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薔薇の出会い (その1)

『Rosaline’s SIDE』


「退屈だこと。ね、モーリス」

 柔らかなピンク色のぷっくりとした可愛らしい唇を、華やかな羽飾りのついた扇で優雅に隠しながら、ロザリンが隣に立つ男にだけ聞こえるようにささやいた。

 花のような可憐な白いかんばせ、睫毛の長い大きな水色の目、いくつもカールされて緩く結い上げられた髪は金色だった。

 ミルクのように白い滑らかな腕は、柔らかなシフォンの袖に半分だけ隠されているが、ドレスの襟は大胆に大きく開けられ、豊かな胸元がはっきりとわかるようにデザインされていた。

 その淡い薔薇色のドレスには、『サモンデュールの薔薇姫』の名前にふさわしく、シフォンと宝石で作られた薔薇がいくつもつけられていた。

 モーリスと呼ばれた若い男は、唯一胸についた金色の獅子の紋章が飾りといえる地味な服装で、背筋を伸ばしてまっすぐに立っていた。

 そこそこに整ってはいるが、平凡な顔をかすかにゆがめ、姫君の魅力的な胸元を覗き込まないように苦労しながらモーリスは生真面目に答えた。

「そんなことをおっしゃるものではありません。ロザリン様。皆様、お父様のために遠方からはるばるいらしていただいているんですよ。ばちがあたります」

 モーリスがたしなめたが、ロザリンはその言葉が聞こえないかのように口元を隠していた扇をおろし、傍を通った中年のカップルにあでやかに微笑んで見せた。


 パーティはロザリンの父、ネイサン・サモンデュール侯爵の誕生日と、王にいただいた長年の労苦に報いるという名誉勲章の受章記念を兼ねたもので、今日から三日の間、城を全部開放して行われるものであった。

 城内も城外もたくさんの人で溢れ、大勢の使用人たちはあちらこちらと忙しく立ち働いている。

 ロザリンは、パーティの最初に父が挨拶したときからずっとあちこちに挨拶に狩り出され、半日以上もたってから、やっと解放されたのだった。

 おかげで、笑顔を続けていた顔がまだこわばっていて、ロザリンはいたって不機嫌である。

「わかっていてよ。だから、お前にだけ聞こえるように言ったのでしょ、馬鹿ね」

 顔は「薔薇の姫君」にふさわしくにこやかに可憐な笑みを浮かべているが、モーリスへの言葉にはいささかにとげがあった。

 いや、その棘も薔薇にはふさわしい、と言うべきなのかもしれない。

「あら?」

 その退屈そうな姫君が、珍しく興味をひかれたように少し背伸びをして遠くの人々に目をやっている。

「あれはどなた? モーリス。オブライエンのおじ様とお話している方」

 モーリスは視線をさ迷わせ、ロザリンの興味を引いた人物を視界にとらえると、顔をかすかにしかめた。


「お前でもわからないの?」

「いえ、あの方は・・・・・・」

 珍しくモーリスが答えを躊躇ためらい、その様子にロザリンは逆に興味を引かれた。

「早くお言いなさい。どなた?」

 れたロザリンに、モーリスはあきらめたような顔を向けた。

「・・・・・・、あれは魔術師です。関わらぬほうが賢明と存じます」

「まぁ、魔術師?」

 ロザリンは余計興味を引かれた風に小さく声をあげると、もう一度背伸びをして魔術師のほうをうかがった。

 豊かな量の少し癖のある腰のあたりまでの長い金髪には、背の中ほどで蒼いリボンが結ばれている。

 ロザリンの位置では顔は斜めからしか見えないが、色の白い整った顔立ちの品のいい若い男だと言うことだけは見て取れた。

 すらりとした長身に、淡い砂色の上着とそれより少し濃い色合いのズボンとブーツ、長い白いマントを身に付けている。

 決して特に派手と言うわけではないが、昨今流行の短髪ばかりの男たちの中で、腰までの長い金色の髪と白いマント、そして彼がまとっている独特の雰囲気が人目を引くには充分だった。


