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第11話 消された村
翌朝。
村は、昨日までとは別の場所のように静かだった。
魔物の気配はない。
黒い霧も消えている。
けれど、誰も喜んでいなかった。
「……森の向こうを見てください」
村長が指差した。
遠くに、黒い柱が立っている。
昨日、遺跡から伸びたものだ。
「一晩中、あれが消えないんです」
俺は目を細める。
「ちょっと見てくる」
「待って」
エリスが俺の服を掴んだ。
「一人では行かせないわ」
「危険かもしれないよ」
「だからよ」
「……分かった」
リナも立ち上がる。
「私も行く」
「リナは村にいたほうが――」
「昨日助けてもらったままじゃ嫌なの」
その言葉に、俺は何も言えなかった。
「じゃあ、三人で行こう」
村を出る。
森に入った瞬間。
妙な違和感があった。
昨日までいた魔物が、一匹もいない。
鳥の声すらしない。
「静かすぎる……」
エリスが呟く。
「うん」
俺も同じことを感じていた。
そして。
少し進んだところで。
木が一本、倒れていた。
ただ倒れているだけじゃない。
幹の途中から、綺麗に消えている。
「……何これ」
リナが近づく。
俺は手を伸ばした。
【対象:樹木】
【状態:欠損】
【欠損原因:構造消失】
【修復可能】
「直せる」
俺は手を当てる。
「整理」
淡い光が広がる。
倒れていた木が、ゆっくりと元の形へ戻っていく。
折れた部分も繋がった。
「すごい……」
リナが目を丸くする。
でも。
俺は笑えなかった。
「これ……」
「どうしたの?」
「普通に壊れたんじゃない」
木の断面を見る。
切った跡もない。
燃えた跡もない。
何かに食われたわけでもない。
ただ。
そこにあったはずの構造だけが、消えている。
「昨日の男と同じだ」
エリスの顔が険しくなる。
「消された……?」
「たぶん」
俺たちは先へ進んだ。
黒い柱に近づくほど。
同じように消えたものが増えていった。
岩。
草。
木。
そして。
小さな魔物まで。
「……これは」
リナが立ち止まった。
地面に、小さな狼の死骸がある。
けれど。
身体の一部だけが消えている。
俺はしゃがみ込んだ。
【対象:魔物】
【状態:生命活動停止】
【構造:欠損】
【欠損率:41%】
【修復可能】
「……まだ間に合う?」
エリスが聞く。
「死んでる」
「そう……」
俺は黙っていた。
昨日までなら。
迷わず整理していた。
壊れたものなら直す。
それが俺の力だと思っていた。
でも。
死んだものまで戻せるのか?
試していいのか?
俺は手を伸ばす。
そして。
「整理」
光が狼を包む。
しかし。
何も起こらなかった。
【整理失敗】
【対象に必要な構造が不足しています】
「……」
胸の奥が重くなる。
「直せないの?」
リナが小さく聞く。
「分からない」
俺は首を振った。
「壊れたものなら直せる。でも……」
俺は狼を見る。
「もう無いものまでは、戻せない」
エリスが静かに頷いた。
「それは……『整理』では作れないものだからかもしれないわね」
「……そうかも」
そのとき。
狼の身体から。
小さな黒い光が抜けていった。
俺の腕の紋様が反応する。
【残留干渉を検知】
【追跡可能】
「……追える?」
俺は立ち上がった。
黒い光が、地面を這っていく。
俺たちはそれを追った。
やがて。
森を抜ける。
そこには。
巨大な空間が広がっていた。
木々が円形に消えている。
中央には黒い柱。
その根元に。
巨大な魔法陣があった。
「これは……」
エリスが息を呑む。
「魔法陣じゃない」
「じゃない?」
「魔力の流れそのものを書き換えてる」
俺は魔法陣に近づく。
【対象:魔力循環】
【状態:改変】
【改変者:不明】
【改変目的:不明】
【整理可能】
「……整理できる」
エリスが俺を見る。
「やめたほうがいい」
「でも」
「昨日、遺跡の装置を直そうとして、封印が開きかけたでしょう?」
「……」
「これも同じかもしれない」
俺は手を引いた。
確かに。
力が使えるからといって、使っていいとは限らない。
そのとき。
――パチパチ。
拍手が聞こえた。
「誰だ!」
振り返る。
木の上。
昨日の黒いローブの男が座っていた。
「素晴らしい」
男が笑う。
「やはり、お前は私とは違う」
「降りてこい」
「なぜ?」
「話がしたい」
「話す必要などない」
「じゃあ質問だけ」
俺は男を見上げる。
「どうして世界を消そうとする?」
男はしばらく黙った。
そして。
「消す?」
「違うのか?」
「私は世界を消すのではない」
男が木から降りる。
「元に戻すのだ」
「元に?」
「この世界は、最初から間違っている」
「何が?」
男は黒い柱を見る。
「人間も、魔族も、魔王も」
「……」
「すべてが、本来あるべき場所から外れている」
男の腕の紋様が光った。
「だから私は整理する」
「そのために消すのか?」
「必要なものだけ残せばいい」
「それは整理じゃない」
俺は言った。
「ただの選別だ」
男の表情が初めて変わった。
「……面白いことを言う」
「俺は、必要か不要かを勝手に決めたくない」
「なら、お前は何をする?」
俺は黒い柱を見る。
「壊れてるなら直す」
「直せないものは?」
「調べる」
「調べても原因が分からなければ?」
「……それでも探す」
男はしばらく俺を見つめた。
「甘いな」
「そうかもな」
「その甘さが、いつか世界を壊す」
男が手を上げる。
黒い霧が集まる。
エリスが杖を構えた。
「レン!」
「大丈夫」
俺は前に出る。
男が笑った。
「ならば試してみろ」
黒い刃が飛んでくる。
俺は右手をかざした。
「整理!」
黒い刃の構造が見える。
魔力。
呪力。
そして。
異常なまでに整えられた破壊構造。
「……なるほど」
俺は刃の魔力を崩さず。
一部分だけを整理した。
――パキン。
黒い刃が、俺の目の前でただの黒い粉になった。
男の目が見開かれる。
「……私の攻撃を」
「整理しただけだよ」
「…………」
男は初めて。
俺を警戒するように見た。
そして。
「次に会うときは」
黒い霧が男を包む。
「お前自身を整理する」
霧が消える。
男の姿も消えた。
俺は拳を握る。
すると。
頭の中に表示が浮かんだ。
【敵性個体の能力構造を解析】
【一部解析完了】
【固有能力:分解】
【類似性:整理整頓】
【警告】
【二つの能力が接触した場合――】
そこで表示が途切れた。
「……またこれか」
「何?」
エリスが聞く。
「分からない」
俺は黒い柱を見る。
「でも、あいつと俺の力は……たぶん同じところから生まれてる」
その瞬間。
黒い柱が大きく脈打った。
――ドクン。
そして。
地面の奥から。
巨大な何かの声が響いた。
『……管理者……』
俺は息を止めた。
『……帰還を確認……』
「管理者?」
エリスが俺を見る。
俺の腕の紋様が、これまでにないほど強く光っていた。
そして。
黒い柱の奥で。
何かが。
目を開けた。




