はじめてのおつかい
天気のいい夏の日。
火葬場で八神式浮遊霊ホイホイの儀を行ってから、一週間ほど経っていた。
相変わらず、日本列島は燃えている。
熱いのは陽射しだけではない。
それによって温度上昇した空気も風も、公園の鉄製遊具すら尋常じゃない熱さになっている。
そして、その暑苦しい国で、暑苦しいトークをする男二人。
「アニメ『できなくてもなんとかしろよ、魔法少女だろ!』DVD第一巻オーディオコメンタリー! 魔法少女ルエリィ・アリスハラ役の八神夜行です!……そして!」
「魔法少女の使い魔、アルカナ・イラフレン・イェーカットこと、縮めて「あっくん」役の、七春解です!」
「そうだ、最後はイェーカットだ。……それが思いだせなかった。」
「メモまで書いてやったのに、お前。」
机に向かいあって座り、楽しくトークしている二人。声優の八神夜行と七春解。
二人の目の前では、大好評収録中のダークファンタジーアニメのオープニングが流れている。
この度めでたく、二人が出演するアニメのDVD&BDの第一巻が発売されることになった。
そんな訳で、アニメの映像を見ながら楽しくトークして、第一話と第二話を振り返ろうという企画である。
「なりましたね!DVDに!」
「なりましたね~。」
「というわけで、すでにオープニングがちょっと流れてますが、第一話と第二話をみながら楽しく喋っていきましょう~。」
八神が進行するのも、なんか新鮮な感じだ。
大人しくその進行に従う七春は、あることに気がついて声をあげる。
「あれ? これ、二つしか入ってないんですか?」
「え、はい。」
「ふーん……」
「多分、二巻からですよ、三話入るの。」
「俺、三話の話がスキなんだけどなぁ。」
「知りませんよ…。」
めんどくさそうな雰囲気を隠さない正直な八神。
「三話といえば、ルエリィがお風呂にはいってるやつですね。胸はもっと話を盛ってくれればよかったのに。」
そこは原作に忠実に再現されていたので仕方ない。
「まぁ、一話の話もスキだけど。」
「ルエリィが世界を守る為に初めて魔法を使って、友達が一人世界から消える話ですね。」
画面の中では、短い髪を無理矢理二つにくくった学生服の少女が、商店街を駆け抜けている。
片手に学生鞄。片手にタコ焼き。
快活で、でも少しひねくれている、八神が演じる主人公ルエリィ・アリスハラだ。
キラキラ光る朝露の中を走り抜けていくと、商店街を抜けた先に立つ友達の姿。
声をかけ、笑いあって、歩き出す。
寝癖を指摘されて、照れ笑い。
「ルエリィは魔法を使う度に大切な人が消えていく設定だから辛いですよね。」
「お前は鞄の横になにつけてんの?」
「えー、今真面目な話してたのにー。」
画面の中のルエリィが持つ鞄には、変わった形の飾りがついている。
「確か防犯ベルですよ。あの下のタグを引っこ抜くと鳴るんです。原作だと、あっくんを見て驚いたルエリィが勢いで鳴らしちゃうシーンがあったんですけど。」
画面の中は場面が変わって、学校の廊下を走るルエリィ。
そのルエリィの後ろから、廊下がモコモコめくれあがって、下からタコの足のようなものがでてくる。
「あれがナカナカ手強いんですよね。タコ焼きにされた怨みで、人の歯にわざとひっかかろうとするタコ。」
「あれがお前の闘うべき悪なんだろ?」
「そうですね。まぁ、アレ以外にも色々いて、後からでてくるんですけど。」
「八神くんはいつもアレよりすごいのと戦ってるから、あれくらいなら余裕だね。」
「いやいや……!なんで俺たちにしかわからない話したんですか!」
「なんとなく、うちの魔法少女を自慢したくて…。」
その魔法少女は、画面の中ではタコの足に追いかけられている。魔法少女とタコの足的なものが闘うのはお約束。
そして何もないところですっ転んでパンツが見えるのもお約束。
「ルエリィのパンツ、水色縞……」
「おい!」
七春さん渾身のツッコミ。
「あのカーディガンがちょっと破れるとこが可愛いですよね。ちょっぴり、えっちで……」
「作画が綺麗なんだよな…」
「あれ、正直に『下着の紐が見えるのが可愛い』って言わないんですか?」
「お前みたいに素直に喋ってたら、使えるとこなくなっちゃうからな!」
「大丈夫ですよぉ……。あ、ほら、あっくんでてきましたよ!」
話をそらすように、再び画面の中へ話をふる八神。
タコの足にからめとられて、絶体絶命の魔法少女ルエリィ。
その頭の上に、くるくる回りながら何か落ちてくる。
オオカミの人形だ。全身継ぎはぎだらけの二頭身。大きな耳に、とがったハナ。
全体的に薄紫や黒、ピンクの布が多く、瞳は大きな四つあなボタンで作られている。
左脇腹は大きく裂けて、中綿が出てしまっていた。
「なんだろう。あっくんはグロ可愛いですよね。」
「可愛いかぁ?」
中のひともこの反応。
