷きの上を進んで、玄関の扉の前にたどり着いた。
その傍らに並んだ植木鉢。右から二つめを持ち上げる。
確かに、そこには銀色のカギが置かれていた。うさぎさんのキーホルダーがついている。
手でつまみあげると、ヒンヤリ冷たい。
「よし、じゃあ行きますか!」
一人気合いをいれて、カギを鍵穴にむけた。
その時、
「待たれよー!」
という古風な口調で待ったがかかった。
驚いて振り返ると、門の外に誰かが仁王立ちしているのが見える。
学生服の女の子のようだ。長い黒髪にブレザー。左胸に校章が入っている。足元はこちらも黒のローファー。
頭の上には、小さなフェレットらしき生き物が乗っかっていた。
どこかで見た顔だと、考えて一拍間があく。
「あ」
思い出して、口を開いた。
「君、八神くんの霊獣を連れてった女の子!」
「お久しぶりです、七春王子! この前会った時は気がつかなくてごめんなさい! でもやっぱり聴いたことある声だと思ったのは正解だったんですね!」
目をキラッキラさせる女子高生。
約一週間前、お札から逃げ出してしまった八神の霊獣・荒天鼬を、手懐けて飼っている謎の女子高生だ。
彼女の頭にチョコンと乗っかっているフェレットこそ、その霊獣なわけだが。
「なんで君らがここに」
「えへへ、実はここに住んでいる藤開若菜は、私の友達なんです。 そして、七春王子に相談するよう提案したのも、私なんですよ! だって私は、ミステリー……ミステリー……あれ?」
ポケットの中をゴソゴソする女子高生。
肩にかけていた鞄もゴソゴソしてみる。
「『だって私はミステリー研究会、久木亜来ですから!』って学生証だしてビシッと決めたかったんだけど……。あれー? 学生証どこかに落としたかなー?」
「あ、君の学生証なら俺が拾って、車の中だけど。」
拾ってからもう一週間くらい経っているんだが、よく気がつかなかったものだ。
早く届けてあげればよかった。
「ホントですか!? 私昔から落とし物がホント多くて。いつも、ことあるごとに自分の周り確認してるんですけど…。 拾ってくれてありがとうございます。」
七春の言葉に、亜来と名乗った女子高生は、お礼を言って頭を下げた。
必然的に、頭に乗っかっていた霊獣は下に落っこちる。
門の中に落ちた。
「いてっ!亜来、頭を下げる時は言えよ!」
小さな口をカッ開けて、霊獣が怒鳴る。ナマイキだ。
「ご、ごめんね京助~。」
亜来は霊獣に勝手に名前をつけて呼んでいる。顔の前で手を合わせて、軽く頭を下げる仕種が可愛らしい。
本当に、ごく普通の女の子だ。
亜来と京助の仲の良さそうな様子を見守ってから、門の内側に落っこちた京助を拾いあげた。
それから、亜来を招き入れるように門を開く。
「ありがとうございます七春王子!」
七春から京助を受け取って亜来がまた無邪気に笑った。
「ずっと気になっていたんだけど、その王子って何?」
「だって七春さんといえば、オカルトな話で有名じゃないですか!私からしたら王子ですよ!」
目をキラキラさせて星をほとばしらせる亜来。
「なんですと!?」
あまりにも身に覚えがなさすぎて声をあげた。
「亜来はオカルトダイスキーだから。」
京助が亜来の手の上から補足する。
声優、七春解。
あまり嬉しくない称号を手に入れた。
たぶんゲームとかなら、ここでオメデタイ効果音が流れるのだろう。
七春は『オカルト王子』の称号を手に入れた!
ステータス画面で称号を変更できます!
