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第68話 最後に手放すもの
王都を出て。
俺たちは。
最初に出会った森へ戻ってきた。
「懐かしいな」
俺は。
木々を見上げる。
ここから。
全部が始まった。
ブラッドラビット。
エリス。
そして。
俺の【整理整頓】。
「ねえ、蓮」
リナが。
隣から声をかける。
「これから」
「どうするの?」
「分からない」
「またそれ?」
「うん」
「世界を救ったんだから」
「次は」
「好きなことしていいんじゃない?」
「好きなこと……」
俺は。
考える。
料理。
旅。
魔法。
新しい町を見る。
仲間と過ごす。
どれも。
悪くない。
でも。
一つだけ。
気になっていることがあった。
俺は。
手のひらを見る。
【始原整理】
そこに。
まだ。
力がある。
世界を変えられる力。
外側へ干渉できる力。
壊れたものを。
存在そのものを。
整理できる力。
「……」
俺は。
この力を。
どうするべきなんだろう。
その夜。
焚き火を囲んで。
みんなが眠ったあと。
俺は。
一人で座っていた。
「眠らないの?」
エリスが。
やってくる。
「ちょっと考え事」
「力のこと?」
「……分かる?」
「分かるよ」
エリスは。
隣に座った。
「蓮」
「うん?」
「その力」
「怖い?」
俺は。
少し考えた。
「怖い」
「……」
「すごく」
エリスは。
驚かなかった。
「どうして?」
「何でも整理できるから」
「でも」
「本当は」
「何でもじゃない」
俺は。
笑う。
「ゼロは整理できなかった」
「世界の外側も」
「完全には分からなかった」
「俺自身も」
「全部を思い通りにはできなかった」
「だから」
「俺は」
「この力を使い続ける限り」
「いつか」
「何かを勝手に決めるんじゃないかって」
エリスは。
しばらく黙っていた。
そして。
俺の手を取る。
「じゃあ」
「使わなければいいんじゃない?」
「……」
「全部を」
「整理する必要なんて」
「ないんだから」
俺は。
手のひらを見る。
確かに。
そうかもしれない。
「でも」
「もし」
「また誰かが困ったら?」
「その時だけ」
エリスは。
笑った。
「使えばいい」
「……」
「力を」
「捨てる必要もない」
「力に」
「人生を決めさせる必要もない」
俺は。
その言葉を聞いて。
少し笑った。
「お前」
「最近」
「俺より俺のこと分かってない?」
「……知らない」
エリスは。
頬を赤くする。
「でも」
「ずっと見てきたから」
「……」
その瞬間。
俺の手の中で。
【始原整理】が。
静かに光った。
【最終選択】
【能力の扱いを決定してください】
三つの選択肢。
【完全封印】
【管理権限として保持】
【本人の意思に応じて使用】
俺は。
迷わなかった。
【本人の意思に応じて使用】
「……これでいい」
【承認】
【始原整理】
【常時稼働を停止】
【必要時のみ発動】
力が。
静かになる。
今まで。
いつも頭の中に表示されていた情報が。
消えた。
「……」
俺は。
目を閉じる。
静かだ。
何も見えない。
世界の構造も。
魔力の流れも。
未来の可能性も。
何も。
ただ。
夜の音だけが聞こえる。
虫の声。
木々の揺れる音。
焚き火。
隣にいるエリスの呼吸。
「……こっちのほうが」
「いいな」
「うん」
エリスが。
笑う。
そのとき。
俺の手の中に。
小さな紙が落ちてきた。
【整理対象】
空欄。
俺は。
笑った。
「何もない」
「じゃあ」
エリスが。
言う。
「その紙」
「取っておこうよ」
「え?」
「整理する必要がないなら」
「そのままでいい」
俺は。
紙を折って。
ポケットに入れた。
「そうだな」
朝。
みんなが起きる。
リナが。
大声で言った。
「今日はどこ行くの?」
俺は。
空を見る。
「海」
「海?」
「行ってみたい」
リナが。
目を輝かせる。
「行こう!」
アルベルトが。
苦笑する。
「急だな」
フェンリオスが。
尻尾を振る。
ノアも。
嬉しそうにする。
「海」
「見たことない」
ミラも。
アリアも。
ユナも。
ゼロも。
頷く。
エリスは。
俺を見る。
「行こう」
「ああ」
俺たちは。
歩き出した。
今度は。
世界を救う旅じゃない。
ただ。
海を見るための旅。
途中。
壊れた荷車を見つけた。
以前の俺なら。
すぐに【整理】していた。
でも。
今日は。
力を使わない。
「……」
俺は。
荷車を見る。
そして。
近くにいた持ち主へ。
「直すの」
「手伝おうか?」
「え?」
「工具ある?」
「あ、ああ!」
俺は。
袖をまくる。
木を削る。
車輪を直す。
少し時間はかかった。
でも。
荷車は。
ちゃんと動いた。
「ありがとう!」
「どういたしまして」
俺は。
笑った。
力がなくても。
できることはある。
整理できなくても。
誰かを助けられる。
それが。
妙に嬉しかった。
海に着いたのは。
夕方だった。
水平線。
どこまでも続く青。
「……」
全員が。
黙っていた。
俺は。
波を見る。
世界の外側も。
始原も。
無数の可能性も。
全部。
遠い話になった気がした。
「蓮」
エリスが。
隣に立つ。
「なに?」
「綺麗だね」
「ああ」
俺は。
笑った。
「……来てよかった」
その瞬間。
海の向こうに。
小さな光が浮かんだ。
俺の【始原整理】は。
反応しない。
俺は。
もう。
自分から力を使わない。
ただ。
見ている。
光は。
ゆっくり。
人の形になった。
白い髪。
金色の瞳。
そして。
懐かしい笑顔。
ユナだった。
「……ユナ?」
彼女は。
少し笑う。
「違うよ」
「え?」
「私は」
「未来」
「……」
「蓮が」
「まだ選んでいない」
「未来」
俺は。
目を細める。
「じゃあ」
「何をしに来た?」
未来は。
笑った。
「何もしないよ」
「……」
「ただ」
「待ってる」
「蓮が」
「いつか」
「自分で選ぶ日まで」
そう言って。
光は消えた。
俺は。
しばらく。
海を見つめた。
そして。
小さく笑った。
「……未来って」
「整理できないんだな」
エリスが。
頷く。
「うん」
「だから」
「面白いんじゃない?」
俺は。
空を見る。
未来は。
まだ空白だった。
でも。
怖くない。
空白だからこそ。
これから。
何でも書ける。
そして。
その夜。
俺たちは。
海辺で眠った。
世界は。
静かだった。
もう。
何も起きない。
そう思っていた。
――翌朝。
俺のポケットに。
一枚の紙が入っていた。
昨日の。
何も書かれていなかった紙。
そこに。
初めて。
文字が浮かんでいる。
『最後に整理するもの』
『それは』
『世界でも』
『力でも』
『未来でもない』
『あなたが』
『これから』
『何を残すか』
俺は。
紙を見つめる。
そして。
静かに笑った。
「……それなら」
もう。
答えは決まっていた。




