エピローグ(2)
「それじゃ、そろそろ出口探しに取り掛かりましょうか。俺の勘が正しければ多分、Akvoのボタンを押せば何らかの形で出口が出現すると思うんですけど……」
言いながら、火勢の弱まる様子の無い台座のボタンを押しにゆく。
長いこと燃える火を見ていたせいで、目がチカチカする。
「じゃ、押しますよ」
そう言い、ボタンを押す。
すると、
一瞬にして台座の炎が消えたかと思うと、台座の格子が下がり、元ダイヤがあった場所が露わになる。
やはりダイヤを手に入れるために押すべきボタンはこちらだったのだ。
水は低いところに流れる。
格子が(下りた)のも、そうした連想によるものだろう。
そう思い、自分の予想が正しかったことに軽く満足していると、今度は別の変化が起きた。
部屋の壁。
その一面が突然、音を立てて地面に消えたのである。
またしても既視感。
昨日の昼に見た、入り口の開くさまがそのまま再現されたように見える。
「これが……今度こそは出口だといいんですけどね……」
「ま、いいさ。とにかく進め、だ。どっちみち元来た道は戻れないんだからな」
励ますような鉄子の言葉に、途切れかけていた緊張を奮い立たせ、誠はうなずいた。
他の三人も同意見のようだ。
「ここまでくれば、飽きるまでお付き合いしましょう」
「前にしか進めないなら、進むしかないでしょうね」
「……玲奈、もう疲れたよ……」
唯、梓、玲奈。
三人、思い思いに一声上げると、開いたばかりの道へ向かう。
今度はどこへ出るやら。
次は何があるやら。
いつになったら出られるやら。
思いはいろいろあった。
しかし行く道は同じ。
向かう先は同じ。
どこへ出るやら。
何があるやら。
いつになったら出られるやら。
そうして進んでゆく。と、
その時。
開いた口を抜け、新たな部屋に入った瞬間、
またも誠を既視感が襲った。
見たことがある部屋。
いや、正確には見たことがある部屋にそっくりなのだ。
五度ほどの傾斜のついた長方形の部屋。
部室にそっくりの部屋。
違いはただひとつ。
左右が逆。
鏡写しのようになっている。
「これ……って、出口……なんですかね?」
「さあて……」
とぼけたように答える鉄子の返事に困惑しつつも、まずは部室の時と同じ感覚で道を戻る。
左右が鏡写しなだけで、構造はまったく同じ。
つまりは螺旋階段もある。
それをゆっくりと上る。
頭の中に、右時計棟の一階、正方形の部屋が浮かぶ。
果たしてここを上った先の景色はそれと同じか。
または違うのか。
好奇を感じながら少しずつ上ってゆくと、ついにそれが見えた。
思った通り。これまたまったく同じ正方形の部屋。
ということは……?
「春賀さん、もしかしてここって……」
「多分、おたくが思ってる通りの場所だよ」
「それってつまり……」
「北時計棟だ」
言われ、ああ、やっぱりなと思う。
(関門)は複雑なくせに、変なところで単純な構造。
ほんとに、この学園を建てた初代学園長という人はどういった人物だったんだろうか。
興味の方向が少しおかしなほうへ向いたことを自覚しつつ、誠は階段から部屋へ移ると、もう随分前から恋しくなっていた外の空気を吸うため、時計棟のドアを開けた。
と、
「お疲れ様」
聞き覚えのある声がドアの外側から響いてきた。
見れば、
鏡花が立っている。
「もしかしたら今日あたり、ここを抜けてくるんじゃないかと思って待ってたんだけど、本当に突破してきたのね。さすがだわ、みんな」
「え……じゃあ、学園長はあの入り口から向かった場合の出口を……」
「もちろん、知ってたわよ」
とんでもなく奇妙な肩すかし。
よほどに謎な迷宮を探索させられているのだと思っていたら、そこいら辺の知識は持っているとは……。
「当然でしょう。この学園は私の庭みたいなものなんだから、どこから入って、どこへ出るかくらいはいくらなんでも知ってるわよ」
「ああ……入り口と出口は知ってるってだけのことですか……」
「そういうことよ。で、どうだった。何か見つかったの?」
「いや、それが……ちょっと……」
ここに来て、ようやく自分のやったことの重大さに、ぼんやりとだが気づいた誠は、なんとも取り繕う言葉が思いつかず、口ごもってしまった。
だが、
口は誠にしかついていないわけではない。
「途中、侵入者との悶着がありまして、それの解決のためにやむなく、見つけた財産はその場で破却しました」
誠に代わり、極めて事務的な口調で鉄子がその場の状況を説明する。
「破却……というと、見つけたものって?」
「ダイヤでした」
「ダイヤ?」
「はい。約1000カラットのダイヤ原石です」
ここまで話が進んだところで、誠は自分がやったことが鉄子から語られるより前に、その場から逃げようと思った。
いや、いっそこの学園自体から逃げようと思った。
自分の焼いたダイヤの価値は、縛り上げた男の値踏みに間違い無ければ、十数億円。
それを灰にしたことになる。
弁償などは当然できないし、謝って許してもらえるケタの金額とも思えない。
姿をくらますより方法は無いだろうなと、気づかれぬようにその場を離れようとした誠の耳に入ってきた鏡花の言葉は、
「……で、あなたたちに怪我は無いの?」
「はい。おかげさまで私たちはこの通り、無傷です」
「なら、問題は無いわね」
当たり前のようにそう言った鏡花の声を聞き、今まさに逃げ出そうかとしていた誠は、逃げる体勢にすでに入っていた体を急にひねると、心からの驚きをもって声を上げた。
「な、も、問題無いって……ダイヤのことはどうなんですか!」
「たかがダイヤでしょ。そんなもの、代わりなんていくらでもあるわよ」
「だ、だけど、中にいた男の話じゃあ、ダイヤの価値は十数億はするとか……」
ここで、はたと自分がものすごいヤブヘビなことを言ってしまったのではと遅まきながら誠は気づいたが、時すでに遅し。
こんな時にもやはりいつも通りの無表情な顔をし、ふと誠のほうを向いた鏡花は、つかつかと誠に向かって歩み寄ってくる。
(怒られる!)