「でもドラマCDの特典でついてた『あっくんマスコット(分売不可)』は結構好評だったみたいですよ。」
「あぁ、その話はきいたことある。」
画面の中のあっくんは、ルエリィの頭の上に四つ足で立ってバランスをとると、全身をぷるぷるさせて震え始めた。
しめあげられるルエリィが、苦しそうに息を吐く。
「いけぇ!あっくん、」
「ビーーーム!!」
声優二人がわけのわからない奇声を放つ。
同時に、ぷるぷるしていたあっくんは、唐突にパカッと口を開けた。
そこから放射されるのは、青白い光線。
謎の威力を持つそれは、ルエリィに執拗に絡み付いていたタコの足を盛大にぶった切る。
突然、締め付ける力から解放されたルエリィは、受け身もとれないままひび割れた床に落ちてひっくりかえった。
破れたスカートの下から、縞パンがのぞいている。
「あっくん、格好いいー!フゥゥー!」
「イエーイ!」
なんか盛り上がる中のひとたち。
「でも、もっと丁寧に助けて!」
「ごめん。あれが俺の精一杯。」
「な………ん、だ……と?」
苦しそうにグネングネン揺れたり捻れたりするタコの足は、やがてまたズルズルと廊下の床下に逃げようとする。
「あっくんの口からでるあれは、何なんですか?放射能?ハカイコウセン?」
八神が不思議そうにたずねて、
「うん、違うよ。あれはルエリィを助けなきゃっていう俺の想いが形になったものなの。」
なんの根拠もないけど無責任な説明をする七春。
「じゃあ、なんで青白いんですか?」
「たぶん、布を染めてる色素の影響かな。」
そんなわけない。
無事に逃げだしたルエリィは、あっくんを抱きかかえて廊下を走る。
女子トイレに逃げ込んで、扉を閉めた。
あっくんに説明を受けながら、作戦を練る。
「タコって、ああやって化けることあるんだな。タコの幽霊とか、あまりきかないけど。」
「人間みたいにウジウジ未練を残す個体が少ないんじゃないですか?」
「八神くんは人間が嫌いなの?」
「同族嫌悪。」
そんな気はしていた。そして八神は、霊の類いにも冷たい態度がよく見られる。
「アレも嫌いコレも嫌いでどうするんだよ。」
ため息まじりの七春。
アニメの中でも、なかなかタコ討伐に気乗りしないルエリィに、あっくんがため息をついている。
「でも実際、動物霊っていう類いのものは存在はするんですよ。」
「動物霊。」
「そんなに強くないんですけど、悪霊になるとタチが悪いやつ。」
サラリと説明した八神に、画面に目を向けながら七春は首をひねる。
「聞こうと思ってたんだけど、霊と悪霊とどう違うわけ? どっちも怖い?」
「どっちも怖いですよ。普通の浮遊霊や地縛霊が、負の感情に飲まれて特定の人を襲ったり呪ったりし始めるのを悪霊化といい、そうなった霊は悪霊と呼ばれます。」
「ふむふむ。」
「さらにその悪霊が見境なく人を襲うようになると、魔物になります。魔物は特殊な能力をもって人を襲います。」
例えて言うと、大きな沼を作って人を引きずり込む的な。
「スゲー! 進化するとか、いいよな!」
子供のようにはしゃぐ七春。
「はいはい。そのうち超進化とかしてセンパイは肉を引き裂かれます。」
「なんでお前そういうこと言うの!?」
脅される七春。
アニメの中では、ひねくれた発言をするルエリィに、あっくんが脅されている。
「まぁ、事実そういうことになってもおかしくないわけですが、」
そう前置きしておいて、八神はふいに真面目な表情を作る。
「それでもセンパイは、俺の怪しもの集めについてきますか?」
これは、一週間前の話の続きだ。
なんやかんや、流れた話しだった気もする。
あの時機嫌がよかっただけあって、八神も真面目に考えてはいたらしい。
改めてその決意を確認されて、七春も珍しく真面目な顔を作って頷いた。
「それきいて、なおさら引けなくなった。」
「わぁ、たのもしいです!」
からかうように、笑う八神。
画面の中、タコと戦う決意をしたルエリィが、頭にあっくんを乗せたまま、廊下にでた。
『ぼくの靴ひもは準備おっけーなんだからね!』
ルエリィの気合いの入ったかけ声とともに、あっくんの裂けた脇腹から飛び出す魔法のステッキ。
魔法のステッキとは名ばかりの形状をしている。
「あれ、出た、あれがお前の杖なんだろ?」
「そうです!あの大きい爪楊枝が俺の武器。」
爪楊枝の上にはタコ焼きが刺さっているため、杖というよりは鈍器のような形状だ。
そしてルエリィの服装もワインレッドのパーティードレスに早変わり。
ほんの一瞬、裸になるところは、カメラアングルのファインプレイによって、見えないようになっている。
「カメラーーー!!」
「カメラーーー!!」
同時に叫ぶ残念な二人。
そして、魔法少女の禁断の魔法が発動する。
仕事なのか雑談なのかわからない収録を終えた二人は、また自販機の前にたむろしていた。
スポーツドリンクとイチゴミルクをお供にしている。
