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第37話 世界が知っている名前
「……レン」
誰かが呼んだ。
一人じゃない。
二人でもない。
世界中から。
同じ名前が響いている。
「レン……」
「レン……」
「レン……」
俺は耳を塞いだ。
「何なんだよ、これ……!」
頭の中へ。
大量の映像が流れ込んでくる。
知らない場所。
知らない人。
知らない時代。
誰かの笑顔。
誰かの涙。
誰かの後悔。
そして。
誰かの願い。
【世界記憶】
【接続中】
【情報量:過多】
「うっ……!」
頭が割れそうになる。
「レン!」
エリスが俺の肩を掴んだ。
「大丈夫!?」
「……大丈夫じゃない」
「じゃあ、切って!」
「切り方が分からない!」
その瞬間。
俺のスキルが反応した。
【情報を整理してください】
「……」
こんなときまで。
それかよ。
俺は苦笑した。
「分かった」
目を閉じる。
「全部見る必要はない」
俺は流れ込んでくる記憶を。
一つずつ分けていく。
【現在】
【過去】
【感情】
【生命情報】
【世界構造】
そして。
【不要情報】
「これだ」
不要な情報だけを。
自分から遠ざける。
頭の中が。
少しずつ静かになる。
「……戻った」
エリスが安心したように息を吐く。
「よかった……」
俺は目を開けた。
世界記憶。
全部を知る力じゃない。
世界に蓄積された情報へ。
アクセスできるだけだ。
「便利だけど」
「使い方を間違えたら危険だな」
少女が頷く。
「そうだよ」
「世界記憶には」
「誰にも知られてはいけないものもある」
「例えば?」
少女は答えない。
その代わり。
俺の目の前に。
一つの記憶が浮かんだ。
『……助けて』
知らない少女。
暗い部屋。
鎖。
「……」
「これ、誰?」
「世界記憶に残ったもの」
少女は答えた。
「でも」
「今も存在するとは限らない」
「……」
俺は少し考えた。
「だったら」
「この力は」
「過去を知るためだけじゃない」
「うん」
少女は微笑む。
「失われたものを探すこともできる」
その言葉で。
俺はエリスを見る。
「……」
彼女の欠損。
失われた存在情報。
もし。
世界記憶の中に。
失われる前のエリスが残っているなら。
「戻せる」
俺は呟いた。
「何を?」
エリスが聞く。
「君の欠けた部分」
「……!」
俺はスキルを開く。
【世界記憶】
【対象検索】
【エリス・アストレア】
【過去構造:検索】
無数の情報が流れる。
五年前。
十年前。
生まれた日。
幼い頃。
もっと前。
そして。
エリスが生まれる前。
【該当構造】
【始原構造】
「見つけた」
そこに。
欠損する前のエリスの構造があった。
「これを使えば――」
【警告】
【過去情報と現在構造の直接統合は禁止】
「……」
また禁止。
俺は眉を寄せる。
「じゃあ」
「どうすればいい?」
少女が答える。
「過去を戻すんじゃない」
「現在に合わせる」
「……」
俺は考える。
失われた部分を。
そのまま昔の状態に戻すのではなく。
今のエリスに適合する形へ。
組み直す。
「……整理して」
「再構築する」
【構造再配置】
【対象:エリス・アストレア】
【参照:世界記憶】
【欠損率:1.1%】
【復元準備】
「いける」
俺は手を伸ばした。
その瞬間。
エリスが俺の手を握った。
「レン」
「ん?」
「お願い」
「何?」
「私を」
「私のままにして」
俺は笑った。
「当たり前だろ」
白い光が。
エリスの肩を包む。
【復元開始】
【過去構造:参照】
【現在構造:照合】
【不一致:12箇所】
「多いな……」
「大丈夫?」
「大丈夫」
一つずつ。
整理する。
昔のエリスと。
今のエリス。
同じ部分。
違う部分。
必要な部分。
不要な部分。
そして。
最後に。
【欠損率:1.1%→0.8%】
「……戻った!」
エリスが目を見開く。
肩の黒い欠損が。
ほんの少し小さくなっていた。
「すごい……」
「まだ完全じゃない」
「でも」
エリスは笑った。
「嬉しい」
俺も笑う。
その瞬間。
世界中に響いていた声が。
一斉に止まった。
「……?」
静寂。
少女が空を見る。
「終わった?」
「違う」
彼女の顔が強張る。
「世界記憶が」
「一つの記憶を選んだ」
「何の?」
俺が聞く。
少女は答えなかった。
代わりに。
目の前に巨大な映像が現れる。
そこには。
俺がいた。
現代の日本。
事故の前。
俺がゴミを拾っている。
「また……俺?」
だが。
今までの映像とは違った。
俺の知らない時間が映っている。
事故の数時間前。
俺は。
一人の少女とすれ違っていた。
黒い髪。
白い服。
顔は見えない。
その少女が。
俺の落としたペンを拾っていた。
『落としましたよ』
『あ、ありがとう』
ただそれだけ。
俺は覚えていない。
でも。
世界記憶には残っていた。
そして。
少女が俺の手にペンを渡した瞬間。
二人の間に。
白い光が繋がっていた。
【始原構造:接触】
【対象:蓮】
【対象:不明】
【接続:成立】
「……俺」
俺は映像を見つめる。
「転生する前に」
「もう一度」
「始原構造と接触してた?」
少女が頷く。
「そう」
「あなたは」
「この世界に来る前から」
「この世界と繋がっていた」
そして。
映像の少女が。
ゆっくりと顔を上げた。
その顔が。
はっきりと映る。
エリスだった。
「……私?」
エリスが呟く。
でも。
俺は首を振った。
「違う」
「え?」
俺は。
映像の少女の目を見る。
確かにエリスと同じ顔。
でも。
決定的に違う。
「この子は」
俺のスキルが。
初めて名前を表示した。
【対象:■■■■】
【正式名称:未定義】
【分類:始原存在】
【状態:――】
その下に。
たった一つ。
新しい文字が現れる。
【彼女は、あなたがこの世界へ来ることを知っていた】




