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「世知! どうしたんだよ!?」
教室に着くなり、僕は世知に詰め寄った。
「あ、レモン。おはよう」
「おはようじゃないっての!」
つかみかかる勢いで怒鳴りつける僕に、弱々しい視線が向けられる。
それ自体、いつもの世知じゃない。
「どうして来ないんだよ!?」
来ない。
苺ぱるふぇ・オンラインの世界に、どうしてオンしてこないのか。
わざわざ皆まで言わなくても、僕の言いたいことは伝わるはずだ。
実際、世知はまっすぐ見つめる僕から目をそむけた。
意味がわかっていての反応なのは間違いない。
「べつに……なんでもないよ。ちょっと用事があるってだけ」
それでもなお、世知はしらをきる。
なんでもなくないのは、明白すぎるというのに。
「なんでもないって様子じゃないだろ!? いつもの勢いもないし! 僕に抱きついてもこないし!」
席に座ったままの世知は、小さく縮こまっているように思えた。
150センチ程度の身長しかない世知だから、もともと小さいのは確かだ。
でもそれ以上に小さく小さくなっていた。
……いつもどおり、胸だけは大きいのだけど。
世知はなにも答えてくれない。
代わりに、別の声が飛び込んでくる。
「世知の大きな胸が押しつけられなくなって寂しいんだろ、レモン!」
声の主は、ようやく登校してきた剣之助だった。
「そ……そういうのじゃなくて!」
僕は断固否定する。
本当に世知を心配しているだけだったのだから。
ちらりちらりと、視線が胸に行ったりはしていたかもしれないけど。
ここで当人である世知は、迷うことなく剣之助の言葉のほうを受け入れる。
「そうなんだ。それくらい、いくらでもするよ」
ふにょん。
そっと抱きついてきて、世知の大きな胸が僕の体に押しつけられた。
いつもどおりの弾力はあるけど、
いつもの勢いはない。
こんなの、世知じゃない!
痛みを伴うほどの突撃をかまして、ぶつかってくるくらいじゃないと!
「絶対におかしいだろ! 世知、なにがあったんだよ!?」
問うてみても、世知からまともな返事は得られない。
「なんでもないってば」
抱きつかれたことで、至近距離から吐息がかかる。
押しつけられている胸の柔らかさも相まって、こんな状況だというのに、体は無意識に反応してしまう。
相変わらず、この胸は反則的だよな、こいつ……。
「なに鼻の下を伸ばしてんだか!」
剣之助が茶々を入れてくる。
「べ……べつにそんなことは!」
「じゃあ、別のところを伸ばしてる?」
「なななな、なにをおっしゃるウナギさん!」
「どうしてウナギ……。動揺しすぎだろ!」
僕たちがこんなやり取りをしていても、世知はまったくの無反応。
心ここにあらず、といった様相だった。
「ほんとに、どうしちゃったんだよ?」
「べつに……普段どおりだよ。そろそろ先生も来るし、席に戻ったら?」
そう言うと、世知は僕からそっと離れる。
やっぱり、世知はおかしい。
なにかあったのは確かだろう。
僕は落ち着いた口調で、もうひとつだけ訊いてみた。
「今日はオンするのか?」
答えは期待できないかもしれない。
それでも、ホームルームの時間になる前に、しっかり確認しておきたかったのだ。
「無理……かな。今日も用事があるから……」
「用事ってなんだ?」
「ん、ちょっと……」
これまでの流れで、僕は確信していた。
「用事なんて、本当はないんじゃないか?」
「…………」
押し黙ってしまう世知。
沈黙が肯定を物語る。
「話してみなよ。なにか力になれるかもしれない。……失踪事件のニュースで、親になにか言われたの?」
うちと同じように、親からやめろと言われ、苺ぱるふぇ・オンラインの世界に来なくなったのではないか。
僕はそう推測していた。
いや、おそらくは間違いあるまい。
用事があるなんて嘘だというのは、疑いようもない。
そしてそうであるなら、世知が自らの意思でオンしなくなったとは思えない。
ブレイン・インパルスのヘッドホンを取り上げられたとか、パソコンを取り上げられたとか、ネット回線を停止させられたとか、そんな強制力を行使された結果、諦めざるを得ない状況に追い込まれた。
それ以外に考えられなかった。
回線まで止められてしまっていたら、復旧するのに時間がかかりそうだけど。
まずは状況を把握しないことには、対策も立てられない。
そのためには、世知本人に話してもらうことが不可欠だ。
でも。
「……放っておいて」
世知は心を開いてくれなかった。
すぐに担任の先生が入ってきて、会話は中断するしかなくなってしまう。
しかも世知は、休み時間のたびに僕たちを避け、どこかへやら身を隠す。
放課後になっても、状況は一向に変わらない。
結局、世知は僕たちとひと言も、視線すらも交わさないまま、まるで逃げ出すように下校してしまった。
帰宅後、僕はオンライン上でみんなに世知のことを話した。
今日はフランさんたちはいない。
いつものメンバー――いちご、僕、クララ、天使ちゃんの4人だけだった。
「あれは絶対に、親にやめさせられたんだと思う」
僕が告げると、
「そんなの許せない! 断固抗議すべきだ!」
息巻くいちご。
ふんがー! と、女の子とは思えないほど鼻息を荒げている。
そ……そんな姿であっても、いちごならラブリーだ!
若干、引き気味の僕だったけど。
それはともかく。
いちごが不意に立ち上がる。
「家まで乗り込もう!」
猪突猛進。
さすが、いちごだ。
「行くべきだ! 仲間なんだから!」
「そう……だな」
「ええ、そうですわね」
異論はない。僕も、クララも。
「……ボクも行くの……?」
一方、天使ちゃんは困惑気味だった。
「もちろん、仲間だからな!」
いちごは当然のように言いきったけど。
僕たちは中学も一緒だったりして家が近いからいいけど、天使ちゃん――えんじゅ先輩は、どうやら電車移動を含めて30分くらいかかる場所に住んでいるらしい。
わざわざ来てもらうというのも、迷惑になるのではないだろうか?
「嫌なのか? 仲間のためなのに!」
そんなことに気づくはずもなく、いちごは天使ちゃんを責め立てる。
「……嫌じゃない。ただ、時間がかかる……」
「到着を待ってから出発する! 当たり前だろ!?」
「……なら、是非とも同行させて……」
「よしよし! そうでなくちゃ!」
いちごは満足そうだったけど、本当にいいのかな?
現実世界の後輩として、そっと耳打ちしてみる。
「先輩、いいんですか?」
「……ここでは先輩なんて呼ばないで……。それに、遅れちゃうのが悪いかなって思ってただけだから、気にしないでいい……。待ってくれるなら、ボクだって一緒に行きたい……。仲間……だから……」
天使ちゃんはそう答えてくれた。
仲間、という言葉に、満足そうな笑みを添えて。
うん。
こう言ってくれているのだから、迷惑なんてことはないだろう。
それどころか、ここで僕たちだけで行ってしまったら、仲間外れにしてしまうことになる。
僕たちの気持ちはひとつになっていた。
いざ、世知の家へ!
戦いの地へと赴くため、僕たちは苺ぱるふぇ・オンラインの世界からログアウトした。




