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完結:運命の薔薇(その2)

小さくため息をついてマリオンは、ジェイクを見た。

「それより、ジェイク。ロザリンのあの顔は」

ジェイクはにやにや笑いを引っ込めた。

「あのままでいいんだそうだ」

ジェイクもロザリンも、すでにフェリシアによってできる限りの傷の手当てをしてもらっていた。

マリオンが移動魔法によってフェリシアを、その後にはジェイクとロザリンを連れてきたここは、安全で清浄で、しかも近くに水があるような白魔術治療にはうってつけの場所だった。

城から飛ばされてきた二人の傷を見たフェリシアは、迷わずすぐに自分の力を使って治療を始めていた。


しかし、ロザリンは最初、顔の火傷の手当てをこばんだ。

「ごめんなさい、ロザリン様。私などに手当てをされるのはお嫌でしょうけれど」

フェリシアが心配げに言うと、ロザリンはかぶりをふった。

「違う、違います。そんなつもりはないの。ごめんなさい、フェリシア様」

ロザリンの顔の左側は大人の掌ほどの大きさで赤く腫れあがっている。

他が美しい分、余計にそれが痛々しく見えた。

「私、覚えていたいの。お母様が、どこかで間違ってしまったことを」

ロザリンは決然と顔をあげた。

「美しいだけで愛されるわけでも、まして、愛するわけでもないわ。あのとき、お母様の呪いが解けたのは、もしかしたら私がお母様を好きだと、大事だといったからかもしれないって思ったわ。私はお母様と同じ、愚かな女。だから、この傷は消したくない。忘れたくないわ。母と同じ間違いを犯したくないから」

ロザリンの目から大きな涙がこぼれた。声を出さず、ロザリンは泣いた。


フェリシアはその涙を拭ってやりながら、恐ろしげな様子だった仮面のヘンリエッタを思い浮かべた。その数奇な悲劇の一生を思うと、いまは彼女を責める気にはなれない。悲しい女性だったと心から思う。

フェリシアが優しくロザリンの手をとった。

「わかりました。でも傷の手当てはいたしましょう、ロザリン様。せめて痛くない程度には」

「……ジェイクがいいといったら」

ロザリンが小さな声でそう言うと、近くに座って静かに二人の様子を見守っていたジェイクがそちらへ身を乗り出した。

「俺は傷があってもなくてもどちらでも全然構わない。好きなようにすればいいよ。だが、痛みだけはとってもらった方がいい。痛そうなのを見てるのは、俺がつらい」

ジェイクの言葉に、ロザリンがまた大きく泣き出しそうに顔をゆがめたがこらえて、つんと顎をあげた。

「お前がそういうのなら」


フェリシアの力を持ってしても火傷の傷跡は治りにくい。

それでも、ここよりももっと落ち着いた場所でそれなりの薬草や輝石を使用して時間をかければ、もっとよくなるだろう。

だが、ロザリンは今フェリシアが仮の手当てをしたそのままでよいと言い張った。痛みはとれ、傷跡も生々しくないほどにおさまってはいたが、赤みはそのまま残っている。せめてもう少し赤みを消して薄くしましょう、というフェリシアの言葉にも、首を振った。今、ロザリンの美しい白い顔の左側には、額からこめかみにかけて大きく赤い火傷の跡が残っている。

それはまるで、顔の上に咲いた大輪の薔薇の花のように見えた。

「私にはとてもふさわしいわ」

近くの川で顔を水面に映して見ながら、彼女はつぶやいた。


**..**..**..**..**..**..**..**..**..**..**..**


「なるほどね」

マリオンがため息交じりでそうつぶやくと、ジェイクがその顔を覗き込んだ。

「で? あってるのか? 何故ヘンリエッタの呪文が解けたのか」

ああ、とマリオンはうなずいた。

「たぶんね。ヘンリエッタの呪いは、強力だが簡単なものだった。自分が自分にかけた呪いだよ。たぶん鏡の中に見えた自分の未来の姿に、怖れと嫉妬を抱いたんだろうと思う。だから、解くためにはたった一言で済んだはずだ」


