第45話:オーバーロード:深夜三時の隠しコード
遺跡拠点の外壁が、音を立てて崩壊していく。
上空に現れた『終焉のデバッガー』。
それは巨大な人の形をした「虚無」だった。奴が手をかざすたび、荒野の岩も、大気も、光さえもがレンダリング解除(未描画状態)され、ただの真っ暗な空間へと還っていく。
「……っ、クソが! 消去命令の優先度がこっちの防御を上回ってやがる……!」
アヴァロンのコックピットで、俺は血が滲むほどに唇を噛んだ。
『理を喰らう者』で敵の攻撃を喰らおうにも、相手の規模が大きすぎて、こちらの処理能力が追いつかない。
「カイト! アヴァロンの冷却系が限界よ! このままじゃあんたの脳が焼き切れるわ!!」
通信ウィンドウ越しにナギが叫ぶ。
アヴァロンと脳を直結させている俺の視界には、無数のエラーログが血のような赤色で流れ続けていた。
「……まだだ。……まだ、納期には……」
その時。
激しいノイズと共に、俺の意識が強制断線(強制シャットダウン)しかけた——。
***
——AM 03:15。
湿った空気と、安物のコーヒーの匂い。
青白いモニタの光だけが、誰もいない深夜のオフィスを照らしていた。
(……ああ、そうだ。俺はあの時、死にかけていたんだ)
前世。社畜エンジニアだった俺は、納入期限を過ぎた基幹システムのデバッグに追われていた。
意識が朦朧とする中で、俺は画面の隅に「存在しないはずの隠しコード」を見つけた。
それは、どの仕様書にも載っていない。
どの設計士も書いた覚えがないという、美しくも不気味な、黄金の文字列。
『——世界を再起動するための、バックドア』
あの時は、ただのバグだと思って握り潰した。
だが、今ならわかる。
あれは、この異世界そのものを管理するための最上位権限(ルート権限)へのアクセスキーだったんだ。
***
「……カイトさん! カイトさん!!」
耳元で、切実な声が響いた。
目を開けると、そこにはホワイト・ヴィクトリーのコックピットから身を乗り出し、俺の機体に通信を繋いでいるセレナの顔があった。
「……セレナ? ……悪い、ちょっと寝てたみたいだ」
「笑い事じゃありません! 顔色が真っ青です……!
……お願いです、もう無理はしないで。……私、思い出せませんけど、……あなたが傷つくのを見るのは、……もう、嫌なんです」
セレナの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
記憶は戻っていない。
けれど、彼女の魂は、かつて俺がボロボロになりながら彼女を直した時の「痛み」を覚えていた。
「……思い出させてやるよ、セレナ。……最高に、理不尽なやり方でな」
俺は、先ほど脳裏にフラッシュバックした「黄金の文字列」を、アヴァロンのコンソールに直接打ち込み始めた。
「……何してるの、カイト!? そんなの、今のシステム言語じゃないわよ!?」
ナギが驚愕の声を上げる。
だが、俺の指は止まらない。
「——ナギ。これは『設計』じゃない。……この世界の神様が残した、開発者用の裏口だ」
一気にコードを書き換える。
アヴァロン、ブラッディ・ネイル、そしてホワイト・ヴィクトリー。
三機の機体を結ぶ論理回路が、物理的な距離を無視して黄金の光で繋がっていく。
「スミレ! セレナ! ナギ! ……三人の出力を、俺のアヴァロンに叩き込め!!」
「……っ、何をする気か知らないけど、乗ったわよ! あんたの『無茶苦茶な仕様』、最後まで付き合ってあげるわ!」
スミレが不敵に笑い、ネイルの全出力を開放した。
「……はい、カイトさん! 私たちの全てを、……一つに!」
セレナのルミナス・フォームが、太陽のように輝く。
***
“おい……三機の光が、一つの円を描いてるぞ!?”
“さっきの合体より、もっとヤバイのが来る雰囲気なんだけど!”
“待て……アヴァロンのシステム・ログが流れてきた。
……『三体超合体』!? 嘘だろ、カイト、三機を一つにする気か!?”
“無理だよ、設計思想が違いすぎる! 爆発するぞ!!”
“いいや、あいつならやる。……整備士の意地を、神様に見せてやれ!!”
***
俺は血走った目で、『Enter』キーを高く振り上げた。
視界の端で、『終焉のデバッガー』が巨大な拳を振り下ろす。
世界が消えるまで、あと三秒。
「——神様の作った仕様書なんて、俺が全部書き換えてやる!!」
ドォォォォォォォォンッ!!
俺の指がキーを叩いた瞬間、三機の機体が黄金の渦に飲み込まれた。
それは破壊の光ではない。
既存のルールを破壊し、新しい理を創造するための、初期化と再構築の光。
「──三体超合体!!」
光の柱が天を突き、そこから現れたのは、これまでのどの「勇者」とも違う、究極の姿。
絶体絶命の納期を越えた先に、カイトは『究極の仕様変更』を完遂させた。




