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第27話『呪われし剣との対話』


俺の手のひらに、ずしりとした重みが加わった。

エリスさんから手渡された長剣、『魔力喰らい(マナ・イーター)』。

その刀身は、工房の薄暗い魔導灯の光を吸い込むかのように、鈍い銀色の輝きを放っている。装飾は一切なく、ただひたすらに、斬る、そして喰らうという機能だけを追求したかのような、無骨で、しかしどこか妖艶な美しさを秘めていた。

「……こいつが、俺の新しい武器か」

俺は、剣をゆっくりと両手で持ち上げた。

見た目以上の重量感。だが、問題は物理的な重さではなかった。

剣を握った瞬間、俺の体の中から、生命力そのものが、ごっそりと吸い取られていくような、凄まじい感覚に襲われたのだ。

「うっ……ぐ……!?」

立っていられない。

俺は、その場に片膝をつき、荒い息を繰り返した。

体の中を流れる、イグニールから与えられた膨大な厄災魔力カラミティ・マナが、まるで嵐の中の川のように、この剣へと吸い込まれていく。それは、制御された流れではない。決壊したダムから溢れ出す濁流のように、俺の意志とは無関係に、ただ奪われていくだけだった。

「これは……剣じゃない。呪いだ……」

俺の喉から、かすれた声が漏れた。

このまま握り続ければ、俺は、ミイラのように干からびてしまうだろう。

『フン。その程度か。やはり貴様には、過ぎた玩具だったようだな』

肩の上で、イグニールが、心底つまらなそうに、言った。

彼の言葉に、俺は何も言い返せない。

「理論上は、あなたがこの剣のマスターになれるはずです」

工房の制御盤の前に立つエリスさんは、冷静な声で告げた。その手元のパネルには、俺の体内から流れ出す、魔力の数値が、異常な警告音と共に表示されている。

「問題は、あなたの意志の強さ、ただそれだけです。剣に喰われるか、あなたが剣を喰らうか。今、あなたは、試されている」

彼女の言葉は、どこまでも冷徹で、他人事のようだった。

だが、その瞳の奥には、確かな信頼の光が宿っているのを、俺は見逃さなかった。

彼女は、信じているのだ。俺が、この呪いを、乗りこなせる、と。

「……上等じゃねえか」

俺は、残った全ての力を振り絞り、ゆっくりと立ち上がった。

ふらつく足で、工房の中央に立つ、訓練用の自律式ゴーレムと向き合う。

「やってやるよ。こいつを、俺の牙に、変えてみせる」

俺の、本当の戦いが、始まった。

それは、誰に見せるでもない、たった一人の、自分自身との、戦いだった。

◇◇◇

それからの数日間、俺の生活は、地獄という言葉ですら、生ぬるいものだった。

訓練初日。

俺は、剣を構えることすら、できなかった。

ゴーレムが、ゆっくりとした動きで、訓練用の棍棒を振り下ろしてくる。

それを、剣で受け止めようとした、瞬間。

衝撃が加わった『魔力喰らい』は、さらに活性化し、俺の体から、凄まじい勢いで魔力を吸引した。

「ぐあああっ!」

俺の体は、魔力欠乏の激しい眩暈に襲われ、いとも簡単に、吹き飛ばされた。

工房の壁に叩きつけられ、俺は、しばらくの間、起き上がることすらできなかった。

「今のあなたは、穴の空いたバケツです」

インカムから、エリスさんの声が聞こえる。

闘技場での一件以来、彼女は、俺の訓練中は、常に工房の外のモニタールームから、指示を出すようになっていた。万が一、俺が暴走した際に、工房ごと隔離し、緊急停止システムを作動させるためだ。

『ただ魔力を垂れ流しているだけでは、剣の空腹を満たすだけの、ただの餌食です。流れを、意識しなさい。あなたの体の中にある、厄災魔力の、巨大な奔流を』

流れを、意識する。

言うのは、簡単だった。

だが、俺の体の中の力は、俺自身のものですら、ないのだ。

それは、イグニールの力。〝滅びの竜王〟の、世界を焼き尽くすほどの、制御不能なエネルギー。

それを、俺のような、Fランクの小僧が、意識して、コントロールしろ、と?