「それで、相談ってなんですか? やはり辞退ですか?」
「んー、それとは別件。」
「そうですか。」
相談があると言って呼びつけたのは七春なので、イチゴミルクは奢りである。
「実は俺が相談を受けた側の人間で、解決できそうにないから八神くんに投げようとしているのが事実なんだけど。」
どうしようもなく情けない発言をする七春。
その七春を、八神が遠い目で見守る。
「どういった相談ですか?」
「家に鬼が出るらしいんだよ。」
七春が言って、取り出したのは一枚のハガキ。
どうやら七春というよりは、番組に届いたハガキらしい。
何も言い返さない八神に、さらなる説明を求められていることを悟り、七春は続けて口を開く。
「相談相手はなんと女子高生。オカルトな話が最近よくでてくるラジオのことを友達から聞いて相談してきたらしい。」
別にそういう相談は全く受け付けていないラジオだが、無視もできない。
「なんでもその友達がオカルトダイスキーらしくてな、色々調べてくれるものの、なかなか改善されないらしい。」
「鬼がねぇ。」
あまり乗り気しない八神の様子に、七春はその顔をのぞきこむ。
「あれ?信じてない? …八神くんなら、って思ったんだけど。」
鬼とは空想の生き物だと思われている。七春も、見たことがないので、まぁいないんだろなー、という感覚で生きてきた。
というか、自分の生活には関係ないから、いてもいなくてもいいというか。
だが、その意識が変わってきたとすれば本当にごく最近で、八神の影響が多分にある。
「なんとなく八神くんを見てるとさ、神様も幽霊もいるんだなーとか思って。それなら、鬼とか妖精もいるかなーとか、思ったんだけど。」
八神に信じて貰えないとなると、やはり全て空想にすぎないような気がして、少しさみしいような気がする。
だが、八神が返した言葉は、予想とは違うものだった。
「そうですね。鬼も妖精も実在はしますよ。むしろ居て当たり前のことなので、なぜ相談してきたのかわからないというか。」
「ふぇ!?」
盛大に、飲みかけのドリンクを七春が吹き出す。きたない。
「鬼って本当にいるんだ!」
「鬼の強さにも色々ありますが、弱いやつならそのへんにいます。民家とか、建物の中にも普通に住んでいます。」
言ってから、「そこにも」と付け足す八神。七春の背後の壁を指差す。
ひょうっと飛び退く七春。
「ど、どこ?」
「このように、どこにでもいる弱い鬼は、人の目には見えません。
「ねぇ、どこ?」
「このタイプの鬼は、人の心の中にある負の感情や黒かびなどを餌にするので、人も襲いません。害のない種です。」
八神が頑なに場所を言わないので、行き場をなくした七春は八神の背中に隠れて出られなくなる。
「が、害のない種類なら、なんで相談してきたんだろう。」
「案外、七春センパイのファンで、構って欲しいだけなんじゃないですか?」
「それはあり得る!七割その線だ!」
あり得るらしい。
どうやらそれほど深刻な話でもないと判断したのか、八神は大きく欠伸した。
ムニャラムニャラしながら、七春に言ってよこす。
「ハガキには差出人の住所も書いてあるんですよね。様子を見に行ってあげたらどうですか?」
「一人で?」
「だって七春センパイのファンの家に行って、俺だけ疎外感感じるの嫌ですもん。」
そんな劣等感は声優の世界ではなんの役にもたたない。
しかし七春は自分のファンの存在にはご満悦らしく、
「いーですー。一人でも行きますー。」
と軽口を叩いた。
害はないと聞いたらイキナリ自分でもなんとかできる気がしてくる、ポジティブシンキングの七春さん。
早死にするタイプだ。
「何か本当に深刻な状況なら、マッキーが気がついてバイブで知らせてくれるはずです。」
「ナルホド」
七春の腰のベルトにはペットボトルホルダーが装着してあり、その中にはペットボトルの代わりに巻物が収められている。
成り行きで手にすることになった、巻物の怪しもの。名前はマッキー。
霊的な危険を察知すると、七春にバイブでお知らせしてくれる便利な機能がついている。
「何かあれば連絡をください。何事もないとは思いますが、俺が一人で行かせたせいで死なれたとなると、困りますからねっ!」
「わかた。」
コクリと頷いて、七春の指がマッキーに触れた。
それはじんわりとあたたかい。まるで、生きているかのように。
「マッキーと二人だけで行くのはじめてだなあ。」
「でも、一緒に怪しものを集めてくれるなら、マッキーを使いこなせるようにはなって欲しいですから、いい機会ですよ。頑張ってくださいね。」
「そっか。ありがとう。」
「いえいえ、センパイからのよい報告を期待しています。」
初めての、八神抜きでのマッキー同伴。この依頼を一人でこなせれば、八神からの信頼や評価も変わってくるだろう。
声優、七春解。
はじめてのおつかいである。




