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14:愚かさ 1

 どんな理由にせよ、たった数分前まで殺し合っていた敵と、今の僕は休戦していた。 なんだかどう振る舞えばいいのか分からない。


 マックさん——ゴールドランクの冒険者——は、気まずそうな苦笑いを僕に向けている。彼もまた、どう振る舞えばいいのか分からないようだ。


「……」


「……」


 まるで戦闘などなかったかのように身体は綺麗だった。……夢でも見ているのだろうか? いや、でもマックさんの服にはいくつか破れがある。そして何よりも重要なのは、黒い肉の塊と化した自分自身の左腕だ。ああ、それと僕自身の乱れた服も。


「……本当にしぶといですね」


「なあ、それはお互い様だろ、お前も俺もな」


「……どうやって生き残ったんですか? 荷物持ちのギフトが、自己回復やヒールを使えるようにする属性を持っているとは思えませんが」


「こっちだって聞き返したいよ、お前がどうやって生き残ったのかをな。まあ——そうだな、先に答えてやってもいいぞ」


 マックさんは地面にドカッと座り込み、金の札を取り出した。それを見た瞬間、僕の目は大きく見開かれた。


「……まさか、それは……『光の聖者の奇跡』...! どうしてそんなものが、三流冒険者の手にあるんですか!?」


『光の聖者の奇跡』とは、死にかけた人間の身体を奇跡のように治療できる魔法のアイテムだ。たとえ身体が半分に切れ、息が止まっていたとしても、これを使えば蘇生させることができる。一週間以内の死者なら蘇生できると言われているほどだ。


 これを使用する権利を与えられているのは、最低でも大国の最高指導者レベルだ。というのも、これを一つ作るのに約一年の時間を要し、さらに光の聖者の力を借りて作り上げる必要があるからだ。


 僕の父であるマティル家の当主でさえ、見る権利すら持っていなかった。どう見ても一部の国全体よりも価値があり、世界に十個も存在しないであろうそんなものが、どうしてマックさんの手にあるというのか。


「三流冒険者、へえ。このゴールドランク俺が三流ってわけか。最低ランクの冒険者で、しかも一番酷いギフトを持つやつに言われるとはな」


「細かいことはどうでもいいでしょう! どうやって手に入れたのか教えてくださいよ!!?」


「……はぁ、分かった分かったよ」


 マックさんは大きなため息をつき、手を自分の胸に当てて、こう言い放った。


「『救済者』だからだよ」


 ..................えっ??? 救済者????


「ゴールドランクの冒険者が……救済者?……」


『救済者』とは、世界の中心となる英雄たちのグループの呼び名だ。世界中のすべての人間にとっての正義の守護者のような存在である。世界が人間の手に負えない災害に見舞われた時、それを解決するために現れるのが救済者だ。世界の安全保障レベルで重要な人間の集団である。


 全部で十の位が存在し、時代ごとに立場が入れ替わる。そして全員が『勇者の聖剣』と呼ばれるものの所有権を持っている。それは移動式の空中要塞全十箇所に刺さっているのだ。……時代最強であり、世界の安全を管理し、大国の最高指導者レベルの権力を持つ。聖剣の所有者——巨大な要塞を空に浮かべて移動させるレベルのエネルギー源の所有者だ。


 聖剣を直接使うことはできないとしても、剣そのものだけでも無制限に近いエネルギーがあり、様々なことに利用できる。


 うーん、救済者が光の聖者の宝物を持っていると言われれば、別に不思議なことではないのかもしれない。ただ……


「……荷物持ちが、ですか?」


「なんて言えばいいかな。でも俺は、お前が思っているようなリーダーレベルの奴じゃないぞ」


 そういえばそうだった。救済者はリーダー格ばかりではないのだから。


「ただの掃除係だったってことですか? それじゃあ僕の質問の答えになっていませんよ、どうやって手に入れたのか……掃除係のことなんて誰も気にしないでしょ、違いますか?」


「違うわ!! 右腕だよ! あと世界中の掃除係に謝れ!」


「僕に謝罪を強制するあなたは一体何様なんですか!?」


「チッ、これだからお坊ちゃんって奴は! 気ままに他人を見下しやがって!!」


 マックさんはものすごく不機嫌そうな様子だった。


「救済者ともあろうお方が、たとえただの下っ端だとしても、少なくともプラチナランクくらいにはいるべきじゃないですか?」


「……特別な事情があるんだよ」


「………………」


「信じるかどうかはお前次第だが、救済者ならこれを持っていてもおかしくないだろ?」


「そうですね……ところで、右腕って、誰の右腕なんですか?」


「……『光の聖者』の、だよ」


『神の子・光の聖者』、十人の救済者のうちの一人だというのか。 僕は目を丸く見開いた後、ゆっくりと目を細めた。 マックさんは本当にタダ者ではない。ただの荷物持ちのくせに……もちろん、褒め言葉半分・見下し半分で言うつもりはなかったので、口を閉ざして黙っていた。


