カンナギ国の攻防 その7
「そろそろかな?――いくよ!」
アリーナの号令は、爆ぜる炎と金属の衝突音を切り裂いて戦場に響いた。
次の瞬間、彼女の身体が弾丸のように前へと飛び出す。踏み込んだ石床が砕け、熱気を孕んだ風が後方へ巻き起こる。周囲では炎に巻かれた魔物たちが唸り声を上げ、焦げた肉と硫黄の匂いが入り混じる。
だが、アリーナの視線は揺るがない。
――最奥、玉座のような岩塊に鎮座するオークキング。
それだけを見据え、剣を振るう。
一閃。
炎を纏った刃が空気を裂き、迫り来るオーク兵の胴を両断する。血飛沫が蒸気となって弾けるが、彼女は止まらない。切り伏せ、踏み越え、さらに加速する。
「アリーナ様、ザコは私達がっ!」
ララが横合いから滑り込む。アリーナへ背後から襲いかかろうとしたトロールの巨腕を、迷いなく断ち切る。重い肉塊が地面に落ちるより早く、ララの二撃目が首を刎ねた。トロールの巨体が崩れ落ち、進路が開く。
「梅雨払いは任せてください」
ルルが一歩踏み込み、メイスを大きく振り抜いた。空気が爆ぜる。鈍い衝撃波が周囲へ広がり、群がっていた魔物たちが一斉に吹き飛ぶ。骨が砕ける音、鎧が歪む音、断末魔が混ざり合い、戦場が一瞬静まり返る。
「背後は取らせないよっ」
リリが影のように動く。双剣が銀の軌跡を描き、ゴブリンの喉、脇腹、脚を正確に断つ。三体、四体と瞬く間に崩れ落ち、アリーナの背後に一匹たりとも近づけない。
完璧な連携だった。
バトルメイドたちは、ただ守るだけではない。攻めの流れを作り、アリーナの突進を止めさせないための布陣。まるで一本の槍の穂先がアリーナで、三人はその柄のように彼女を支えている。
「うん、みんな頼りにしてるからねっ!」
振り返らずに放たれた言葉に、三人の声が重なる。
「「「任せてですっ!」」」
その声を背に、アリーナはさらに速度を上げた。
視界の先で、オークキングが立ち上がる。二倍はあろうかという巨躯。分厚い筋肉に覆われた身体からは禍々しい瘴気が立ち上り、巨大な戦斧が地面を引きずられて火花を散らす。
咆哮。
衝撃波のような怒号が空間を震わせる。天井から石片が落ち、炎が揺らぐ。
だが、アリーナは笑った。
「あとで、メイに笑われないようにしなきゃね。」
胸の奥で、あの日の誓いが熱を持つ。
――“メイから一本取ろう”。
あの訓練場で、何度も地に伏せさせられた日々。悔しさと、それ以上の尊敬。
ここで止まるわけにはいかない。
オークキングが戦斧を振り上げる。空気が圧縮され、地面がひび割れる。
振り下ろされる直前――
アリーナは踏み込み、低く潜り込む。斧が背後で地面を叩き割り、爆音とともに土煙が上がる。その懐へ滑り込み、全身の力を剣へ集中。
「――はぁぁぁっ!」
炎を纏った一撃が、オークキングの腹部へ叩き込まれる。硬い筋肉に刃が食い込み、火花と血が散る。
だが、まだ浅い。
オークキングが反撃の拳を振るう。岩のような拳が迫る。
「アリーナ様!」
ララの声。ルルが衝撃波で拳の軌道を逸らし、リリが脚へ斬撃を入れる。
巨体が一瞬、体勢を崩す。
その一瞬。
アリーナは跳躍した。
炎が螺旋を描き、剣が頭上で輝く。
狙いはただ一つ――王の首。
灼熱の軌跡が、戦場を縦に切り裂いた。
オークキングの咆哮が、空間そのものを震わせた。
鼓膜を叩く衝撃。肺の奥まで揺さぶられる重圧。
その巨体は、まるで岩山が動き出したかのようだった。隆起した筋肉は鉄塊のように硬く、全身から立ちのぼる瘴気が床石を黒く焦がしている。握られた巨大な戦斧は、刃渡りだけでアリーナの身長を超えていた。
「――はぁぁぁっ!」
アリーナは跳び込む。
炎を纏った剣が、一直線にオークキングの胴を狙う。鋭い踏み込み。完璧な間合い。狙いも迷いもない。
だが――
ギィンッ!!
