第13話:お掃除ロボを魔改造したら、国家予算級の自律抹消兵器が爆誕してしまいました
あの日、俺が全世界に「独立デバッグ特区」を宣言してから数日。
坂本重機整備の周囲には、奇妙な光景が広がっていた。
工場の半径一キロ圏内には、警察車両が一台もいない。
正確には、パトカーがラインのギリギリで立ち往生しているのだ。
俺が仕掛けた「サンドボックス(隔離環境)」のプログラムを恐れ、上層部が手出しを禁じたらしい。
一方で。
「カイトちゃーん! 昨日のテレビ見たわよ、カッコよかったわねぇ!」
「あ、おばちゃん。……応援は嬉しいけど、修理の列に割り込まないでね」
組織の目が届かなくなったこの場所は、図らずも「世界で最も安全な場所」として市民に認識されていた。
その結果、俺の元には「国家を揺るがす機密」ではなく。
近所のおばちゃんのトースターや、子供のラジコンの修理依頼が殺到していた。
「……ふぅ。これでトースターのデバッグは完了だ。次は……」
俺が額の汗を拭っていると。
工場の入り口に、明らかに場違いな黒塗りの高級車が止まった。
「……カイト殿とお見受けする。お忙しいところ失礼」
降りてきたのは、仕立てのいいスーツを着た、政府高官の秘書のような男だった。
彼は恭しく、一台の円盤型ロボットを差し出した。
どこにでもある、市販の「お掃除ロボ」だ。
「主人の屋敷で使っている機体なのだが……。
最近、部屋の角の埃を吸い残すようになってしまってね。特区の噂を聞き、直していただきたいと」
(……政府の人間が、わざわざ掃除機の修理か?)
俺のエンジニアとしての直感が、その内部の「違和感」を捉える。
一見ただの家電だが、ネジの一本まで「航空宇宙規格」のチタン合金が使われている。
おそらく、重要機密を扱う部屋で使うために魔改造された特注品だろう。
「……いいですよ。ただ、今の制御プログラムじゃ、これ以上効率は上がりません」
「ほう、ではどうされるので?」
「『マイクロサービス化』して、機能を完全に切り離します」
俺は軽い気持ちで、お掃除ロボの基板に自分の端末を接続した。
「……マイクロサービス? ただの掃除機に、そんな大層なものを?」
「ええ。今のこの子は、『走る』『吸う』『避ける』を一つの大きなプログラムで処理している。
だから、判断に迷いが出るんです。
機能を小さな単位に分割して、それぞれを独立して動かせば、処理速度は飛躍的に上がります」
俺は前世のクラウド開発で培ったノウハウを、手のひらサイズの基板に叩き込んだ。
ついでに、段差で立ち往生しないよう、アヴァロンの余剰パーツで作った『高出力ジャイロ』と『重力制御スライサー』を底面に組み込んでおく。
「よし、完成だ。……テスト起動」
俺がスイッチを入れた、その瞬間だった。
キィィィィィィィィンッ!!
家庭用とは思えない高周波の駆動音が響き。
お掃除ロボが、残像を残して消えた。
「なっ……消えた!? どこへ行ったんだ!?」
「上ですよ」
俺が指差した先——。
お掃除ロボは、重力を無視して「天井」を音速で走り回り、一瞬で埃を消し去っていた。
「な、ななな……天井を走っている!? しかもあの速度、最新鋭の迎撃ミサイルより速いぞ!?」
秘書の男が、腰を抜かして絶叫する。
さらに、床に落ちていたペーパークリップを「異物」と認識したロボは。
内蔵された重力フィールドでクリップを空中に固定し。
目にも止まらぬレーザー(俺がセンサー用に出力を上げたやつ)で、分子レベルで分解・消滅させた。
「……あ、すいません。少し設定を攻めすぎました」
「攻めすぎのレベルじゃないわよカイト!!」
横で見ていたセレナが、青ざめて叫ぶ。
「それ、お掃除ロボじゃないわ! 『全領域対応型・自律抹消兵器』よ!
一国の首脳会談に放り込んだら、数分で警備ロボごと全滅するわよ!?」
「……いや、お掃除機能がメインですから」
俺は唖然とする秘書に、リモコンを無理やり押し付けた。
「お代は、いつもの『三千円』でいいですよ。部品はジャンクですし」
「さ、三千円……。国家予算級の機体が、ランチ三回分だと……」
秘書の男は、震える手で「掃除機(最終兵器)」を抱え、逃げるように去っていった。
***
数時間後。
某国の情報局では、持ち帰られた掃除機の解析が行われていた。
「……報告します。……解析、不能です」
「何だと!? 我が国のスーパーコンピュータを使ってだぞ!?」
「はい……。プログラムが『マイクロサービス』として完全に分散されており、
一つを解読しようとすると、他のサービスが自動的に防御プログラム(デバッグ)を開始します……。
この男、カイト……。彼一人で、世界の軍事バランスを書き換えてしまいました……」
——カイトの知らないところで。
彼の「ちょっとした親切」が、再び世界の裏側を震撼させていた。
「……さて。次は近所のガキのラジコンか。……よし、こっちは『分散学習』でも積んでやるか」
平和な午後の光の中で。
俺のスパナは、今日も止まることを知らなかった。




