3:最初の一歩
「ずいぶん息切らして走ってきたんだな……」
僕は冷たい目で来訪者を見る。茶色の髪、特徴的なメープル色の瞳を持つ少年――
「勇者様」
「様? しかも勇者って。まだそんな尊敬されるようなこと何もしてないけどな。今朝だって同年代の連中に殴られたばっかだし。あいつらの推しのこと言っちゃってさ」
「それこそギフトの特権ですよ。もう身に染みましたか?」
数えきれない特権、露骨な扱いの差。今のカエデの立場は、大国の重要な王とほとんど変わらない。
つまり――最強になれる可能性を持ち、世界そのものを動かし得る存在だ。
「う、うん……なんとなく分かったよ。街の人ってギフトのこと真剣なんだな」
まるで他人事みたいに言いやがる。 街どころか、世界中の人間がそうなんだよ。
その狭すぎる価値観を正してやりたかったけど、ぐっとこらえた。相手は勇者だ。僕が張り合っていい相手じゃない。それに僕だって子どもだし、似たような狭い世界で生きてきた身だ。
下手に人を罵れば、自分に跳ね返るだけだ。
僕は小さく笑う。
「それで、わざわざ人混みを抜けて僕に何の用があるのですか? ……ああ、僕のギフトのこと知りたいんでしたっけ。教えてあげてもいいですよ。知ったら、思う存分軽蔑してください。あなたは僕より何倍も上の存在なんですから、その権利くらいあるでしょう?」
僕が痛い目を見るのを望んでる人間は、きっと少なくない。これまでずっと、他人に対して尊大な態度ばかり取ってきたんだから。
不遜で、身の程もわきまえず、ただ自分の暇つぶしのためだけに人を平然と罵る。
人を個人としてじゃなく階層で見て、常に自分の足元にいる集団として扱ってきた。 ……それが僕だ。愚者のギフトがお似合いの、救いようのないガキだよ。
「……なあベラミ....もしかして僕に嫉妬してる?」
嫉妬?
冗談だろ。言う前に少しは考えろよ。
やっぱりこいつは―もう手遅れだ。
「めちゃくちゃ嫉妬してるに決まってるだろうが!! 今さら気づいたのかよ!?」
「……えっ」
僕が怒鳴ると、カエデは目を丸くした。
「どう思ってるか知りたいんだろ? ……このアホ」
「……」
「勇者のギフトってのは、勘まで良くしてくれないのか!? ほんとアホだな。これが偉大な勇者様かよ……なんでよりにもよって、お前みたいな生き方してる奴なんだよ!! こっちは何倍も努力してきたのに、結局は何もしてないって言い切る奴に運だけで負けるなんてさ!! 寝て、遊んで、風に流される葉っぱみたいに生きてる奴に!!」
……ああ……頼む、もうやめろ。
「ははは……っ、くっ……!」
僕は胸を押さえて、内側の感情を必死に押し込む。これ以上、醜くなりたくない……!
「笑えるよな。あんな三流みたいな奴が、自分の夢のゴールに僕より近い場所にいるなんて……こんな屈辱、他にないだろ」
僕は拳を握りしめ、唇を噛んで血をにじませる。負の感情で顔が歪んでいたのか、カエデは悲しそうな顔になった。
「……分からないな。ベラミの気持ち」
「こっちだって、お前のことなんてこれっぽっちも分からないよ」
「なんでそんなに怒るんだ?」
「……っ!!」
また罵倒しそうになったけど、手首をつかんで無理やり落ち着かせる。
「……夢だよ。生きる意味そのものを奪われたんだ」
カエデは何か言いかけて口を閉じ、目を閉じて少し考えたあと、ぽつりと言った。
「そっか。……やっぱり分かんないや」
あいつは、この世界に何も大事なものなんてないみたいに答えた。
何も分かってない奴の前なら――僕も全部、吐き出せるのかもしれないな。
どうせ何をぶちまけても、壁に話してるのと同じだろうし……
「僕はさ……誰よりも強くなりたかったんだ。歴史に名を残した連中よりも。でもさ、もらったギフトは歴史上一番最悪【愚者】だったんだよ」
僕は鼻で笑う。
「よく考えたら、これまで十二年間の人生そのものを馬鹿にされてるみたいだよな。愚者の夢? 馬鹿だから、そんな大それた夢を見たってことか?」
「……つまり、自分が完全に愚者になったって言いたいわけだな」
「ああ、その通りだよ」
そう言ったら、カエデは笑った。
殴りに行きたくなったけど、やめた。どうせ勇者のギフト持ちだし、勝てないだろう。仮に経験の差で勝てたとしても、あとでメディアに袋叩きにされるのがオチだ。
「何がそんなにおかしいんだよ」
