ep6 さようならシンマオ
シンマオがプラグを差し込んだ瞬間、部屋が暗転した。
光源である電灯がプツりと切れ、大きなベッドの上にある枕の位置も、勉強机に置かれた参考書も、棚に置かれたフィギュア達も、ほとんど識別できなくなってしまった。
龍我の目に映るのは、青く揺れる二つの光。シンマオが文字通り、眼を光らせているのみである。
「アイヤー! どうしたアルか!? 電気来ないアル!」
混乱するシンマオ。青い瞳がゆらゆらと揺れる姿は、人魂のようである。
「……もしかして、ブレーカー落ちたのか?」
龍我は冷静に原因を考える。停電のきっかけからして、シンマオが関係あるはずだと睨んだ。
「ブレーカー?」
「ブレーカーってのが落ちると、家に電気が来なくなるんだ」
「アイヤァ……。ワタシ、充電できないアル」
シンマオは自分の右手を見て寂しそうに言った。
対する龍我は、どうやって言い訳をするか考えながら、とりあえず懐中電灯代わりにスマートフォンを探す。
その時、ガチャッという音と共がし、白い光が扉の方から侵入してきた。
「お兄ちゃん大丈夫!? 急に電気が……」
その正体は妹、雀女である。雀女は部屋を隅の方から順にスマホのライトを照らしていき、龍我の正確な位置を探ろうとする。
そしてその光がシンマオに当たり、顔が明確に映し出されてしまった。
「ゲッ……」
龍我の顔が青くなる。ただでさえ暗闇で視界から得られる情報が限定されるこの状況で見過ごすなどあり得ない。完全にシンマオを認識されてしまった。
「はじめましてアル。ワタシ、シンマオと言うアル」
事の重大さに気付くわけもなく、シンマオは挨拶。マネキンという言い訳すら封じられてしまった。龍我は何も言えず、ただただ痛む腹を抑えるのであった。
「…………」
同様に、雀女もポカンとしていた。少しの間の後、何かを心に決めると、肺に空気を思いっきりため、大声と共に吐き出した。
「イッ……イヤアアアアアアアアアア!!」
その後、玄麻が各種ブレーカーを入れ直し、中道家に明かりが戻った。
リビングに家族四人とシンマオが集合する。ソファーに玄麻、白加、雀女が座り、テーブルを挟んで龍我とシンマオが正座をしていた。
「で、そのロボットに充電させたらブレーカーが落ちたと……」
パジャマを着た白加が目を細める。頭にはタオルを巻いていて、体の周りは微かに熱気を感じさせる。そこから分かる通り、彼女は入浴直後であった。パジャマの柄はクールなイメージと対照的に様々な動物の柄がプリントされたキュートなものである。
「うん……こんなことになるとは思わなくて……」
「何か隠しているとは思ったけど、こりゃ予想外すぎって感じー」
玄麻は複雑な表情でシンマオを眺めた。彼も妻とおそろいのパジャマを身に着けていた。
「おかげで録画中の番組もパァになってたし……」
頬杖をつきながら、テンション低くつぶやく雀女。タンクトップにショートパンツという恰好で、かなりラフな姿である。
夜遅くに騒ぎを起こされ、とにかく三人とも不機嫌気味であった。
「俺たちも風呂入ってたら急に電気消えちまって……びっくりしちまったよな?」
と、玄麻が言うと、白加は口を閉ざしたまま、コクりと頷いた。
「リューガ、ワタシ、悪いことしたカ?」
シンマオはコンセントにプラグを差し込んだことと、ブレーカーが落ちたことの因果関係が分かっていないようだ。正座も、龍我の真似をしているにすぎない。とはいえ、龍我の家族の様子から何となく悪い事をした予感がよぎっていているらしく、ソワソワと首を動かしていた。
シンマオの台詞に真っ先に反応したのは、雀女であった。
「えっ……? 自分がどう迷惑かけたか分からないの?」
雀女は声が荒ぶった。停電で録画失敗したことに対する恨みつらみが込められているのだろう。基本的には真面目で世話焼きな性格ではあるもの、機嫌が悪いとネチネチした言い回しで相手を詰めるという短所も存在していた。
「待った待った、この子は人間じゃないんだ。こう……感覚が分からないんだよ。そんな怒らないでくれ」
龍我がシンマオのフォローに入る。前のめりになった雀女を、膝立ちして抑えようとする。
「リューガ、ワタシ、悪いことしたカ? ワタシ、分からないアル」
「えっと……」
龍我は言葉に詰まってしまった。原因そのものはシンマオにあるとしても、因果関係自体を理解していない彼女に、悪いと直接答えるのも気が引ける。脳内の葛藤を即座に消化できず、ローディング中のアイコンが額に欲しくなるほどに、黙り込んでしまった。
「はあ、お兄ちゃんも説明できないじゃない。正直に教えなよ」
龍我の態度に雀女はさらに苛立ちを覚える。
「悪気がないのは本当っぽいね。ま、録画の件は俺のほうがなんとかするからさ、大目に見てやったらどうだ? 怒っても馬の耳に念仏っちゅーことで」
雀女をなだめたのは玄麻であった。見た目はふざけていても、ちゃんと親としての役割は器用にこなしていた。雀女自身も多少は納得できたのか、寄せていた眉間のしわが退いていった。
「でもさ、充電がウチじゃできないわけでしょ? そーすると、ここに置いとくわけにはいかねぇなぁ……」
その一方で、玄麻自身もシンマオを自宅に招くことには懐疑的であった。
「私も同感」
白加も玄麻の話に同調する。
「ワタシ、どうすればいいカ?」
「とりあえず、ここにあなたが住むことはできない。後はあなたが考えること」
雀女はまたも厳しい言葉をかける。これまでの会話の中で、ストレートに伝えなければ分かってくれないと確信したのだろう。
「おいおい……」
厳しい物言いに龍我は少し引いてしまった。対してシンマオは、雀女の発言を従順に聞き入れ、顔色一つ変えずに立ち上がった。
「分かたアル。リューガ、ありがとうアル」
龍我のほうを向き、ペコリと頭を下げる。そこに迷いや葛藤は一切見えなかった。