二日目。三日目。

俺は、何度も、何度も、吹き飛ばされた。

全身は、痣だらけになり、受け身を取り損ねた肩は、鈍い痛みを訴え続けている。

疲労困憊でベッドに倒れ込むと、悪夢にうなされた。

夢の中で、俺は、見知らぬ戦場にいた。

騎士が、魔術師が、屈強な戦士が、俺と同じように、『魔力喰らい』を手に、戦っている。

だが、彼らは、皆、最後には、剣に己の全てを喰われ、乾いた骸となって、崩れ落ちていく。

剣の、過去の記憶。その所有者たちの、無念と、絶望が、俺の精神を、蝕んでいく。

「……もう、やめだ……」

四日目の朝。

俺は、ついに、心が折れかけていた。

工房へ向かう足が、鉛のように重い。

『―――見損なったぞ、小僧』

その時、肩の上で、ずっと沈黙を保っていたイグニールが、静かに、言った。

「……なんだよ」

『我が力は、奔流だ。天を穿ち、地を裂く、大河の流れよ。貴様は、その大河の水を、ただ、手で掬おうとしているにすぎん。それでは、いつまで経っても、溺れるだけだ』

「……じゃあ、どうしろって言うんだよ!」

俺が、苛立ち紛れに、叫ぶと、イグニールは、ふっと、息を吐いた。

『流れを、変えようとするな。流れに、乗るのだ。大河の中に、己という、一本の、確かな流路を、作るのだ。さすれば、大河は、自ずと、その流路に従う』

流れに、乗る。

流路を、作る。

その言葉は、まるで、天啓のように、俺の心に、染み込んだ。

俺は、工房へと、走り出した。

◇◇◇

その日の訓練は、今までとは、全く違っていた。

俺は、ゴーレムの攻撃を、無理に、受け止めようとはしなかった。

剣を、振るおうともしなかった。

ただ、目を閉じ、自分の体の中を流れる、厄災魔力の、巨大な奔流に、意識を、沈めていく。

それは、恐ろしく、禍々しく、そして、どこまでも、雄大だった。

今までは、ただ、その力に怯え、蓋をすることしか、考えていなかった。

だが、今は、違う。

イグニールは言った。流れに乗れ、と。

俺は、剣を、ただ、構えた。

そして、自分の意識を、一本の、細い、光の糸のように、イメージした。

その光の糸が、奔流の中に、確かな、一本の「道」を作る。

その道を、魔力が、流れていく。

俺の腕へ。そして、その先にある、『魔力喰らい』へと。

ゴーレムが、動いた。

棍棒が、俺の頭上めがけて、振り下ろされる。

俺は、目を開けた。

そして、剣を、動かした。

力任せではない。

まるで、水が流れるように、自然に、滑らかに。

俺の意志と、魔力の流れ、そして、剣の動きが、完全に、一つになった。

剣の刀身が、ゴー-レムの棍棒の、側面に、吸い付くように、触れる。

そして、俺は、その力を、受け流した。

まるで、合気道のように。あるいは、柳が、風を受け流すように。

ゴーレムの、凄まじいパワーは、俺の剣を伝い、俺の体を通り抜け、そして、足元の、石畳へと、霧散していく。

ゴーレムは、自らの力を持て余し、大きく、体勢を崩した。

俺は、その隙を、追撃しなかった。

ただ、静かに、剣を、構え直す。

俺の、内側で、何かが、変わった。

確かな、手応え。

剣は、もはや、俺から、一方的に、魔力を奪うだけの、呪いの道具ではなかった。

俺の意志に、応えている。

俺と、対話している。

『……ほう』

イグニールの、感嘆とも、驚愕ともつかない、声が、聞こえた。

『……素晴らしい』

エリスさんの、インカム越しの声が、わずかに、震えている。

俺は、初めて、この呪われし剣と、心を通わせることが、できたのだ。

◇◇◇

そして、訓練開始から、七日が経った、最後の日。

「―――最終試験を開始します。これに、あなたが耐えられなければ、作戦は、全て、中止します」