「いやさ。僕がもう一回ベラミに会いに来たのって、別に特別な理由じゃなくてさ。前に言った自分の考え、やっぱり間違ってなかったなって確認したくて」
「……は?」
「ベラミ、僕は確かに最強のギフト【勇者】をもらった。でもね、この小さな心の中は何も変わってないんだ。だから分かったんだよ――」
カエデは笑った。
「僕は、まだ僕のままだって」
カエデは両腕を組んで、僕の前まで歩いてきた。
風が吹いて、髪がそっちへ流れる。
「相変わらず、風に流されるままの人間だよ。難しいことなんて考えない。流れに任せて生きてる。これから色んなこと押し付けられるんだろうなって思うけど、別に拒む気もないんだ」
……お前の話なんて、聞きたくない。全然興味ない。
「もちろん心のどこかでは、受け入れたいわけでもないんだけどさ。ただ「ああ分かった、ちょっと待って、今やるよ」って感じなんだ。朝起きて料理するのと同じ。シスターに頼まれたことやるのと同じ。何も変わってない。変わったのは外側だけ」
「……で、結局何が言いたいんだよ」
カエデは足を止めて、僕のほうを見た。
「生き方ってさ、本当に変えられないものなんだと思うよ……何度でもそう言うつもりだ」
……それだけかよ。
自分のためだけの、その自己完結した考えを―それだけを、わざわざ僕に言いに来たのか。
それが余計に腹立たしかった。でも同時に―僕が初めて「最強になりたい」と夢見た日のことを思い出してしまった。
どうして最強になりたかったんだっけ?
理由なんて、子供みたいに単純だった。
ただカッコよくなりたかった。本に載りたかった。
みんなの先頭に立つ主人公になりたかった。
この世界で、最高の伝説になりたかった。
本当に、それだけだった。
今でも、その単純な気持ちは胸に刻まれたままだ。消えたわけじゃない。むしろ努力を積み重ねるたびに、どんどん大きくなっていった。
だからこそ辛いんだ。もう夢は終わったんだと理解しているのに―それでも消えてくれない。
どうしたって、受け入れられない。
「僕はさ、ベラミが【愚者】なんて言葉にふさわしいとは思わないよ」
僕は奥歯を噛み締め、立ち上がってカエデを指差した。
「僕だって、お前が【勇者】にふさわしいなんて全然思ってない!!」
「それは確かにそうかもな……僕たち、ギフトを交換したほうがよかったかもね」
「できるならな!!」
僕は頭をかきむしり、そのまま指を突きつける。
「お前みたいな奴、最低のギフトもらったって『あ、そっか。じゃ帰るわ』で終わりだろ! そんな奴が最強の加護とか、ふざけてるだろ。この世界、理不尽すぎるだろ!?」
「理不尽……うん、ほんとだ。僕たち、めちゃくちゃ理不尽だよな」
「だろ、このバカアホ!!」
僕はカエデに詰め寄り、心の中を全部ぶちまけた。
「でもさ……最強のギフトの名前が【最強のためのギフト】じゃなくて【勇者】でよかったよ。つまり、お前が最強のギフトを持ってても最強とは限らないだ! 僕が最弱のギフトでも最弱とは限らない……そうだろ……そうだよな……」
……気づいたら、涙がこぼれていた。
「くっ....クソ」
一滴、二滴と地面に落ちる。
「……ベラミ」
「うるさい……何も言うな……これ以上、僕が弱いって思い知らせないでくれ……そんなの認めたくない……これ以上、自分を弱いなんて思いたくないんだ……」
泣きながら、それでも僕はカエデの襟を弱々しく掴んだ。
「僕は……絶対に……最強になる」
「……」
ずっと憧れてきた。 本当に強い人間という存在に。
歴史に【最強】として刻まれた人たち―童話や小説で語られるその物語は、どれも魅力的で、胸が躍って、楽しいそう、どうしようもなくカッコよかった。
づいたら、僕はあの人たちみたいになりたいと思っていた……本当に、それだけが始まりだった。その夢の裏側に、人類のためとか、大切な誰かのためとか、そんな立派な理由なんて何もなかった。
誰かの人生を良くするわけでもないのに、それでも僕は何よりもそれに執着していた。
魂を売れと言われても、きっと差し出していたと思う。
ああ、そうだよな……本当に愚かだ。
僕はどうしようもなく愚かだ……でも、もう夢見てしまったんだ。叶えたいと思ってしまったんだ。
生き方を変えろって?
この世界の普通の貴族みたいに生きろって?
有り余る金を使いながら、田舎で一生を終えるような生活を?
