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二刀物語 第一部『無を切る音』  作者: 伊部 九郎
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第五章 決意 その2

 壁時計を見ると午後三時過ぎだった。和人は、話を聞くのに時間がかかりそうな気がしたので、素早く風呂に入り、夕飯用にとおにぎりを二つにぎり、泊まりを想定した寝具をチャック付きの手提げバッグに詰めて電車で二十分ほどの大下家へと向かった。


「こんばんは」

 和人は、大下家に着くと入口木戸を開けてから奥に声をかけた。下駄箱の上に刀悟がいつも履いている黒い運動靴が置いてあったので、刀悟がいることはわかった。

 すぐに猪ノ介が現れたが、目の周りは落ちくぼんで赤黒くなっており、刀悟の事で心を痛めているのだと容易に想像できた。

「ああ和人くん、いきなり妙なお願いをして申し訳ないね。刀悟は自分の部屋にいるから早速会ってくれるか」

 猪ノ介は沈んだ声で言った。

「わかりました」

 それだけ答えると、子供のころから勝手知ったる大下家の中を刀悟の部屋へと歩いて行った。

「刀悟いるか、俺だ、和人だ」

 部屋の入口に着いた和人は、部屋の中に向かって声を掛けた。

「和人?どうしたんだこんな時間に。入っていいぞ」

 その返答で、和人はドアを開けて中に入った。

 刀悟は机に向かってなにか作業をしていたようで、椅子ごとこちらを振り返った。その顔はいつも通りであり特に気になる所はなかった。

「ちょっと聞きたい事があって来た」

 和人はそう言うと、入口の右に置かれている座布団に腰を下ろして続けた。

「猪ノ介さんからお前が猪ノ介さんに話した枝切りをした理由というのを聞いている。にわかには信じがたいような話だ」

 和人はそう言ってからさらに続けた。

「しかし、俺はその話がなぜか本当のことだという気がしている。そして、猪ノ介さんもあり得ないような話だとは言いながら、その話し方からするとほぼ信じているようだった」

 そこで和人は、一旦言葉を切った。

「その理由はきっと、俺も猪ノ介さんも時王の持つ背筋を凍らせるほどの妖気を知っているからだと思う。実際、あの妖気はただごとではなく、別に信心深い訳でもない俺でも刀の中に何かが籠っていると感じずにはいられないからな」

 その和人の言葉を聞いたあと、刀悟は視線を落としてしばらく考え込んでいた。

 和人は刀悟が言葉を発するのを、刀悟を注視したまま待った。

「親父と話したのか。どこまで親父から聞いている?」

 刀悟は視線を和人に戻して尋ねた。

「お前が時王を振るうたびに時王の声が聞こえるということと、その内容が時王は遠い未来に大いなる争いをもたらすものだということだ」

「そうか」

 刀悟はそう言ってまた視線を落とした。

「ただ猪ノ介さんは、お前がその声を聞いたことで別の決意のようなものを持ったのではないかと感じていて、それによって何か良からぬことが起きるのではないかと心配している。俺はそれが気になってここに来たんだ」

 和人は視線を落としたままの刀悟の顔を見ながら言った。

 刀悟は上を向いた。しかし、その視線はまるで何も見ていないようだった。


「実はな・・・」

 語り始めた刀悟の顔には悲壮感と決意が漂っていた。

 刀悟は暫くのあいだ言葉を続けずに黙りこくったままだったが、和人は催促することなく、刀悟が自ら再び口を開くのを辛抱強く待った。


「実はな・・・」

 かなりの時間が経過したのち、視線を和人に向けると刀悟は口を開いた。

「俺には今、強烈な使命感が涌いているんだ」

「使命感?」

 刀悟が予想もしない言葉を使ったため、和人は思わず聞き返した。

「ああ、使命感だ。確かに枝切りをやったのは俺だ。それは、刀を振るうたびに時王が何かしらを語り、さらに、何かを切るとその声がより大きく聞こえるのでそれを聞きたかったからだ。こちらからの問いかけには応えてくれず一方的に語るだけだが、少しずつ過去の事や未来の事を語るのでそれをすべて聞きたくて何度も枝切りをしてしまった」