「俺はお前の顔以外も愛している。お前の価値は顔以外にもある。俺はお前の全てを必要としている」

ジェイクがいつもロザリンに使っていた言葉を真顔で言うと、マリオンがあきれたように眉をあげた。

「ああ、そんな熱烈な言葉でなくてもいいんだけどね。って、ジェイク、君はいつもそんなことを」

吹っ切れたようにジェイクが笑って片目をつぶって見せた。

「お前も時々言っといたほうがいいぞ。どうせ尻に敷かれるなら、おだやかに敷かれたほうがましだからな」

マリオンは大きくのけぞり、あはははと明るい笑い声をあげた。

「確かにね。それはそうに違いない」


「何がそうに違いないのかしら?」

その声に慌ててマリオンが振り向くと、いつのまにかすぐ後ろにフェリシアと彼女に手をとられたロザリンが立っていた。

ジェイクがロザリンの身体を支えるために側へ寄ると、彼女は迷わず彼にその手を預けた。

「マリオン様、私は母の城へ戻ります」

ロザリンがまっすぐマリオンを見つめてそう言った。

「母上の御実家の? 廃城になったと聞いておりますが」

マリオンの言葉にロザリンは深くうなずいた。

「ええ、そこへ。もうここには住めませんでしょう」

「お前のせいだからな、マリオン」

ジェイクがすかさず茶々を入れる。

「そうですね。申し訳ありません、姫君。すべては僕のせいです。できる限りの償いはさせていただきますから」

真面目な顔でマリオンがびの言葉を述べるが、ロザリンはかぶりを振った。

「いいえ、違います。これはサモンデュールの、うちの問題です。父のせいであり、母のせいです」

そこまで言ってロザリンは顔を城のあったほうへ僅かに向けて遠い目をした。


「いいえ、もうサモンデュールなんていうものは、無くてもよいのです。このあたりの町や村の人たちの生活に関しては、私の手には負えません。土地はすべて王様にお返しします」

はっ、とマリオンは、と胸をつかれた。そもそもの最初に、自分がサモンデュールにやって来た理由はそれだった。ヘンリエッタのことは、全てを報告するわけにはいかないだろうが、このようなありさまに至った経緯を王は知りたがることだろう。ヘンリエッタにそっくりな自分の姪に会うことができれば、少しは心が慰められるだろうか。

「僕がスティーブン王に進言しておきますよ。きっといいようにしてくださいますとも」

マリオンが請合うと、ロザリンが唇にほんのりと笑みを浮かべた。

「失って初めて得るものもあるのね。私はたくさんのものを失うことで、とても大事なものを得たような気がします」

「姫君、僕たちにできることは何でもおっしゃってください」

ロザリンはかぶりをふった。

「いいえ、大丈夫ですわ。もう御迷惑はおかけしません。私たちでなんとかできますもの。いいえ、できなくてはいけないのです。私の両親は、村の皆様にも御迷惑をおかけしました。たくさんの人たちにしてしまったことは、決して許されるものではありません。その償いは、私でなければできないことです」


その顔に赤い薔薇を咲かせながら、決然と顎をあげ前を見据えたロザリンを初めてマリオンは美しいと感じた。今こそこのひとは、サモンデュールの薔薇にふさわしい。

「マリオン様、いろいろとありがとうございました」

あれほど欲しかった賛辞がやっと得られているとは気づかないまま、ロザリンはマリオンに深くお辞儀をして、それからジェイクのほうを向いた。

「一緒に来て、ジェイク。誰か村の人に今後のことで話をしなくてはならないの。あとはたくさんの人たちに、お詫びもしなくてはいけないわ。最後のサモンデュール家のおつとめよ」