「で、お前の方はどうなんだ? どうやって生き残ったのか教えてくれよ。それと——なんであの魔獣を庇ったんだ?」


「分かりました」


「ん? 素直だな」


「どうせ選択肢なんてありませんからね。もしマックさんが本当に救済者なら、今頃僕の頭上にはあの有名な空中要塞が浮かんでいるはずでしょう? 違いますか?」


 あの光の聖者もきっと見下ろしていて、危険を排除する準備ができている……魔獣を跡形もなく消し去る準備ができているに違いない。


 マックさんは肩をすくめて答えた。


「それに、戦って勝てるとも思っていません。僕の魔力は完全に底をつき、体力も干上がっています。おまけに左腕はこの通り、重くて役に立たない肉の塊になってしまった……いや、仮に元の状態に戻ったとしても勝てませんよ」


 この人と何とか戦えていた理由は、ただ僕の愚者のギフト『スライム術』の力を彼が知らなかったから、ただそれだけだ。相手を苦しめることができた重要な局面は、すべて予期せぬ一瞬、たった一、二回程度のことだった。だから、僕たちの今の関係は対等などではなく、僕の命が相手の手の中にある状態なのだ。


「少し長くなるかもしれません」


「ああ」


 それから僕は、起きたことのすべてを話した。スライムの魔獣と初めて出会った日から、愚者のギフトを使って魔獣と意思疎通ができたことまで。


 @@@@@

「そうだったのか」


 すべての話を聞き終えると、マックさんは地面に寝転がり、洞窟の天井を見上げた。 僕はすべてを詳細に話した。本当の本当にすべてだ。ただ一つ、スライムの魔獣の夢の中のことだけは話さなかった。


「……魔獣がそんなことを考えているなんて、今まで知らなかったよ。魔獣にも個性があるのは知っていたが、本当に興味深いな。こんなことなら、先に話してみようとすればよかった」


「彼女を捕まえて実験にかけ、僕をその実験助手にするためですか?」


「まあ、そうなるだろうな」


 彼はあっさりと本当のことを答えた。


「その光景を想像するだけで、人類の飛躍的な進化が見えてくるよ」


 マックさんは大きなため息をつくと、立ち上がって黒い剣を抜き、僕の顔に向かって突きつけた。


「『ベラミ・フォル・マティル』。人類を背切り、魔獣を庇い、僕たちのような世界の救済者に刃を向けた、かつての人類の希望たる輝く星……これからの君の役割は、こちらの側に立つことだ」


「……」


「優しく扱ってやるよ。『救済者』の一員になれ」


 救済者—この世で最も強いと称される者たちの集団。世界を守り、人類のあらゆる進化の裏にいる存在。 彼らに加わることは、最強への近道なのだろうか……どうだろう? それが本当に僕の望んでいることなのだろうか? 幼い頃は、いつか参加するかもしれないと思っていた。だって、僕は最強になりたかったから。でも……


「選べるのなら、お断りします」


「言っておくが、こっちはお前を閉じ込めて繋ぎ留めておくだけにするつもりはないぞ。自分を鍛えさせたり、手助けさせたりもするつもりだ」


「……僕は冒険に出たいんです」


「……はあ?」


「冒険に出て、技を磨き、サイエンティアに入学して卒業し、強くなって、強い者だけを集めた自分のクランを設立し、冒険して、冒険して、最強の名を得て、それから自分の実家に戻って統括し、自分を自由にするシステムを作り、冒険して、冒険して、たまに弟子を取ったりして。ああ、もう少し年を取ったら救済者になるのも悪くないですね。あらゆる機関から最強と称されるのも悪くない。でも今はまだいいです。自分の自由を捨てるには、まだ早すぎる気がします」


「……」


「今話したのは、僕が幼い頃に落書きしていた人生漫画の内容です。そのノートは今頃燃やされたはずです。親しかったメイドが紛れ込んで読んじゃったので、見せる証拠はありません。信じるか信じないかはあなた次第です」


