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二刀物語 第一部『無を切る音』  作者: 伊部 九郎
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第一章 回想 その1

ここから昭和の時代に遡ります。


先に書いておきますと、この小説、今回は、主に昭和と平成が舞台の第一部のみ公開しますが、戦闘シーンは一切ありません。


じゃあ、どういう話なんだと聞かれると説明が難しいので、とにかく、読んでいただくしかありませんがw


「早いもので、お父様が亡くなられてから、もう十年になりますね」

「ええ、全く早いものです・・・」

 山中和人は、そう答えながら、もう一度口の中で十年という言葉を呟いてみた。

 庭の猪脅しがたてるコーン!という小気味よい音につられたように、口にしかけた湯呑を持った手を休め、明け放たれた障子越しに見るとはなくそちらのほうへ目をやった。

 昭和最後の初夏、場所は、東京都下にある古美術商山中家の屋敷で、襖と床の間に囲まれた畳敷きの8畳間という、いかにも古美術商の居室といった趣の古風な和室であった。室内からは横幅3メートルほどの池と、その奥と左右に植えられた花々や木々が見えており、さすがに初夏ともなると歩けば汗ばむほどの陽気ではあったが、都心から離れていることもあり、風通しの良いこの室内は涼しく過ごしやすい温度に保たれていた。

 和人は、父の死の十年ほど前から跡継ぎとして店の手伝いはしていたものの、父の死によって店を切り盛りするようになり、忙しさにまぎれてあっという間に過ぎてしまったこの十年を思い返していたが、やはり、それに対しては平穏過ぎるぐらい平穏だったなとの思いが強く、自分でも不思議な感じがするのだった。

 同時に久しぶりに親友の大下刀悟のことが頭に浮かんできた。二十五年もたった今ですら、体力が有り余っていた20代後半に起こったあのときのことは鮮明に脳裏に浮かんでくるが、あの当時とは違い、刀悟にまつわるすべてのことを不思議となつかしい事柄のように感じている自分に気がついた。そのあいだに自分は結婚もし、子供も大きくなった。要するに歳をとったということなのだなと思い、ひとり、心の中で苦笑いを漏らすのだった。

「私は結局三年ほどしか和人さんのお父様とはお付き合いがありませんでしたが、あの柔らかな人当たりがなによりも好きでした」

「ありがとうございます。そう言ってもらえると父も嬉しいでしょう」

 目の前に座っている古美術品を扱う問屋を経営している笹山次雄の言葉にお世辞ではない響きを感じ取り、父のこととはいえ和人には面はゆい感じがするのだった。

「しかし、和人さんもお父さんに負けず劣らず骨董品がお好きですねえ。なかでも、こと日本刀のこととなると、こう言っちゃなんですが、お父さん以上の執着をお示しなさいますし」

 和人はその問いには答えかねて口元をやんわりと緩めるだけだった。

(自分では意識していないつもりだったが、やはり、そういうところがあるのかもしれんな)

 笹山の言葉が意外な反面、納得も出来るような気がして複雑な気分だった。

「この部屋に通して頂いたのは初めてですが、やはり思っていた通り見事な趣味で統一されていらっしゃる」

「おや、ここは初めてでしたか。それは失礼をいたしました」

「いえいえ、古美術商同士は骨董品の並んでいるところで顔を合わせていればいいのですよ」

「ああ、それはそうかもしれませんね」

 そう思ってしまう自分が、いつのまにかどっぷりとこの世界につかってしまっているのを感じて、和人は、また一人笑みを漏らしてしまうのだった。

「いやあ、それにしても見事な部屋ですねぇ。それだからこそ、そこの、ほら、アレが惜しい。アレが無ければ完璧と言えるのですが」

 そう言いながら、笹山は自分の左前方を差し示した。

 和人がそちらを振り返ると、そこには床の間の真ん中に居座っている白木の鞘の刀があった。

「ああ、こいつですか・・・」

「後ろの掛け軸と右の柱に対して、やはりピッタリとはいえないでしょう。しかし、和人さんほどの人がそれに気が付かないはずはないと思うんですが、なぜに、このようなものを?」

 和人はそれには答えず、またしても微笑みを返すだけだった。

「鞘にしても、こう言ってはなんですが、保管用のものだとしても少々荒削であまり手をかけて作られたもののようには見えません。それでも、わざわざ床の間に飾ってあるということは、何か和人さんには大事なものなのだと推測しますが、造られたのはいつ頃のことなのでしょうか」

