第9話『立ちふさがる簒奪者(ユーザーバー)』
「はあああっ!! 【月形の斬撃】!!」
エレンの裂帛の声と共に、半円を描くように真横へと払われた剣が複数の眷属を断ち切った。
片手剣の神ミストラルが多数の敵と渡り合う為に編み出した奥義。エレンが放つそれは本家には及ばないであろうが、下等な眷属を一撃で切り捨てるのに十分な威力を秘めていた。
「でええええいっ!!」
アンリも負けずに声を張り上げ、大型の剣を振りまわす。熟練しているとは言いがたい動きではあったが、それでも一振りごとにそれなりを成果を上げていた。
眷属の群れは【炎の猟犬】の指揮によるものか一糸乱れぬ攻勢をかけてくる。しかし二人の執行者はそれをことごとく受け流した。
エレンの【刺し貫く白刃】がその名の通り赤い獣を突き刺し、左手に構えた【抗魔の盾】で波状攻撃をいなし、それを乗り越えてくる猟犬も【戦乙女の装束】によって引き上げられた身のこなしによって全てを回避する。
アンリの【打ち壊すもの】が切り裂くというよりも叩き付けると言う表現が似合う一撃を繰り出し、鋭い牙や爪は鎧で受け止め、もしくは生傷を増やし。
二人の剣舞によって、いつしか赤い猟犬の数は両手で数えられるほどに個体数を減らしていた。
いつの間にかお互いに背を預けあい、歴戦の相棒のように戦っていた二人は瞬間、同時に一呼吸ついた。
「ふふっ、短時間で見違えるようになったじゃない、アンリ」
「はあはあ……な、なんとかね……僕も執行者になったんだからこのぐらいはっ!!」
「いい返事ね。んじゃ、そろそろ本日のメインディッシュと行きましょうか?」
業を煮やしたのか、燃え盛る火炎のごとき毛並みの一体が赤い猟犬達の中から進み出てきた。時折そのあぎとから炎の息を吐き出し、それに合わせて全身の節々からも灼熱の焔が揺らぐ。その姿は、まさにクイーンと呼ばれるに相応しい風格を備えていた。
「エレン……こいつと戦ったことは?」
「何度もあるわ……。でもその時は大抵パーティーを組んでたからね。たった二人で戦うのはこれが初めてかな……頼りにしてるわよ、アンリ!!」
「……うん!!」
エレンに初めて頼りにされたことが嬉しくて、戦場に似合わないはにかみを浮かべるアンリ。エレンはそれを見て同じように微笑み、やがて地面を蹴った。己が一番得意としているアーツを放たんがため!
「【閃光の一撃】!!」
十分に勢いの乗った剣閃が簒奪者の眼窩に襲い掛かる。瞬きの間に敵を貫くと伝えられている一撃を、しかし炎の獣は身を捻って顔に裂傷を一筋作るだけに抑えた。あまつさえ、エレンが体勢を戻す前に爪の一撃を繰り出しさえしてみせたのだ。
「つうっ……さすがにやるわね……」
反撃を避けそこなったエレンの腕から鮮血が舞う。
「エレン!? こいつ……よくも!!」
エレンの白い肌から噴出す赤いものを見た瞬間、アンリは頭に血を昇らせて炎の獣へと飛び掛っていた。しかしその大振りな一撃を簒奪者は軽く跳躍してかわす。それと入れ替わるように赤い眷属達が剣を振り下ろしたままのアンリへと襲いかかってきた。
アンリが負傷を覚悟したその時、半月を象った一撃が【血の猟犬】達をばらばらにし、たった今手傷を負ったはずのエレンの涼やかな声がアンリの耳に届いた。
「落ち着きなさいアンリ。これくらいどうってことないわ。神の防具の力、この程度の簒奪者に破られるものですか」
まあちょっと痛かったけどね、と悪戯っぽく囁く少女。舌を出して右腕から滴る血をちろっと舐めるその妖艶な姿に、アンリは戦いの最中だというのに一瞬ドキリとして見蕩れてしまった。
「こらこら、戦場で余所見をしない」
「!? ご、ご、ごめんっ!!」
慌てて視線を戻したアンリ。照れ隠しのように手近にいた【血の猟犬】へと剣を叩き付ける。猟犬は身をかわし損ね、潰えて消えた。
その間にエレンも得物を振るい、ついに敵は簒奪者一体のみとなる。しかし己の眷属が殲滅されたというのに、この魔物に動じる気配は全くなかった。むしろ邪魔者がいなくなってすっきりしたとでも思っているかのような、泰然とした態度で大地の上に君臨していた。
「ふふん、さすがは女王ってところかしらね」
「うん……これが、簒奪者……クイーン……」
「でも最後に勝つのはあたし達よ」
エレンの言葉にアンリは頷き、両手剣を構えて一歩を踏み出した。