ロザリンは、ここよりももう少し低くなったところでいくつもの固まりを作って熱心に話しこんでいるらしい村の人々のほうへ向かって手をふった。ジェイクは眉を上げ、口元に皮肉げな笑みを浮かべた。

「参りますとも、姫君。あなたとならば、どこへでも」

大仰なジェイクの言葉にロザリンはため息をついて見せた。

「ジェイク。あなたの言葉って嘘っぽいわ。だいたい言動がいつも作り物でうさん臭いのよ。もう少しなんとかならないの」

「おいおい、俺のどこが嘘っぽくてうさん臭いんだ?」

ジェイクが不満げに口元をゆがめ、ロザリンが軽蔑しきったような視線を彼に向かって投げた。

「全部よ、全部」

ロザリンがジェイクの鼻先に指を突きつけ、そのまま二人は辛らつに、しかしどこか楽しげに言い合いをしながら、丘を降りていった。


やがて、二人の姿が丘の影に隠れて見えなくなりそうになったころ、ジェイクのこげ茶色の頭だけがひょいと戻ってきた。

「マリオン! お前に貸してる金貨はあとでちゃんと取りに行くぜ! 忘れるなよ!」

そう怒鳴るなり、再び丘の下へ消えていく。

マリオンは苦笑した。

「こういうことだけははっきりしてるな、あいつ」

そういいながらジェイクの頭が消えるのを見送ってから、マリオンもフェリシアに右手を差し出した。

じっと丘の下を見守っていたフェリシアが、マリオンの顔も見ずにその手の中に自分の小さな手を滑り込ませた。

「手首の傷は大分治ったんだね。よかった」

フェリシアの赤く太い線の入ったような手首のやけど痕は、本人の治療のおかげでだいぶ薄れていた。

マリオンは安心したように小さく息をついた。


「あなたも嘘つきよ」

くるっと体を返してマリオンの腕にすがりついたフェリシアが、ねたように小さくつぶやく。

「え、僕がいつ嘘を……」

そこまでいいかけて、ジェイクと自分が入れ替わっていたことで責められていると気がついた。

「……ごめん」

「今回の入れ替わりについて、詳しく全部ジェイク様とロザリン様に聞きました。ちょっと呆れたところもあったけど、色々と解ってほっとしたわ」

「ごめん」

「あなたったら、あやまってばっかりね」

少し口を尖らせたフェリシアが下から悪戯っぽい目でマリオンの顔を覗き込んだ。

「ああ、ほんとだね。ほんとに今度のことは全部僕のせいだよ」

困ったような顔でつぶやくマリオンに、もういいわ、とフェリシアは優しく言いながら身体を寄せた。

「さあ、私たちはおうちに帰りましょう」

フェリシアの言葉にうなずいて、それでもマリオンはしばらくその場に立ち尽くして砂の海を眺めていた。


疲れきっていた。身体も頭も休息を欲している。

こんな結末になるとは露ほども思わなかった。また伝説の聖杯の気配を感じるとは、そしてこれほどまでに後味の悪い結末になるとは思ってもいなかった。しかも、謎はまだ全部解かれたともいえない。

だが、彼はそのまま視線を空に向けた。空が美しく晴れ渡っている。美しい金色の朝の光が地上を照らし、風はさわやかな夏の気配をあたりにふり撒いている。

丘の下の道をマリオンの馬が、こちらへ向かって元気に駆けてくるのが見えた。

「闇はどこにでもある」

つぶやいたマリオンの言葉を聞きとがめて、え? とフェリシアが顔をあげると、彼はにこりと微笑み彼女の身体をしっかりと抱き寄せた。

「だが、光もまた」

たとえば、僕の腕の中に。

「さあ、うちに帰ろう」

マリオンの言葉に合わせたかのように彼の馬が丘を駆けあがってきて、あるじの前で一声高くいなないた。


END


最初の聖杯に出合う話は「ドラゴンズアイ」をどうぞ!

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