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最終話

「おじいさん。幸せじゃったよ……あたしんところにももう直ぐ迎えが来るかねぇ?」

「おばあさんや、縁起でもねえ事いうでねえ。ほら、お茶を淹れてやるから。ラティスも飲むな?」

「我も頂こうかのぅ」


 そう言って震える膝に鞭を打ちながらお茶を淹れるのはユンフェという名前のおじいさんだった。ユンフェはセヌーリと言う老婆……いや、嫁さんと暮らしていた。

 セヌーリは近所のおばあさんと外でお茶を飲みながら雑談するのが趣味だったが、友人が皆お空へ逝くと、セヌーリは家にこもりながらユンフェとお話しする毎日であった。

 そんなセヌーリはある日ポツリといった。


「あたしゃ本当に長く生きた。そしておじいさんに神とその御子やまた天使のような愛を受け、慈悲、慈愛、恩恵、寵愛、妄執たる愛を沢山受けてとても幸せだった。もう悔いはないさね」

「我もそう思うわい……」

「セヌーリもラティスも縁起悪いからやめておくれ」


 ラティスとユンフェが笑い合うなか、セヌーリは窓から見える空を見つめた。

 そしてユンフェやラティスにも聞こえないほど小さな声で言った。


『疲れた……』


 ユンフェはその声に気づかずに静かにお茶を啜っていた。


 ***


「ばあちゃん! ばあちゃん!」

「セヌーリおばさん! 起きて!」

「あの突起を摘んでもいいのかなぁ……ひでぶぅ!」


 大きな声を上げるのはセヌーリの孫達である。

 ちょうどセヌーリの娘や息子が実家へ帰省していたのである。

 そんな中セヌーリは息をしていなかったのである。


「どうしたんだ……せ、セヌーリ! セヌーリ!」

「おばあちゃん!」

「秘孔弄っちゃうよーおばさ……あばびょ!」


 ユンフェは必死に叫び、セヌーリを起こそうとした。だが、その思いも届かず、セヌーリは目を閉じたままだった。


「なに騒いで……お母さん! お母さんっ!」

「医者様を呼びましょう!」


 ***


「なんみょうほうれんげきょうー」


 その後、セヌーリは老死と判断された。家族の元で土葬が決まり、今その葬を執り行っている最中であった。


「セヌーリ様は、ユンフェさんの妻とし、ずっと付き添い人生を彼に捧げました。彼女は天へと導かれることでしょう」


 ユンフェにとって葬式を行った場所はとても感慨深い場所であった。

 そこは元ヌルプム教の聖堂であり、ラティスにイチモツを切られそうになった場所でもあった。今では総合的な儀式を行うホールになっているが、建物は昔と変わっておらずとても懐かしかった。

 横にいたラティスは涙を流していた。ラティスにとって、セヌーリは大親友であり、セヌーリを失ったのはとてもショックな事だったらしい。


 ――この時ユンフェにも黒い影が近づいていた。


 ***


「ユンフェ司教。我の服似合うか?」


「あなた! 今日はピクニックに行くわよ」


「ユンフェさん。本日はあそこに行こうと思います」


「私はガイドのユラ……」


「お父さん!」


「おじいちゃん!」


 ――ここは天の世界か?

 とても懐かしかった。嫁のセヌーリ、友人のラティス。旅をしてた頃の仲間、息子、娘。孫。みんなが自分の周りを囲み何かを祝福しているように感じられた。

 ――そうか。死の世界はあったのか。

 ずっと向こうが黒くなる。さっきまで真っ白だった世界が端から黒くなってゆく。

 恐怖がそこから湧いてくる。手を伸ばし、嫁に触れようとするが、嫁の体を己の手は通り抜けた。世界が真っ暗になり、虚無となった……。


「ん?夢……か」

「おじいちゃん。起きたんだね」

「じいちゃんのイチモツしごいてや……あべし!」


 周りには息子や娘、孫、友人がいた。そこにはラティスの姿が見えた。

 指がいつもより軽い気がした。左手についていた指輪がなくなっていた。周りを見回すと、孫娘の一人が手のひらにユンフェの指を握っているのが見えた。


「おじいちゃん……ごめんなさいっ!」


 孫娘は自分と目が合った瞬間、グーで握った手を差し出してきた。

 ユンフェはその孫娘に訊いた。


「どうして盗んだんだい?」

「き、綺麗だったから……」

「そうか……この指輪は君にあげよう。だから人のものを盗んだり、壊しては駄目だぞ」


 そう言い、その子を撫でてやった。

 なぜか体がだるくなってきた。とても疲れた。もう一回……もう一回寝よう。二度寝してもいいよな……。


 ――うん。いい人生だった。幸せだっ……。


 ユンフェの息はこの瞬間止まった。

 彼は友人や、娘達に囲まれてながら、静かに息を引き取った。


                  THE END

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