 そこで刀悟は一度小さく息を吐いてから続けた。

「しかし、その声をあらかた聞いてから、俺は時王をこのままにしていてはいけないと思った。

 時王は、数百年の昔、戦いに敗れた者がその雪辱を期する事を目的として造られた刀だ。たった一振りの刀で雪辱を晴らすなどということが出来るとは到底思えないが、造った者は、その思いにとらわれていてそんなことは考えてもいなかったんだろう、と最初は思った。しかし、時王の言葉を聞いていくうちに感じてきたのは、時王自身に、未来において雪辱を果たすという強烈な決意が宿っているということだ。今はただの異様に切れ味の良いだけの刀だが、もし、本当に時王が歴史を変えられるような想像を絶する力を宿しているとしたら何が起こる?その強大な力を手に入れた者はその力を利用して権力を手中に収めようとするに決まっている。そうなったら、また、日本は戦乱の世に逆戻りだ。だから、俺はそれを阻止する必要があると感じているんだ」


「阻止する?」

 刀悟がいったん言葉を切ったので、和人は聞き返した。

「そうだ。再び戦乱の世になることを止めるために、今のうちに何か手を打つ必要があるということだ」

「手を打つといっても、どんな力を発揮するかもわからないものに対して、どんな対抗手段がとれると言うんだ」

 和人がそう言ったあと、数秒沈黙が流れた。


「それが俺の感じている使命感だ」

 刀悟は、和人に向けたまなざしを鋭いものに変えてそう言った。

「どういうことだ」

「時王の声を聞くたびに、俺の内面から別の声が沸き上がってきて、俺に何かをさせようとするんだ。最初はかなり漠然としたものだったが、今では、何をしろと言っているのかはっきりとわかる。その声は、俺に別の刀を用意させようとしているんだ」

 刀悟がだんだんと興奮してきているのが和人にもわかった。

「別の刀だと?どうやって造るんだ。国宝級の日本刀のほとんどは、何百年も前に造られたもので、その作刀技術の一部は失われて久しい。だから今では、天下五剣やほかの国宝、重要文化財に匹敵する刀を造れる技術はもうないと言われている。どこに時王以上の日本刀を造れる刀工がいるというんだ」

 和人は刀悟の興奮を少しでも押さえようと、ゆっくりと諭すように言った。

「俺がなる!」

「なにっ!?」

「俺が、時王を抑えられる、時王以上の刀を造るんだ。もちろん、俺は刀を造るという手順を知っているにすぎない。しかし、十年、いや、二十年以上かかろうとも必ず成し遂げられる。俺にはできる。なぜかそう思えて仕方がないんだ!」

 和人はなんと答えて良いのか解らなかった。刀悟の目にみなぎる強い信念とも、狂気ともつかぬ光に接して、完全に気押されていた。


 長い沈黙が流れた。

 和人は本当にこいつにはできるかもしれないと思い始めていた。しかし、なぜかは解らないが、それをさせてはならないような気がしていた。ただ、説得するための言葉が見つからなかったため考え込んでしまっていた。

 その考えがまとまらないうちに、いきなり、刀悟は立ち上がった。

「ともかく、俺はやる!幸い、うちの別荘の裏山に上質の砂鉄がとれる場所がある。俺は、そこに小屋を建てて篭もり、この仕事を成し遂げるまで帰らないつもりだ!」

 そう、言い捨てると、はじかれたように部屋を飛び出していった。

「ちょっと待て!」

 和人は後ろから叫ぶと同時に刀悟を追って部屋を出たが、廊下の最初の角を曲がったときに玄関の引戸がガラガラと勢いよく開けられ、そしてピシャリと閉められる音が聞こえた。

 玄関にたどり着くと、入ってくる時に見た刀悟の運動靴がなくなっていた。

 和人は、急いで自分の靴を履くと小走りで往来にまで出てみたが、左右どちらを見てもすでに刀悟の姿はなかった。左手の駅の方に行ったのかと思い、そのまま駅まで駆けていったが、刀悟を見つけることはできなかった。

