ep5 ヒヤヒヤな龍我
時は過ぎ、夕刻。
中道家には居間、台所、食事室の役割が一括になったリビングダイニングキッチンがあった。当然、正確な意味合いを重視して長ったらしい名前を恒常的に使うことはなく、家族全員がリビングと通称している。
南日が入る窓側には大型テレビやソファー、インテリア等、そこにいる人が最大限くつろげる空間が作られている。窓際は沖縄の海をイメージした鮮やかな柄のカーテンが取り付けられていて、その先は石畳の庭が続く。
一方反対側はシステムキッチンに冷蔵庫をはじめとした調理家電、テーブルやイスといったダイニングセットが並び、食事をする空間としての側面が強い。
そんな広々とした空間で、雀女は夕食を作っていた。
「お兄ちゃ~ん。配膳お願~い」
龍我はソファーに寝そべり、テレビをダラダラと見ていた。壁を隔てていないがために、手の空いている家族がいれば簡単に呼ぶことができる。
「はいはーい」
軽い返事をする龍我。平然を装っているが、内心はシンマオのことで頭がいっぱいであった。本当はシンマオのところに行きたいところだが、不意打ちで自分の部屋に来ないよう、雀女を監視している必要があった。
違和感を持たれないよう、精一杯普段の自分を演じながら、料理が盛りつけられたお皿を運んでいく。今日の料理はハンバーグとポテトサラダ、家は広いほうなのに対し、食事は倹約傾向である。
「さ、席についたついた! 食おうぜ」
紺と白のチェック柄のテーブルクロスが卓には敷かれている。白い皿との組み合わせによって盛られた料理が引き立ち食欲を促進させる。普段の自分になりきって、龍我は雀女を急かした。
ピンポーン。
その時、玄関からチャイムが鳴る。
「あっ!」
心当たりがあるためか、雀女は嬉しそうに玄関へと走り出した。
玄関には二人の男女が待っていた。
「ちーっす!」
雀女を見ると、男は軽い挨拶を行った。金に染色された長い髪と、派手な色遣いのファッションは、チャラチャラとした印象を受ける。見た目は若々しいものの、手の先は中高年の年季が微かに感じられる。
一方、もう一人の女は地味で、スーツ姿で大人しく男の後ろに立っていた。男と同様、見た目は若々しいのだが手の先に年齢が見え隠れする。
「おかえりなさい、お父さん、お母さん。いらないっていうから夕食は作ってないわよ」
奇妙なコンビは両親であった。父の名は玄麻、母の名は白加である。
「全然全然いいッスよ、カップ麺でいいよなぁ白加?」
玄麻に父親らしい威厳など一切見せる気がない。その関係性は親子というより友人に近い。
「ええ。結構」
白加は言葉数が少ない。素っ気のなさは一見けん怠期かと思ってしまうが、別にそういうわけではなく、元々感情の起伏を表に出さない性格なだけである。
家族三人の元に、龍我が少し遅れてやってくる。
「いちいち出迎えなくていいのに。せっかく作ったのに冷めちゃうぜ」
龍我は妹を呼び戻すために来たのであった。
「てか龍我、なんか隠し事してない?」
龍我の顔を見て、真っ先に玄麻は尋ねた。
「へぇ!?」
急な詮索に驚き、変な声が出る。何の前触れもなく、第一声で核心を突くような質問をする父には、背筋を凍らせるしかない。いい加減な性格に見えて、玄麻の洞察力は非常に高いのであった。
「いや……してないけど?」
どんなに疑われようとも、龍我にできることはしらばっくれる事のみ。強気に知らないと言い張った。
「マ? 絶対裏あると思うけどな~」
玄麻はじっとにらむ。この手の直感が良く当たることは他の家族を知っているので、雀女や白加も龍我を見つめた。
「ないって! ないない! やめてくれよな寄ってたかってさぁ」
「……隠してるのが悪いことなら、取り返し付くうちに言えよな」
玄麻は普段より少し真面目な口調で言った。
父親からの追求を逃れるも、龍我のヒヤヒヤは収まらず、ボロが出ないよう警戒して過ごした。そのしわ寄せとして、せっかくの夕食は味が分からず、風呂も心配でほとんどシャワーを浴びるだけとなってしまった。
そんなこんなで夜十時、龍我は自分の部屋で張っていた気を抜く。この時間帯より後は、基本的に自分の部屋で過ごすのが日頃の習慣である。
就寝前に家族が部屋に押し入ってくることは滅多にないため、今日一日シンマオを隠し通せたと確信し、その達成感に微笑む。
「ワタシ、ここから出なかたアル」
シンマオは誇らしげに手を腰に当てて言った。
「うんうん。えらい! 正直結構不安だったけど、ちゃんと言う事は聞けるタイプなんだな」
褒めてみたが、シンマオは首を傾げるばかりであった。言葉の意味をよく理解できていない模様だ。
「ワタシ、いいアンドロイドか?」
相手の挙動から何となく、良い事をできたのだと認識できたので、シンマオはゆっくりと尋ねた。
「そう、いいアンドロイドだな」
龍我も普段友人に対して使うような話し方は避け、シンプルな日本語で伝えた。
優しく頭を撫でると、シンマオはまたニッコリとした顔へと表情を変えた。
「良かたアル!」
人間的ではないが、そこには間違いなく心がある。龍我は半日過ごし、確信ができた。
シンマオは両手を上げて喜んでいる。かと思えば、今度は急に正座をし、顔を真顔へと戻した。
「リューガ、ワタシ、充電がしたいアル」
「え? 君、充電式だったの?」
機械も動くためのエネルギー源はどこかで供給しなくてはいけない。考えれば至極普通の事ではあるのだが、龍我にとっては妙な感じしかしなかった。
「そうアル。ワタシ、バッテリーがゼロになると動けなくなてしまうアル。動けないと、何もできないアル」
シンマオはうつむき、声が少し暗くなっていた。顔は真顔のままだが、活動停止することへの恐怖心を持っていることが伺えた。
「そりゃ大変だな……。まぁ充電自体はいいけど、どうやってやるの?」
「これアル」
シンマオは右手のひらを見せた。アンドロイドとしてはなんの変哲もない、可動部の関節がむき出しになっただけの手。
と思いきや、手のひらの中心が開き、中から金属製と思われる突起が二つ出現した。
銀色の突起は非常に薄い板状で、先端が丸みを帯びている。さらに先端付近には円形の穴が開いている。最初はびっくりした龍我も、まじまじと見ると見覚えのあるものであった。
「コンセントに差すのか……意外だな」
アンドロイドの充電と聞き、もっと大々的なものを想像していた。けれど、いざシンマオから求められたのは差し込み口。拍子抜けし、冷静に対応することができた。
「ここの使ってくれ。ちょっと体勢キツいかもしれないけど」
「助かるアル」
再びシンマオは顔を笑顔に変えた。フローリングの片隅まで移動し、左半身を床に付ける形で横になる。そして、プラグを露出させた右腕を、コンセントに向けて伸ばした。
ただ充電をするだけ。それが大きな騒ぎに繋がることなど、この時の龍我は全く予想していなかった。