そんなの、生きながら死んでるのと同じじゃないか。
僕は足掻きたい。たとえ行き着く先が失敗でも、それでも立ち上がって抗いたい。
行き先も分からないまま剣を振るのと同じだ。 終わりも見えないまま、ひたすら学び続けるのと同じだ。
どうしてこんな面倒なことをするんだろうな。人生なんて、ただ使えば終わるだけなのに。どうして人は努力なんてするんだろう。
……ああ、そっか。
夢って、愚か者のためのものなんだな。
現実を悟ったってことか?
さあな、全然分からない。でも―初めて、自分がこのギフトにふさわしいと思えた。
「どうすればいいか分からない。でも、やってみせる。方法を探して、道を見つけて、絶対に辿り着いてみせる……僕は、この夢を捨てられない」
涙はそのまま流されて、拭おうともせず、僕は続けた。
「これからも、愚者みたいに、あてもなく努力し続けるよ。人生の最後まで……だって、生き方って変えられないんだろ? ……そうだよな、カエデ」
「……ははは……ベラミって、本当にすごいよな」
カエデは優しく手を伸ばして、僕の涙を拭った。
細い指で頬に触れてくる。
「これからの君のこと、見てみたいな」
あいつは微笑んだ。
夜に溶けるみたいな白い肌。かすかに揺れるメープル色の瞳は、息を呑むほど綺麗だった。
ほんの一瞬、胸が温かくなった。安心するような感覚だったけど―なんだかくすぐったくて。
それに、少し恥ずかしかった。
「…勝手に触るなよ、許可くらい取れっての」
「え、照れてる?」
「は?」
「もう一回よしよししてあげようか?」
「死んね、アホ……!」
僕はそいつの手を手を振り払いのけ、そのまま続けた。
「最初の目標はお前だ、【勇者・カエデ】。僕は……お前を叩き潰す。そして【神の子】連中も、まとめて全部潰してやる」
「…え?」
口にすることをためらわなかった。
「光の聖者、仙人、大賢者、半神、覇王、元素の支配者だ― この【愚者】のギフトを持ったままで、全部ぶちのめしてやる!!」
それだけじゃない。最強ってのは、それだけじゃ終わらない―
「冒険者ギルドを作る。最強の冒険者集団で、リーダーは【史上最強】って呼ばれる奴だ。【十人の救済者】なんかより、はるかにすごい集団にしてやる。
どっちが強いかなんて議論すら起きないくらい、答えが明白な存在にするんだ!
それで……その先は!! ギフト名の[愚者]を[最強]に変えてやる!!」
僕は―僕は、僕は!!
「僕はまだ終わらない――」
「――この理不尽だらけの世界で、[ギフト・愚者]のまま最強になってやる!!」
一気に言い切ったせいで息が上がった。呼吸も整えず、こんなふうに全部ぶちまけたのは初めてだ。
なのに今日は……初めてのことばかりしてる。
全部の原因は、目の前のこのクソ野郎勇者だ。
「待ってるよ……って、なん僕そんな上からみたいに言ってるんだろ」
「あと三年……僕も【サイエンティア】学院に入る。お前を追ってな」
世界一の学院、【サイエンティ】”。あらゆる分野の最高峰の課程を集めた学府で、学術都市【イグドラシル】にある。
「え? 僕、まだ入学するなんて言ってないけど」
「高位の戦闘系ギフト持ちは、基本そこへの進学が義務なんだよ。
天才向けの特別課程もある。 僕は【愚者】だから一般課程。お前は特別課程に放り込まれるはずだ」
「うわぁ、勉強苦手なんだけどなぁ……どうしよ」
「安心しろよ。勇者のギフトがあれば人生ぬるゲーだ。試験もどれも、どうせ何ともないさ―僕が追いつく日まではな」
僕は親指で自分を指して、堂々と言い放った。
「―その日が来たら敗北を受け入れろ。僕は束縛なんて振り切る。力を磨く。あの世界最高峰の学院に入れるだけの実力を身につけて、最初の一歩として―お前を倒す!!」
「へぇ……僕の運命、ベラミに決められちゃったか」
「そうだ! 拒否権なし!」
僕は拳を差し出した。
「敗北、予約しとけよ」
「僕は風に流される人だからさ。勝つか負けるかは、ベラミが葉を裂く風になれるかどうか次第だな。今はまだ認められないけど―正直、勇者のギフトってヤバすぎるし」
「チッ、自慢すんな。聞きたくねぇ!」
「ははは、ベラミって結構おもしろいな」
そう言いながらも、勇者カエデは拳を合わせてきた。
そして僕の【最初の一歩】は、ここから始まった。
最初の目標は、最強のギフトを持つ者を倒すこと。
常識から大きく外れた、無謀すぎる目標。
―だけど、【愚者】って名前には、ちょうどいいだろ。