 そこで和人は、いつまでもこいつにこだわっていてもしょうがないなと思い、とりあえず笹山の疑問にだけでも答えてやろうかと口を開いた。

「二十五年ほど前に造られたものですよ」

「二十五年!そんなに最近造られたものなのですか。現代でも名の通った刀工は何人かおりますが、そのうちの誰の作品なのでしょうか」

 ここで和人は、やや間を取るようにふうっと息を吐いた。

「こいつは私の親友の遺作なのです」

「えっ!和人さんのお友達の遺作!それは、また・・・。ははぁ、それでこのような場所に。いや、これは失礼しました」

 そう言って笹山は、座ったまま深々と頭を下げた。

「いえいえ、確かに室内の調和という点では笹山さんのおっしゃる通りなのですから、なにもそう謝られては私のほうがかえって恐縮してしまいますよ」

「いえ、知らぬこととはいえ、お友達を思う和人さんの気持ちを失したと言う点は間違いのないことですから」

「いえ、気にしていませんから・・・。どうぞ、お顔を上げて」

 その言葉で笹山は、ばつが悪そうにしながらもゆっくりと顔を上げて、和人のほうへ向き直った。

「和人さんもお人が悪い。もっと前に一言そのような素性の刀だとおっしゃってくだされば良かったのに。この部屋に、素性の解らない刀があるというのは、同業者の中ではもっぱらの評判ですよ」

「おや、そうなんですか。まあ、この部屋に来た人には理解しがたいものかもしれませんからね。まあでも、人に言うほどのものではありませんから」

 ここで笹山は、頭をかきながら首をたれ、下から見上げるように和人の顔色を伺い、言葉を続けた。

「では、失礼ついでにひとつお願いが・・・」

「何でしょう?」

 そのしぐさが、商売のうえで何か頼み事をするときの笹山のいつも通りの動きに似ていたため、和人は内心、来たな!と思い身構えた。

「いや、そのう、そのお友達の遺作というお話に興味を惹かれましたもので・・・。どうか、よろしければそのお姿・・・刀身を一目拝ませては頂けませんでしょうか?」

 笹山の頼みが、予想したものではなかったため、一瞬拍子抜けして、返答につまってしまった。

「なんとかお願いしますよ・・・」

 笹山は、その一瞬の間を否定ととったらしく、再び問いかけてきた。

「残念ながら、これはお見せ出来ません」

 和人は、落ち着いた声で答えた。

「やはり、ダメですか。あんなことを言った後ですから無理もないですよね」

「いえいえ、そういった意味で見せるのがいやだと言っているのではないのですよ。実は、私も見たくてたまらないのです」

「はあっ?それはいったい・・・」

 笹山は狐に摘まれたような顔で和人の顔をながめている。

「ははぁ、解りました!和人さんも本当にお人が悪い。実はその刀には刀身が無いのですね」

「いえ、そんなことはありません。刀身は間違いなく付いています」

「だったら、なぜ」

 ここで、再び和人は大きく息を吐いた。

「この刀は、なぜか抜けないのですよ」

「抜けない?」

「ええ。色々な方法で試してみたんですが、どうしても抜けないのです」

「刀身が錆び付いているとか?」

「そういうことは、全くありません。さすがに20年以上も経っていますから、私も気になって3年ほど前に科学的に調べてもらったんですが、今でも刀身には錆が浮いている兆候はまったくないとのことでした」

「では、なぜ?」

「それが解らないから不思議なのです」

 和人は、静かに刀を見た。そして、そのまましばらく刀を見つめていたが、やがて視線を笹山に戻すと、まるで物語を語るように話し始めた。

「最初にこいつを手に取ったときから、この刀の柄と鞘はまるで一体でもあるかのようにいくら引いてもびくともしませんでした。だから私は、最初、こいつは一本の木で、柄と鞘の区切りと思われる部分に切れ込みが入れてあるだけなのだと思いました。ただ、それで納得できなかったのはこいつの重さでした。手に持ったときに感じる重みが、ちゃんと刀身の付いた刀のそれだったんです。

 そこで、こいつを科学的に分析してもらうために大学の研究室に持ち込みました。幸い、父が古美術商をしていたおかげで、そういった部門に知り合いがいたものですから話は簡単でした。そして、その結果、こいつには確かに鋼で造られた刀身が付いており、しかも、柄が鞘から引き抜けないようになっているような仕掛けは何も無い、つまり、どう調べてみてもこいつは抜けるはずだというのが研究室の回答でした。

 私を含め、皆、誰もその回答には納得できかねましたが、実際、抜けない以上どうしようもありません。もちろん、鋸のようなもので切断することも考えましたが、万が一、刀身に傷でも付いたらと思ったのと、そんなことで刀の全望を明らかにしたところで、それは、全く我が友の意思に反することだという気がしたので、そのままにしておくことにしたのです。

 以来、こいつはここに居座っているというわけなのです。私も諦めの悪いたちなので、最初の十年くらいは、毎日のようにこいつを引き抜いてみようとしたのですが、やはりダメでした。それ以後は、もう、このままでいいという気になってしまったので、埃をはらうとき以外はほとんど触ってもおりません。最近は、これがこいつの正しい姿のような気がしているくらいです」

 和人が話を終えると、笹山はこの不思議な話に感慨深げに一声ウーンと唸ったまま黙り込んでしまった。


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