耳を裂く金属音。
刃は確かに命中した。だが、斬れたのは表皮をわずかに裂いただけ。まるで分厚い鎧を斬りつけたような手応えに、アリーナの目が一瞬見開かれる。
「硬っ……!」
次の瞬間、反撃。
戦斧が横薙ぎに振るわれる。空気が圧縮され、衝撃波が石床を砕きながら迫る。
「アリーナ様、右っ!」
ララの叫び。
アリーナは咄嗟に身を沈める。頭上を斧が通過し、背後の壁が粉砕された。石塊が雨のように降り注ぐ。
その隙を突き、リリが駆ける。双剣が閃き、オークキングの膝裏へ連続斬撃を叩き込む。
肉は裂ける。だが、浅い。
「くっ……!」
オークキングが足を踏み鳴らす。
衝撃波。
地面が爆ぜ、リリの身体が弾き飛ばされる。
「リリっ!」
「大丈夫、です……っ!」
空中で体勢を立て直し、着地するリリ。その間にルルが前へ出る。
「梅雨払い、もう一度っ!」
メイスが振り抜かれる。
重い一撃がオークキングの側頭部を捉える。鈍い音。巨体がわずかに揺れる。
――今だ。
アリーナは踏み込む。
炎を最大まで高める。剣が白熱し、刃の周囲で空気が歪む。
「貫けぇぇっ!」
一点集中の刺突。
腹部の傷口へ、正確に突き立てる。
だが――
ゴッ!!
剣が止まる。
筋肉が、刃を締め上げる。
「なっ……!?」
次の瞬間、オークキングの拳が振り下ろされた。
回避が間に合わない。
「アリーナ様!!」
ララが割り込む。斬撃で拳の軌道をわずかに逸らす。
それでも――
ドンッ!!
衝撃がアリーナを襲う。身体が横へ吹き飛ばされ、床を転がる。肺から空気が強制的に吐き出される。
「かはっ……!」
剣を杖にして、なんとか立ち上がる。
視界が揺れる。
(重い……速い……硬い……!)
一撃一撃が致命傷級。しかも、ただ力任せではない。振りの速さも、踏み込みも、王の名に恥じぬ練度。
オークキングが笑うように牙を剥く。
「……っ、まだ!」
アリーナは再び駆ける。
だが、焦りが生まれていた。
斬る。
弾かれる。
避ける。
反撃をもらう。
決定打が、入らない。
ララが側面を攻め、リリが脚を削り、ルルが衝撃で体勢を崩す。
連携は完璧。
だが、それでも押し切れない。
「アリーナ様、少し下がって――!」
「ううん、ここで止まれない!」
強がりだった。
腕が痺れている。握力が落ちているのがわかる。
(メイなら……)
ふと、脳裏をよぎる。
あの人なら、この硬さをどう崩す?
力で? 技で? それとも――
考えた瞬間、隙が生まれた。
オークキングが突進する。
巨体とは思えぬ速度。
「っ!!」
受けるしかない。
剣を構え、防御。
衝突。
凄まじい衝撃が全身を貫く。骨が軋み、足が床を削りながら後退する。
止まらない。
押し負ける――!
