ep7 やっぱり一緒に暮らそう
龍我は彼女の腕を掴み、玄関に向かおうとするところを妨げた。
「そ、そんな待てよ! これからどうするんだよ!」
「ワタシが住めるところ、探すアル」
「んなアテもないのに……無理だ! 途中で電池切れしたらどうするんだ? 動けなくなったら、誰も助けてくれないぞ!」
「そうなったら……分からないアル」
必死の説得を受け、シンマオに少し弱気の兆候が見えた。動けなくなることへの不安からか、彼女の顔をうつむかせる。
「何とか充電の方法は考えるから! 引き取る人が見つかるまではここにいてくれ!」
ここで見捨てたら絶対後悔する。
一生の心残りになる。
龍我は直感でそう感じていた。だからこそ、理屈を抜きして懇願した。
「でもワタシ、ここには住めないアル」
「住むだけならできるでしょ」
二人の会話に割って入ったのは、雀女であった。
「……そんな素直に言われると、私も気分悪くなっちゃうじゃない」
雀女は嫌味ったらしい言葉をかけることもあるが、根っからの性格がねじ曲がっているわけではない。むしろ純粋で傷つきやすい性格である。きっと先ほどの件を反省しているのだろう。
「なるほど、充電切れても部屋に置くだけならできるってことか。そりゃ一理あるな」
玄麻は手をポンっと叩いた。後味の悪い展開にならないよう、彼もまた雀女に同調する。
「アイヤァ……! ワタシ、ここに住んでいいカ?」
キョロキョロと家族四人の顔を、順番に見つめていく。
雀女を筆頭に、玄麻、白加がコクりとうなずいた。三人とも、一連の流れでシンマオに完全に感化されていたようだ。
「……ああ、みたいだな!」
そして龍我が最後に、喜びを象徴する白い歯を見せた。
「良かたアル! ワタシ、ここに住めるアル!」
一同の反応に感激するシンマオ。真顔から笑顔へと変わり、元気に飛び跳ねた。
龍我たち四人は家中の照明を消し、家電製品のプラグを抜いた。
再び中道家は暗くなり、外から見ればもぬけの殻である。そんな暗闇の中、リビングに家族全員が集まっていた。
「なんだか、キャンプに来たみたいだわ」
雀女がスマートフォンのライトで部屋の至るところを照らして見渡す。いつも住んでいる場所であるが、真っ暗な部屋に家族が集まるというシチュエーションが加わると、遠くへ出かけたような高揚感が味わえる。
サーチライトのように光がうごめく中、シンマオにスポットが当たった。シンマオは、龍我に見守られながらリビングで使われていないコンセントにプラグを差していた。
これこそが、家中の電気を消した理由である。彼女が具体的にどれだけの電気を食うか分からないため、他の電力源を断てば充電できるのではないかと試していた。
「どうだ?」
シンマオの今後に関わる重大な局面に、恐る恐る尋ねる。
「……電気、来てるアル」
その言葉を聞くと同時に、龍我は偉業を成し遂げたかのようなガッツポーズと取った。
「良かったぁ~!」
腹の底から捻り出した歓喜の声は、龍我の心情を端的に表していた。
「シンマオちゃんにアンペア集中させればオッケーってわけね」
雀女もシンマオの元に寄り添い、頭を撫でる。ところが、シンマオは何の反応も示さなかった。顔がのっぺらぼうになり、叩いてもうんともすんとも言わない。
「あら?」
「こりゃ充電完了まで起きないパターンだな」
硬直するシンマオは検索中のソレに近い。龍我もだいぶ彼女の生態になれたようで、大した心配はしていなかった。
子供たちがシンマオのほうに興味を持っている中、玄麻と白加は冷蔵庫の前にいた。
「いやぁ~、まさかこんな時に充電式の冷蔵庫が役立つとは、俺って先見の明あるなぁ」
冷蔵庫に手を添える玄麻。この冷蔵庫は、電気の供給が無くても一定期間は冷蔵庫として機能するという、珍しい特徴があるものだった。停電時等に備えて買ったものが、想定外の場面で役に立ったということである。
「でも空調がない。夜寝られないわ」
今日は熱帯夜。この蒸し暑さでは睡眠不足どころか、熱中症になりかねない。白加が気だるそうに手で顔を仰ぐ。各部屋にエアコンが設置されているわけだが、シンマオの充電がある以上、使うことはできない。
「扇風機でなんとか、あれも充電式だから半日は持つでしょ」
白加が口をしかめながらうなずく。納得はできないけど承諾した、といった感じであろう。
扇風機の話を終えた玄麻は冷蔵庫から離れ、シンマオのほうへ向かった。雀女が持っているライトによって照らされていたため、暗闇でも迷うことなく進むことができた。
充電中のシンマオとそれをうっとりと眺める龍我。その姿を見た玄麻は、和むように口角を上げた。
「それにしても……龍我って感じするよなぁ」
「どういう意味だよ」
玄麻の台詞が嫌味に聞こえたので、龍我の口調はご機嫌斜めである。
「趣味全開ってこと。昔からこういうの好きだったじゃん?」
〈こういうの〉がどういうものか説明するのかは野暮であろう。とにかくシンマオは、龍我の嗜好にどストライクの存在であった。
「はぁ? 俺が下心でここに居候させようとしたって言う気か?」
龍我はムキになり、邪な気持ちについて微塵も認めなかった。彼にもプライドというものがある。
「あら、違うの?」
三人と少し離れたところで聞いていた白加が、ボソりと口を出す。
「断じて違う! 俺がお人好しだから助けただけ! 個人的な感情なんて一切ないから! 誰であろうと同じ状況なら泊めるし!」
龍我がソファーの上に立ち上がり、強く主張した。額には汗がにじみ出ていて、口だけでなく体も熱くなっている。〈こういうの〉が好みであることは家族全員に既に知れ渡っているわけだが、それでも彼のプライドが認めることを許さなかった。
「え、でも私帰った時……」
異を唱えようとしたのは雀女。数時間前に見た兄の不審な行動が、シンマオと無関係なわけがない。既に二つの事側は完全に結び付けられていた。
「知らん! 気のせいだろ! 俺はかわいいなんて一言も言ってない」
否が応でも認める姿勢を見せない。そのためにはどんな無理筋でも通す気迫を感じさせる。
「私もまだ何も言ってないけど……」
だがこれまでの反応で、実質的に答え合わせが行われていた。
「ま、違うなら違うってことに、しておいちゃいますか!」
「変なことする時は自分の部屋でね」
三人はニヤニヤと笑いながら、表面上は龍我の意見を受け入れた。当然、内心はそんなことを思ってはいない。確信が確定へと変わったので、もう弁明も聞く価値もないと思っただけである。
顔を赤くしながら、龍我は歯がゆい想いをすることになった。
「くうぅ……! これだから言いたくなかったんだよおおおおお!!」
龍我がシンマオを隠したかった一番の理由、それは家族から自分の嗜好をおちょくられたくなかったからだ。
憤りを叫ぶものの、第三者にこの気持ちが届くことなく、虚しくリビングに反響するだけであった。