「ロザリン様は、ああいう華奢な優男がお好みですか」

 眉間に皺を寄せたまま、モーリスが少し嫌味な口調で問いかけると、ロザリンはその可愛らしい唇にわざとこぼれんばかりの笑みを浮かべて見せた。

「ああら、モーリスったら。当然でしょう。目の保養になりそうな美しい殿方には、最近とんとお目にかからないのですもの。無骨な騎士には、もううんざりよ。お前をはじめとして、みんな退屈だわ」

 倍以上になって返ってきた嫌味に、モーリスは暗い顔で目を伏せた。

 そのモーリスの様子に満足すると、ロザリンは上機嫌で魔術師の方へ向かって歩き出した。

「私、オブライエンのおじ様にあの方を紹介していただくことにするわ」

「ロザリン様!」

 追いすがるモーリスを天から無視しながら、ロザリンは軽やかな足取りで話に夢中なオブライエン卿と金髪の魔術師のそばに漂うように近づいていった。


「オブライエンのおじ様。ご機嫌いかが?」

「いやぁ、これはこれは、相変わらず美しいね、姫君は」

 遠い親戚筋に当たるオブライエン卿は、ロザリンを認めて満面の笑顔で歓迎した。

「まぁ嫌だわ。おじ様ったら」

 ロザリンは、恥じらうように頬に手をあて自慢の長い睫毛を伏せ、それから少し上目遣いにちらりと隣に立つ白い魔術師に悩ましげな視線を向けてみせた。

『正面から見ると、かなり若い感じだわ。綺麗な顔立ちなのに、なぜ前髪で顔の左側を隠しているのかしら?』

 と、考えながらにっこりと微笑むと、相手も同じようにきゅっと口の両端をあげて綺麗な微笑みを見せた。

『笑うと無防備で無邪気な感じね。本当に魔術師なのかしら? モーリスは当てにならないわ』

「おじ様、こちらの方をご紹介はしてくださらないの?」

 ロザリンが再び花のような笑みを、今度はオブライエン卿のほうに向けると、彼は大きなおなかをゆすって笑い出した。

「なるほど、姫君がわしのような爺に何の用かと思ったら、そういうことかね」


 それから、魔術師のほうへ目をやり、

「彼は、北の谷から来た魔術師で、名前は」

 オブライエン卿が意味ありげに言葉を切ると、

「マリオン、と申します。以後、お見知りおきを、ロザリン姫」

 と、金の髪の魔術師が深く柔らかな声で自らの名前を名乗った。

 ロザリンは、肘までの長い手袋をはめた左手を、彼のほうへ優雅に差し出し可愛らしく小首をかしげた。

「マリオン様、とおっしゃる魔術師さんなんですのね。お手柔らかによろしく」

 マリオンは、ロザリンの左手をとると低く腰をかがめ、その甲に軽くその唇をふれた。

 彼の唇が触れた瞬間、その場所からつきっとかすかな痛みのようなものが、ロザリンの胸の奥に向かって走ったような気がした。

「はるか都にまで噂に聞こえた薔薇姫、お美しいロザリン姫にお会いできて光栄です」

 と、彼は言いながら、その顔をゆっくりと上げた。


 しかし、彼の賞賛の言葉とは裏腹の冷静なまなざしに、大して彼女の美貌に感心しているようでもない、ということをとっさにロザリンは見抜いていた。

『彼は私にまるで関心がない』

 頭に浮かんだ不愉快な考えに、ロザリンの頬にさっと朱がのぼる。

 今まで会ったどの男――ある意味では女も――にも、そんなことはありえなかった。それは身分も権力も財力も職務も何も関係なかった。

 ロザリンに注目しない、関心を少しも持たない男というものは、今まで生きてきた十七年間、一人も存在しなかったのだ。

 特に、女らしく輝くように美しくなってきたここ数年というものは、ロザリンは常に人々の注目を集めてきた。

 今の今だとて、この場にいる者たちは、ちらちらと無礼でない程度にずっとロザリンの動向を窺っている。女性のほうから話し掛けない限り男性は話をしてはいけない、という不文律さえなければ、また、モーリスがロザリンの傍で近づく者を暗い目で睨んでさえいなければ、誰も彼もが群がってきて収集がつかなくなるだろう。

