第10話『一対の剣閃』
戦いが再び始ってからしばし、神々の力を借りて戦う二人と、神々から奪った力で戦う一体は一進一退の攻防を続けていた。
猟犬から吐き出される息が炎の舌となって二人を絡め取ろうとする。
エレンは難なく、アンリは辛くも逃れ、この短時間でいつの間にか身についた連携攻撃をしかけた。
エレンの剣先が猟犬の胴体を狙う。アーツではなく、本人の技量により放たれた突きであった。アーツの使用は術者の精神に負担がかかる。まだ今は勝負どころではないと判断しての牽制の一撃だった。
戦いで消耗しているのは簒奪者も同じだった。あの時【閃光の一撃】をかすり傷一つでかわしてみせた【炎の猟犬】だったが、今回は神の力を帯びていない一撃にすら遅れを取った。エレンの刃が胴体を抉る。とはいえ神々の力を身に纏っているのは簒奪者とて同じこと。眷属を一刀で切り捨てるエレンの一撃も、手傷を負わせるだけにとどまった。
そこにアンリの大剣が振り下ろされる。しかしそれを受けてくれるほど甘い相手ではなかった。簒奪者は軽くステップをしてあっさりと剣の軌道から身を逸らし、標的を外した厚い刃が土くれを跳ね上げた。咄嗟に剣を戻すことも出来ずにいるアンリのがら空きの胴体に炎の獣が飛び込んでくる。そして器用に鎧の防備が薄い部分へとその犬歯を突き立てた。
「~~~~っ!?」
何とか悲鳴をかみ殺し、アンリは簒奪者を振りほどこうともがくが中々離れない。相棒の危機に駆け寄ってきたもう一人の敵を察してか、簒奪者は勝ち誇るように一声吠えると自ら離れ、間合いを取った。
「アンリッ!! 大丈夫!?」
「う、うん……な、なんとかっ……!!」
実際、痛みは酷いが傷はそれほど深くはないようだ。アンリは神の作りし鎧に感謝した。
「ん……よかった……。まだまだ平気そうね。いけるいける大丈夫大丈夫軽い軽い」
「鬼か君は!?」
幼馴染のあまりな言葉にアンリは痛みも忘れて食いかかる。
「あはは、ごめんごめん。でもその意気よ。痛みなんて気合で吹き飛ばせるわ」
「うう、昔と言ってることが変わらないね……」
「でももう一息よ。あいつも動きが鈍ってきてる……アンリにも頑張ってもらわないと」
「で、でも僕の攻撃はまだまだあいつにはかすりそうもないよ?」
実際、この時点でもまだアンリは刃を相手に一度も届かせることが出来ていなかった。しかしエレンは不敵に笑う。
「あたしがチャンスを作ってあげるわ。耳を貸しなさい」
エレンはアンリの耳元に口を近付け、囁いた。アンリの瞳がみるみる驚きで見開かれていく。
「あ、危ないよそれ!?」
「あたしもそう思うわ。でもね、これくらいの危険を乗り越えなきゃ、執行者なんてやっていけないわ……それにあまり時間をかけると取り逃がすかもしれない……あたし達の走る速度より多分あいつの逃げ足の方が速いわ」
あいつ呼ばわりされた【炎の猟犬】は、攻めるタイミングを見出そうとしているのか、二人の周りをゆっくりと移動している。その双眸は常に両者に向けられていて隙もない。
「そしたら少々面倒なことになる。だからね、危険でもやるしかない。それとも帰って失敗したと報告する?」
「……それは嫌だ」
「でしょ?」
「エレン……策士になったね。そんなこと言われたら引ける訳がないじゃないか」
「ふふ、そうね。アンリは男の子だものね」
アンリは恥ずかしそうに顔を逸らすとエレンから離れ、改めて剣を構え直す。エレンもクスリと笑って同調した。
「それじゃあたしが行くわ……あとはお願いね!!」
アンリが頷くことを見ることもなくエレンは駆け出した。炎の獣は戦うべき相手をエレンと見定め、迎撃の態勢を取る。
少女が剣を突き出し、獣が跳ねる。
獣の牙と爪が乱舞し、少女の盾がそれを受け止める。
アンリはその息もつまる攻防をじっと見守った。
やがて獣は軽く跳躍して間合いを取ると、四肢を踏ん張り、息を大きく吸い込んだ。次の瞬間、そのあぎとから紅蓮の炎が吐き出される。
それと同時にエレンも動いた。
「【水の槍】!!」
エレンの言葉と同時にアンリは剣を構えて飛び込んだ。先ほどエレンが作ると言った、ただ一度のチャンスをものにする為に。
獣が吐き出した炎のブレス。その中心を、エレンが隠し持っていたカードから放たれた水の槍が道をこじ開けていく。簒奪者からの死角となる、ただ一つの道を。
水の槍は獣に届くことなく消失した。しかしその火勢は明らかに弱まっている。アンリは剣を突き出し、その真っ只中を突き進んだ。
やがて手ごたえがあった。炎が霧散したその向こうには、驚愕を顔に張り付けたように呆然としている簒奪者の姿があった。アンリの【打ち壊すもの】にその口内を貫かれたまま。
「【閃光の一撃】!!」
剣を構えなおしたエレンの切っ先が後に続いた。白刃は以前貫き損ねたその眼窩に、狙いあやまたず突き刺さる。
のたうつように跳ねる簒奪者の四肢。しかし、それが獣の最後のあがきとなった。やがて【炎の猟犬】は彼が生み出した眷族達と同じように灰になり、その灰もやがては虚空をさまよい消えた。