反射的にそう思い、ぐっと目を閉じた誠の耳元で、鏡花は言った。
「じゃあ、もしもあなたたちのうち、誰かが命を落としたりしたら、その子を十数億であの世から買い戻せるの?」
はっとした。
それは、単純に鏡花という女性を見誤っていたことに対して。
正確に言えば、彼女を過小評価していたことに対して。
彼女にとって、自分たちは遊びの駒だ。
その事実は変わらない。
しかし、
彼女は駒を何より愛している。
それを理解出来ていなかった。
どこかいびつな愛情ではあるが、彼女の自分たちに対する愛情は本物だ。
少なくとも、ひとりにつき十数億以上の見積もりで計算されている。
駒の立場として、これほどの厚遇はそう望めるものではない。
「さ、みんな。もうとっくに昼は過ぎているけど、苦労して迷宮を抜けてきたからにはよほど疲れたでしょう。各自、部屋に戻って一息ついたら食堂に来なさい。遅い昼食でもとりながら、ゆっくり迷宮での話を聞かせてちょうだい」
そう言って、振り返った鏡花の顔は微笑んでいた。
それも、目をキラキラと輝かせて。
いつもの無表情な印象からは程遠い。
だがその表情もすぐに見えなくなる。
さっと踵を返し、つかつかと本校舎へ向かい始める。
その背を見ながら、鉄子がこぼした。
「……ご機嫌だな、学園長。あれほど上機嫌な顔したところは、そう見たことが無いよ」
言いつつも、鉄子もまた負けず劣らず機嫌の良い顔をしているように見える。
「さて、話さなきゃいけない事情が山ほどあるな。こりゃ、報告だけでもひと苦労だよ」
「地下に縛り上げてある男のこと。燃やしたダイヤのこと。それに……そう言えば」
ふと気づき、誠はゴソゴソと上着の内ポケットから預かっていた銃を取り出すと、それを鉄子に差し出した。
「これ……もう俺には手に負えない代物ですんで……」
「ああ、そういやそうだな。分かった。私から学園長に渡しとくよ」
そうして、鉄子は誠の手から銃を受け取る。
肩の荷が下りた気分だ。
残弾一発とはいえ、正真正銘の実銃。
背負う責任としては重すぎる。
「しかしほんとによく頑張ったよ。今回の功労賞は間違い無くおたくだろうね」
「いや……そんな、俺は別に、自分の出来る事をしただけで……」
「男のくせして慎み深いね。そんなおたくに私からのちょっとしたお礼だ」
「……はい?」
誠が疑問の声を上げたのとほぼ同時。
すっと間近まで近づいていた鉄子は急に、
誠の前髪を手ですくい上げると、露わになった額に優しく口づけをした。
一瞬、何が起きたか分からず、誠は呆然とする。
ただ、柔らかく……なんともいえない感触だけが額に残っていた。
「ほれ、みんな先に行きな。私は南時計棟に置いてきたバイクを取りに行ってから食堂に行くからさ。早くしないと学園長が待ちくたびれちまうぜ」
言い残し、鉄子が去る。
残った四人の空気は微妙だ。
現場をもろに見られた。
誠のほうは唯、梓、玲奈がどんな顔をしているかがひどく気になった。
気になったのだが……、
「は、早く行きましょう。学園長をそんなにお待たせするわけにもいきませんから」
明らかに慌てた様子で、しかも一切、後ろを振り返らずに唯は早足で進む。
それに連れ立つ玲奈は、チラチラと後ろを向いて誠のことを見ては、ニヤニヤと意味ありげな笑顔を浮かべている。
「な、何なんだよ……まったく……」
時間を置いて、自覚がはっきりしてくるのと比例し、紅潮してくる顔の感覚を押さえつつ、誠はひどく言い訳がましい悪態をついて歩き出した。
瞬間、
何かに足をとられてつまずいた。
倒れ込みつつ、横の視界に人影が映る。
梓の姿。
いつも険しい顔が、何故だか今はことさら険しい表情に見えた。
というか、怒気すら感じる。
理由は知らないが、悪意ではなく怒りのこもった視線が刺すように飛んでくる。
一方、
誠の態勢は、
靴ひもを失った靴は安定性を欠き、
冷静さを失った頭は体のコントロールを欠き、
結果、
誠は前のめりに顔から突っ込むような形ですっころんだ。
低くなった視界に、もろに自分の足へ引っ掛けたのが分かる梓の足が見える。
「……ドスケベ……」
前にも聞いたようなセリフが上から落ちてきた。
その言葉をきっかけに、梓は前に向き直って早足で歩く。
誠は、
いまだ地面にうつぶせで寝ている。
そこに強い風が吹く。
倒れた体を土煙が包んだ。
そこで、ぽつりと一言。
「……俺……ほんとにここでやってけるのかな……」
口に入った砂利の味に顔を曇らせながら、誠は土煙でも巻き上げるようにして、大きな溜め息をひとつ吐いた。