エリスさんの、冷徹な声が、工房に響いた。

目の前のゴーレムの、複眼が、今までとは違う、禍々しい、深紅の光を、灯した。

その体から、凄まじい魔力が、溢れ出す。

『戦闘モード、レベル5。過去の武闘大会出場者、バルガス、及び、シルヴィアの戦闘パターンを、複合させた、シークエンスを、開始』

ゴーレムが、動いた。

その動きは、もはや、機械のそれではない。

バルガスのような、圧倒的なパワーと、シルヴィアのような、幻惑的なスピード。

その、二つの、相反する脅威が、同時に、俺へと、襲いかかってきた。

だが、今の俺は、もう、ただのFランクではなかった。

俺は、迫り来る、金属の嵐の中へと、自ら、飛び込んでいった。

右から迫る、戦斧を模した腕の一撃を、剣で受け流し、その力を利用して、体を回転させる。

その回転の勢いを、そのまま、左から迫る、ダガーのような爪の連撃を、弾き返す力へと、変換する。

舞うように、踊るように。

俺は、ゴーレムの猛攻を、全て、いなし、捌き、受け流していく。

俺の体の中では、厄災魔力の奔流が、俺が作った「流路」の中を、気持ちよさそうに、駆け巡っていた。

そして、その力は、『魔力喰らい』へと注がれ、銀色の刀身に、静かな、しかし、恐ろしいほどの、力を、蓄積させていく。

そして、クライマックスは、訪れた。

ゴーレムが、全ての機能を最大出力にし、胸部の魔力砲から、高密度の、熱線を、放ってきたのだ。

これまでの俺なら、避けることしか、できなかっただろう。

だが、今は、違う。

「―――喰らえええええええええええッ!!」

俺は、生まれて初めて、心の底から、雄叫びを上げた。

そして、俺自身の意志で、体内の厄災魔力を、最大限に、解放した。

その、全てを、『魔力喰らい』へと、注ぎ込む。

剣が、啼いた。

銀色の刀身が、溢れ出す魔力に耐えきれず、悲鳴のような、甲高い共鳴音を、発する。

そして、俺は、その力を、前へと、解き放った。

放たれたのは、イグニールが放つような、全てを消滅させる、破壊の奔流ではない。

それは、極限まで、洗練され、凝縮された、ただ、ひたすらに、美しい、一閃の、銀色の、斬撃だった。

銀色の光は、ゴーレムが放った熱線を、両断し、そのまま、ゴーレムの右腕を、綺麗に、切断した。

切断面は、まるで、鏡のように、滑らかだった。

「…………はぁ、はぁ、はぁ……」

俺は、その場に、膝をつき、荒い息を、繰り返した。

魔力を、ほぼ、使い果たした。

だが、あの時のような、毒に侵されるような、痛みはない。

ただ、心地よい、疲労感だけが、あった。

切断された腕を、火花を散らしながら、ぶら下げ、ゴーレムは、完全に、その動きを、停止した。

静寂が、工房を、支配する。

『―――合格です』

やがて、エリスさんの、震える声が、聞こえた。

『フン。ようやく、我が乗り物として、最低限の、スタートラインに立ったか』

イグニールの声が、どこか、満足げに、響いた。

俺は、自らの手の中にある、『魔力喰らい』を、見つめた。

銀色の刀身が、俺に応えるように、微かな、光を、放っている。

それは、もう、呪いの剣ではなかった。

俺の、魂の半分を分け与えた、かけがえのない、相棒だった。

「こいつとなら……やれるかもしれない」

俺は、静かに、呟いた。

調査の話も、アジトの話も、まだ、何も始まっていない。

だが、俺は、確かな、力を、そして、何よりも、自信を、手に入れたのだ。

俺の、本当の反撃が、ここから、始まる。

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