 刀悟の行動の意味と、いったいどこへ行ったのかを考えながらゆっくりと大下家まで戻ると、玄関先の往来に猪ノ介が立って待っていた。

「和人くん、どうしたんだね。刀悟はどこに行った?」

 猪ノ介が不安そうな声で聞いてきた。

「よくわかりませんが、自分の決意のようなものを怒鳴るように俺に言うと勢いよく出て行ってしまいました。駅の方に行ったのかと思いましたが、見つけられませんでした」

 和人は少し沈んだ声で言った。

「そうか・・・・・申し訳ないが、その決意の内容とやらを聞かせてもらえるかね」

「はい。ただ、詳しいことを聞いたわけではないので、あまりはっきりとした刀悟の考えを話すことはできませんが」

「構わんよ。とりあえず中に入ろう」

 猪ノ介はそう言うと、先に立って家の中に入って行った。



 和人は、猪ノ介の勧めるまま大下家で夕飯に預かり、夜の10時過ぎまで刀悟の帰りを待った。しかし、その時間になっても刀悟は帰ってこなかったので、その日は自分の家に帰った。

 結局、その日、刀悟は家に戻らなかったと次の日の夜に猪ノ介に電話して和人は知った。

 電話した時点では戻っていたが、部屋に籠って出てこようとはせず、返事もろくにしないとのことだった。

 猪ノ介は、しばらくこのまま様子を見るから、次の日曜日にまた家に来てくれるよう和人に頼んだ。和人はもちろん了承した。


 しかし、その前に、猪ノ介も予想していなかった展開が発生し、日曜日より前に和人は大下家を訪れることになった。それは、木曜の夜に猪ノ介から和人に以下の内容の電話があったためだった。


「猪ノ介さん、ちょっとお話が」

 午後2時頃、猪ノ介が店に陳列してある骨董品のチェックをしていると後ろから声をかける者があった。それは、この古鷹堂の使用人である坂口であった。

「はい、なんでしょうか」

 仕事上で使用する言葉ではなかったので、猪ノ介は少し構えた様子で坂口に聞いた。

「実は、刀悟さんから相談をうけたことがあるのですが、一応、猪ノ介さんの耳にも入れておいた方が良いと思いまして」

 坂口は、いつものとおりの優しい物腰で言った。

「刀悟から相談を受けた?それは、なんでしょうか」

 坂口は、一瞬、困ったような顔で沈黙したが、すぐに真っすぐなまなざしを猪ノ介に向けるとはっきりとした口調で言った。

「猪ノ介さんもお聞き及びとは思いますが、刀悟さんは一人で日本刀を製作することを考えておられます。しかも、かなり強烈な思いで」

「おや、そのことを坂口さんにも話しましたか。困ったやつですみません」

 そう言いながらも、猪ノ介は少しも申し訳なさそうなそぶりは見せず、逆に観察するように坂口の様子を見た。

「猪ノ介さんの心配もごもっともです。それと、一人でできると思っている刀悟さんもかなり甘いと言わざるを得ません」

「坂口さんもそう思うでしょう・・・そうだ、以前に刀工をされていた坂口さんの言葉なら刀悟も聞くかもしれない。一つ、あいつの説得に力を貸していただけませんか」

 猪ノ介は、困ったような顔をして言った。

「すみません、私は刀悟さんのお話を聞いて違うことを思ってしまいました」

「違うこと?」

「はい。やめさせるのではなく、私は逆に刀悟さんがやりたいとおっしゃってることが見てみたいと思ってしまったのです。そして、その手助けをしてみたいと」

「なんと!」

 猪ノ介は、坂口の言葉に驚いた。

「私も、かつては名刀と呼ばれるような日本刀を造ること夢見た者ですから、本当にそのような稀有な日本刀が造られる可能性があるのなら、それに立ち会ってみたいと思いました。そして、その過程で、自分でも納得できるような刀を造ってみたいと思いました。資格も持っておりますから、私が一緒にいれば法律的に咎められることもありません」

 坂口は答えた。すでに、その瞳には好奇心のような情熱の火が灯っていた。

「坂口さん、本気ですか。あいつは全くの素人だ。いくら手伝うからと言って、相当な苦労を坂口さんが背負い込むことになりますよ」

「構いません。私は50歳を超えましたが、子供の頃から何かを成し遂げたということが全くありませんので、これが最後のチャンスだと思っています。そう言う意味からも、刀悟さんのお手伝いがしてみたいのです」

 猪ノ介は、坂口の表情と口調から、刀悟の想いが伝染したかのような強烈な決意が坂口にも宿っているのを感じ取った。

 猪ノ介は、困ったことになった思い、気分が暗くなった。


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