その背後に回り込む影。
リリが支え、ララが斬撃で肩を裂き、ルルがメイスを叩き込む。
三方向からの同時攻撃。
さすがにオークキングもよろめく。
アリーナは荒い息をつきながら、剣を握り直す。
(みんながいるのに……私が決められない)
悔しさが胸を焼く。
炎が揺らぐ。
攻めているのに、押し切れない。
確実に削っている。だが、向こうの方がまだ余力がある。
「アリーナ様、焦らないでください!」
ララの声が届く。
「私達は、貴女の剣です!」
「背中は絶対守るよ!」
「道は、必ず作ります!」
三人の声が重なる。
アリーナは、ぎゅっと歯を食いしばる。
(……まだ、一本取れてないよね)
オークキングが再び斧を構える。
巨大な影が迫る。
アリーナは構え直した。
まだ倒れない。
まだ終わらない。
だが――
王の威圧は、確実に彼女を追い詰めていた。
「みんな……ごめん、3秒だけ持ちこたえてっ!」
その言葉が放たれた瞬間、戦場の空気が凍りついた。
三秒。
平時なら瞬きほどの時間。だが今、目の前にいるのは明らかに格上――オークキング。
その三秒は、永遠にも等しい。
「――承知しました!」
ララが即座に前へ出る。
オークキングの戦斧が振り下ろされる。大地を割る一撃。
ララは正面から受けず、刃の腹で軌道を逸らす。衝撃で両腕が悲鳴を上げる。足元の石床が砕け、血がにじむ。それでも、退かない。
「まだ一秒も経ってませんっ!」
「背後へは通さない!」
リリが疾風のように駆け、両脚へ連撃を叩き込む。筋肉が裂け、血飛沫が舞う。だがオークキングは構わず足を振り上げる。
直撃。
リリの身体が壁へ叩きつけられる。
「ぐっ……まだ……っ!」
崩れ落ちない。双剣を杖に立ち上がる。
「任されたんだからねっ!」
ルルのメイスが轟音とともに振り抜かれる。衝撃波が至近距離で炸裂し、オークキングの上体をわずかに仰け反らせる。
だが反撃の拳が、ルルの肩を捉える。
鈍い音。
鎧が歪み、血が飛ぶ。
それでも三人は退かない。
斬る。逸らす。打ち据える。
完全に防ぎきれない。確実に傷は増えていく。それでも――
「アリーナ様のためにっ!」
「三秒、守るっ!」
「まだ……いけます!」
オークキングの咆哮が響く。巨体が暴れ狂う。戦斧が横薙ぎに薙ぎ払われ、三人まとめて吹き飛ばされる。
地面を転がりながらも、立つ。
血を流しながら、再び前へ。
その瞬間――
「お待たせっ!」
空気が変わった。
アリーナの足元から、蒼白い光が噴き上がる。
「これで決めるよっ!――限界突破っ!!」
爆発的な魔力が解き放たれる。
炎が白く染まり、雷が混ざる。彼女の瞳が灼光を帯び、髪が逆巻く。
封じてきた禁断の奥義。
「――滅魔斬・壱乃型!」
踏み込み。
床が消し飛ぶ。
瞬間移動にも等しい速度で間合いを詰め、横薙ぎ一閃。
轟音。
オークキングの胸部に深い裂傷が走る。初めて、確かな手応え。
「グオォォォッ!?」
咆哮が苦悶に変わる。
止まらない。
「弐乃型!」
跳躍。
上空からの急降下斬撃。雷を帯びた刃が肩口から腹部までを斜めに裂く。瘴気が弾け飛ぶ。
オークキングが戦斧を振り上げる。
だが。
「参乃型!!」
三連の超高速突き。
一点、同一点、さらに深く。
筋肉を貫き、内部へ雷が流れ込む。
巨体が膝をつく。
だが、まだ倒れない。
(あと……三分)
限界突破の持続時間。
それを過ぎれば、魔力は枯渇し、身体は動かない。
負けだ。
焦りが胸を焼く。
(落ち着け……焦ったら、終わる)
オークキングが最後の力を振り絞る。
全身の瘴気が爆発的に膨れ上がる。戦斧に黒い雷が絡みつく。
叩きつけられる、王の全力。
アリーナは真正面から踏み込んだ。
回避しない。
逃げない。
全魔力を、刃へ。
「――ファイナルブレイクっ!!」
雷鳴が轟く。
「終焉の轟雷斬!!」
世界が白に染まる。
雷を纏った刀身が、一直線に走る。
戦斧を両断。
瘴気を切り裂き。
オークキングの胸部を、完全に貫通する。
時間が止まったような静寂。
次の瞬間――
内部から雷が炸裂する。
轟音。
巨体が光に包まれ、縦に裂ける。
オークキングの咆哮が途切れ、ゆっくりと崩れ落ちる。
地面が揺れ、砂塵が舞い上がる。
静寂。
限界突破の光が消える。
アリーナの膝が折れかける。
「アリーナ様!」
三人が駆け寄る。
剣を地面に突き立て、なんとか立ち続けるアリーナ。
荒い呼吸。
震える指。
それでも、口元には笑み。
「……三秒、ありがと」
血にまみれたバトルメイドたちが、誇らしげに頷く。
王は倒れた。
だが、それは仲間全員で掴み取った、ぎりぎりの勝利だった。
勇者姫の面目躍如です。
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