「ま、まぁいいや。それで、じゃあそのオカルトな繋がりから、この家の鬼のことを知った…?」
七春の質問に、亜来に代わって京助が口を開く。
「鬼じゃない。正確には魔物になった動物霊。亜来がオカルトダイスキーなのを知っていたこの家の住人が相談してきたんだ。」
動物霊。
その単語なら丁度覚えたてのやつだ。
八神曰く、悪霊化するとタチが悪いらしいが。
しかし、それだと鬼の目撃情報はどこへ行くのか。
「基本、動物霊ってのは大人しい。悪霊化すると凶暴になり、人を襲う。魔物化すると姿が変わって、見境がなくなる。」
「姿が変わるってどんな風に? ツノとか生えちゃうのか? それで鬼と見間違えたのかな。」
七春の呑気な質問に、
「でも、それだとアフリカバイソンの霊とかが魔物になるとどうなるんだろうねー? ツノってモトモト生えてるよね?」
とさらに呑気な亜来が発言を重ねる。
ダブルボケだ。
こんなに天気がよくて、美しい庭に囲まれているのに、京助はボケ二人のせいで心が乱れるのを感じた。
(夜行もひねくれてて面倒くさかったけど、天然二人も面倒くせ……。)
と、人間のような思考を持つ京助。
そもそも、アフリカバイソンがどこからでてきたのだろう。
「ツノが生えるかどうかは知らん。原型からかけ離れた姿になることもあるからな。素人が見れば、確かに見間違うこともある。だいたい鬼が見える人間は限られているしな。」
「こわいなー。」
「こわいねー。」
平凡な感想を述べる七春と亜来。
他人事だと思っている。
「そんな感じの凶暴な動物霊が五体いた。俺と亜来は、もう何度かここを調査しているから、わかるんだ。」
「いた? 過去形?」
七春がコトリと首を傾げる。
「一体はね、京助が火でボウッてしてやっつけたの。でもそれで壁に焦げあとつけたのが若菜にすごい怒られて…、それからは何もできてないの。」
当たり前です。
「屋内で火を使うなよ。それ、どうやって説明したんだ?」
「亜来が、鬼を弱らせる為の儀式のあとだって誤魔化してくれた。」
さすがオカルトダイスキー。儀式とか言うのか。
そういうわけで残りは四体だと、京助は言った。
「ふむ。」
帰りたいな、と純粋に思う七春。
なんか、鬼とも違うようだし。七春一人ではどうにもなりそうにない。
立ち尽くす七春を嘲笑うように、紋白蝶が通過していく。
「八神くんに電話した方がいいかな。せっかく一人でなんとかできると思ったのに…。」
つぶやく七春。
その言葉に、亜来の手のひらの上の京助が反応して、ハナをヒクヒクしながらあたりを見回す。
「なんだ、夜行は来てないのか。」
「うん。最近、俺の我が儘で振り回しっぱなしだったし。それに俺も八神くんの怪しものを集めるのを手伝うって決めたから、たまには八神くん抜きでマッキーと行動してみよかなーと。」
意気揚々と出掛けてきたまではよかったんだが。早くもお先真っ暗の展開だ。
だが、ここで八神に連絡をとるのも何か違う気がする。それだと定パターンだ。
「だから……できれば俺一人で、どうにかしたかったんだけど。ちょっとチートな俺でもこれは厳しそうよ。」
まだ自分をチートだと信じて疑わない七春に、京助はしんなりとため息をついた。
それから、チョコチョコ動いて亜来の指先に立つと、えいやっと七春の肩に飛びうつる。
「そういうことなら、俺がついていってやる。頑張って成果をあげて、そのまま俺の後釜におさまってくれ。」
「お前それ八神くんのところに帰る気ないだろう。」
京助はアフリカバイソンの生息域へ視線を逃がす。
「八神くんが心配してたぞ。……う。」
七春の耳に足をかけて、どうやら京助はさらに上を目指しているようだった。亜来がさせているように、頭のてっぺんにのぼりたいらしい。
首がくすぐったいのを必死にこらえる。
「夜行のことよりも、お前に一つ忠告をしておこう。」
「忠告?」
「ロクな知識もないのに放り出されているということは、夜行にとってお前は捨てゴマだ。夜行は生きているものも、死んでいるものも、自分自身も大嫌いだからな。使い捨てられないように気をつけろ。」
どう気を付ければいいのか、わからないような忠告だ。
それから、
「えー!やだやだ!私も行きたい!ずるいよ!ずるいよ!京助のバカーッ!」
と駄々をこねる亜来を、邪魔になるからという理由で家の外に置き去りにして、七春と京助は問題の家に侵入した。