「お前、十二歳だろ? 幼い頃って、いつのことだよ?」


 僕は少し考えてから答えた。


「うーん、八歳くらいですかね」


 マックさんは口をぐぐぐっと開けたまま、気まずそうな表情をした。


「つまり?」


「僕の人生計画です」


「……参加しないってことだな」


「はい」


「じゃあ、強制したら?」


「なら選択肢はありませんね。僕の人生計画は仕方なく崩壊することになります」


 僕は大して気にしていなかった。そう、人生なんて思い通りにいかないことくらい、よく分かっていたから……愚者のギフトを授かったあの日に、痛いほど理解したんだ。


 このことを思い出すたび、胃が痛くなってくる。まったく。 僕は笑わずにはいられなかった。


 それでも……それでも僕はそれを追い続ける。たまに落ち込むことがあっても、僕は前に進み続ける。


 自分自身の本質に深く根付くした願い、そして託されたこのものを、絶対に消えさせはしない。 僕は授かった黒い腕に触れ、あの魔獣から貰った命を感じ取った。


 起きたことのすべてを振り返り、今の自分の状況を理解し、そして言葉を発した——


「言った通りです、マックさん。僕を煮るなり焼くなり好きにしろ 。結局のところ、最終目的地は『最強』という言葉なのですから」


「……ハ、ハハ……」


 彼は笑った。


「ハハハハハハハハハハハ!」


 狂ったように笑い出した。


「何がおかしいんですか?」


「ガハハハハ!! いやあ、言った通りだなーー、おい!!?」


「はあ? せめて人間の言葉で話してください」


「自分の状況をよく理解しているくせに、態度は生意気で、本当に欲張りで夢見がちなガキだな、お前は!! こんなの見せられたら、心の中で称賛と見下しが混ざった感情を抑えきれないよ。『このガキ、本当にどこまでも行く気だな!!』ってな!!」


「ちょっと、笑い事じゃないです。僕をバカにするつもりですか? 僕をお笑い草だとでも思っているんですか?」


 僕は立ち上がり、頭に血が上り始めた。まだ嘲笑いをやめないマックさんとは対照的だった。


「ちがうわ!! ただ——『愚者』に相応しすぎると思っただけだ!!」


 愚者に相応しい。なんと失礼な言葉だろう。それなのに僕は嫌な気分にはならなかった。むしろ僕の感情を落ち着かせてくれたくらいだ。


 愚か。そう、本当に愚かなんだ。否定なんてできやしない。 結局、僕はため息をつき、その言葉を受け入れた。


「……なんですか、それ」


「ハァー、ダメだダメだ。生まれてこの方、持っているギフトにここまで性格が一致している奴なんて見たことないぞ」


 チッ、目の前で遠慮なく見下し続けてくれるな、この人は。もし僕にまだ権力があったなら、裁判にかけてやるところだ。


「愚者であらせられるベラミ様がそこまでおっしゃるなら、まあ——仕方ないな」


 マックさんは僕にウィンクすると、飛び起きて背伸びをした……


「スライムの魔獣は死んで、お前に助けられたと報告しておくよ。まあ、俺がスライムの魔獣にやられて、あのお方の聖水を使わざるを得なくなったってことになって、降格される可能性もあるけどな。でも——」


「助けてくれる気になったんですね?」


「まあ、そういうことだな」


 マックさんは明るく笑い、外へと歩き出した。俺はそれを見てついて行った——外に出た瞬間、空からの眩しい光が降り注いできた。それは金色に輝く移動要塞からの光だった——本で見た通り、小さな王国のような形をした要塞だ。数々の大国の美しい装飾が施され、そして無限に近いほどの魔量マナに包まれていた。そのせいで、まるで常に次元を切り裂いているかのようだった。


 人類最高の文明、そして現時代における最高の人たちがそこに集まっている。さらには——史上最も偉大な魔法の武器、十八の『勇者の聖剣』の一つまでも

 …… その名は『アストラリオン』。救済者の十の空中要塞の一つであり、風の聖剣シリーズ『ゼフィラ』から作られたものだ。


 あれをこんな近くで見るのは初めてだった。


「……どうだ? 自分があのの上に立てると思うか?」


 マックさんは挑発するように尋ねた。


「元々は勇者の宝物だ。中心にある剣そのもの——考えてもみろよ、小さな王国ほどの大きさを自由に動かせて、最新の人類技術をフルパワーで動かせるほどの余剰エネルギーがあるんだぞ。それが勇者の十八個の宝物のうちの、たった一つに過ぎない……剣一本だけで、お前が本当にそれを超えられると思うか?」


 マックさんは続けた。


「しかも今の時代、その宝物の持ち主である勇者が巡り巡って戻ってきたんだからな」


 ……カエデ。 いつか、あの要塞も、あの剣も、その他すべてがアイツだけのものになる。 僕とアイツの距離は、地面と星の光のように離れている。


 それでも夢を見たい。


「将来、僕があれを撃ち落とすかもしれませんよ」


「ハハハ! 冗談言うなよ、それじゃあ世界的な犯罪者じゃないか」


「そうですね……マックさん」


「なんだ?」


「そこまで僕を助けてくれて、一体何が見たいんですか?」


「……娯楽、かな。勝とうが負けようが、追う価値はあるだろ? 地獄へ落ちていく落ちた星だろうが、不自然に再び打ち上がって再び星の光となる落ちた星だろうがな」


 マックさんは笑みを消し、真剣に話し始めた。


「それに、始まりつつあるかもしれない時代の変化もだ……勇者……そしておまけの愚者」


「チッ、おまけですか」


「ああ、おまけだ」


 否定すらしないのか、この人は。


「新しい時代で自分の役割を見せてみろよ、ベラミ。どこかの野盗に殺されて野垂れ死にしてもいいぞ——約束するよ、お前の人生の最後の瞬間に、必死で笑いを堪えてやるってな」


「うるさいですね、まったく——」


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