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第30話 来訪者
【来訪者】
その文字が表示された瞬間。
白い空間が震えた。
地面があるわけでもない。
空気があるわけでもない。
それなのに。
世界そのものが怯えている。
そんな感覚だった。
「……何が来るの?」
エリスが小さく尋ねる。
第一管理者は答えなかった。
ただ。
遠くを見つめている。
「第一管理者?」
「……来ます」
「何が?」
「この世界には存在しないものが」
その言葉と同時に。
白い空間の中心に。
黒い点が生まれた。
最初は。
小さな点だった。
けれど。
ゆっくりと。
大きくなっていく。
「……穴?」
「違います」
第一管理者が首を振る。
「あれは穴ではありません」
黒い点の周囲に。
無数の文字が浮かぶ。
【世界外構造】
【未定義】
【解析不能】
【接続拒否】
それでも。
黒い点は。
少しずつ広がっていく。
「俺の整理は?」
「使ってはいけません」
第一管理者が即座に言った。
「なぜ?」
「今のあなたでは」
「整理した瞬間に、こちら側まで巻き込まれます」
「……」
俺は手を下ろした。
「じゃあ、どうする?」
「何もしません」
「何もしない?」
第一管理者は頷いた。
「今は」
「見るだけです」
黒い点から。
声がした。
『……まだ、世界は続いている』
低く。
静かな声だった。
人間の声に似ている。
でも。
どこか違う。
「誰だ!」
俺が叫ぶ。
返事はない。
代わりに。
黒い点から。
一本の指が出てきた。
指先が。
白い空間に触れる。
――パキッ。
世界に。
ひびが入った。
「……!」
第一管理者が初めて後ずさる。
「まずい」
「そんなに?」
「はい」
「私でも」
「止められません」
俺は息を呑む。
第一管理者ですら。
止められない。
それなら。
俺がやれば――
「レン」
エリスが俺の袖を掴んだ。
「無茶しないで」
「でも」
「今は、しないで」
その目を見て。
俺は手を下ろした。
「……分かった」
黒い指が。
ひび割れた世界から離れる。
『まだ、早い』
声が響く。
『器も』
『整理する者も』
『まだ未完成だ』
「……器?」
エリスが呟く。
『時が来れば迎えに行く』
『それまで』
黒い点が。
少しずつ閉じていく。
『この世界を』
『壊さずに残しておけ』
最後の言葉を残して。
黒い点は消えた。
静寂。
しばらく。
誰も喋らなかった。
「……帰りましょう」
第一管理者が言った。
「え?」
「あなたたちは、まだこちら側にいるべきではありません」
「でも、あれは……」
「今のあなたたちでは戦えません」
俺は悔しかった。
「強くならないと」
「はい」
第一管理者は頷く。
「ですが」
俺を見る。
「強くなることだけが答えではありません」
「……」
「あなたの力は、破壊するための力ではない」
「世界の構造を理解し」
「正しく配置するための力です」
俺は頷いた。
「分かった」
「では」
第一管理者が手を掲げる。
「一つだけ、あなたに渡します」
光が。
俺の手の中へ集まる。
小さな白い欠片。
【第一管理者の記録片】
【効果:古代管理情報へのアクセス】
【権限:補助管理者】
【使用条件:構造整理】
「これ……何?」
「私が残せる最後の記録です」
「最後?」
第一管理者は微笑む。
「私はもう、ほとんど残っていません」
「……」
「この世界を管理していたのは、遥か昔です」
「今までどうして?」
「世界が完全に壊れるまで」
「消えないように残っていただけです」
俺はその言葉を聞いて。
少し寂しくなった。
「じゃあ」
俺は聞いた。
「また会える?」
第一管理者は。
少しだけ笑った。
「あなたが望めば」
「記録の中でなら」
その身体が。
光へ変わっていく。
「待って」
エリスが声をかけた。
「一つだけ聞きたいです」
第一管理者が止まる。
「私は」
エリスは胸元を押さえる。
「どうして、この世界の始まりの欠片を持っているんですか?」
第一管理者は。
しばらくエリスを見つめた。
そして。
「それは――」
一瞬だけ。
悲しそうな顔をした。
「あなたが、最初の『人』だったからです」
「……え?」
光が弾けた。
第一管理者の姿が消える。
「最初の……人?」
俺たちは。
何も言えなかった。
やがて。
転移の光が俺たちを包む。
次に目を開けたとき。
俺たちは公爵邸の地下に戻っていた。
「……戻ってきた」
リナが周囲を見る。
アルベルトも。
フェンリオスも。
無事だった。
けれど。
何かが変わっている。
俺は自分のスキルを見る。
【固有スキル:整理整頓】
【権能:構造整理】
【補助管理権限:有効】
そして。
一番下に。
新しい表示が追加されていた。
【第一管理者記録片:接続可能】
「これがあれば」
俺は記録片を見る。
「もっと世界のことが分かるかもしれない」
そのとき。
「レン」
エリスが俺を呼んだ。
「何?」
「私……」
彼女は胸元を押さえている。
「さっきから」
「変な声が聞こえるの」
「声?」
「うん」
俺は構造解析を使う。
【エリス・アストレア】
【世界核接続率:21%】
【魂構造:変化】
【新規構造を確認】
「……何か増えてる」
「怖い?」
「少し」
エリスは正直に答えた。
俺は。
彼女の隣に立つ。
「じゃあ」
「一緒に調べよう」
「……うん」
その瞬間。
エリスの胸元から。
小さな声が聞こえた。
『……見つけた』
「え?」
俺たちは同時に顔を上げた。
しかし。
そこには誰もいない。
ただ。
エリスの影だけが。
一瞬。
彼女とは違う方向へ動いた。
そして。
床に。
黒い文字が浮かび上がった。
【第二来訪者】
【接近中】
俺は息を呑んだ。
来訪者は。
一人ではなかった。