 男たちは花に群がる虫のように、追っても追ってもまとわりついてきたし、女たちは羨望と嫉妬にその胸を焼き、時には護衛長でもあるモーリスの世話になるような刃傷沙汰にまでなってしまうことも何度かあったのだ。

 それもこれもお前が誰よりも美しいからだ、しかたがないね、と父は賞賛と諦めの入り混じったため息をついた。

 それは老若男女すべての人間に通じている自分の魅力だと、ロザリンは今の今まで心から信じて疑っていなかったのだ。


 しかし、彼には通じていない。

 この冷静な顔の若い魔術師には、ロザリンはどう見えているというのだろう。

 それに気づいたということを表に出さないように、ロザリンは苦労しながらあたりさわりのない会話を続けようとした。

 とっておきの可愛いえくぼができる微笑を浮かべる。

 彼の綺麗な緑の瞳をじっと見つめ、瞬きをゆっくりとしてそれから小首をかしげた。

「マリオン様は、今日はお一人でこちらへお越しですの?」

「いえ」

 彼がそう答えようとした側から、すばやくオブライエン卿が瞳を輝かせて割り込んだ。

「これがまた、美しい奥方とご一緒でな。北の谷の薔薇とでも呼びたいような、ロザリン姫とは甲乙つけがたい美形でいらっしゃる」

 どちらにとってもいささか失礼な言葉であったが、オブライエン卿は子供のように無邪気で気にした様子はまるでない。


「まぁ・・・・・・。北の谷の、薔薇」

 ロザリンは顔が引きつるのを感じたが、無理に唇を上に引き上げてかろうじて笑いを浮かべた。

「いや、まだ奥方じゃありませんよ。誓いは述べていませんから」

 さらりと彼がかわしたが、その頬がかすかに上気したのを、ロザリンは見逃さなかった。

「これはまた悠長な。あのような美女、放って置いたらいつ何時、他の男にさらわれてしまうか、わしだったら気が気じゃなくて夜も眠れんところじゃ」

 オブライエン卿の、あながち冗談ばかりとも思えない口調に、苦笑を浮かべながら

「とんでもない。ロザリン姫の美しさには、及ぶべくもありませんよ。オブライエン卿は本当にお世辞がお上手でいらっしゃる」

 と、魔術師が答えた。

 そうね。

 きっと、そうよ。

 ロザリンの背筋がすっと伸びた。

『どうせ、田舎者にしては綺麗という程度でしょうよ。私と肩を並べられる美貌だと考えるなんておこがましいのよ』


 心の中の言葉とは裏腹に、

「まぁ、そんなにご謙遜なさらなくてもよろしいのに。おじ様がそこまでおっしゃるんなら、きっととても綺麗な方だわ。ぜひお目にかかりたいわ。どちらにいらっしゃるんですの?」

 態勢を立て直したロザリンは、再び心からにっこりと微笑む事ができた。

「さっき、近くにいたお嬢さんが少々具合を悪くしてね。控え室のほうで手当てをなさっているのだよ」

 再び、当の本人より先にオブライエン卿が残念そうな口調でいい、

「あら? 手当てって・・・・・・」

 ロザリンが首をかしげた。

「彼女は、魔法治療師ですから」

 マリオンがことさらゆっくりと言いながら、手にしていた葡萄酒の入った銀のゴブレットを覗き込んだ。

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