真昼に他人の家に侵入するなんて、なんだか変な気分だ。
京助は七春の頭のてっぺんに乗って、安定を保っている。
広い玄関に迎えられると、その先に短い廊下。両脇に扉がひとつずつあり、左側の扉は開いていた。
つきあたりにも、大きな扉がある。床はフローリング。
ごく普通の家だ。ヒマワリの絵の贋作が飾られている。
「あの亜来って子は、置いてきて大丈夫だったのか? 大切なんだろ?」
七春が聞いて、
「大切だからおいてきた。中の方が危ない。」
と京助が返した。
聞かなければよかった。
「亜来は夜行よりも優しい。雪解のことを、優しかった、と褒めてくれた。」
「ユキト?」
ざらついた白の壁に手をつけ、廊下を進む。
開いていた扉はリビングらしく、広い空間に黒いピアノが置かれている。
「境界の巫女の名前だ。夜行から何も聞いていないのか?やっぱり捨てゴマだな。」
「ぐはっ!」
京助の言葉が、七春の胸を撃ち抜く。
「捨て駒言うな!」
「お前夜行に使い捨てて殺されないよう気を付けろよ。さあ、先に進むぞ。」
頭の上の京助が、七春の髪の毛をクイクイ引っ張った。指示通り、泣く泣く七春は進む。
ピアノが置かれている部屋には、大きな窓とブラインド。透明なテーブル。大きなソファ。
これといって異常はない。
「どーゆーものが、どーゆーところからでてくるのか、さっぱりわからんぞ。だいたい、なんで民家に動物霊だ?」
愚痴る七春。
床に落ちていたリモコンを踏んづけて、あやうく転びかける。
「この家にもともといたんだ。古い霊のようだからな。多分、それを抑えていた何かがあったハズで、それが壊れたんだろ。よくある話だ。現代人は信心が足りない。」
以前もどこかでそんな話を聞いたような気がする。
「壊れたって、なんだろうな?」
黒真珠のような ピアノの表面を撫でる。ひんやり冷たく、手のひらに吸い付いてくるようだ。
楽譜が何枚か、ピアノの上に置かれたままになっている。
その七春の頭の上で、ハナをヒクヒクさせる京助。
「それがわかれば、苦労がないだろ。」
「まぁ、そうだけど。」
「霊は夢にも出てくるらしいからな。それが何かのヒントにはなるかもしれない。どちらにしろ、追い出すか、斬りすてた方が話が早い。」
おもむろに天井付近を見渡す。白い天井。明かりをつけていない電灯。
壁際に置かれた本棚。壁に作り付けの棚。
観葉植物の足下に並んだ、インテリアオブジェの小瓶。
部屋をでて、再び廊下へでる。
こんなふうに、手探りで霊を探し追い払うことを、八神も一人でやってきたはずだ。
「八神くんなら、まず何から手をつけるかな。」
「夜行は見えるからな。見えるものを追うだろ。お前は見えるか?」
「見えないよ。」
七春さんは霊の類いはなんにも見えない。
ゲームばかりしているくせに、視力だけはいい方なのだが。
「なら、眼の代わりになるものは?」
「眼の代わり?」
気がついて、七春は腰の巻物に触れた。
腰のベルトにつけたホルダーの中の巻物。名前はマッキー。
異質な力を秘めた怪しもの。危険を察知して、ブルブル震える機能つきで、しかも持ち運びに便利だ。
「これ?」
確かに、見えないモノを感知する、眼の代わりにはなる。
「それ。」
と京助が短く返す。
「見えないなら、それをうまく使え。夜行もいつも、怪しものを使ってる。」
指導者らしい口調で、京助が言った。
平日の昼間に人間じゃないものを頭に乗せて他人の家にあがりこみ、しかもその人間じゃないものに指導を受けているなんて。
八神に出会っていなければ、絶対に人生の中で経験することはなかっただろう。
自分の置かれている状況があまりにも異様で、だけど何故か楽しくなってくる。
「八神くんのこと、よく見てるんだな。もう帰ってやればいいのに。」
笑いながら七春が言って、
「うるせぇな…。歩けよ……」
不機嫌に京助が言った。
この場に八神がいれば、確実に文句ばかり並べてぶーぶーブーイングしていたはずだ。
「さて、じゃあ先生の言うとおり、マッキーが反応する場所を探すか。」
京助の反応を楽しんでから、七春はマッキーをそっと撫でた。
じんわりあたたかい。
「意気込みはかうが、気を付けな。魔物は常に動き回っている。近くにくるまでわからない。」
京助の忠告に、七春はコクりと頷いた。
「りょーかいです、先生!」
「はい、いい御返事。」
というわけで、ゴーストハウスを探索することになった。




