第98話:飢餓ウイルスの暴走と、大人の防衛線
『ギ……ギギギギギィィィッ!! リソースヲ……我ニ、リソースヲ寄越セェェェッ!!』
子供たちという極上のエネルギー源を失った巨大ウイルスが、空を赤黒く染め上げながら絶叫した。
無数に生え揃った赤黒い触手が、狂ったように下界の都市へと伸ばされる。
「——なんだあの触手!? 触れたビルが、ドロドロに溶けて吸い込まれていくぞ!?」
強襲艦のブリッジから、ナギが驚愕の声を上げた。
触手は単なる物理的な破壊ではない。ビルや道路、そして地下に張り巡らされた電力網や光ファイバーケーブルに突き刺さり、地球のインフラそのものを『データ』として変換し、強引に吸い上げ始めたのだ。
「質のいい感情データが食えなくなったから、星の物理リソースを丸ごとドレインして飢えを凌ぐ気か。……やってることがスパム以下のクソ仕様だな」
アヴァロンのコクピットで、カイトは冷たく吐き捨てた。
このままでは、地球は文字通り星ごと食い尽くされ、空っぽのデータ領域にされてしまう。
「リナ、ナギ! 街のメインネットワークを物理的に遮断しろ! 奴の侵入経路をオフラインにして絶つんだ!」
「了解! アンテナ最大出力、妨害電波で無線LANの接続を強制切断するよ!」
「おう! 物理回線の切断ならアタシの得意分野だぞ!」
ナギが強襲艦『ブレイヴ・アーク』の副砲を操作し、ウイルスに侵食されかけていた巨大な送電塔と通信の中継ハブを正確に狙い撃つ。
ドゴォォンッ! という爆発と共にネットワークの物理的な切断(オフライン化)が行われ、赤黒い触手から流れ込んでいたウイルスの侵食がピタリと止まった。
「よし! これで街の完全な乗っ取りは防いだわ!」
右腕のスミレが、安堵の声を上げる。
『ギ、ギガァァァッ! コザカシイ……コザカシイ人間共メ!!』
回線を断たれ、思うようにリソースを吸い上げられなくなったウイルスが、怒り狂って何十本もの巨大な触手をカイトたちへと振り下ろしてきた。
「カイト! 来るわよ!」
「ああ。だが、もう昔の俺たちじゃねぇぞ。セレナ、スミレ、合わせろ!」
カイトの号令に、アヴァロンの魔力炉が爆発的な輝きを放つ。
異世界の魔法理論と、地球の機械工学が完璧に融合した『トリニティ・アヴァロン』の反応速度は、ウイルスの攻撃予測を遥かに上回っていた。
「——私たちのカイトに、汚い手で触らないで!」
セレナが左腕と背面のシステムを全開にする。白銀の『絶対防壁』が展開され、頭上から降り注ぐ巨大な触手をガキンッ! と弾き返した。
「そこだッ! スミレ!」
「言われなくても! アンタたちの『汚いコード』なんて、私が全部切り刻んであげるわ!!」
スミレが右腕の極光のブレードを閃かせる。
弾かれた触手の隙間を縫うように、アヴァロンは神速の斬撃を叩き込み、迫り来るウイルスの腕を片端から『細切れのデータ(チリ)』へと変換していった。
「す、すごい……! あれが、マスター・カイトの新たな力……!」
地上で子供たちを守りながら空を見上げていた勇者ロボたちが、その圧倒的な強さに息を呑む。
「見惚れている暇はないぞ、お前たち! 俺たちも大人の責任を果たす時だ!!」
リュウジの熱い怒号が、通信回線に響き渡る。
『重装勇者ジェイ・ガスト』が、その分厚い追加装甲をパージし、全火器を天空のウイルスへと向けた。
『——応ッ! 伝説のチーフ・エンジニアの帰還に、最大の祝砲を!!』
満身創痍だったはずの勇者ロボたちが、カイトの姿に士気を爆発させ、一斉に立ち上がる。
ジェイ・ガストと、地上の勇者警察の全機体による、一糸乱れぬミサイルとレーザーの『一斉掃射』。
それらは全て、アヴァロンの死角を完璧にカバーするように計算し尽くされた、熟練の職人たちによる泥臭いサポート(援護射撃)だった。
『ギャアアアアアアッ!?』
地上からの飽和攻撃と、空を舞うアヴァロンの斬撃。
かつて地球のシステムに寄生し、子供たちを洗脳して無敵を誇っていた巨大ウイルスは、大人たちの『完璧な連携』の前に手も足も出ず、その醜い巨体を削られていく。
「……終わりだ、クソウイルス。この星から、さっさとアンインストールされな」
カイトが操縦桿を強く握り、トドメを刺そうとアヴァロンを加速させた。
——だが。
追い詰められたウイルスは、最後に最も悍ましい『最悪の仕様』を発動させた。
『ギギ……コノママデ、消エテタマルカ……! 我ガ蓄積シタ、全リソースヲ以テ……コノ星ゴト、道連レニシテクレルゥゥッ!!』
巨大ウイルスの中心核が、異常な高熱を発しながら赤黒く膨張し始めたのだ。
それは、奴がこれまでの長い年月の中で、様々な星や子供たちから搾取してきた『怨念と生命力の塊』。
そのまま爆発すれば、地球の大陸の半分が吹き飛び、かつてカイトたちが異世界へ転移した時以上の、次元を歪めるほどの巨大なエラー(超新星爆発)を引き起こすのは明白だった。
「……チッ、自分のデータ(命)を圧縮した『自爆プログラム』かよ。最後までタチの悪いマルウェアだぜ」
カイトは舌打ちをし、目前に迫る超巨大なエネルギーの膨張を睨みつけた。
「カ、カイト! あの出力、真っ向から受け止めたらアヴァロンの装甲でも保たないわ!」
「逃げましょうカイト! このままでは巻き込まれる!」
スミレとセレナが悲痛な声を上げる。
——だが、カイトは退かなかった。
彼が背負っているのは、かつて一緒に泥水を啜った仲間たちと、さっき救い出したばかりの子供たちが眠る、大切な『故郷(現場)』なのだ。
「……逃げるわけねぇだろ。俺たちの街に、あんな重たいクソデータ(バグ)を落とさせてたまるかよ」
カイトはニヤリと笑い、アヴァロンの全リミッターを解除するキーを力強く叩き込んだ。
「——見せてやる。神様の理すら喰い破った、俺たちの『本当のハッキング』をな!!」




