16.魔法のイラストと、食器棚の奥のペアマグカップ
15話、修正しました。春香の理想の部屋、”どうぞ”と言える部屋でしたね…orz
いつの間にか5万字を越え、ボケてきています(泣)
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翌日の日曜の午前。春香の部屋には、柔らかな日差しが差し込んでいた。
床を覆い尽くしていた雑多な物や服の山はすっかり消え去り、部屋は本来の広さを取り戻しつつある。
「めもすた」
洗濯物を干し終わり、今日も部屋の片付けをしようとしたとき、春香は思い出したように聞いた。
「昨日、藤北さんが理想の部屋の話をしてくれたの。覚えてる?」
『ええ。窓際に置かれた座り心地の良さそうな一人掛けのソファ。そこで大切な小説を読む、でしたね』
「そう。あの話を聞いてから、藤北さんにも……私が持っているみたいなイラストがあったらいいなって、ずっと思っていて」
めもすたが少し間を置いた。
『描いてみましょうか』
「え?」
めもすたの頭頂部のリング金具が、かすかに光り始めた。
春香は息を飲んだ。以前の夜のことを思い出した。あのとき、めもすたが自分の理想の部屋を描いてくれた。今度は、律の番だ。
メモ帳のページがふわりと浮き上がって、ゆっくりと広がる。春香の目の前で、淡い線が走り始めた。
カーテンが開いた窓から光が差し込む部屋。サイドテーブルの上にコーヒーカップと本。シンプルで、静かで、誰かに監視されていない、息のできる部屋。
線が止まった。
一枚の絵が、床に落ちた。
春香はそっと拾い上げた。
「……話していた部屋だ」
『次に部屋に行くとき、渡してみてください』
「うん、ありがとう!」
律の喜ぶ顔を想像して、春香は自然と頬を緩ませた。
*
『さて、藤北さんのサポートも大事ですが、春香さん自身のお片付けも進めましょう。服の整理は終わりましたから、次はキッチン周り、食器などですね』
春香は小さなキッチンへと向かった。
シンク下の収納や食器棚は、一人暮らしには多すぎる皿やグラスでぎゅうぎゅう詰めになっている。雑貨屋さんで見かけて欲しい!とつい買ってしまったものがいつの間にか増えていた。
いつも通り3分類に分けていく。
捨てる…使っていない、これからも使う気がしないもの
使う…今使っているもの、大好きなもの(今まで使っていなかったら使う)
しばらく保管…すぐ捨てる決断がつかないもの(ここが多いようなら考え方を見直す)
今まで書類、小物、服とやってきた春香には慣れたもの。順調に作業を進め、食器棚の一番奥にあるから食器を出した時だ。
「……あ」
手が止まった。
手前の皿で隠すようにあったのは白い箱。蓋に小さなリボンのシールが貼ってある。中身は開けなくても、わかっていた。
*
春香はゆっくりとその箱を取り出した。蓋を開けると、ペアのマグカップが顔を出した。
濃紺と、くすんだ赤色の、少し大きめのマグカップ。
箱に入ったまま、一度も使っていない。新品のカップ。
——2年前、元カレと一緒に選んだものだ。
ショッピングモールの雑貨屋で、棚の前に二人で並んで「これ、一緒に使おうよ」と笑い合いながら買ったものだ。
結局、使わなかった。
彼を部屋に呼べなかったから。
捨てるタイミングを完全に見失い、目につかない所へと移動していき、最終的にこの奥へ押し込んで封印していたのだ。
『……春香さん。今、何を感じていますか?』
めもすたの穏やかな声が、静かなキッチンに響いた。
春香はマグカップの縁を指でそっと撫でた。
「……自己嫌悪、かな」
ぽつりと、本音がこぼれた。
「これを見ると、苦しい。ありのままの自分を彼に見せることが出来なかった自分が悪いって責められるようで。でも、捨てる気にも使う気にもなれない…」
『なぜ使う気になれないんですか?』
「それは……」
春香は少し考えた。
「彼と使おうと思って選んだものだから。一人で使うのは、なんか違う気がして」
『一人では使えない、ということでしょうか』
「そうじゃなくて……なんか、変な感じがして」
『変な感じ、というのは?』
春香はしばらく黙っていた。
「……諦めた、みたいな感じ、かな。一人で使い始めたら、二人で使う未来は完全になくなる、みたいな。でもそんな未来、もうどこにもないんだけど」
自分で言いながら、少しだけ笑いたくなった。おかしいな、と思った。もうとっくに終わった話なのに。
『記憶は、そのカップの中にあるんでしょうか?』
手の中のカップをもう一度見る。
「………この中じゃなくて、私の中にある、か」
頭ではわかっている。
「今は、まだ無理」
春香はカップを箱に戻し蓋を閉めた。箱を、食器棚の目につくところに置く。
今日はもう片付けを続ける気になれない。今までとは違い、心の整理がどうしてもつかなかった。
第16話をお読みいただき、ありがとうございます!
いい事でも悪いことでも「想い」が乗っている品物は、本当に手放すのが難しいですよね。
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