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ようこそ、虎子ヶ原学園迷宮部  作者: 花街ナズナ
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冒険の意味(2)


「さて、どうやら一応静かになってくれたみたいだし、私はこれから仕事にかかるよ。おたくはどうする?」

「……ど、どうする……って……?」

床に座り込み、ぐったりとしたまま、誠が聞く。

「だからさ、ここの(関門)をこれから私が片付けるけど、おたくはどうするのかって聞いてんのよ」

「(関門)を……片付けるって、その、(関門)なんてどこに……」

辺りをキョロキョロと見回して言う誠を見て、鉄子は聞こえよがしな溜め息をひとつつくと、

「こっちだよ斉部。見てみな」

言って指差す。

左右に広がった部屋の左側。

ちょうど右側の爆発地点と対照の位置に、国防色をした金属製の物体が置かれていた。

ドラム缶のような筒状で、大きさもほぼドラム缶に近い。

「こいつが今度の(関門)だ。状況からして、まず間違い無く爆発物。時限式であろうことも確かだろうけど、想像するに他の(関門)と同じで、手を付け始めた時点からカウントしだすタイプと見るね」

これまた変わらず、おっかないことをさらりと言ってのける。

「多分、先客はこれの解体に時間をかけすぎたか、もしくは手順をしくじったんだろう。それでこの惨事だ。と、言っても自業自得だから同情はしないよ。マジでやばいと思ったら、すぐにお宝はあきらめて逃げれば済んだことさ。それを、欲をかくからこういうことになる」

言い分は正しいようにも聞こえるが、どうにも冷たい言い方だ。

しかし事実だとも思う。

時限式の爆発物なら、残り時間に余裕がある時点でその場から逃げる選択肢は当然ある。

解体の手順についても、自信が無いような場面に当たったなら、素直にあきらめて、とっとと逃げる手段もあったはずだ。

それを、あたら命を捨ててまで粘った結果が、まともに死体も残らない死にざま。

鉄子の言う通り、気の毒には思うが、同情はできない。

大体どれほどのお宝が有るのか、それとも下手をすれば無いのか、どちらなのかも分からないような事柄によくもまあ命が張れるものだと、少し落ち着き始めた誠はあきれた気分になる。

と、その時、

「春賀さん、斉部君、そこにいるんですか?」

T字の室内に、唯の声が反響する。

ふと後ろを振り返ってみると、どうやらこちらへ到着した唯を筆頭に、梓も玲奈も入り口辺りでこちらの様子を見ているようだ。

その声を聞き、誠はひとまず返事をしようと大きく口を開けた。

途端、

「来るな!」

誠が声を出すより早く、鉄子の怒鳴り声が室内に響き渡る。

「今度の(関門)は爆発物。私の領分だ。あんたたちにゃ手伝えることは何も無いよ。今日はもう部屋に帰って寝ちまいな。明日にはこの(関門)を解いた状態で引き継いでやるからさ」

一声目とは違い、大きいが、諭すような優しい口調で鉄子は話す。

悲惨な現場を見せないための配慮もあったろう。

危険物に関わって危ない目に遭わせることを避ける意図もあったろう。

だが、

その態度が気遣いによるものであることを知るのは、今この場では鉄子本人と誠だけである。

「そう……ですか。分かりました。でも、春賀さんも無理しないでください。機械関係が得意分野だからってそんな物騒なもの、どうしても扱わなきゃいけないわけじゃないんですから」

「分かってる。やばくなったら、無理せずさっさと退散するよ」

これについては勘所の問題になるが、

果たして鉄子の言った言葉が本心なのかについては、聞き手の心理によるところが強かった。

ひとまず、唯はその言葉を信じて、道を引き上げていったようだが、誠はどうにもこの言葉を素直に信用できなかった。

無論、勘でしかない。

勘でしかないが、

どうにも鉄子がこの爆発物処理を、やすやすとあきらめて逃げ出せるような手合いだとは思えなかったのである。

得意分野だからこそに、意地が出る。

そういうところは誰しもある。

そして鉄子には、そうした要素があるように思えてならなかった。

だから、

「それで、おたくはどうする。残って危ない思いしながら見物するか。それとも、素直に部屋へ帰って休むか。私としては最初、男のおたくに貴重な経験をさせてやろうと思って連れてきたんだが、もし怖いってんなら仕事の邪魔だからさっさと帰ってくれたほうが……」

「残りますよ」

鉄子の言葉を聞き終えず、ためらい無く答えた。

「度胸が無いのは認めますけど、逆を言えばそういう人間がいたほうが、ほんとにやばい時のタイミングを見定めるには役立つと思うんですよ。なんせ、感度がいいですからね」

笑顔を浮かべ、続ける。

自分でも少し驚いた。

先ほどまでああも取り乱していたものが、一度腹をくくったらここまで覚悟を決められるものなのだと、自分自身の心境変化に感心する。

と言っても、

鉄子の言う通り、自分は何の役にも立たないだろう。

それでも、残る選択しか頭に浮かばなかった。

これもひとつの意地だ。

女だらけの中にただひとり、

男一匹の意地。

どれほど情けない姿を晒しても、最後は男としての安いプライドが足を踏ん張らせる。

意味などこれっばかりも無い。

ただの意地。

安い意地。

自覚はしている。

分かっている。

だとしても退けない。

下らないプライドが、がっちりと地面に根を張って、一歩も退かせてくれない。

そしてしみじみと思う。

ああ、俺もそこいらの馬鹿な男のひとりなんだと。

「……そうかい。ま、無理強いはしないさ。居たきゃ居な。ただし命の保証はできかねるよ」

「覚悟の上です」

そう言って、誠は特別柔らかな笑顔を作った。

鉄子もそれ以上はもう何も言わない。

爆発物処理。

話に聞いたことしか無い、危険行為。

それがもうすぐ、間近で始まる。

一瞬、

落ち着いたはずの誠の喉が、飲みこむ唾も無く、ごくりと鳴った。


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