第11話『戦いすんで』
「やった……やったんだ……」
「うん。アンリのお手柄ね。初陣にしては大したものだわ。ま、あたしに比べるとまだまだだけどね」
「あはは、そりゃエレンと比べたらね……って、痛たたたた……」
緊張の糸が切れたせいか、蘇ってきた痛みにアンリは腹部を押さえてうずくまる。
「もう、男の子なんだから我慢しなさい……と言いたいところなんだけどね、しょうがないわ、手当てしてあげる。鎧を輝石に戻して」
「う、うん……」
アンリは鎧の解除をイメージする。たちまち彼がまとう【闇の帳】は光の粒子となって消滅し、輝石の中へと帰っていった。
「ほら、横になりなさい」
「わ、分かったよ」
アンリがおずおずと地面に横になろうとした時、エレンはそれよりも先にすばやく座り、体を横たえようとしていたアンリの頭をそっと抱いて己の膝の上へと導いた。
「エ、エレン!?」
「ふふ、ご褒美よご褒美。本当によくやったわ。えらいえらい」
手当てをそっちのけで、満面の笑みを浮かべてアンリの頭を撫でるエレン。あまりの気恥ずかしさにアンリは目を逸らし、ぶっきらぼうに早口でまくしたてた。
「そ、それよりも早く手当て!! い、痛いんだから!!」
「ふふふ、もう、照れちゃって……わかったわよ、今してあげるから」
アンリが身につけている衣服をそっとめくりあげるエレン。アンリは傷がこすれてあやうく声を出してしまいそうになるが、エレンの手前なんとか耐える。
エレンは露出した腹部の出血している部分をじっと見つめ、ぽつりと呟いた。
「……ねえ、アンリ」
「ん?」
「戦ってる時、怖くなかった?」
「そりゃもちろん怖かったよ。でも、エレンがいざという時は守ってくれるって思ったから……だから大丈夫だった」
「そう……」
「……? どうかしたの? エレン?」
「ううん、何でもないわ。でもね、一つだけ約束して」
「?」
「あの時みたいに、無茶なことはしないで」
「あの時?」
「あたしが間に合わなかったら、アンリはきっと殺されてたわ」
「ああ……」
エレンの言葉が『どの時』のことを指しているのかは、もちろんアンリもすぐに分かった。
「本当に無茶はしちゃ駄目よ? 執行者になったからって、勝てない時は勝てないんだからね?」
「分かったよ、気をつける」
「よろしい。ま、あたしがいる限りは今回みたいに守ってあげるから。安心しなさい」
「うん、ありがとうね。エレン」
「それじゃあ手当てをしましょ」
「うん。でもエレンって傷の手当ても出来るようになったんだ?」
「簡単な応急処置ならお手のものよ。でもアンリの傷はちょっと深いからね」
「え!? じゃ、じゃあどうするの!?」
「そこで……じゃーん!!」
右の手の平を上にかざすエレン。
するとそこに光があつまり、蓋付きの小さなビンが現れた。中は液体で満たされており、陽光を浴びて七色に輝いた。
「? それは?」
「ふふふ……これは【回復薬】って言ってね。神々が生み出した消費アイテムの一つよ。飲むだけで傷を治せるの」
「ええっ!? 何それすごく便利じゃない!!」
「五角輝石の中でもかなりの人気アイテムで高額で取引されてるの。あたしも一つしか持ってないわ」
「そ、そんな凄いものを持ってるんならケチケチせずに、さっさと戦ってる時にでも使ってくれれば……」
アンリがもらした愚痴ににこにことしていたエレンが一瞬凍りつく。しばしの間をおいて再び動き出したエレンだったが、その笑みは何やら先ほどまでとは種類が違っていた。
今度は左手をかざすエレン。先刻と同じようにそこに光が集まり、また同じように蓋付きの小ビンが現れた。もっとも、その中身の液体はなにやら毒々しい、不安をかきたてる色をしていたが。
「……こっちは【爆裂治療薬】。四角輝石の消費アイテムよ。患部に直接塗りつけることによって傷を治せるの。ええそれはもう、たちまちの内にね」
「そ、そうなの?」
「うん、でもね。傷の回復速度を早める代償としてすっっっっごく痛いの。もう大の男が悲鳴をあげながら転げまわるくらい」
「えっ!?」
アンリは戸惑いエレンの顔を仰ぎ見たが、そこには相も変わらず微笑む少女の姿が。とはいえ、その藍色の瞳は全く笑っていなかった。エレンは綺麗な液体の入ったビンを輝石に戻し、怪しげな色の液体が入ったビンの蓋をきゅぽんと開ける。そしてアンリが逃げることが出来ないように体を押さえ込んだ。
「【回復薬】を飲ませてあげようと思ったんだけど、こっちにするわ。あたしはケチだからね。仕方ないよね」
「い、いやっ……ちょっ……ま、待ってっ……」
哀願し始めたアンリだったが、エレンは嗜虐心に満ち満ちた小悪魔的な笑みを……いや、大悪魔的な笑みを浮かべたまま無慈悲にもビンを傾かせる。どろりとした液体が少しずつガラスの容器の中を這い進み、そして……。
「みぎゃああああああああああああああああああああああああっ!?」
しゅううううという音と共に白く上がった煙にまぎれて、アンリの絶叫がしじまをつんざいた。